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第1章 幼少期(7歳)

8 予測不可能な出会い

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「お待ちください!そちらでは今重要な話をしている最中でっ」
「へえ、私を遠ざけるほどの?」
「あ、いえ、それは、」
「ならいいよね」 


 あら?
 何か外が騒がしいわね。
 誰かが言い争っているようだわ。なんだか少しずつこちらに向かってきているような?
 なんだか神官様の様子もおかしいわね。困っている?焦っている?
 一体何が起きているのかしら。

「失礼するよ」

 首を傾げていると、少年が一人、部屋に入ってきた。
 その顔には、見覚えがあった。
 未来では立場上何度も顔を合わせていたから当然だけど。
 だけどだからこそ分からない。
 何故、この方が今ここにいるのか。そしてこの場に現れたのかが。
 
 レイオス・フォン・アタナシア。

 この国の、第一王子殿下。
 後の王太子殿下だ。

「これは、レイオス殿下。何故こちらに……」
「先触れを出して訪れているのにいつまで経っても貴方が現れないのでね。この後の予定もあるからこちらから足を運ばせてもらった」

 少々震えた声で神官様が問い、それにレイオス殿下は忽然と返す。
 なんだか雲行きが怪しいわね。

「それは、申し訳ございません。少々予想外のことが起きてしまいこちらも対応に追われておりまして」
「へえ。それは大変だ。良ければ手を貸そう」
「いいえ。いいえ、それには及びません」

 神官様の反応があからさまにおかしい。
 レイオス殿下が現れた時のような動揺は見られないけれど少し頑なになっているように見える。レイオス殿下が私の件に関わることを拒んでいるみたい。

 王族に私の件を関わらせたくない、のだとしたら。
 このまま神官様に全てを任せるのは、あまり良くないのでは?

「あの……」

 意を決し、存在を主張するために声を上げる。

「ん?ああ、これは失礼」

 ここに来てようやく私を視界に入れたらしいレイオス殿下は、そう私の前で片膝をついた。
 えっちょっ、

「私はこの国の第一王子、レイオス・フォン・アタナシア。小さなレディ、貴方の名は?」

 何をしているのこの方は!
 いくら幼い子供相手とはいえ王族が跪くなんて!婚約者相手ならまだしも!

 礼節を叩き付けてやりたいけれどなんの立場もない現状では不敬も不敬、ならできることはたった一つ!
 名乗って殿下をさっさと立ち上がらせることよね!?

「わ、私はアリルシェーラ・シュベーフェルです!あの、どうか立ってください!」

 ソファから立ち上がり、叫ぶように声を張り上げる。
 これでいいかしら!?おかしくない!?

「シュベーフェル。光の子か。それが何故ここに?」

 焦る私の様子など気にもせず、さっさと立ち上がったレイオス殿下が神官様へ言う。

 こ、この……っ、王子ってみんなこう、自分勝手なのかしら!?

「それは、その。とても申し上げづらいのですが……」
「ああ。それで?」
「ええ、はい。……はい。こちらのご令嬢は、無属性と判断されました」
「はぁ?」

 隠し通せないと諦めたのだろう、神官様が現状を口にした。
 それに対するレイオス殿下の返答はこれ。低い声で信じられないものを見るような目で私を見ている。

 色々言いたいことはあるけれど、やっぱり私の現状はありえないものなのね?これって殿下からお墨付きが出たようなものだもの。
 本当にどうしたらいいのかしら。

「シュベーフェルは確か一人娘だったね」
「はい」
「これは、だいぶ怪しいね。うん、彼女の身柄は私が預かろう」
「えっ」
「了承、致しました」
「えっ!?」

 ちょっと。嘘でしょう!?
 そんなあっさり決められてしまうの!?

 いえ、確かにこの国の最上位である王族、それも継承権第1位の発言だから当然のことかもしれないけれど!!

「うん。では小さなレディ、一緒に行こう。詳しく話を聞かせてほしい」

 分かってはいたけれど私に拒否権はないわけね。
 まあ7歳の子供が現状を理解しているなんて普通思いもしないだろうし。
 とても嫌だけれど行くしかないわ……とても嫌だけれど!
 ああでも、その前に。

「あの、私の侍女が、まだ来ていないんです」
「侍女?……どこに?」

 私の言葉に、レイオス殿下は神官様を見て問う。
 神官様はとてもか細い声で、隣の部屋です、と答えた。
 案外近くにいたのね?
 ……教会側に何か企みがあったことは確定みたい。
 まだ子供で何も分からないだろう私に、教会に身を寄せると言わせたかった感じかしら。
 お父様の居る家は帰りたくないと言う可能性が高く、ほとんど会った事もない類縁者や王家に頼るとは言いにくい。消去法で教会に、となる。実際にそう考えていた。
 人を導く事を生業としているんだもの、私が迷ったとしてもそう誘導することもできたはず。

 この場合重要になってくるのは『シュベーフェルの娘』だからなのか『無属性だから』なのか。
 はあ、分からないことだらけだわ。

「――――お嬢様っ!」

 そう待つことなく、騎士に連れられたカトリーナが部屋に入ってきた。
 そして躊躇うことなく床に膝をつき、私を抱き込む。
 視界に入るのはカトリーナの着る侍女服だけ。

 なんのつもりかしら。ここにはレイオス殿下もいるのに。
 全ての者から私を隠すようなその行動はまるで、

「まるで母親のようだね」
「……私が。私が母親であったなら、こんな非道なこと……っ」
「非道。そう、貴方は何か知っているようだ。同行してもらう」
「もちろんでございます。お嬢様は、私が……お守りします」

 私をきつく抱き締めて言うカトリーナ。
 一瞬の沈黙に比された言葉は、恐らく。

「……カトリーナ」
「はい、お嬢様」

 朧げな記憶の中と変わらない、優しい声。
 一度は敵かもしれないと思った、けれど。

 もしも本当に、彼女が私のために命すら賭けていいと考えているのなら。

「私、カトリーナのこと……信じたい」
「……はい。どうか、信じてくださいませ」

 視線を合わせて、カトリーナが言う。
 その目に一瞬浮かんだのは、恐らく悲しみ。
 私が信じていないというニュアンスのことを言ったから。

 それすら演技であったらどうしようもないけれど。

 例え信じた先にあるものが裏切りであっても、彼女を信じたいという気持ちの方が大きかった。

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