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第1章 幼少期(7歳)
2 時間がない
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私の名はアリルシェーラ・シュベーフェル。
この大陸を統べる大国アタナシアの誇り高き光の一族、シュベーフェル家の娘。
この国には王族の下に7つの大貴族家があり、それぞれ得意とする属性を活かして王より賜った領地を統治している。
その中で我がシュベーフェル家は王家に次ぐ準王族ともいえる一族であり、他の6家に比べれば狭い領地ではあるけれど王都の周辺地を賜っている。王家からの信頼の証ね。
その長子であり一人娘の私は第二王子を夫として迎え、シュベーフェル家を守り王国に尽くしていく……お父様の娘として。
そのためだけに生きていた。
だけどそれは脆くも崩れ去ることになる。
13歳のあの日、忌々しいあの女が叔父に連れられ屋敷にやってきたことで。
お父様によく似た顔立ち。お父様と同じ明るい金色の髪。鮮やかなオレンジの瞳。そして……同じ光属性の魔力を持つ女、イヴリン。
一方で私はお父様にもお母様にも似ていない顔立ちで、透き通るような青空色の髪に銀色の瞳。魔力属性は……光は辛うじて、というレベルで、一番強いのはお母様と同じ水の属性。
それを知った名も知らない羽虫のような連中はこぞって口喧しく言った。
私はお母様の不義理の子で、あの女こそ父の娘だ――――と。
そんなことあるはずないというのに。
その昔、7大貴族の中で産まれた子供が取り換えられるという失態が起きとんでもない事件が起きたことにより、二度と同じ悲劇が起きぬよう性交渉には信頼のおける従者数名が、出産には当主が立ち会うことになっている。
つまり私は正真正銘お父様の娘なのよ。
それを、あの連中は。それはお母様が産んだという証明にしかならないなどと!
何がお優しいイヴリン様、よ。傲慢で冷淡なアリルシェーラ様とは大違い、よ。
何も知らないくせに!
平民と貴族は生きる世界も生き方も違うのよ。役割も何もかもが違う。
何年経ってもそれを理解しないあの女と私は違うのよ!
大貴族の一人娘として産まれ、相応しくあれと育てられ。家のために、お父様のために、と。
それだけのために育てられ、生きてきた。
この家に相応しいのは私。
お父様の隣に立つに相応しいのは私なのよ!!
「――――お嬢様!」
「っ! ……あ、」
揺さぶられて、目が覚めた。
目の前には心配そうに私を見つめるカトリーナの姿が。
「わたし……」
「私に抱き着いたまま、眠ってしまわれたのですよ。なのでベッドにお運びしたのですが魘されておられたので……」
「そう、なの……」
体を起こして両手を見る。
小さな手。子供の手だわ。
一度意識を失ってもこのままということは、やっぱりこれは夢でもなんでもなく現実で、私は過去に戻っているのね。
「お嬢様、今日はもう少し休まれますか?当主様には私からお話いたしますので」
「……ううん、いいの。起きるわ」
確かめなければ。
幼い頃のことはあまり覚えていないけれど屋敷内を歩いたら何か分かるかもしれない。
そもそも今はいつ頃なのかしら?
カトリーナが生きているのだから7歳よりは前のはずだけれど。
彼女が死んでしまったのは、私の7歳の誕生日のあとだったから……。
7歳の誕生日。この国に生まれた者は全てその日に魔力の量と属性を調べることになっている。
多くの子らにとっては喜びの日となり、一部の子らには悲劇の日となる。
私は、後者だった。
お父様と同じシュベーフェルの光属性をほんの僅かしか持っていなかったから。
あまりにも強くお母様と同じ水属性が出たのだ。
その事実はすぐに隠蔽された。私がお父様の娘であることは間違いなく、そしてお父様は必要以上の子供を作るつもりがなかったから。
唯一の子供だからこそ、私は残された。
当時はそこまで理解できなかったけれど、お父様や神官様、使用人から向けられる視線からこれは良くないことだということだけは察せた。
それで気が立っていて……そう、確か、部屋で癇癪を起して暴れたんだわ。それをカトリーナに窘められて、それが気に入らなくて、お父様に言いつけてカトリーナを追い出そうと部屋を飛び出して、そして――お父様の部屋に向かう途中、追いかけてきたカトリーナが階段から落ちたのよ。
頭から血が出ていた。きっと当たり所が悪かったんだわ。
私はそれを上から見下ろしていて……騒ぎになって、部屋に戻された。
それからしばらく部屋から出してもらえなくて、ようやく出られるようになったと思えばお父様が屋敷に寄り付かなくなり、それまで以上に会う機会を失った。
あの時はそれをカトリーナのせいにしていた記憶がある。
邪魔なカトリーナはいなくなったのに、と……。
「支度が出来ましたよ、お嬢様」
「あ、ありがとうカトリーナ」
カトリーナの声に、意識が現実に戻ってくる。
いけない、すっかり考え込んでしまっていたわ。
頭の中を整理することも必要だけれど、まず先に情報を集めなければならない。
これからどう動くにしろ、状況把握は大事よ。
何が自分にとって不利になるのか見極めなければ。
「では朝のお食事を運ばせますので、少々お待ちください」
「ええ、分かったわ」
了承の返事をすると、カトリーナは部屋を出ていった。
この頃って、部屋で食事を摂っていたのだったかしら?
あまり覚えていないわ。
ただ、一人で部屋で食べていた時期といえば……そうだ、あの時だわ。
母が病気で儚くなった、私の7歳の誕生日の数日前。
「うそ、じゃあ」
カトリーナが死んでしまうまで、数日しかないってこと!?
