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第1章 幼少期(7歳)
9 私は人形じゃない
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王族専用の馬車に揺られ連れて行かれたのは、王城ではなくその敷地内にある建物だった。
きっとレイオス殿下の居住区域の離宮だと思う。ロバート殿下もそうだった。
位置は多分、王城を挟んで反対方向だと思う。
お互いの居住区位置が随分と遠いのね……殆ど接触できないんじゃないかしら。
それと、王城との距離はこちらが近い感じがする。これは第一王子と第二王子の差、なのかもしれない。
産まれた順番でそこまで明確にされてしまうのもなんだか考えさせられる。
ロバート殿下って実は長子で跡継ぎであるにも関わらず散々な目にあってきた私と同じような状況だったのかもしれないわね。同情する気は一切ないけれど。
今後どうなるかは全く分からないけれど、戻る前のような一面を持っていることは事実なのだから。
「待たせてすまないね。人も揃ったことだし始めようか」
通された広い客室で待つことしばらく、数人の文官とそれなりの数の騎士、それと教会で共にいた従者を引き連れたレイオス殿下が戻ってきて、朗らかにそう言った。
なんだか気が抜けるわ。
ロバート殿下はいつも気を引き締めて王族らしくあるようにしていたのに、レイオス殿下は随分と気軽なのね。それでは周りから侮られてしまうのではないかしら?
そういう風に見せているだけなのかもしれないけれど。
「侍女殿はそちらのテーブル側を使ってくれるかな。言いづらいこともあるだろう?彼女はこちらで話を聞こう」
「分かりました。ご配慮に感謝いたします。お嬢様、お嬢様はこのお方に問われたことを正直にお答えください。分からないことは分からない、でも構いません。ただ嘘はついてはいけませんよ」
「分かったわ、カトリーナ」
王族からの問い掛けに嘘なんて吐くわけないじゃない。子供扱いをして……、いえ、確かに今は私は子供だけれど。カトリーナと離されて話をするのもそれ故ね。
私自身のことだからカトリーナの知っている事情も知りたいけれど、今の年齢で知りたがるのは不味いかしら。
……今の段階では何が本当に正しいかも分からないし、情報がまとまるのを待つのが良さそう。
流石に本人への説明はあるはず、よね?
「それじゃあまず、君の両親の話を聞こうか。覚えている限り昔から、君とどう接してきたか話してほしい」
これは神官様が聞いてきたことと大体同じね。答える内容に悩まなくていいわ。
でも、自分の中でも整理するために、古い記憶から改めて思い出してみましょう。
「私が覚えている一番古い記憶は……お母様です。私を見下ろす、笑顔のお母様。何か言っていたと思いますが、内容までは分かりません」
大体は想像がつくけれど。
あのお母様のこと、お父様への愛か子供を無事産むことができた自分への自画自賛でしょう。私という個人への言葉なんて、一度もくれたことがないのだろうだから。
彼女は『母』ではなく、『女』でしかなかったのよ。私は二の次、三の次どころかもっと下だったのではないかしら。
今になって思えばのことだけど、多分あっているはず。
「お父様は、私が5歳になったその日に初めて会った、と思います。いつもより綺麗なドレスを着て、お母様に手を引かれて……会話らしい会話はしていないはず、です」
子供らしく聞こえるように言葉を選びながら話す。
幼い頃なんて殆ど覚えていないからこれでいいのかは分からないけれど。
私にとっては10年は前だけれど、今の私にとってはほんの数年前。不自然にならないようにしなくては。
「お父様とは殆ど会った記憶がありません。たまに遠くを歩いているのを見かけるくらいで……お母様からずっと、お父様に手間を掛けさせてはいけません、と言われてきましたので。お母様とはそれなりに会っていました。特に毒にも薬にもならない話か、その日の勉強の進み具合などの話をしました」
「そう。父君とはまともに会話もしていないのかな?」
「はい、私が覚えている限りは。……一言、二言はまともな会話ではない、ですよね?」
「そうだね、会話とは言えない」
そうよね。普通に考えて。
でも以前の私は、その一言、二言のやり取りにそれはもう喜んでいたのよね。お父様が会話してくれている!と。
今はそれがおかしいと分かるのよ。
本当に、今と前の一体何が違うのかしら。
思考を誘導されていたとしてもおかしいと思う。
「母君とはどんな会話をしていたのかな」
「お母様は……、大きく分けると勉強、お父様の話、勉強に絡んだ母の話を私が聞いている、感じです」
そう、そんな感じだった。私事は殆どなかったはず。
私の話なんて、カトリーナ以外が聞いてくれた覚えがない。お母様は……駄目ね、お父様の話をしている様子が強烈すぎて思い出せないわ。
「そう。……父親よりは接してるけどこっちもアウトだな」
「え?あの、今何か、」
「ああ、なんでもないよ。次は、そうだな。年の近い友人や仲の良い侍女、使用人は居る?勉強を教えてくれる人とはどう?」
「ええと、はい。年の近い友人はいません。出会う機会がありませんでした。仲の良い侍女はカトリーナだけです。私の世話はカトリーナが一人でしていました。勉強を教えてくださる方とは私事は話しません」
「つまり君が接してきた人は母君、あの侍女、家庭教師だけだった?」
「恐らく、そうです。部屋からもあまり出してもらえませんでしたし……」
あら、それって、結構おかしいのではないかしら。
私って幼い頃、自室に軟禁されていた感じなの?
屋敷の中は……廊下以外あまり出歩いていないわね。庭に出た記憶もない。
8歳の夏以降は自由に出歩いていたわ。庭園でお茶を楽しんだりしたもの。
やっぱり、変よ。
私の幼い頃の環境は普通ではないわ。
いくら私が誇り高い光のシュベーフェル家の一人娘、大事に守られるべき存在であるとはいえ、何かがおかしい。幼い頃だけ、という点も。
一体どうして?分からないことだらけだわ。
「ところで君は自分の祖母にあたる女性に会った事はあるかい?」
「っ、え、すみません!いえ、会った事はありません」
つい、考え込んでしまっていた。王族の前だというのに。それも第一王子、後の王太子よ。酷い不敬だわ。
慌てて謝罪し、それから質問に答える。
この頃はお婆様には会っていない。どころか、生きている間一度足りとも顔を合わせたことがないのよ。お婆様が屋敷を訪ねてくることもなければ、お婆様の元へ訪ねることもなかった。
お父様は、お婆様を嫌っているように見えた。お婆様の死後も喪に服していた記憶がないもの。
だからこそお父様を出し抜いた後、お婆様を頼ろうと考えていたのに。
現状得られた情報では、私の状況を作り出した原因はお婆様のようなのよね……。
「うん。あの侍女の話も聞かなければいけないけれど大体は分かったよ。結論から言って君をシュベーフェルの屋敷へは帰せない。ひとまずの調査が終えるまではここで過ごしてもらう」
「え」
「あちらの出方次第だけど数か月と掛からないだろうから、屋敷と変わらない生活をしてもらっていいよ」
「え、あの」
「テッド、適当な部屋と侍女を用意して。あの侍女は傍に置くつもりで。護衛と従者もいるかな。橋渡しのできる者を一人は入れること」
「待って、」
「了解しました。では失礼します」
声をかけるも勝手に話が進んでいく。
何か、物凄く大事になっている気がする。
きっとそれくらい不味い事柄なのでしょう。何せシュベーフェル家の恥としか言えない事態。
だからと言って、ねえ、無視することはないじゃない。
私は当事者、被害者なのよ。
何も分からないだろうし子供だから話を聞く必要はないとでも?
その意思を全て無視してもいいと。
なんなのよ。
どうして私ばかり!
「私を無視して勝手に決めないで!私は都合の良い人形じゃないのよ!!」
口にするのは不味いと分かっていつつも、その言葉が口から出ることを止めることはできなかった。
きっとレイオス殿下の居住区域の離宮だと思う。ロバート殿下もそうだった。
位置は多分、王城を挟んで反対方向だと思う。
お互いの居住区位置が随分と遠いのね……殆ど接触できないんじゃないかしら。
それと、王城との距離はこちらが近い感じがする。これは第一王子と第二王子の差、なのかもしれない。
産まれた順番でそこまで明確にされてしまうのもなんだか考えさせられる。
ロバート殿下って実は長子で跡継ぎであるにも関わらず散々な目にあってきた私と同じような状況だったのかもしれないわね。同情する気は一切ないけれど。
今後どうなるかは全く分からないけれど、戻る前のような一面を持っていることは事実なのだから。
「待たせてすまないね。人も揃ったことだし始めようか」
通された広い客室で待つことしばらく、数人の文官とそれなりの数の騎士、それと教会で共にいた従者を引き連れたレイオス殿下が戻ってきて、朗らかにそう言った。
なんだか気が抜けるわ。
ロバート殿下はいつも気を引き締めて王族らしくあるようにしていたのに、レイオス殿下は随分と気軽なのね。それでは周りから侮られてしまうのではないかしら?
そういう風に見せているだけなのかもしれないけれど。
「侍女殿はそちらのテーブル側を使ってくれるかな。言いづらいこともあるだろう?彼女はこちらで話を聞こう」
「分かりました。ご配慮に感謝いたします。お嬢様、お嬢様はこのお方に問われたことを正直にお答えください。分からないことは分からない、でも構いません。ただ嘘はついてはいけませんよ」
「分かったわ、カトリーナ」
王族からの問い掛けに嘘なんて吐くわけないじゃない。子供扱いをして……、いえ、確かに今は私は子供だけれど。カトリーナと離されて話をするのもそれ故ね。
私自身のことだからカトリーナの知っている事情も知りたいけれど、今の年齢で知りたがるのは不味いかしら。
……今の段階では何が本当に正しいかも分からないし、情報がまとまるのを待つのが良さそう。
流石に本人への説明はあるはず、よね?
「それじゃあまず、君の両親の話を聞こうか。覚えている限り昔から、君とどう接してきたか話してほしい」
これは神官様が聞いてきたことと大体同じね。答える内容に悩まなくていいわ。
でも、自分の中でも整理するために、古い記憶から改めて思い出してみましょう。
「私が覚えている一番古い記憶は……お母様です。私を見下ろす、笑顔のお母様。何か言っていたと思いますが、内容までは分かりません」
大体は想像がつくけれど。
あのお母様のこと、お父様への愛か子供を無事産むことができた自分への自画自賛でしょう。私という個人への言葉なんて、一度もくれたことがないのだろうだから。
彼女は『母』ではなく、『女』でしかなかったのよ。私は二の次、三の次どころかもっと下だったのではないかしら。
今になって思えばのことだけど、多分あっているはず。
「お父様は、私が5歳になったその日に初めて会った、と思います。いつもより綺麗なドレスを着て、お母様に手を引かれて……会話らしい会話はしていないはず、です」
子供らしく聞こえるように言葉を選びながら話す。
幼い頃なんて殆ど覚えていないからこれでいいのかは分からないけれど。
私にとっては10年は前だけれど、今の私にとってはほんの数年前。不自然にならないようにしなくては。
「お父様とは殆ど会った記憶がありません。たまに遠くを歩いているのを見かけるくらいで……お母様からずっと、お父様に手間を掛けさせてはいけません、と言われてきましたので。お母様とはそれなりに会っていました。特に毒にも薬にもならない話か、その日の勉強の進み具合などの話をしました」
「そう。父君とはまともに会話もしていないのかな?」
「はい、私が覚えている限りは。……一言、二言はまともな会話ではない、ですよね?」
