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第一章:小国サイオンの王女
1:明日、帝国に嫁入りする
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「おまえは明日、帝国に嫁入りする」
「はい?」
辺境の超ド田舎にあるサイオン家。四方を山脈に囲まれ、雄大な自然を眺望できることだけが取り柄の、国と名乗るのもおこがましいほど小国の王家である。
そんなサイオンの王女として生まれたスーは、目を丸くして王である父親を見た。
おおよそ王家とも思えぬような小さな邸宅の食卓で、スーの父は茶を飲みながら目を泳がせている。
「父様、今、何とおっしゃいましたか?」
「――おまえは明日帝国に嫁入りする」
大切な話があると言われ、父と二人きりでお茶をたしなむことになったが、あまりにも突然の報せだった。
「それは、何かの冗談ですか?」
戸惑うスーに、父親はふうっとため息をつく。
「スー。おまえも理解していると思うが、我が国は帝国クラウディアの庇護で成り立っている」
「はい、心得ています」
「帝国の庇護には一つだけ条件がある」
「知っていますが……」
スーは胸に暗雲が立ち込めるのを感じた。
「まさか! 明日って? 本気ですか?」
父親はこっくりとうなずく。
スーはめまいを感じたが、何もかもが釈然としない。すぐに気持ちを立て直して事情を探る。
「なぜ、もっと事前にお知らせいただけなかったのですか?」
「そのほうが悩まないかと思ってな」
「はい?」
「もしスーに帝国へ嫁ぐのが嫌だと泣かれたら、わたしは帝国を憎んでしまうかもしれない」
こちらが父親に憎しみを覚えそうだと思ったが、スーは目の前で肩をすくめている柔和な父の顔を見て、苛立ちをおさめる。
これまで意図的に帝国の話題を避けてきたのは自分の方だ。スーは深く吐息をついて、手元の茶碗に口をつけた。父親は叱られた子供のようにこちらの顔色をうかがっている。
「……まぁ、たしかに。父様の言うことにも一理あるかもしれません」
大昔に交わされた契約を履行するだけの形式的な婚姻。物心ついた時から、心の片隅にとどめていた。結婚相手を想像して思い悩むのも嫌だったので、自分で帝国にまつわる情報を遮断していたことも事実だ。
スー・プリンプケラ・サイオン。
セカンドネームは帝国クラウディアに賜る名称であり、立場を現す。
プリンプケラ――恒久の庇護。
確かに観光資源しかないサイオンは、帝国の庇護がなければ成り立たない。優遇されているといっても過言ではないほどだ。
大昔にはサイオンも王朝を築き、繁栄を極めた時代があったというが、今は影も形もない。
過去にサイオンが帝国にどんな恩恵をもたらしたのか知らないが、今はただ先祖に感謝するだけである。王女一人が嫁ぐだけで全てが賄われるなら、安いものだろう。
「それで、わたしは帝国でどのような方に嫁ぐのでしょうか」
家柄や地位はどうでもいい。サイオンで質素な生活が板に付いている。帝国のような都市で、贅沢をしろと言われても難しいかもしれない。
政略結婚に希望など抱いてはいけないのだ。
とはいえ、スーも年頃の娘である。物語に出てくる王子様のような、見目麗しい殿方に憧れを抱くのは仕方ない。美形であれば嬉しいが、どんな美人でも三日で飽きる、見た目は慣れると母がよく言っていた。
夢のような美しい王子様との恋は、書物に触れて補うとして――。
問題は人柄だ。せめて連れ添えば情が湧くような、優しい男性が好ましい。
(まぁ、贅沢は言えないけど……)
物心ついて帝国との契約を教えられてから、結婚に夢は見ていない。
(でも、明日はないでしょ)
ぐるぐると横道に逸れていろんなことを考えていると、父が嫁ぎ先を明かしてくれる。
「おまえが嫁ぐのは、もちろん帝国の皇太子だ」
「――皇太子」
スーは気持ちが暗くなるのを感じた。
帝国の皇室は一夫多妻制なのだ。自分の役割を理解する。いったい何番目の夫人になるのだろうか。
黙ってしまったスーに、父親が労るように続けた。
「スー、おまえが自分を卑下するようなことは一つもない」
「父様」
「クラウディアは巨大な国だが、サイオンを無下に扱うことはないだろう」
こんなド田舎の小国では帝国の後ろ盾にはならない。帝国クラウディアにいったいどんな利益があるのか。考えても何も思い浮かばなかった。父の自信がスーには腑に落ちないが「はい」と答えた。
「大丈夫。おまえはとても美しく聡明な王女だ」
「はい」
父の贔屓目を頭から鵜呑みにはできない。自分が聡明だとは全く思わない。父の親バカ思考でしかないが、容姿については恵まれている。母譲りの美貌は自覚していた。
黄金比と謳われた美しい顔。
白い肌。赤い唇。癖のない艶やかな黒髪。
そして、他国には見られない赤い瞳。サイオン王家の血を受け継いだ証。
静かに佇んでいれば、妖艶にも見える美姫。
まだ十八なので、母のように異性を魅了できるほどの色気はないかもしれない。
「わたしたちは、おまえを過不足のない王女に育てた。帝国が望むものをスーは持っている。だから何も心配はいらない。クラウディアの皇子はとても素晴らしい方だ。おまえは大切にされるよ」
サイオンの王としての矜持だろうか。父は本当にそれを疑っていないようだった。
スーと同じ王家の赤い瞳が、濁りなく輝いている。嘘をついていないということが伝わってきた。