この大陸を統べる大国アタナシアの誇り高き光の一族、シュベーフェル家の娘。
この国には王族の下に7つの大貴族家があり、それぞれ得意とする属性を活かして王より賜った領地を統治している。
その中で我がシュベーフェル家は王家に次ぐ準王族ともいえる一族であり、他の6家に比べれば狭い領地ではあるけれど王都の周辺地を賜っている。王家からの信頼の証ね。
その長子であり一人娘の私は第二王子を夫として迎え、シュベーフェル家を守り王国に尽くしていく……お父様の娘として。
そのためだけに生きていた。
だけどそれは脆くも崩れ去ることになる。
13歳のあの日、忌々しいあの女が叔父に連れられ屋敷にやってきたことで。
お父様によく似た顔立ち。お父様と同じ明るい金色の髪。鮮やかなオレンジの瞳。そして……同じ光属性の魔力を持つ女、イヴリン。
一方で私はお父様にもお母様にも似ていない顔立ちで、透き通るような青空色の髪に銀色の瞳。魔力属性は……光は辛うじて、というレベルで、一番強いのはお母様と同じ水の属性。
それを知った名も知らない羽虫のような連中はこぞって口喧しく言った。
私はお母様の不義理の子で、あの女こそ父の娘だ――――と。
そんなことあるはずないというのに。
その昔、7大貴族の中で産まれた子供が取り換えられるという失態が起きとんでもない事件が起きたことにより、二度と同じ悲劇が起きぬよう性交渉には信頼のおける従者数名が、出産には当主が立ち会うことになっている。
つまり私は正真正銘お父様の娘なのよ。
それを、あの連中は。それはお母様が産んだという証明にしかならないなどと!
何がお優しいイヴリン様、よ。傲慢で冷淡なアリルシェーラ様とは大違い、よ。
何も知らないくせに!
平民と貴族は生きる世界も生き方も違うのよ。役割も何もかもが違う。
何年経ってもそれを理解しないあの女と私は違うのよ!
大貴族の一人娘として産まれ、相応しくあれと育てられ。家のために、お父様のために、と。
それだけのために育てられ、生きてきた。
この家に相応しいのは私。
お父様の隣に立つに相応しいのは私なのよ!!
「――――お嬢様!」
「っ! ……あ、」
揺さぶられて、目が覚めた。
目の前には心配そうに私を見つめるカトリーナの姿が。
「わたし……」
「私に抱き着いたまま、眠ってしまわれたのですよ。なのでベッドにお運びしたのですが魘されておられたので……」
「そう、なの……」
体を起こして両手を見る。
小さな手。子供の手だわ。
一度意識を失ってもこのままということは、やっぱりこれは夢でもなんでもなく現実で、私は過去に戻っているのね。
「お嬢様、今日はもう少し休まれますか?当主様には私からお話いたしますので」
「……ううん、いいの。起きるわ」
確かめなければ。
幼い頃のことはあまり覚えていないけれど屋敷内を歩いたら何か分かるかもしれない。
そもそも今はいつ頃なのかしら?
カトリーナが生きているのだから7歳よりは前のはずだけれど。
彼女が死んでしまったのは、私の7歳の誕生日のあとだったから……。
7歳の誕生日。この国に生まれた者は全てその日に魔力の量と属性を調べることになっている。
多くの子らにとっては喜びの日となり、一部の子らには悲劇の日となる。
私は、後者だった。
お父様と同じシュベーフェルの光属性をほんの僅かしか持っていなかったから。
あまりにも強くお母様と同じ水属性が出たのだ。
その事実はすぐに隠蔽された。私がお父様の娘であることは間違いなく、そしてお父様は必要以上の子供を作るつもりがなかったから。
唯一の子供だからこそ、私は残された。
当時はそこまで理解できなかったけれど、お父様や神官様、使用人から向けられる視線からこれは良くないことだということだけは察せた。
それで気が立っていて……そう、確か、部屋で癇癪を起して暴れたんだわ。それをカトリーナに窘められて、それが気に入らなくて、お父様に言いつけてカトリーナを追い出そうと部屋を飛び出して、そして――お父様の部屋に向かう途中、追いかけてきたカトリーナが階段から落ちたのよ。
頭から血が出ていた。きっと当たり所が悪かったんだわ。
私はそれを上から見下ろしていて……騒ぎになって、部屋に戻された。
それからしばらく部屋から出してもらえなくて、ようやく出られるようになったと思えばお父様が屋敷に寄り付かなくなり、それまで以上に会う機会を失った。
あの時はそれをカトリーナのせいにしていた記憶がある。
邪魔なカトリーナはいなくなったのに、と……。
「支度が出来ましたよ、お嬢様」
「あ、ありがとうカトリーナ」
カトリーナの声に、意識が現実に戻ってくる。
いけない、すっかり考え込んでしまっていたわ。
頭の中を整理することも必要だけれど、まず先に情報を集めなければならない。
これからどう動くにしろ、状況把握は大事よ。
何が自分にとって不利になるのか見極めなければ。
「では朝のお食事を運ばせますので、少々お待ちください」
「ええ、分かったわ」
了承の返事をすると、カトリーナは部屋を出ていった。
この頃って、部屋で食事を摂っていたのだったかしら?
あまり覚えていないわ。
ただ、一人で部屋で食べていた時期といえば……そうだ、あの時だわ。
母が病気で儚くなった、私の7歳の誕生日の数日前。
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