15 / 170
第三章:他人行儀な微笑み
15:殿下の思いやり
しおりを挟む
殿下の妃として認めてもらうための道。スーはようやく歩み始めたばかりなのだ。
何度思い返しても、帝国のことを学んでこなかった自分を呪いそうになる。
「殿下とのデートで、気持ちを浮わつかせている場合じゃないわね」
「姫様?」
「明日の外出でも、学ばなければならないことがたくさんあるはず」
「いえ、スー様」
オトがすこし慌てた声をだす。
「明日は本当に息抜きが目的ですので、そんな風にかしこまることはございませんよ」
「でも、わたしは本当に何もわかっていないから」
「それに、ルカ様も休日は羽を伸ばしたいはずです。スー様がそのようにかしこまってしまわれると、お疲れになります」
「大丈夫! その辺りはきちんと考えるわ!」
はりきって笑うと、オトが困ったように吐息をついた。どうしようかと言わんばかりの顔で何かを考えている。
「オト? どうしたの?」
ふうっと大きなため息をつくと、彼女が仕方がないと言いたげに打ち明けてくれた。
「ルカ様は、スー様がこちらでの生活に息苦しさを感じていないかと案じておられるのですよ。だから、外に連れ出して気分転換をはかろうとお考えなのです。だから、どうか明日は何も考えず、お楽しみください」
「殿下が?」
こんなにも無知な自分を案じてくれている。スーはじぃんと胸が温かくなった。
(ほんとうに、殿下はなんて素敵な方だろう)
思いやりにあふれている。スーはぎゅうっと気持ちを噛みしめた。絶対にどこに出しても恥ずかしくないような、立派な皇太子妃になってみせる。
ルカの思いやりにこたえる方法は、いまのところそれしかないのだ。
スーはさらなる意欲をたぎらせ、やる気を新たにしながら、ひとまず明日を思い切り楽しもうと頭を切り替えた。
「たしかに気分転換は大切ね」
「はい」
「わたしも明日は絶対に殿下に楽しんでいただきたいわ!」
「はい」
「では、はりきりましょう、姫様」
ユエンが立ち上がって、クローゼットの方へと歩いていく。
「あまり華やかでない方がいいとなりますと……」
衣装のための部屋が、すでにスーのサイオンでの自室に匹敵しそうなほど広い。
スーとオトもユエンの後に続いて、クローゼットの中へ入った。
既製のサイズで、あらかじめ用意されていた衣装が並んでいる。スーにはこれで充分だったが、近日中に体を採寸して仕立てたドレスと総入れ替えになる段取りになっていた。
「姫様はどんなお衣装がお好みですか」
「どれも素敵だけど……」
帝国らしい意匠のドレスが多いが、サイオン風のものもきちんと揃えられている。
「こちらに来てからも、スー様はサイオンの形を好んで選んでおられますが、帝国の意匠は窮屈ですか?」
「あ、そういうわけじゃないの。オト」
スーはルカと初めて対面した日のことを思い描く。
「実は殿下と初めてお会いした日、サイオンのスタイルが天女みたいで綺麗だって褒めてくださったから……、それで」
なんだか気恥ずかしくなってしまう。熱くなった顔を手で扇ぐと、オトが「そうだったのですか」と、柔和な笑顔を浮かべた。
スーは並ぶドレスの中から、馴染みのあるサイオンの意匠を手に取った。
ルカの目には、帝国式のドレスよりも、やはりサイオンのドレスが新鮮に映る気がする。いずれ皇太子妃になれば、いやでも帝国式のドレスを纏う日々になるのだ。
「明日も、殿下の前ではサイオンのドレスがいいかもしれないわ」
「そうですね、姫様」
「では、大人びた印象のお色にして、簪などをつけてみられては?」
「そうね」
「せっかく殿下と一日ご一緒できるのですから、姫様、ここは絶好のアピールの機会です」
「わかっているわ! ユエン!」
「スー様、明日は絶対に女性として意識していただきましょう」
スーはルカの隣に立っている自分を想像する。彼の隣にいても相応しい姿になるように、ユエンとオトのアドバイスを受けながら、衣装を選んだ。