「そうだね、会話とは言えない」
そうよね。普通に考えて。
でも以前の私は、その一言、二言のやり取りにそれはもう喜んでいたのよね。お父様が会話してくれている!と。
今はそれがおかしいと分かるのよ。
本当に、今と前の一体何が違うのかしら。
思考を誘導されていたとしてもおかしいと思う。
「母君とはどんな会話をしていたのかな」
「お母様は……、大きく分けると勉強、お父様の話、勉強に絡んだ母の話を私が聞いている、感じです」
そう、そんな感じだった。私事は殆どなかったはず。
私の話なんて、カトリーナ以外が聞いてくれた覚えがない。お母様は……駄目ね、お父様の話をしている様子が強烈すぎて思い出せないわ。
「そう。……父親よりは接してるけどこっちもアウトだな」
「え?あの、今何か、」
「ああ、なんでもないよ。次は、そうだな。年の近い友人や仲の良い侍女、使用人は居る?勉強を教えてくれる人とはどう?」
「ええと、はい。年の近い友人はいません。出会う機会がありませんでした。仲の良い侍女はカトリーナだけです。私の世話はカトリーナが一人でしていました。勉強を教えてくださる方とは私事は話しません」
「つまり君が接してきた人は母君、あの侍女、家庭教師だけだった?」
「恐らく、そうです。部屋からもあまり出してもらえませんでしたし……」
あら、それって、結構おかしいのではないかしら。
私って幼い頃、自室に軟禁されていた感じなの?
屋敷の中は……廊下以外あまり出歩いていないわね。庭に出た記憶もない。
8歳の夏以降は自由に出歩いていたわ。庭園でお茶を楽しんだりしたもの。
やっぱり、変よ。
私の幼い頃の環境は普通ではないわ。
いくら私が誇り高い光のシュベーフェル家の一人娘、大事に守られるべき存在であるとはいえ、何かがおかしい。幼い頃だけ、という点も。
一体どうして?分からないことだらけだわ。
「ところで君は自分の祖母にあたる女性に会った事はあるかい?」
「っ、え、すみません!いえ、会った事はありません」
つい、考え込んでしまっていた。王族の前だというのに。それも第一王子、後の王太子よ。酷い不敬だわ。
慌てて謝罪し、それから質問に答える。
この頃はお婆様には会っていない。どころか、生きている間一度足りとも顔を合わせたことがないのよ。お婆様が屋敷を訪ねてくることもなければ、お婆様の元へ訪ねることもなかった。
お父様は、お婆様を嫌っているように見えた。お婆様の死後も喪に服していた記憶がないもの。
だからこそお父様を出し抜いた後、お婆様を頼ろうと考えていたのに。
現状得られた情報では、私の状況を作り出した原因はお婆様のようなのよね……。
「うん。あの侍女の話も聞かなければいけないけれど大体は分かったよ。結論から言って君をシュベーフェルの屋敷へは帰せない。ひとまずの調査が終えるまではここで過ごしてもらう」
「え」
「あちらの出方次第だけど数か月と掛からないだろうから、屋敷と変わらない生活をしてもらっていいよ」
「え、あの」
「テッド、適当な部屋と侍女を用意して。あの侍女は傍に置くつもりで。護衛と従者もいるかな。橋渡しのできる者を一人は入れること」
「待って、」
「了解しました。では失礼します」
声をかけるも勝手に話が進んでいく。
何か、物凄く大事になっている気がする。
きっとそれくらい不味い事柄なのでしょう。何せシュベーフェル家の恥としか言えない事態。
だからと言って、ねえ、無視することはないじゃない。
私は当事者、被害者なのよ。
何も分からないだろうし子供だから話を聞く必要はないとでも?
その意思を全て無視してもいいと。
なんなのよ。
どうして私ばかり!
「私を無視して勝手に決めないで!私は都合の良い人形じゃないのよ!!」
口にするのは不味いと分かっていつつも、その言葉が口から出ることを止めることはできなかった。
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