上 下
3 / 77
第1章 幼少期(7歳)

2 時間がない

しおりを挟む
 私の名はアリルシェーラ・シュベーフェル。
 この大陸を統べる大国アタナシアの誇り高き光の一族、シュベーフェル家の娘。

 この国には王族の下に7つの大貴族家があり、それぞれ得意とする属性を活かして王より賜った領地を統治している。
 その中で我がシュベーフェル家は王家に次ぐ準王族ともいえる一族であり、他の6家に比べれば狭い領地ではあるけれど王都の周辺地を賜っている。王家からの信頼の証ね。
 その長子であり一人娘の私は第二王子を夫として迎え、シュベーフェル家を守り王国に尽くしていく……お父様の娘として。
 そのためだけに生きていた。

 だけどそれは脆くも崩れ去ることになる。

 13歳のあの日、忌々しいあの女が叔父に連れられ屋敷にやってきたことで。

 お父様によく似た顔立ち。お父様と同じ明るい金色の髪。鮮やかなオレンジの瞳。そして……同じ光属性の魔力を持つ女、イヴリン。

 一方で私はお父様にもお母様にも似ていない顔立ちで、透き通るような青空色の髪に銀色の瞳。魔力属性は……光は辛うじて、というレベルで、一番強いのはお母様と同じ水の属性。
 それを知った名も知らない羽虫のような連中はこぞって口喧しく言った。

 私はお母様の不義理の子で、あの女こそ父の娘だ――――と。

 そんなことあるはずないというのに。

 その昔、7大貴族の中で産まれた子供が取り換えられるという失態が起きとんでもない事件が起きたことにより、二度と同じ悲劇が起きぬよう性交渉には信頼のおける従者数名が、出産には当主が立ち会うことになっている。
 つまり私は正真正銘お父様の娘なのよ。
 それを、あの連中は。それはお母様が産んだという証明にしかならないなどと!

 何がお優しいイヴリン様、よ。傲慢で冷淡なアリルシェーラ様とは大違い、よ。

 何も知らないくせに!

 平民と貴族は生きる世界も生き方も違うのよ。役割も何もかもが違う。
 何年経ってもそれを理解しないあの女と私は違うのよ!

 大貴族の一人娘として産まれ、相応しくあれと育てられ。家のために、お父様のために、と。
 それだけのために育てられ、生きてきた。

 この家に相応しいのは私。

 お父様の隣に立つに相応しいのは私なのよ!!




「――――お嬢様!」

「っ! ……あ、」

 揺さぶられて、目が覚めた。
 目の前には心配そうに私を見つめるカトリーナの姿が。

「わたし……」
「私に抱き着いたまま、眠ってしまわれたのですよ。なのでベッドにお運びしたのですが魘されておられたので……」
「そう、なの……」

 体を起こして両手を見る。
 小さな手。子供の手だわ。

 一度意識を失ってもこのままということは、やっぱりこれは夢でもなんでもなく現実で、私は過去に戻っているのね。

「お嬢様、今日はもう少し休まれますか?当主様には私からお話いたしますので」
「……ううん、いいの。起きるわ」

 確かめなければ。
 幼い頃のことはあまり覚えていないけれど屋敷内を歩いたら何か分かるかもしれない。

 そもそも今はいつ頃なのかしら?
 カトリーナが生きているのだから7歳よりは前のはずだけれど。
 彼女が死んでしまったのは、私の7歳の誕生日のあとだったから……。

 7歳の誕生日。この国に生まれた者は全てその日に魔力の量と属性を調べることになっている。
 多くの子らにとっては喜びの日となり、一部の子らには悲劇の日となる。
 私は、後者だった。
 お父様と同じシュベーフェルの光属性をほんの僅かしか持っていなかったから。
 あまりにも強くお母様と同じ水属性が出たのだ。

 その事実はすぐに隠蔽された。私がお父様の娘であることは間違いなく、そしてお父様は必要以上の子供を作るつもりがなかったから。
 唯一の子供だからこそ、私は残された。

 当時はそこまで理解できなかったけれど、お父様や神官様、使用人から向けられる視線からこれは良くないことだということだけは察せた。
 それで気が立っていて……そう、確か、部屋で癇癪を起して暴れたんだわ。それをカトリーナに窘められて、それが気に入らなくて、お父様に言いつけてカトリーナを追い出そうと部屋を飛び出して、そして――お父様の部屋に向かう途中、追いかけてきたカトリーナが階段から落ちたのよ。
 頭から血が出ていた。きっと当たり所が悪かったんだわ。
 私はそれを上から見下ろしていて……騒ぎになって、部屋に戻された。
 それからしばらく部屋から出してもらえなくて、ようやく出られるようになったと思えばお父様が屋敷に寄り付かなくなり、それまで以上に会う機会を失った。

 あの時はそれをカトリーナのせいにしていた記憶がある。
 邪魔なカトリーナはいなくなったのに、と……。

「支度が出来ましたよ、お嬢様」
「あ、ありがとうカトリーナ」

 カトリーナの声に、意識が現実に戻ってくる。
 いけない、すっかり考え込んでしまっていたわ。
 頭の中を整理することも必要だけれど、まず先に情報を集めなければならない。
 これからどう動くにしろ、状況把握は大事よ。
 何が自分にとって不利になるのか見極めなければ。

「では朝のお食事を運ばせますので、少々お待ちください」
「ええ、分かったわ」

 了承の返事をすると、カトリーナは部屋を出ていった。

 この頃って、部屋で食事を摂っていたのだったかしら?
 あまり覚えていないわ。
 ただ、一人で部屋で食べていた時期といえば……そうだ、あの時だわ。

 母が病気で儚くなった、私の7歳の誕生日の数日前。

「うそ、じゃあ」

 カトリーナが死んでしまうまで、数日しかないってこと!?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

処理中です...