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第1章 幼少期(7歳)

10 不思議な侍女

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 通された部屋のベッドに腰掛け、顔を両手で覆う。

 ぽかんとした顔で私を見るレイオス殿下の顔が頭から離れない。
 まさか思っていたことが口から出るとは思っていなかったの。本当よ。
 だってはしたないもの淑女が大声を上げるなんて!

 王家に保護されるのが嫌だった、ということもあるけれど私自身いっぱいいっぱいだったのね、きっと。
 でも、仕方ないじゃない?こっちの意思はまるっと無視でどんどん話が進んでいくんだもの。
 だからつい、ぽろりと。
 ただ。

「八つ当たりだわ……」

 レイオス殿下は何も悪くない、どころか手を差し伸べてくれただけ。
 今の私は7歳の子供だもの。周りが勝手に決めてしまうのは仕方のないこと。おかしなことはない。

「どうしよう……」

 勢いでさっきの部屋を出てきてしまったけれど、不敬にも程がある。
 子供とはいえ王族相手に許されるのかしら?不味い、わよね?

「大丈夫ですよ。あの方は幼子の粗相程度気にはしません」
「え?」
「むしろ、幼子とはいえレディに対する態度ではありませんでしたから、貴方の怒りは最もです」

 飄々とした態度で、この部屋に私を案内した侍女が言う。
 王族相手に随分な言い草ね。
 レイオス殿下の離宮で働いているのだから身分は間違いないはずなのだけれど。
 前で見た覚えもない顔だけれど一体どこの家の者かしら。
 まあ第一王子と第二王子では仕える者の人選は違って当然だから分からないのも無理がないわ。

「あの……私、アリルシェーラ・シュベーフェルと申しますの。貴方は……」
「はい、伺っておりますわ。私は……そうですね、ルナとお呼びくださいな」

 すまし顔でいう侍女――ルナ。
 家名を名乗るつもりはないようだ。
 こんな状態で私付きになるのなら、諜報とかそのあたりなのかもしれない。
 普通の貴族女性にしか見えないけれど。
 まあいいわ、そんなことより。

「ルナ、私、どうしたらいいのかしら。戻った方がいいとは思うけれど、戻れる自信がないの」

 そう、さっきまで居た部屋が分からないのよね。
 初めて来た場所だし、ルナの案内で連れてこられたから仕方ないことだけれど、戻るためとはいえ勝手に歩き回るのも良くないわ。王族の住居だもの。
 でもこのままここに居るのも不敬だし失礼だわ。子供だからって許されることではない。

「貴方は幼いながら聡明ですのね。ですが大丈夫。状況は既に伝わっています。こちらで待ちしましょう」

 ルナがそう言う。

「い、いいのかしら?それで」
「ええ、下手に動き回るよりは」
「そ、……そう、ね。その通りね」

 王家の住居、だものね。
 普通に考えてその通りだわ。
 今の私はシュベーフェル家の娘というだけで、王子の婚約者ではない。勝手をしていい立場ではない。
 落ち着くのよ、私。ちゃんと考えないと。今できる最善手を考えるの。

 ………………。

 無理ではないかしら。
 だって当初の考えは全て白紙、状況は完全におかしない方向に進んでいる。
 少なくともお父様が問題を起こしたのは事実で、お婆様も何らかの責任を取るはず。
 ということは、あら?まともにシュベーフェル家を継げるのは私しかいないわ?
 一応叔父様もいるけれど……私としてはないわね。なんと言ってもイヴリンを連れてきた張本人だもの。
 もしかしたら、イヴリンの父親は叔父様かもしれないし。むしろその可能性の方が高い。
 あの時、どうして思いつかなかったのかしら。

「大丈夫ですよ」
「え、あ、ルナ?」
「シュベーフェル家の事で心配することは何一つありません」

 目線を合わせ、はっきりと断言するルナ。

 それはそうでしょうね。
 私は何一つ、悪いことはしていないのだもの。

 シュベーフェル家に関することに対しては何一つ心配していないわ。
 今心配なのはレイオス殿下に対する不敬だけれど……そうね、ちょっと話してみましょう。

「お父様は、捕まってしまうの?」
「それは……」
「お母様は亡くなられて、お父様までいなくなってしまったら、私はどうしたらいいの?」

 本当にこれよ。
 私、7歳なのよ。どう生きていけと?

 当主になるための勉強だってもちろんしてきたわ、だけど実際どうしたらいいのかは分からない。
 私は幼子で、当主にはすぐにはなれない。代理が必要。だけど、その、代理に相応しい人材がいない。
 確かこういう場合、血と属性の強さで他家から養子を取るパターンもあるのよね。

 どうしよう。このままだとシュベーフェル家が乗っ取られる可能性があるわ。




「――――どうして貴方がここに居るのかな」

 思い至ったことに慄いていると、静かに扉が開き、レイオス殿下が部屋に入ってきた。

「あら、お話は終わったの?」
「質問に答えていない。ここでは貴方の立場は私より下だ」
「ええ、もちろん。では私はこれで失礼するわ」
「まだ話は、っ、……困った人だ」

 レイオス殿下が開いた扉から堂々と出ていくルナ。それを追いもしないレイオス殿下。王族に対する話し方でもなかった。
 ルナって、何者なの?

「すまない。彼女はここの侍女ではないんだ。身分ははっきりしている人なんだけど。改めて、君が過ごす部屋に案内しよう」
「え、……はい」

 差し出された手を取り、立ち上がる。

 怒ってない、のね。私、酷い態度だったと思うのだけど。
 それに王子自ら案内するなんて、どうなのかしら。従者も一人だけ……護衛はいないの?ロバート殿下は、これでもかってくらい護衛を付けていたのに。
 なんだかこれではまるで……、いえ、きっと違うわ。
 王太子となったのは、レイオス殿下なんだもの。




「――――きれい……っ!」

 案内された部屋は、白い内装と調度品で統一され、自然な陽の光が降り注ぐ本当にとても美しい部屋だった。
 誰がどう見ても、女性のために誂えられている。素敵だわ。
 幼子一人にはどう見たって不釣り合いだけれど。

「あの、ここ、本当に私が使ってもいいのですか?本来ならもっと身分のある方のための部屋では」
「そうだね。君みたいな女性のための部屋だよ。だから何も問題ないし、自由に使っていい」
「え、ええ……?」

 私みたいな女性のための部屋って。
 ええとつまり、高い身分の女性を匿うための部屋ということなのかしら?
 それなら少しは納得できるけれど。

「私一人には、広過ぎます……」
「そう?女性の部屋は広い方がいいというけれど」

 首を傾げるレイオス殿下。
 そうね、大人の女性だったらそうでしょうね。
 前ならまだしも今の私には……いずれ出ていく身には広すぎる。
 それにしてもさっきのことは気にしていないのかしら?
 不敬だし、罰されても仕方のないことをした自覚はあるのだけど。

 ……ロバート殿下だったら、不敬は不敬としてどんな理由があれ罰したでしょうね。
 そういう真っすぐというか、馬鹿正直というか、頭が固いというか、ルール順守という感じだった。
 本当に、ロバート殿下とは違うのね……。

「さて。それじゃあ少し話をしようか」
「話、ですか?」
「ああ。君の状況と今後について、簡単に。分からないところはちゃんと聞いてね」
「……はい」

 ちゃんと教えてくれるのね。
 でも、これもレイオス殿下自らなんて……私が怒鳴ってしまったから?

 私、今日だけでどれくらい不敬を働いたのかしら。考えるのも怖いわ。

「まず君の父君のことだけど。彼もまた被害者として厳重注意で済むよ」
「それは……、本当、ですか?」
「ああ。君、祖母君は知らないんだよね?」
「はい。お話も聞いた覚えがありません」
「うん。なら十中八九そうなる。詳しい内情はまだ不明だけど。シュベーフェル家の存続にはまだ必要だから大丈夫だろう」
「そう、ですか。良かった……」
 
 本当に良かった。
 たって、これで心配が一つ減るんだもの。
 お父様がシュベーフェル家の当主でいられるのなら、猶予ができる。

「良かったのかい?いい父君ではないだろうに」
「はい。だって私は子供ですから。愛されていないとしても大人として認められるまではお父様が必要です。責任と義務くらい果たしてほしいです」
 
 そうよ、それが当然のことよ。
 まともなシュベーフェル家の人間が私しかいないならお父様はあくまで代理に過ぎないはず。

 必要なのは私で、お父様ではない。

 今度は私がお父様を利用する。
 お父様は、地位を守りたければ私を守るしかないでしょう?
 信用はしない。必要以上には近づかない。

 私はお父様を許せない。

「教育が良かったのかな。君は年齢にしては賢い」
「え、っと。そうですか?」
「ああ。悪いことではないよ。さて次は君について。今君は私個人に保護されたことになっている。名目は重要参考人」
「えっ」
「7大貴族で無属性ということは君が考えているよりも面倒事なんだ。カトリーナという侍女、彼女の反応こそが正しいものなんだよ。君と父君の現状はね、とても悪質なものなんだ。それこそ情状酌量が認められるほどに」
「……それほど、ですか?父も……?」
「ああ。君の父君の身柄も私の下にある。その方が安全だろうから」

 呆れたような、疲れたような表情で溜め息を吐くレイオス殿下。

 彼をもってしても面倒事だという状況。
 きっとシュベーフェル家だけの問題ならばそうはならない。

 つまり。

 この件の黒幕が、最悪お婆様一人ではないという可能性がある。


 ああ、ああ。

 もう無理だわ。


 急速に意識が遠のいていく。
 その向こうで慌てたような声が聞こえたけれど、頭がパンクしそうな私はそのまま意識を手放すことを選んだ。

 だって、もう。一篇に色々起き過ぎて、何もかもが変わりすぎて。

 これ以上は、無理。

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