執着から始まる

一色ほのか

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 さて、それから2日後。
 私は会社の上司に秘密裏に会議室に呼び出された。
 そこには既に上司とあの長髪の男性――及川おいかわ透哉とうやさんの姿が。

 上司、顔が白いんですが。
 やばい感じですか?

「お久しぶり、というには早いですが。事情を説明するために足を運ばせていただきました。上の方とのお話は済んでいますので貴方には結論だけお話ししますね」
「は、はい……」
 
 こっちは笑顔だなぁ……。

 少し怯えつつ、話を聞くことに。
 
 …………結論から言うと、こちら側は例の2人をきっちり処分したら特に訴えたりはしない。だそうです。
 つまり、大きな問題にはならないということ。
 原因は相手側にあったそうで。
 それを先にちゃんと聞いていた上司がこんなに真っ白なのは、相手側がウチよりずっと大企業で、最悪の場合簡単にぷちっと()されてしまうレベルで差があるからだろう。
 今回、要らない2人を処分するだけで済んだのは私のお陰だと上司からめちゃくちゃお礼を言われてしまった。
 うん……。
 とりあえず大きな事件にならなくて良かったよ、本当に。

 その後、話も終わって解散となった帰り際。
 及川さんからお礼をしたいので夕方空けてほしいと言われ。
 断ったんだけど、何故か上司からも頼み込まれて、押し切られる形でお受けする羽目になった。
 面倒くさいけど仕方ない……。
 
 話が終わった後、通常業務に戻ったんだけど、社内は例の2人がクビになった話題で持ち切り。
 同僚の彼女も大喜びしていた。めちゃくちゃ愚痴ってたものね。
 ただ何があったかは、ちゃんと秘密にされてるみたい。今までの積み重ねでしょうね、って言ってた。


 そして時間は過ぎ、夕方。


「すみません、無理を言ってしまって。どうしても直接お礼をしたくて」

 どう見てもお高めだなーってお店の個室にて。
 及川さんと、あの日助けた男性と対面してます。
 いるんじゃないかなぁとは思ってたけど。

「少々居心地が悪いと思いますが、あまり声高にできる話ではありませんので」
「あ、いえ……はい」
 
 まあ確かにそうよね。未遂だったけど。
 だからこそ面白おかしく噂を立てられたりしないよう手を回すよね。
 うっ、胃がシクシクする。
 
「僕は瀬能大輝せのうはるきといいます。この度は危ないところを助けていただきありがとうございました」
「ええと、私は有栖川天音です。その、それは殆ど偶然で……、でも、はい。特に問題なく納まるようでしたら良かったです」
「はい、本当に」
 
 そう困ったように笑い、瀬能さんは事の顛末を説明してくれた。

 瀬能さんが、務めている会社の経営者の近しい血縁であること。
 それがあって実力で入社したにも拘らずコネ入社だと一部から反感を買っていたこと。
 見た目が整っていることから女性社員に騒がれていたこともそれに拍車をかけていたとか。
 で、今回の事を起こしたのはその連中の一部で、例の後輩2人は一応巻き込まれた扱いになる、らしい。
 それでも未遂とはいえやろうとしていた事が事のため処分を勧めた、と。

 これは所謂大企業の闇とか上からの圧力ってやつですか???
 実際どういうことなのかは知らないし分からないし知りたくもないけど。

 それはそれとして、産まれ持ったものでなんやかんや言われるのは凄く生きづらそう。
 自分じゃどうしようもないことを良くも悪くも扱われるのって辛いよね。
  
「彼は僕の従兄なんですが、考えが足りない、自覚が薄い、危機感がないと叱責されました……」
「普段から気を付けろと言っているのにあの様では当然でしょう」
 
 とてもばっさり。当人を見る目も冷たい。
 でもこれば多分、及川さんの方が正しいのだろう。
 大企業の経営者の血縁とか、状況によっては方々に迷惑を掛けそう。
 
「自衛と最悪の想定は大事ですよ?今回はたまたまやらかそうとしていた人達の中にウチの問題児共が居て、いい加減に引導を渡そうかなって証拠を撮っていたから様子がおかしいことに気付けただけですし」
「…………証拠、ですか?」
「はい。あ、これなんですけど」
 
 スマホを取り出し、あの日撮った写真を見せる。
 というか、これも渡しておくべきだったな。二人とも無言なあたり何かに使えたっぽい?
 今からじゃ遅いかなと思いつつ、聞いた方がいいかと顔を上げた、ら。二人とも無表情って言うか、物凄く、怖い顔してますねー……。
 何かやばいの、映ってましたか?
 
「あの、これ、写真送りましょう、か?」
「お願いします」
 
 恐る恐る聞いたら瀬能さんに食い気味に言われた。
 で、どうやって渡せばいいのか聞くより早く、スマホを取り出す瀬能さん。
 あ、連絡先交換するんですか、そうですか……。
 
「大輝、こちらにも送りなさい」
「分かってる」
 
 え゙。
 …………あ、写真だけ。それなら、はい。
 連絡先の横流し駄目絶対。
 
「貴重な情報をありがとうございます。とてもタイミングが良かったです」
「はあ、そうですか……」
「ええ。さて、少々用事が出来ましたので自分はこれで失礼します。大輝」
「はい。そちらはよろしくお願いします」
 
 二人で何やらかアイコンタクトらしきを交わしてから、及川さんが部屋を出て行った。
 あの写真に何か使えるものが映ってたんだろうなぁ……多分映っている男性達だろうなぁ……。
 
「気になりますか?」
「いえ全く。私には関係のないことなので」
 
 触らぬ神に祟りなし、ってやつだ。
 明らかに見えている地雷を踏みに行く奴は馬鹿だと思う。
 自分で対処できないだろうことは無視が一番。
 
「ははっ。危機意識がしっかりしているのはいいことです。だから今後はおかしいことには首を突っ込まない方がいいですよ。今回みたいに上手く纏まるとは限らないので」
 
 ですよね。
 今回のことは相手側に非というか事情があったからこちら側は大きな問題にならなかっただけ。
 相手側は結構大きい問題になったんじゃないだろうか。或いはこれからなる。
 逆恨みとか、怖いよね。
 
「ええ、分かっています。今回は本当に、只の偶然ですから」
「では、その偶然に改めて感謝を。……お酒は飲まれますか?」
「あ、いえ、あまり強くないので」
「分かりました。お茶とソフトドリンクを追加しますね」
 
 笑顔で、手慣れた様子で動く瀬能さん。
 最初に見た時と印象ががらっと変わった感じ。 
 多分瀬能さんって、気弱そうな雰囲気をわざと作ってるんだろうなぁ。

 その後は、今回の話は避けて当たり障りのない世間話やちょっとした愚痴なんかを話したりしつつ、食事を楽しんだ。
 こういうお店なんてもう来れないだろうし。美味しかった。
 正直もうちょっと緊張とか、味が分かんないとかあるかと思ったけど。案外図太かったらしいよ、私。
 
 ただ食事を終えて別れるって時に送る、って話は流石に固辞しました。
 うん。住所バレ嫌です。多分もう関わることもないはずだし。
 その代わりにタクシー代を口止め料として受け取らされた。
 瀬能さんが引かなかったの。私的には貰い過ぎだから受け取りたくなかったんだけど。
 むしろ貰い過ぎたのはこっちの方ですから、って。
 で、お店の前でタクシーに乗ってお別れ。
 
 …………。
 
 マジで疲れた……。
 自分から首を突っ込んだことだけど、もう何もなければいいんだけど。
 
 
 
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