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第三章:他人行儀な微笑み
14:王女の目指す皇太子妃
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ルカと夢のような夕食を終えて自室へと戻ってくると、スーはさっそく侍女であるユエンと明日の作戦を練る。知恵を出すものは多い方が良いということで、侍従長のオトにも部屋に来てもらった。
せっかくなので、小卓にお茶の用意をして三人で囲む。はじめは王女と同席することに驚かれたが、使用人の少ないサイオン家ではよくあることだった。スーはその方が気楽なので、オトにも自室ではそのように振舞ってもらっている。
ユエンがさっそく、オトに尋ねた。
「ルカ殿下はどのような衣装をお好みですか?」
こればっかりは、皇太子の私邸に来てから日の浅いスーとユエンには、全くわからない。ルカが自身の館を構えてから、ずっとこちらに勤めているというオトに泣きつくことにした。
年齢的にユエンよりは若いが、オトはふくよかな女性でミステリアスなユエンとは対照的におっとりとした印象がする。仕事の手際は素晴らしいが、和やかな空気感があり、スーもすぐに親近感を抱いた。オトは今夜も快く殿下の情報を提供してくれる。
「そうですね、ルカ様はわりと統一感を大切にされる方です」
「統一感?」
「はい。例えば色彩が派手でも、地味でも、あまり気に留めておられません。ただ、以前に流行にとても敏感なご令嬢の衣装を見て、首をかしげておられることがございました」
「何かおかしかったのでしょうか?」
ユエンの問いは、そのままスーの心の声に重なる。
「帝国は多民族国家ですので、流行と一言に申しても、地域によって趣の違いがございます」
「ああ」とユエンが頷いた。
「あらゆる地域の流行をご衣裳にまとめた場合、よほどのセンスがないと、ちぐはぐになることがございますが、それが殿下のお好みではなかったのですね」
完璧な解説に、オトが大きく頷いた。
「殿下が気にするのは統一感だけ? 好みとかないのかしら?」
スーの質問にオトがにっこりと笑う。
「やはり男性ですから、女性らしい色気を好まれるのではないでしょうか?」
含みのある答えだった。
「ぐ……」
女性らしい色気。いまスーがもっとも課題としている問題である。母親譲りの美しい顔は、完全に見かけだおしなのだ。
ユエンが顎に手を当てて、悩ましげに呟く。
「姫様も黙っていれば憂いのある美女ですが、ルカ殿下の大人の色気がすさまじいですからね。ご自身を見慣れておられる殿下にとっては、やはり幼く映るのかもしれません」
「――ユエン、そんなに人が気にしていることをぐっさりと指摘しなくても」
「やはり恋愛経験の差が問題でしょうか。姫様は箱入り娘みたいな状態ですので」
「でも、ユエン様。ルカ様もおそらく、いかにも!というご令嬢は食傷気味でしょうから、スー様の幼さは新鮮かもしれないですよ」
「新鮮、ですか」
「でも、オト。わたしは殿下に女性として見られていない気がするのだけど」
「それは……、そうですね」
ああ、やっぱりかとスーは肩を落とす。侍従長であるオトの眼にも、明らかなのだ。
「殿下に釣りあう女性になる道のりは険しいのね」
スーが嘆くと、ユエンとオトが小さく笑う。
「明日はどんな衣装がいいのかしら?」
「スー様はまだ公にお披露目されておられませんので、明日の外出でも、ルカ様はあまり目立ちたくないと思います。ですので、あまり華やかすぎるものは避けた方が良いかもしれませんね」
「そうね。わたしは今のところ居候のようなものだし」
「まさか。館の者はルカ様の大切な婚約者だと認識しております」
「……ありがとう」
オトは優しい。
でも、とスーは気持ちを引き締める。自分はまだ公に何かを認められているわけではない。
一通りの作法と、皇太子妃として必要な教養を身につけなければ、ルカの隣に立って表舞台で寄り添うことは厳しいだろう。
