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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい
お静かに、これは尾行です。14
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「ゼロス、また皆で遊びにきましょう。だから今夜は眠りなさい」
「……やくそく?」
「はい、約束です」
「…………わかった。ねる」
「いい子です」
ゼロスを抱っこし、私のヴェールを草原に敷きました。
薄手のヴェールなので草で少しチクチクするかもしれませんが今夜はこれで我慢してくださいね。
「どうぞ。ここで横になってください」
ヴェールの上にゼロスを寝かせます。
ゼロスはとても眠たかったようで、寝転がると大きな欠伸をして瞳をうつらうつらさせました。
「草は痛くありませんか?」
「だいじょうぶ……。おやすみ、ブレイラ……」
「おやすみなさい」
ゼロスの丸い額におやすみなさいの口付けを一つ。
そうすると嬉しそうにはにかんで、瞳を閉じてすぐに眠っていきました。
「ふふふ、とても疲れていたんですね。もう眠っていきました」
ゼロスの寝顔に笑いかけ、次はイスラを振り返る。
広げたヴェールはあと一人分のスペースがあります。
「イスラ、あなたもここで眠りなさい」
「ダメだ。そこはブレイラが寝ろ」
きっぱり断られてしまいました。
イスラならそう言うのではないかと思っていました。この子、幼い頃からなにかと私を気遣ってくれるのです。
でもダメ。私だって譲れません。
「いいえ、あなたが眠ってください。私はあなたの親ですよ。あなたを差し置いてここで眠れというのですか?」
「でも」
「お願いです、言うことを聞いてください。あなたがここで眠ってくれないと、私は今夜眠れぬ夜を過ごすことになります」
ね? イスラの顔を覗き込む。
するとイスラは困ったように顎を引いて、渋々ながらも頷いてくれました。
「分かった……」
「ありがとうございます。さあ、どうぞ」
促すとイスラが横になってくれる。
イスラの眠りを見守れるのは久しぶりで、なんだか懐かしい気持ちがこみあげます。
私はイスラの前髪を優しく指で払い、露わになった額に口付けを一つ。
「イスラ、おやすみなさい」
「おやすみ、ブレイラ」
イスラは少し照れ臭そうな顔になりましたが自分の腕を枕にして目を閉じる。
しばらくするとイスラからも寝息が聞こえてきました。
二人の子どもが眠り、私はハウストの隣へ戻ります。
「こうした夜を過ごすのも、なんだか懐かしいですね」
「イスラは今でこそああだが、ゼロスくらいの頃はお前の添い寝がなければ眠れないと駄々をこねたこともあったな」
「はい。…………今ももう少しくらい駄々をこねてくれてもいいんですが」
「おい」
ハウストが呆れた目で私を見ます。
……なんですか、その目は。
「冗談ですよ」
「冗談に聞こえなかったぞ」
「……気のせいです」
そっと目を逸らした私をハウストが疑わしげに見ます。
何が言いたいのか分かっています。私だって少しくらい自覚はあります。……でも仕方ないじゃないですか、私はイスラが可愛いのです。
そしてもちろんゼロスも。
「ハウスト、あなたも今日は大変だったでしょう。ありがとうございました」
「……ああ、こんなに疲れるとは思わなかった」
「ゼロスはまだ子どもですから……」
ゼロスは冥王でありながら、普通の子どものように心豊かに感情がくるくる変化します。笑ったり、泣いたり、拗ねたり、怯えたり、駄々をこねたり、ほんとうに毎日が忙しそう。
「……今日は少しだけゼロスが羨ましかったです」
「なぜだ?」
ハウストが不思議そうに聞いてくる。
少し拗ねた顔を作ってハウストを見ました。