何度思い返しても、帝国のことを学んでこなかった自分を呪いそうになる。
「殿下とのデートで、気持ちを浮わつかせている場合じゃないわね」
「姫様?」
「明日の外出でも、学ばなければならないことがたくさんあるはず」
「いえ、スー様」
オトがすこし慌てた声をだす。
「明日は本当に息抜きが目的ですので、そんな風にかしこまることはございませんよ」
「でも、わたしは本当に何もわかっていないから」
「それに、ルカ様も休日は羽を伸ばしたいはずです。スー様がそのようにかしこまってしまわれると、お疲れになります」
「大丈夫! その辺りはきちんと考えるわ!」
はりきって笑うと、オトが困ったように吐息をついた。どうしようかと言わんばかりの顔で何かを考えている。
「オト? どうしたの?」
ふうっと大きなため息をつくと、彼女が仕方がないと言いたげに打ち明けてくれた。
「ルカ様は、スー様がこちらでの生活に息苦しさを感じていないかと案じておられるのですよ。だから、外に連れ出して気分転換をはかろうとお考えなのです。だから、どうか明日は何も考えず、お楽しみください」
「殿下が?」
こんなにも無知な自分を案じてくれている。スーはじぃんと胸が温かくなった。
(ほんとうに、殿下はなんて素敵な方だろう)
思いやりにあふれている。スーはぎゅうっと気持ちを噛みしめた。絶対にどこに出しても恥ずかしくないような、立派な皇太子妃になってみせる。
ルカの思いやりにこたえる方法は、いまのところそれしかないのだ。
スーはさらなる意欲をたぎらせ、やる気を新たにしながら、ひとまず明日を思い切り楽しもうと頭を切り替えた。
「たしかに気分転換は大切ね」
「はい」
「わたしも明日は絶対に殿下に楽しんでいただきたいわ!」
「はい」
「では、はりきりましょう、姫様」
ユエンが立ち上がって、クローゼットの方へと歩いていく。
「あまり華やかでない方がいいとなりますと……」
衣装のための部屋が、すでにスーのサイオンでの自室に匹敵しそうなほど広い。
スーとオトもユエンの後に続いて、クローゼットの中へ入った。
既製のサイズで、あらかじめ用意されていた衣装が並んでいる。スーにはこれで充分だったが、近日中に体を採寸して仕立てたドレスと総入れ替えになる段取りになっていた。
「姫様はどんなお衣装がお好みですか」
「どれも素敵だけど……」
帝国らしい意匠のドレスが多いが、サイオン風のものもきちんと揃えられている。
「こちらに来てからも、スー様はサイオンの形を好んで選んでおられますが、帝国の意匠は窮屈ですか?」
「あ、そういうわけじゃないの。オト」
スーはルカと初めて対面した日のことを思い描く。
「実は殿下と初めてお会いした日、サイオンのスタイルが天女みたいで綺麗だって褒めてくださったから……、それで」
なんだか気恥ずかしくなってしまう。熱くなった顔を手で扇ぐと、オトが「そうだったのですか」と、柔和な笑顔を浮かべた。
スーは並ぶドレスの中から、馴染みのあるサイオンの意匠を手に取った。
ルカの目には、帝国式のドレスよりも、やはりサイオンのドレスが新鮮に映る気がする。いずれ皇太子妃になれば、いやでも帝国式のドレスを纏う日々になるのだ。
「明日も、殿下の前ではサイオンのドレスがいいかもしれないわ」
「そうですね、姫様」
「では、大人びた印象のお色にして、簪などをつけてみられては?」
「そうね」
「せっかく殿下と一日ご一緒できるのですから、姫様、ここは絶好のアピールの機会です」
「わかっているわ! ユエン!」
「スー様、明日は絶対に女性として意識していただきましょう」
スーはルカの隣に立っている自分を想像する。彼の隣にいても相応しい姿になるように、ユエンとオトのアドバイスを受けながら、衣装を選んだ。
0
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる