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第1章 幼少期(7歳)
16 不幸な報せ
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レイオス殿下の離宮で過ごすことになってから4日が経った。
調査は今も続いており、色々と分かってきたこともあるそうだけれど私には伝えられていない。
レイオス殿下は忙しいようで短時間しかお会いできないため聞きづらく、離宮で働く侍女や騎士達はそれとなく聞いてみても分かりかねます、とはぐらかすばかり。
まあ彼らの職務は離宮での仕事だからそもそも調査関係には関わりがないから仕方ないのだろうけれど。
「ねぇカトリーナ。私にできることは何かないかしら」
部屋を刺繍をしながら、傍に控えているカトリーナに問う。
ここに来てから2日目に、私の傍に戻ってきたのよ。
何を聞かれていたのかを聞いてみたけれど、教えてはくれなかったわ。
カトリーナからすれば私は守る対象だからあまり触れさせたくないのでしょうね。
「お嬢様に今できることはお健やかに過ごされることですよ」
「でも、みんな忙しそうだわ。私一人何もしないなんて……お勉強もできないし」
これも問題の1つね。
一度は学んだことだけれど、復習がてら学び直そうと思っていたのよ。それでなんの問題もなければ新しく必要な勉強をしていこうと思っていたのに。
「それは……、今は、申し訳ありません。新しい相応しい教師を探していただいておりますので」
「そうなの?今までの先生ではいけなかった?」
「はい、そうです」
困ったような顔のカトリーナ。
幼い頃……8歳の半ばくらいまではずっと同じ先生だったから、今回もそうだと勝手に思っていたわ。
そう、彼女――マーサ先生では駄目なのね。一体何故かしら?
厳しいけれど知識量は素晴らしかったし、新しい知識への意欲もあって教師としてはとても優秀な方だったと思うのだけれど。
でも、そうね、家庭教師と言えば私と頻繁に接するし、疑われるわよね。恐らく先生を選んだのもお父様でしょうし。
ただの家庭教師と生徒という枠組み以上に親しくしていたわけでもないけれど、少しだけ残念かもしれない。
「じゃあ、次の先生が決まるまで勉強はどうするの?もう4日も休んでしまっているわ」
「お待ちするしかないかと……」
「そんな、それでは周りから後れを取ってしまうわ!」
4日も時間を無駄にしているのに、まだ待たなければならないの?
どうしようかしら、レイオス殿下に早く見つけてもらえるように頼んでみる?でもきっと忙しいわよね。
せめて、何か教材になりそうな本でも借りられないかしら?
そう悩んでいると、外からノック音がした。
一体誰が――なんて、言うまでもないわね。
「何か問題でもあった?声が外まで聞こえたのだけれど」
「えっ!そ、それは失礼いたしました」
「ううん。丁度近くまで来ていたから聞こえただけだから。それで、何かあったのかな」
「はい……、あ、お時間は大丈夫ですか?」
「もちろん。可愛らしい婚約者との語らいも大事だからね」
「アッ、ハイ……」
さらっと口説くようなことを言うわね……。
ロバート殿下はその手のことは口にしなかったわ。婚約者なら当然、はよく口にしていたけれど。
それもロバート殿下を好まない一因だった。
私が身に着けた全てはシュベーフェル家のためのもので、ロバート殿下のためのものではないのだから。
勘違いも甚だしいわ。
「その、勉強がしたいのです。もう4日も休んでしまっているので」
「勉強。それは次期当主として?」
「はい。今までずっと欠かしたことがないので、なんだか落ち着かないのです」
私にとって、勉強は完全に生活の一部。
どんなことだろうと何がシュベーフェル家にとって必要になるかも分からないからと色々なことに手を出していたから、勉強をしない日なんてなかった。
マーサ先生も色々と協力してくれて、色々と調べてくれたっけ。
……そのきっかけもお父様だったわね。
幼い頃にたった一度だけ……褒めたんだかよく分からない言葉をもらったことがあった。
そんな些細なことが嬉しくて、きちんと褒めてもらいたくて。沢山のことを勉強した。
そう、全て、お父様のためだった。
だから――ああ、そうか。
もうそこまで必死に勉強する必要は、ないのね。
「勉強といえば。話があるんだけど、どうする?」
思い至ったことに複雑な気持ちになっていると、唐突にレイオス殿下がそう言ってきた。
「……。カトリーナ、ちょっとだけ外してもらえる?用があったら呼ぶから」
「っ、……、はい」
僅かに躊躇はあったが、カトリーナが部屋を出て行った。
内容を告げなかったこと、一瞬カトリーナを見たこと。その2点からカトリーナには聞かせたくないと判断したのだけれど。
あとは『話』という単語が少し引っかかった。4日前もその切り出しから状況説明が始まったから。
「あの侍女は信用できない?」
少し間を置いてから、そう聞かれた。
「信用できない、と言いますか、その。話の内容によっては遮ってきたり、もしかしたら殿下に失礼をしてしまうかもしれないと思いまして」
そう、どちらかと言えばこっちが外へ出した理由。
カトリーナ自身に対しては、信用はできないけれど一応は味方、と見ているわ。
まだ完全に味方と見るには情報が足りなすぎる。
味方であってほしいとは、思うけれど。
「それは確かにあり得そうだ。彼女についても聞きたい?」
「! ……いいえ。もう少し私の方で粘りたいと思います」
「そう。それがいいと思うよ。さて、話というのは君の家庭教師の女性のことだ」
「え、マーサ先生に何かあったのですか?」
「ああ。落ち着いて聞いてほしいんだけど、他殺体で発見されたそうだ」
「なっ!?」
死んだ?マーサ先生が?
他殺、つまり殺されたですって!?
前はそんなこと起こらなかったのに!
家庭教師を辞められた後、面と向かって会うようなことはなかった。でも遠目で見かけることがあったもの。少なくとも学園に入って数年はご健在だったわ!
なのに、何故!?
「君は彼女と仲が良かった?」
「いいえ。マーサ先生とは勉強以外の関わりはありませんでした。勉強中、私語は慎むように言われていましたし……雑談のようなことがあっても勉強に関わることだけでしたので」
「そう。なら話すけれど、彼女はシュベーフェル家分家の出身だった。君の家庭教師には、君の祖母の手引きでなったようだ」
「お婆様、の?」
「ああ。だから彼女の死は口封じであると私は考えている」
「そんな……」
マーサ先生が、お婆様の手の者だった。
私の知識の根幹となる部分は、マーサ先生に叩き込まれたもの。
厳しいけれど、私が知りたいことはなんでも教えてくれて、自ら調べたり本を取り寄せたりもしてくれた。
それも全て、お婆様の命令だったから?
「彼女の死が判明してすぐ屋敷を訪ねたのだけれど、既に手が入っていたか元々何も残していないのか、証拠らしいものは何も見つからなかった。こんな変なものはあったけど」
「変なもの……本?」
「見た目は普通の本だよ。ただ、ほら」
レイオス殿下が従者から本を受け取り、開いて見せてきた。
「あっ」
「この通り、全てのページがくっついていて中身がくり抜かれていたんだ。中には、これ。手紙が入っていてね、君宛だった」
本の中から出てきた手紙を差し出される。
それを恐る恐る受け取り、封筒に書かれた字を見る――とても丁寧な、美しい字。
マーサ先生の字だわ。
「読み上げてもらっていいかい」
「……はい」
封蝋もない、紐で留められただけの封筒だ。きっと中身は確認されているはず。
一緒に確認しなければならないようなことが書かれているのかしら?
紐を解き、封筒から中身を取り出す。
羊皮紙が、たったの一枚。二つ折りにされている。
何も書かれていない部分の方が多そうに見えるわね。
「読みますね」
ひとつ、深呼吸をして。
二つに折られた羊皮紙を、開いた。
調査は今も続いており、色々と分かってきたこともあるそうだけれど私には伝えられていない。
レイオス殿下は忙しいようで短時間しかお会いできないため聞きづらく、離宮で働く侍女や騎士達はそれとなく聞いてみても分かりかねます、とはぐらかすばかり。
まあ彼らの職務は離宮での仕事だからそもそも調査関係には関わりがないから仕方ないのだろうけれど。
「ねぇカトリーナ。私にできることは何かないかしら」
部屋を刺繍をしながら、傍に控えているカトリーナに問う。
ここに来てから2日目に、私の傍に戻ってきたのよ。
何を聞かれていたのかを聞いてみたけれど、教えてはくれなかったわ。
カトリーナからすれば私は守る対象だからあまり触れさせたくないのでしょうね。
「お嬢様に今できることはお健やかに過ごされることですよ」
「でも、みんな忙しそうだわ。私一人何もしないなんて……お勉強もできないし」
これも問題の1つね。
一度は学んだことだけれど、復習がてら学び直そうと思っていたのよ。それでなんの問題もなければ新しく必要な勉強をしていこうと思っていたのに。
「それは……、今は、申し訳ありません。新しい相応しい教師を探していただいておりますので」
「そうなの?今までの先生ではいけなかった?」
「はい、そうです」
困ったような顔のカトリーナ。
幼い頃……8歳の半ばくらいまではずっと同じ先生だったから、今回もそうだと勝手に思っていたわ。
そう、彼女――マーサ先生では駄目なのね。一体何故かしら?
厳しいけれど知識量は素晴らしかったし、新しい知識への意欲もあって教師としてはとても優秀な方だったと思うのだけれど。
でも、そうね、家庭教師と言えば私と頻繁に接するし、疑われるわよね。恐らく先生を選んだのもお父様でしょうし。
ただの家庭教師と生徒という枠組み以上に親しくしていたわけでもないけれど、少しだけ残念かもしれない。
「じゃあ、次の先生が決まるまで勉強はどうするの?もう4日も休んでしまっているわ」
「お待ちするしかないかと……」
「そんな、それでは周りから後れを取ってしまうわ!」
4日も時間を無駄にしているのに、まだ待たなければならないの?
どうしようかしら、レイオス殿下に早く見つけてもらえるように頼んでみる?でもきっと忙しいわよね。
せめて、何か教材になりそうな本でも借りられないかしら?
そう悩んでいると、外からノック音がした。
一体誰が――なんて、言うまでもないわね。
「何か問題でもあった?声が外まで聞こえたのだけれど」
「えっ!そ、それは失礼いたしました」
「ううん。丁度近くまで来ていたから聞こえただけだから。それで、何かあったのかな」
「はい……、あ、お時間は大丈夫ですか?」
「もちろん。可愛らしい婚約者との語らいも大事だからね」
「アッ、ハイ……」
さらっと口説くようなことを言うわね……。
ロバート殿下はその手のことは口にしなかったわ。婚約者なら当然、はよく口にしていたけれど。
それもロバート殿下を好まない一因だった。
私が身に着けた全てはシュベーフェル家のためのもので、ロバート殿下のためのものではないのだから。
勘違いも甚だしいわ。
「その、勉強がしたいのです。もう4日も休んでしまっているので」
「勉強。それは次期当主として?」
「はい。今までずっと欠かしたことがないので、なんだか落ち着かないのです」
私にとって、勉強は完全に生活の一部。
どんなことだろうと何がシュベーフェル家にとって必要になるかも分からないからと色々なことに手を出していたから、勉強をしない日なんてなかった。
マーサ先生も色々と協力してくれて、色々と調べてくれたっけ。
……そのきっかけもお父様だったわね。
幼い頃にたった一度だけ……褒めたんだかよく分からない言葉をもらったことがあった。
そんな些細なことが嬉しくて、きちんと褒めてもらいたくて。沢山のことを勉強した。
そう、全て、お父様のためだった。
だから――ああ、そうか。
もうそこまで必死に勉強する必要は、ないのね。
「勉強といえば。話があるんだけど、どうする?」
思い至ったことに複雑な気持ちになっていると、唐突にレイオス殿下がそう言ってきた。
「……。カトリーナ、ちょっとだけ外してもらえる?用があったら呼ぶから」
「っ、……、はい」
僅かに躊躇はあったが、カトリーナが部屋を出て行った。
内容を告げなかったこと、一瞬カトリーナを見たこと。その2点からカトリーナには聞かせたくないと判断したのだけれど。
あとは『話』という単語が少し引っかかった。4日前もその切り出しから状況説明が始まったから。
「あの侍女は信用できない?」
少し間を置いてから、そう聞かれた。
「信用できない、と言いますか、その。話の内容によっては遮ってきたり、もしかしたら殿下に失礼をしてしまうかもしれないと思いまして」
そう、どちらかと言えばこっちが外へ出した理由。
カトリーナ自身に対しては、信用はできないけれど一応は味方、と見ているわ。
まだ完全に味方と見るには情報が足りなすぎる。
味方であってほしいとは、思うけれど。
「それは確かにあり得そうだ。彼女についても聞きたい?」
「! ……いいえ。もう少し私の方で粘りたいと思います」
「そう。それがいいと思うよ。さて、話というのは君の家庭教師の女性のことだ」
「え、マーサ先生に何かあったのですか?」
「ああ。落ち着いて聞いてほしいんだけど、他殺体で発見されたそうだ」
「なっ!?」
死んだ?マーサ先生が?
他殺、つまり殺されたですって!?
前はそんなこと起こらなかったのに!
家庭教師を辞められた後、面と向かって会うようなことはなかった。でも遠目で見かけることがあったもの。少なくとも学園に入って数年はご健在だったわ!
なのに、何故!?
「君は彼女と仲が良かった?」
「いいえ。マーサ先生とは勉強以外の関わりはありませんでした。勉強中、私語は慎むように言われていましたし……雑談のようなことがあっても勉強に関わることだけでしたので」
「そう。なら話すけれど、彼女はシュベーフェル家分家の出身だった。君の家庭教師には、君の祖母の手引きでなったようだ」
「お婆様、の?」
「ああ。だから彼女の死は口封じであると私は考えている」
「そんな……」
マーサ先生が、お婆様の手の者だった。
私の知識の根幹となる部分は、マーサ先生に叩き込まれたもの。
厳しいけれど、私が知りたいことはなんでも教えてくれて、自ら調べたり本を取り寄せたりもしてくれた。
それも全て、お婆様の命令だったから?
「彼女の死が判明してすぐ屋敷を訪ねたのだけれど、既に手が入っていたか元々何も残していないのか、証拠らしいものは何も見つからなかった。こんな変なものはあったけど」
「変なもの……本?」
「見た目は普通の本だよ。ただ、ほら」
レイオス殿下が従者から本を受け取り、開いて見せてきた。
「あっ」
「この通り、全てのページがくっついていて中身がくり抜かれていたんだ。中には、これ。手紙が入っていてね、君宛だった」
本の中から出てきた手紙を差し出される。
それを恐る恐る受け取り、封筒に書かれた字を見る――とても丁寧な、美しい字。
マーサ先生の字だわ。
「読み上げてもらっていいかい」
「……はい」
封蝋もない、紐で留められただけの封筒だ。きっと中身は確認されているはず。
一緒に確認しなければならないようなことが書かれているのかしら?
紐を解き、封筒から中身を取り出す。
羊皮紙が、たったの一枚。二つ折りにされている。
何も書かれていない部分の方が多そうに見えるわね。
「読みますね」
ひとつ、深呼吸をして。
二つに折られた羊皮紙を、開いた。
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