執着から始まる

一色ほのか

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「…………こういう状況で他の男の名前を呼ぶと高確率で逆上されて余計酷い目に遭いますよ」
「ぇ――んっ」
 
 キスをされる。
 最初は触れるだけ、でもすぐに舌を入れられ、絡められる。
 
 なん、だろう。

 言ってることは物凄く物騒なのに、語調がどこか柔らかいというか……キスも、さっきよりもなんだか、優しい……?
 言葉の通りに受け取るなら、逆、じゃ?
 あと、その、手、止まって、る。
 
「んぅ……っぁ、きゃあっ!?」
 
 訳が分からず困惑していたら、ナカから指を引き抜かれて抱き上げられた。
 そしてそのまま、歩き出す。
 どこかに向かってる……まさかあの部屋ベッドに向かってる?と思ったけれど、入った先は別の部屋。
 余計に悪い。
 多分、ここ、瀬能さんの寝室だ。
 さぁ、と血の気が引いたのが分かったけど、逃げられるわけもなくベッドの上に降ろされ押し倒される。
 
「あの幼馴染の男か元彼とやらの名前だったら、あのまま避妊もしないで犯すところでしたけど」
 
 言いながら、引っかかっていた服やらを脱がされた。
 残っているのは下着だけ。殆ど意味もないけれど。
 
「咄嗟に出たのがあの名前・・・・だから、今は・・避妊しますね」
「っなに、言って……っや、やあっ?!」
 
 むにゅりと胸を鷲掴むように揉まれて、慌てて払い除けようと腕を動かした、その時だ。
 腕が何かに当たり、それががつん、と床に落ちて音を鳴らす。
 あ、と声を上げたのは、どちらだっただろう。
 分からないくらいほぼ同時に、サイドテーブルに乗っているノートパソコンが起動して――――それ・・を映し出していた。
 
 

 『 いい光景だなぁ、マスター。ひくひくしてるぞ? 』
 『 ひっ!やだっ見ないでぇっ! 』


 『 なぁマスター。欲しかったら……分かるよな? 』
 『 や、らぁ……ッ! 』
 『 嫌?ここはこんなに欲しがってるのにか 』
 『 あっ、ひっ! 』


 『 なら言え。犯してくれでも、挿れてくれでも。ああ、欲しいでもいいな 』
 
 

「――――――――――え?」


 な、に。これ。

 これ、って、LOFで零にレイプされた時、の?
 それが、なんで瀬能さんのパソコンに、映って――――?
 
 呆然と瀬能さんを見上げる。
 彼はやってしまった、というような風に顔を背けている。
 
 …………LOFでの行動は、プレイに使用しているハード機に録画することができる。

 これは他のゲームでも標準にある機能だ。
 有料のリアルタイム配信とは違って無料で、録画したデータを簡単にスマホやパソコンに取り込めるからそれを使って配信したりするプレイヤーも多い。
 ただし。
 LOFにおいては、R指定に限らず内容が内容の場合が多いから、外部に出すにはかなり厳しい条件になっている。だって第一条件が『公式プレイヤーになること』だもの、普通に無理。下手をすると自分の痴態が広範囲に晒される。
 つまり『そういう内容の動画は個人のみで楽しみましょう。』が公式の見解なのだ。
 だから、その動画が手元・・にあるってことは、当人だ・・・ということで。

 ――――――瀬能さんと零がイコール同じ人だ・・・・・・・・・・・・・・・、ということに、他ならない。

 
「ぃっ痛……ッ!?」
「は、有栖川さん!?」

 
 唐突に酷い頭痛が襲ってきて、頭を抱える。
 頭の中がぐるぐるする、ゲームの中でのことが駆け巡って、これ、そうだ、ゲームの中でもあったやつだ。
 あの時と同じ、制限機能が無効になる前兆。
 でもゲームでのよりは少しマシかもしれない、思い出されるのはR指定の部分だけだから。
 2年分の制限されてた記録に比べれば、まだ。
 
 …………………………ああ、そっか。

 やっと分かった。
 だから・・・私、瀬能さんを強く拒絶できなかったんだ。
 外見は一切違う。性格も、話し方も――――それはロールでどうとでもなる。
 でも2つだけ、誤魔化しの効かないものがあった。
 それは――――声と、私を見る目。
 恐らく制限機能の影響で自覚して認識できなかっただけで、多分無意識では分かってた。
 そもそも見知らぬ異性と接するのが苦手な私が、事情があるとはいえそこまで親しくない男性と二人で何度も会うなんて、変だったよね……。
 


「大丈夫、ですか」
 
 私が落ち着いたのを見計らって、おずおずという風に声を掛けてきた。
 いつの間にか身体にシーツが掛けられてるし……本当に変なところで気を使う人だ。
 酷い人なのか、そうじゃないのか分からなくなる。
 いややってることはどう考えても酷いんだけど。色々あり過ぎて麻痺しちゃってるけど、普通にやばい。特に今。ゲーム内ならまだしも現実でコレは不味すぎる。
 と、とりあえず状況が状況過ぎて返事がしづらいけど、返事した方がいい、よね。
 待たせすぎるのは、経験上あまりよくない。
 
「え、と、あの、」
「ゆっくりでいいです。今、貴方に何が起きたのか教えてください」
「きゃっ……!?」
 
 手を引かれて抱き起されて、シーツごと抱き込まれる。
 突き飛ばすべきかと一瞬考えたけれど、自分の状態を思えばむしろこのままの方が良いんじゃ、とぐっと堪えた。
 この状態なら多分変に手を出せない、はず。多分。きっと。
 …………零だと分かったら、敬語、物凄く違和感。
 
「その、LOFの制限機能って分かります?」
「制限……ああ、R指定の記録を現実に持ち込まないための機能でしたっけ」
「それです。私、ゲームを始めてからずっと制限機能を使っていて。その制限が掛かっていた部分を自覚した所為で制限のかかっていた記録が一気に流れてきたというか、ええと、まあそういう感じで……」
「…………頭痛は脳内での処理に負担が掛かったから、か……もう痛みはないんですか」
「多分大丈夫です」
 
 先程のような酷い痛みはないし、微かな鈍痛も話している間に無くなった。
 ただ瀬能さんの言ってることは少し怖いとは思うけど。脳に負担って。
 
「なら、いいですが」
 
 瀬能さんは零すようにそう言って、抱き締める腕に力を込める。
 何か不満らしい。
 
 しばらくの沈黙が続く。
 
 …………。

 とても、気まずい。
 状況が状況過ぎて下手に口を開くことができないし。
 だからと言ってこのままというのも……さっきまで無理矢理犯されそうだったのに色々起きてもうぐだぐだになっちゃっててもう何をどうしたら……!
 逃げるべき、とは思うんだけど。逃げられる気がしない。
 あとあれだ、頭がちょっとバグッてる。ゲームと混同してる感じ。いつもこんなだし……。
 でも、ここはゲームじゃなくて現実。色々と拙いし、普通に犯罪だ。
 手遅れ感はあるけれど今のところ未遂ではある。
 なんとか説得して、とにかく離れないと――――、

 
「…………貴方は、どうしたいですか」
 

 どうしたものかと悩んでいたら、不意に瀬能さんが口を開いた。
 
「えっ、」
「言うまでもなく俺がしてることは最低です。レイプですから。だから……どうしても駄目なら、このままここを出てください。それと」
 
 言われた言葉に、心臓が跳ねた。

 感情を押し殺したような声が、次の言葉を予想させる。
 その先を、聞きたくない。
 だって、きっと

 
「もう、会うのは止めましょう。現実でも、ゲームでも」





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