「……私も泳いでいるハウストの背中に乗ってみたいなと」
私は泳げないですが一度でいいから水の中を悠々と泳いでみたいものです。
それがハウストの背中だなんて最高ではないですか。
そんな私にハウストが嬉しそうな顔になる。
「いつでも言えよ」
「か、簡単に言わないでください。……恥ずかしいじゃないですか。そんな、子どもみたいな」
「別に構わないだろう。なんなら今から泳いでやろうか」
そう言ってハウストは笑うと目の前の川を見ました。
水面に映った月が川の流れにゆらゆらと揺れている。
地上は夜の闇に覆われているけれど、夜空は月が輝き、星々が煌めく。
「美しい夜ですね」
夜空を見上げながらハウストに凭れかかりました。
今から泳ぐことはできませんが、これくらいは私も甘えたいのです。
そんな私にハウストも目を細め、私の肩に腕を回してそっと抱き寄せてくれる。
呼吸が届く距離。
見つめ合うと、ハウストの鳶色の瞳に私が映っている。
恥ずかしいですね。だって今の私、とても間抜けな顔をしている。
ハウストの側に寄り添えることが嬉しくて、頬と口元が緩んでいるんです。
「あまり見ないでください」
「なぜだ」
「今は星を見ていてください」
「お前は俺を見ているだろ」
「私はいいのです」
「ワガママだな」
「嫌ってしまいますか?」
「まさか。可愛いワガママだ」
そう言ってハウストが私の唇に口付けました。
見つめ合ったまま啄むような口付けを何度も交わす。
甘いくすぐったさにはにかむと、私を抱き寄せるハウストの腕に力が込められました。
「やはり城に帰るべきだった。ここだと続きができない」
そう言ってハウストがちらりとイスラとゼロスを見る。
でも何か思いついたように顔を輝かせます。
「ここから少し離れるか?」
「何を言うかと思えば……」
思わず苦笑してしまう。
それは私にとってもとても魅力的なお誘いですが、今はダメですよ。
「せっかく四人でいるんです。ここで、しばらくこのまま」
「……残念だが仕方ない。お前が言うなら」
残念だと言いながらもハウストの顔は穏やかなままです。
嬉しくなってハウストの広い懐に身をゆだねる。
「ハウスト、今日は人間界に連れてきてくれてありがとうございます。こうして一夜を過ごせることも」
「俺も同じ気持ちだと言っただろう」
「ふふふ、嬉しいことです」
小さく笑って、また夜空を見上げます。
夜空を見るのは初めてではないのに、まるで初めて目にしたように美しい。
彼といると何度も初めての気持ちになれるのですから不思議ですね。
私はこの夜空を、今まで目にした夜空とともに、ずっとずっと忘れることはないでしょう。
「……やくそく?」
「はい、約束です」
「…………わかった。ねる」
「いい子です」
ゼロスを抱っこし、私のヴェールを草原に敷きました。
薄手のヴェールなので草で少しチクチクするかもしれませんが今夜はこれで我慢してくださいね。
「どうぞ。ここで横になってください」
ヴェールの上にゼロスを寝かせます。
ゼロスはとても眠たかったようで、寝転がると大きな欠伸をして瞳をうつらうつらさせました。
「草は痛くありませんか?」
「だいじょうぶ……。おやすみ、ブレイラ……」
「おやすみなさい」
ゼロスの丸い額におやすみなさいの口付けを一つ。
そうすると嬉しそうにはにかんで、瞳を閉じてすぐに眠っていきました。
「ふふふ、とても疲れていたんですね。もう眠っていきました」
ゼロスの寝顔に笑いかけ、次はイスラを振り返る。
広げたヴェールはあと一人分のスペースがあります。
「イスラ、あなたもここで眠りなさい」
「ダメだ。そこはブレイラが寝ろ」
きっぱり断られてしまいました。
イスラならそう言うのではないかと思っていました。この子、幼い頃からなにかと私を気遣ってくれるのです。
でもダメ。私だって譲れません。
「いいえ、あなたが眠ってください。私はあなたの親ですよ。あなたを差し置いてここで眠れというのですか?」
「でも」
「お願いです、言うことを聞いてください。あなたがここで眠ってくれないと、私は今夜眠れぬ夜を過ごすことになります」
ね? イスラの顔を覗き込む。
するとイスラは困ったように顎を引いて、渋々ながらも頷いてくれました。
「分かった……」
「ありがとうございます。さあ、どうぞ」
促すとイスラが横になってくれる。
イスラの眠りを見守れるのは久しぶりで、なんだか懐かしい気持ちがこみあげます。
私はイスラの前髪を優しく指で払い、露わになった額に口付けを一つ。
「イスラ、おやすみなさい」
「おやすみ、ブレイラ」
イスラは少し照れ臭そうな顔になりましたが自分の腕を枕にして目を閉じる。
しばらくするとイスラからも寝息が聞こえてきました。
二人の子どもが眠り、私はハウストの隣へ戻ります。
「こうした夜を過ごすのも、なんだか懐かしいですね」
「イスラは今でこそああだが、ゼロスくらいの頃はお前の添い寝がなければ眠れないと駄々をこねたこともあったな」
「はい。…………今ももう少しくらい駄々をこねてくれてもいいんですが」
「おい」
ハウストが呆れた目で私を見ます。
……なんですか、その目は。
「冗談ですよ」
「冗談に聞こえなかったぞ」
「……気のせいです」
そっと目を逸らした私をハウストが疑わしげに見ます。
何が言いたいのか分かっています。私だって少しくらい自覚はあります。……でも仕方ないじゃないですか、私はイスラが可愛いのです。
そしてもちろんゼロスも。
「ハウスト、あなたも今日は大変だったでしょう。ありがとうございました」
「……ああ、こんなに疲れるとは思わなかった」
「ゼロスはまだ子どもですから……」
ゼロスは冥王でありながら、普通の子どものように心豊かに感情がくるくる変化します。笑ったり、泣いたり、拗ねたり、怯えたり、駄々をこねたり、ほんとうに毎日が忙しそう。
「……今日は少しだけゼロスが羨ましかったです」
「なぜだ?」
ハウストが不思議そうに聞いてくる。
少し拗ねた顔を作ってハウストを見ました。
「……私も泳いでいるハウストの背中に乗ってみたいなと」
私は泳げないですが一度でいいから水の中を悠々と泳いでみたいものです。
それがハウストの背中だなんて最高ではないですか。
そんな私にハウストが嬉しそうな顔になる。
「いつでも言えよ」
「か、簡単に言わないでください。……恥ずかしいじゃないですか。そんな、子どもみたいな」
「別に構わないだろう。なんなら今から泳いでやろうか」
そう言ってハウストは笑うと目の前の川を見ました。
水面に映った月が川の流れにゆらゆらと揺れている。
地上は夜の闇に覆われているけれど、夜空は月が輝き、星々が煌めく。
「美しい夜ですね」
夜空を見上げながらハウストに凭れかかりました。
今から泳ぐことはできませんが、これくらいは私も甘えたいのです。
そんな私にハウストも目を細め、私の肩に腕を回してそっと抱き寄せてくれる。
呼吸が届く距離。
見つめ合うと、ハウストの鳶色の瞳に私が映っている。
恥ずかしいですね。だって今の私、とても間抜けな顔をしている。
ハウストの側に寄り添えることが嬉しくて、頬と口元が緩んでいるんです。
「あまり見ないでください」
「なぜだ」
「今は星を見ていてください」
「お前は俺を見ているだろ」
「私はいいのです」
「ワガママだな」
「嫌ってしまいますか?」
「まさか。可愛いワガママだ」
そう言ってハウストが私の唇に口付けました。
見つめ合ったまま啄むような口付けを何度も交わす。
甘いくすぐったさにはにかむと、私を抱き寄せるハウストの腕に力が込められました。
「やはり城に帰るべきだった。ここだと続きができない」
そう言ってハウストがちらりとイスラとