執着から始まる

一色ほのか

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 大変だった。…………物凄く、大変だった。

 まず、出社するなり噂話が大好きで口が軽い他部署の女性社員に目敏く指輪を見つけられ、しつこく話を聞き出そうとしてくる彼女のせいでちょっとした騒ぎになってしまった。
 それ自体は騒ぎに気付いた同じ部署の男性社員が止めに入ってくれたおかげで逃げられたんだけど……丁度多くの人が出社してくる時間帯だったせいで騒ぎの目撃者が多かったことと、彼女が何やらか言いふらしたようで、昼休憩時には結構な範囲に話が広がっていたようで。食堂に行ったら知人とも言えない顔見知り程度の人達(多くは男性)が話し掛けてきた。
 そちらに関係ないことだ、迷惑だと言って引いてくれる人はいい。中には本当にしつこく根掘り葉掘り聞いてこようする人もいて……そこは一緒に居た友人達が庇ってくれたり一緒に言い返してくれてなんとかなったけれど。
 なんなんだろう、一体。なんでこんなに騒ぎになるんだろう。
 
「そりゃあ、あれよ。天音を狙ってた男、多かったし」
 
 とは、友人の談。
 確かに言い寄ってくる人は何人もいた。目線の先があからさまに分かりやすいのが。
 普通に軽蔑するし気持ち悪いからばっさりお断りしてきた。これに寄ってくる男に碌なのはいない。とても分かりやすく身体目当て。
 …………断っても、ちょこちょこ話し掛けてくる人もいたけどね。昂臥さんが居た時も、亡くなった後も。
 毎回拒絶してるのに本当にしつこい。
 
 その後は、姿を見せると絡まれるだろうから部署内で大人しく縮こまって仕事してた。
 あの柏倉さんでさえ酷いわねって憐れんでた。それくらい酷いらしい。
 
 いや、なんで??
 大勢いる社員の一人のプライベートなことがどうしてこんな騒ぎに???
 
「あー、ほら、天音って結婚間近だった恋人を結構ヤバいニュースとかになった事故で亡くしてるでしょ?その時も騒ぎになってて、皆それを覚えてたんじゃない?」
 
 ん゙ん゙ん゙。

 ………………その時も、色々あったもんなぁー……。
 なんなら上司からしばらく休みをとりなさいって休まされたし。
 それを知ってるから話を知りたい、ってことなのかな。
 いやでも確かに当時迷惑をかけてしまったとして、これはちょっと酷過ぎるのでは。
 
 げんなりしつつ仕事をし、夕方、早く帰った方がいいって皆から言われて、有り難く足早に会社を出て、現在。
 

「こっちは割と静かなものでしたけど、大分酷いですね、それ」
「本当に。一社員に過ぎないのに騒ぎ過ぎだよ」
 
 二人で夕食をとった後、洗い物と後片付けを終えたところで、会社でこんな感じだったけれどそっちは大丈夫だったか、と大輝さんに聞かれて。
 会社でのことを話そうか少し悩んでいたけれど、その様子に何かあったとすぐに分かったらしく。結局全て話すことになってしまった。
 ほぼほぼ愚痴になってしまったし、昂臥さんの話もあったからちょっと気まずい。
 
「その事故はそんなに大きな騒ぎになったんですか?」
「…………うん。調べればすぐ分かるくらいには。事件としては交通事故、で終わるんだけど、なんて言ったらいいか……その、ね。犯人というか、真犯人がまだ捕まってない、みたい」
「え、それって」
「実際に犯人として捕まったのは免許を取ったばかりの未成年の女の子だったんだけど。ニュースでもそう流れたし。だけど不審な点がいくつかあって、事故を目撃した何人かから運転してたのは男だって証言があったみたい。調査は裏で続いてたみたいで当時車に乗っていた人は分かってるけど、本当に運転してたのは誰かは不明、なんだって。変だよね。そこまで分かってるのに」
 
 それを教えてくれたのは、昂臥さんのお兄さん。
 すごく悔しそうな、苦しそうな顔で。後のことは全部自分達で片付けるから、昂臥さんのことは忘れてくれていい、と……。
 きっと私を巻き込まないためにそう言ったんだろう。でも、その時の私は突然の別れを飲み込むことも受け入れることもできなくて。その言葉の裏にあるお兄さんの気遣いを理解できなかった。
 後々落ち着いてから薫君伝いに聞いた話では、昂臥さんの実家は一部のマスコミとかの心無い人達が詰め掛けてきて相当大変だったらしい。
 心配だったけど、私が出てしまったら騒ぎがもっと大きくなるかもしれないって薫君に止められて。
 本当に大変な時に私は守られるばかりで何もできなかった。そしてそのまま、昂臥さんの家族とは疎遠になってしまったのだ。
 ただ、……薫君は時々連絡を取っているみたい。
 
「調べましょうか。それ」
 
 大輝さんが言う。

 知らずの内に俯いてしまっていた顔を上げ、彼を見る。
 単なる真顔のように見えるけど……多分機嫌悪くなってるやつ。
 まあ、そうだよね。あんまり聞きたい話じゃないよね。
 うん……。とりあえず。
 
「ううん。忘れてくれって言われた時点でもう関わるべきじゃないから。私にできることはもうこれ以上関わらないことだけ。それに、私はもう前に進めてるから。…………大輝さんのお陰でもあるよ?」
「…………俺の?」
「うん。の話はひとまず置いておいて。FOLをプレイして、その中で色んな人や……零に会ったこと。ほら、めちゃくちゃ喧嘩売ってきたでしょ。正直物凄く手のかかるのに声かけちゃったなって思った」
「…………。はい」
「でもゲームだし。自分から声を掛けておいて放り出すのは無責任だし。…………それにそうやって大人げなく喧嘩したり騒いでると結構気が紛れてたっていうか、少しずつ楽しいなって思えるようになってね」
 
 当時の私は、まだまだ昂臥さんのことで沈んでいて。
 FOLも本当は二人でプレイする予定だったから、プレイしないでおこうかとも思っていた。
 でも嫌なことがいくつか重なって、手元に届いたFOLのパッケージを見て……ゲームならいくら八つ当たりしても問題ないよね?と。
 
 守ってくれるはずだった人はもう居ないから男装して。
 誰と遊ぶ気にもなれなくてしばらくソロでプレイして。
 そんな時、レア種族で他プレイヤーに絡まれている零を見つけたんだ。
 
「俺はその人の代わりみたいなものでしたか?」
「それはない。だって零って物凄くクソガキだったもの」
「ク、?…………??」
 
 なんとも言い難い顔で固まっちゃったや。
 まあ今まで言われたことがない評価だろうし。でも実際そうとしか言えないんだよね。
 自分の気に入らない相手にすぐ喧嘩売るのとか、無意味に煽るとか、割とすぐ物理に走るとか。分かり難い試し行動とか。
 うん、とても分かりやすく反抗期のクソガキ。
 それに大人げなくやり返してた私も私だけど。
 それでもその遠慮のない関係が前に進む一因になったのは事実ではある。
 
「天音さんにとって俺って子供ですか……」
「んー。零は結構そんな感じだったけど」
「…………分かりました。色々と、頑張りますね」
 
 色々に本当に色々・・含まれてそうでちょっと怖いね???




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