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「…………これは、駄目だな」

 目を通していた本を閉じる。
 これにはどうやら、求めている知識は書かれていないようだ。

 小さく溜息を零しながら、机の上を片付けにかかる。
 例え本を返すためのほんの僅かな移動でも私物を置いていくと行方知れずになるため、移動する時は全て持ち歩かなければならない。
 ここはそれくらい治安が悪いのだ。学園としてどうかとは思うけど。
 単純に僕が周りから良く思われていないってことも多分にある気はする。


 ――――――平日の、本来なら授業中の図書館はとても静かだ。

 僕と同じ制度を利用している生徒は少なく、いたとしても図書館は2ヶ所にある上にどちらも広いし、分野が被らない限り同じ範囲に何人も生徒がいることはほとんどない。
 まあ僕の場合は専門と言える分野はないし、知る必要があると思ったものを手当たり次第調べるから人が居た場合その範囲を避けて次に移るから静かなのは当然だけど。
 気配や視線を感じるとどうも集中できないんだ。大体が悪意とかそういうマイナスの感情を含んでいるから。鬱陶しいことこの上ない。
 特に酷いのは移動しても追ってくる奴。一定の距離を保って声を掛けるでもなくただ視線を寄越してくる。気色悪い。
 いっそクラスメイト達のように手を出してくるなら対処のしようもあるけど、相手が誰かも分からないし実害も今のところ無いから放っておくしかない。以前に比べて頻度もたまに、という程度になっているし。

 …………いざ耐えられないようなら、この場所には『奥の手』がある。

 それは、恐らく普通に・・・生活をしている生徒達では知り得ない、この図書館の秘密。
 『記憶』でここの元となった学園に通っていた僕だから知ってしまっていることなんだけど、ここのとある場所・・・・・には『隠された部屋』が存在する。
 広さとしては8畳ほどだろうか。中には二人が横に並んで使えるサイズのテーブルと椅子が四脚、壁際には年季の入った大きなソファが置かれている。
 そこまでなら創設者の遊び心か何かかと思えるんだけど、ユニットバスがある上に防音処理がされてるみたいなんだよね……。
 その時点で使用用途・・・・は大分絞られるというか予想がつく・・・・・んだけどそれは思考の片隅に追いやるとして。身を隠したり一人になりたい時には便利だから有り難く使わせてもらっている。周りに人の目がない時にしか入れないのは不便だけどね。
 まあ僕は隠密、気配察知のスキルが高い方だから見つかるようなヘマは今のところしていないと思う。
 その証拠に、部屋の鍵は暗証番号式で出入りと認証エラーのログが残るような仕組みになっているんだけど、僕以外に部屋に入った形跡も入ろうとした形跡もない。そもそも場所が場所だから早々見つけられない気がする。
 だから今後も万全の警戒を持って使用しようとは思うが、念には念を入れて暗証番号は変更しておいた。中に入れさえすれば変更は簡単なのだ。これで僕以外に部屋に入れる者はいないだろう。変更して以降もログに僕以外はいない。
 恐らくだけど今の学園関係者にはこの部屋の存在を知る者はいないのだと思う。ログを隠せるような技術者がいるとも思えない。そういう技術者は基本『上』に囲い込まれている。
 だって彼らが居なくなれば、その知識を正しく継承していかなければそれらの技術は失われてしまうから。
 今更アナログになんて戻れないだろうしな。
 そうは言っても技術者が減っていくのはどうしようもない問題なんだけど……。

 


 本を棚に戻し、目的の本を探して歩く。

 このあたりの棚は殆んどが専門書だからか、生徒は一人もいない。
 物音ひとつしないその静けさは、まるでこの場所にたった一人きりのように錯覚させる。
 そんなことはないのに。

 …………心細いのだろうか。

 伊坂さんが発ってから、他人と会話らしい会話もしていない。心を許せる相手がいないから。
 …………『記憶』とは、違って。

 僕には何もない。今を作るこの身一つだ。
 それに対して淋しいと感じたことは、今までに一度だってなかったのに。
 この学園に来てからずっと傍にいた伊坂さんの存在は、大きかったらしい。
 離れてみて初めて気付いてしまった。

 あの人もいずれ、僕の傍から居なくなってしまうのに――――。



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