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第1章 幼少期(7歳)

23 先生の痕跡

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 紙の山からマーサ先生の痕跡を探すのは、思った以上にかからなかった。

 というのも、山の割と上の方で、明らかに後から付け足して書かれた字が見つかったからだ。
 走り書きのような乱れた字の中に混じった美しい筆跡。
 言うまでもなく、マーサ先生の字だ。

 そこからは紙の山からマーサ先生の字のみを探す作業となり、あの老紳士の書いた部分は後回しとなった。
 内容はとても興味深いものだったから、いずれきちんと清書はしたいけれど。
 建国王様が召喚士だった、なんて説は初耳よ。
 真偽は定かではない。人々の前に現れる前の話だから。老紳士の推測も多かった。
 その推測も当時の資料や長命な方への取材に基づいたものだから、ある意味その当時の資料としても優秀だわ。むしろよくここまで調べたと思う。
 貴族の出で書店を経営し、本の修繕までするくらいだもの。凝り性なんでしょうね。
 ……その結果が魔法による口外の制限とは、思いもしなかったでしょう。

 この紙の山の中に、一体どんな秘密があるのかしら?


 

「こちらがマーサ先生の書き込みがあるもので、こちらは残りです。上から番号を振って、どういう順番だったのか分かるようにしています」
「早いね?全て見たのかい?」
「いいえ。マーサ先生の筆跡だけを探しました。走り書きが多い中、マーサ先生の字は綺麗なので見つけやすかったです」
「うん。言い方が悪かった。全てに目を通したのかい?」
「? はい」
 
 内容は読んでいないけれど、当然じゃない。
 紙の量は多いけど、先生の字と老紳士の字は違い過ぎるから抜き出すだけなら簡単よ。
 まあ……2日は掛かったけれど。

「内容は読んでいないので何が書いてあったかは分かりませんよ?」
「うん。……。伝記の資料はひとまず置いておいて、彼女の書き込みを確認しようか」
「はい」
 
 変な間があったわね。

 いえ、分かるのよ?7歳の子供としてはやりすぎだと。普通ならばできないだろうと。
 だけど自分の価値を示すことは大切なことだわ。私自身が切り捨てられないためには相手に必要だと思わせる必要がある。
 父がしたように、意思のない操り人形としてではなく。
 


 伯父様を巻き込んでしまってごめんなさい。
 
 書き込みは、そんな謝罪の言葉から始まっていた。
 
 息子が学園に入り手が掛からなくなった頃、シュベーフェル家前当主・ヴィクトリア様から孫娘――つまり私――の家庭教師を頼まれたこと。
 これ以上子供を作るつもりはないと現当主であるオリオン様が言う為厳しく教育してほしいと言われたこと。
 マーサ先生はそれを自身の能力が認められたのだと喜んで引き受けたという。
 だけど、何かがおかしいことにはすぐに気付いたそう。
 お父様がマーサ先生を見る目が酷く冷え切ったものであったこと。
 生徒である私がほぼ軟禁下にあること。
 使用人達も一人を除いて一切私に関わらないようにしていること。
 おかしいとは思っていたけれど、高位貴族ではそんなこともあるかもしれないと――反発して自らの家に悪影響を与えてはいけないと見て見ぬふりをして、頼まれた私の教育にのみ全力を注ぐことにしたこと。
 
 お嬢様はとても賢い。教えたことをすぐに覚えてしまう。
 あれもこれもと教えているけれど素晴らしい。きっととても良い当主になれるわ。
 
 そう、私を褒める言葉と、それに携わることができた自分が誇らしいと。だけど。
 事態はお母様が亡くなられたその日、一転したという。
 
 当主夫人が病気だったなんて聞いたことがない。ここに通い始めて、一度もそんな様子もなかった。だからマーサ先生は侍女の一人を捕まえて問いただしたそうだ。
 そしてその侍女は、平然と、聞いていなかったの?と。用済みだから処分されたのよ、と言ったと。
 貴方も前当主様の命令で来たのでしょう?と。