この先、例えスーの教養が足りていなくても、いずれ必ず皇太子との結婚の儀が執り行われる。
無知な王女のまま、何の期待もされず、王宮で閉じこもっているような妃では駄目だ。そんな皇太子妃ではルカにも愛されない。
せっかくなので、小卓にお茶の用意をして三人で囲む。はじめは王女と同席することに驚かれたが、使用人の少ないサイオン家ではよくあることだった。スーはその方が気楽なので、オトにも自室ではそのように振舞ってもらっている。
ユエンがさっそく、オトに尋ねた。
「ルカ殿下はどのような衣装をお好みですか?」
こればっかりは、皇太子の私邸に来てから日の浅いスーとユエンには、全くわからない。ルカが自身の館を構えてから、ずっとこちらに勤めているというオトに泣きつくことにした。
年齢的にユエンよりは若いが、オトはふくよかな女性でミステリアスなユエンとは対照的におっとりとした印象がする。仕事の手際は素晴らしいが、和やかな空気感があり、スーもすぐに親近感を抱いた。オトは今夜も快く殿下の情報を提供してくれる。
「そうですね、ルカ様はわりと統一感を大切にされる方です」
「統一感?」
「はい。例えば色彩が派手でも、地味でも、あまり気に留めておられません。ただ、以前に流行にとても敏感なご令嬢の衣装を見て、首をかしげておられることがございました」
「何かおかしかったのでしょうか?」
ユエンの問いは、そのままスーの心の声に重なる。
「帝国は多民族国家ですので、流行と一言に申しても、地域によって趣の違いがございます」
「ああ」とユエンが頷いた。
「あらゆる地域の流行をご衣裳にまとめた場合、よほどのセンスがないと、ちぐはぐになることがございますが、それが殿下のお好みではなかったのですね」
完璧な解説に、オトが大きく頷いた。
「殿下が気にするのは統一感だけ? 好みとかないのかしら?」
スーの質問にオトがにっこりと笑う。
「やはり男性ですから、女性らしい色気を好まれるのではないでしょうか?」
含みのある答えだった。
「ぐ……」
女性らしい色気。いまスーがもっとも課題としている問題である。母親譲りの美しい顔は、完全に見かけだおしなのだ。
ユエンが顎に手を当てて、悩ましげに呟く。
「姫様も黙っていれば憂いのある美女ですが、ルカ殿下の大人の色気がすさまじいですからね。ご自身を見慣れておられる殿下にとっては、やはり幼く映るのかもしれません」
「――ユエン、そんなに人が気にしていることをぐっさりと指摘しなくても」
「やはり恋愛経験の差が問題でしょうか。姫様は箱入り娘みたいな状態ですので」
「でも、ユエン様。ルカ様もおそらく、いかにも!というご令嬢は食傷気味でしょうから、スー様の幼さは新鮮かもしれないですよ」
「新鮮、ですか」
「でも、オト。わたしは殿下に女性として見られていない気がするのだけど」
「それは……、そうですね」
ああ、やっぱりかとスーは肩を落とす。侍従長であるオトの眼にも、明らかなのだ。
「殿下に釣りあう女性になる道のりは険しいのね」
スーが嘆くと、ユエンとオトが小さく笑う。
「明日はどんな衣装がいいのかしら?」
「スー様はまだ公にお披露目されておられませんので、明日の外出でも、ルカ様はあまり目立ちたくないと思います。ですので、あまり華やかすぎるものは避けた方が良いかもしれませんね」
「そうね。わたしは今のところ居候のようなものだし」
「まさか。館の者はルカ様の大切な婚約者だと認識しております」
「……ありがとう」
オトは優しい。
でも、とスーは気持ちを引き締める。自分はまだ公に何かを認められているわけではない。
一通りの作法と、皇太子妃として必要な教養を身につけなければ、ルカの隣に立って表舞台で寄り添うことは厳しいだろう。
この先、例えスーの教養が足りていなくても、いずれ必ず皇太子との結婚の儀が執り行われる。
無知な王女のまま、何の期待もされず、王宮で閉じこもっているような妃では駄目だ。そんな皇太子妃ではルカにも愛されない。
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