父を信じてみるのも悪くない。スーはにっこりと微笑んでみせた。
「はい、父様。わたし、絶対に幸せになってみせます」
「はい?」
辺境の超ド田舎にあるサイオン家。四方を山脈に囲まれ、雄大な自然を眺望できることだけが取り柄の、国と名乗るのもおこがましいほど小国の王家である。
そんなサイオンの王女として生まれたスーは、目を丸くして王である父親を見た。
おおよそ王家とも思えぬような小さな邸宅の食卓で、スーの父は茶を飲みながら目を泳がせている。
「父様、今、何とおっしゃいましたか?」
「――おまえは明日帝国に嫁入りする」
大切な話があると言われ、父と二人きりでお茶をたしなむことになったが、あまりにも突然の報せだった。
「それは、何かの冗談ですか?」
戸惑うスーに、父親はふうっとため息をつく。
「スー。おまえも理解していると思うが、我が国は帝国クラウディアの庇護で成り立っている」
「はい、心得ています」
「帝国の庇護には一つだけ条件がある」
「知っていますが……」
スーは胸に暗雲が立ち込めるのを感じた。
「まさか! 明日って? 本気ですか?」
父親はこっくりとうなずく。
スーはめまいを感じたが、何もかもが釈然としない。すぐに気持ちを立て直して事情を探る。
「なぜ、もっと事前にお知らせいただけなかったのですか?」
「そのほうが悩まないかと思ってな」
「はい?」
「もしスーに帝国へ嫁ぐのが嫌だと泣かれたら、わたしは帝国を憎んでしまうかもしれない」
こちらが父親に憎しみを覚えそうだと思ったが、スーは目の前で肩をすくめている柔和な父の顔を見て、苛立ちをおさめる。
これまで意図的に帝国の話題を避けてきたのは自分の方だ。スーは深く吐息をついて、手元の茶碗に口をつけた。父親は叱られた子供のようにこちらの顔色をうかがっている。
「……まぁ、たしかに。父様の言うことにも一理あるかもしれません」
大昔に交わされた契約を履行するだけの形式的な婚姻。物心ついた時から、心の片隅にとどめていた。結婚相手を想像して思い悩むのも嫌だったので、自分で帝国にまつわる情報を遮断していたことも事実だ。
スー・プリンプケラ・サイオン。
セカンドネームは帝国クラウディアに賜る名称であり、立場を現す。
プリンプケラ――恒久の庇護。
確かに観光資源しかないサイオンは、帝国の庇護がなければ成り立たない。優遇されているといっても過言ではないほどだ。
大昔にはサイオンも王朝を築き、繁栄を極めた時代があったというが、今は影も形もない。
過去にサイオンが帝国にどんな恩恵をもたらしたのか知らないが、今はただ先祖に感謝するだけである。王女一人が嫁ぐだけで全てが賄われるなら、安いものだろう。
「それで、わたしは帝国でどのような方に嫁ぐのでしょうか」
家柄や地位はどうでもいい。サイオンで質素な生活が板に付いている。帝国のような都市で、贅沢をしろと言われても難しいかもしれない。
政略結婚に希望など抱いてはいけないのだ。
とはいえ、スーも年頃の娘である。物語に出てくる王子様のような、見目麗しい殿方に憧れを抱くのは仕方ない。美形であれば嬉しいが、どんな美人でも三日で飽きる、見た目は慣れると母がよく言っていた。
夢のような美しい王子様との恋は、書物に触れて補うとして――。
問題は人柄だ。せめて連れ添えば情が湧くような、優しい男性が好ましい。
(まぁ、贅沢は言えないけど……)
物心ついて帝国との契約を教えられてから、結婚に夢は見ていない。
(でも、明日はないでしょ)
ぐるぐると横道に逸れていろんなことを考えていると、父が嫁ぎ先を明かしてくれる。
「おまえが嫁ぐのは、もちろん帝国の皇太子だ」
「――皇太子」
スーは気持ちが暗くなるのを感じた。
帝国の皇室は一夫多妻制なのだ。自分の役割を理解する。いったい何番目の夫人になるのだろうか。
黙ってしまったスーに、父親が労るように続けた。
「スー、おまえが自分を卑下するようなことは一つもない」
「父様」
「クラウディアは巨大な国だが、サイオンを無下に扱うことはないだろう」
こんなド田舎の小国では帝国の後ろ盾にはならない。帝国クラウディアにいったいどんな利益があるのか。考えても何も思い浮かばなかった。父の自信がスーには腑に落ちないが「はい」と答えた。
「大丈夫。おまえはとても美しく聡明な王女だ」
「はい」
父の贔屓目を頭から鵜呑みにはできない。自分が聡明だとは全く思わない。父の親バカ思考でしかないが、容姿については恵まれている。母譲りの美貌は自覚していた。
黄金比と謳われた美しい顔。
白い肌。赤い唇。癖のない艶やかな黒髪。
そして、他国には見られない赤い瞳。サイオン王家の血を受け継いだ証。
静かに佇んでいれば、妖艶にも見える美姫。
まだ十八なので、母のように異性を魅了できるほどの色気はないかもしれない。
「わたしたちは、おまえを過不足のない王女に育てた。帝国が望むものをスーは持っている。だから何も心配はいらない。クラウディアの皇子はとても素晴らしい方だ。おまえは大切にされるよ」
サイオンの王としての矜持だろうか。父は本当にそれを疑っていないようだった。
スーと同じ王家の赤い瞳が、濁りなく輝いている。嘘をついていないということが伝わってきた。
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