「……大丈夫?」
「は、い。まだ、続きがあります」

 こみ上げてくるものをなんとか抑え込み、再び紙に目を向ける。

 
 ……侍女は聞かれてもいないことをぺらぺらと喋ったという。
 この屋敷で何が起きていたのか。自身に求められていたのがなんだったのか。
 ここまできてようやく、自分が知らぬうちに――見て見ぬふりをしている間に犯罪の共犯者にされていたと気付いたマーサ先生は、侍女の話を聞くだけ聞いて訳知り顔で対応し、屋敷を後にした。
 その足でまっすぐ、大雨の中あの書店に向かったのだという。
 怪しまれたかは分からない。でもその話を報告されれば、お婆様には怪しまれるという確信があった。

 お婆様はあえてマーサ先生には何も話していなかったという点から、それは確実でしょう。
 マーサ先生は、自分が口を塞がれる可能性が高いことをすぐに思い至って。証拠を残そうとした。だから監視があるかもしれない自らの屋敷には戻らず、書店を選んだ。

 頼れるのは伯父様しかいない。伯父様ならきっと話を聞いてくれる。
 そう考えて書店まで走ったけれど、でもいざ書店に着いて彼の顔を見た時、彼を巻き込んではいけない……と考え直した。
 ここまで来てしまった以上、ここがお婆様の手の者に突き止められてしまうかもしれない。でも何も知らなければ誤魔化せるかもしれない。
 でも証拠は残さなければならない。
 そう考えたマーサ先生は、様子がおかしい自分を心配する店主を説得し、仕事場を借りてヒントを入れたあの本を作り、そのヒントから、私ならきっとここに辿り着けるだろうとこの文を資料の山に紛れ込ませた。


 お嬢様へ。どうかこれを見つけることができたのなら、どうか伯父様の潰されてしまった夢を叶えてあげてください。
 伯父様へ。今までありがとう。大好きよ。どうか長生きしてください。


 書き込みは、そんなメッセージで終わっていた。
 

 これは、手紙だ。
 お婆様を罪に問える証拠、だけどそれ以上に、マーサ先生があの老紳士へと向けた、感謝を伝えるための手紙。
 私に残したものでは、なかった。
 
 そうよね。
 当然よね。
 死の迫る恐怖の中、思うのはその原因のわけがなかった。

 マーサ先生が私に残したものは、あのヒントの紙一枚。
 私達は、その程度の関係でしかない。
 最初から分かっていたのに。

「証拠としては十分だ。書き込みの部分だけ切り取って重要書類として保管しておいてくれ」
「分かりました。つまり残りの方は引き続き清書を頼むのですか?」
「うん、そのつもり。……アーシャ。できそう?」
「……はい。できます。やらせてください」
 
 清書作業、やらせてくれるのね。ならやるわ。内容も気になっていたし……何より、これで少しは気を紛らわせることができる。
 だって……お母様の死がお婆様による他殺であったことと、私が今無属性であることが、お婆様の企みであったことが確定したんだもの。
 もう、内心はぐちゃぐちゃよ。
 今は考えをまとめるよりも、別のことに集中したい気分だわ。

「私は少し報告に行ってくるから、テッドを置いていくから使ってやって」
「よろしいのですか?」
「うん、分からないことがあったら聞いてね」
 
 そう言い残し、レイオス殿下は部屋を出て行った。

 まあ、見張りは必要よね。色んな意味で。とんでもない事実が判明した直後だし。
 そもそも私達って、まだ出会って10日と経っていないのよね。
 ……そのほんの僅かな期間で、一気に色々なことが動いて、変わった。
 当初の考えなんてもう跡形もないレベルまで壊れたわ。
 
 ひとまずはこれでお婆様を排除できるから良しとしましょう。
 となると次はお父様よね。
 前が前だったから、慎重にやらないと。
 幸いというか、レイオス殿下は一応こちら側――私がレイオス殿下側?――だから、そこも上手く利用しないと。
 
 今は幼い我が身がもどかしいわ。
 出来ることがあまりにも少ないんですもの。

 ……私が子供じゃなければ、お婆様に文句の一つや二つは言えたでしょうに。

 …………お母様。

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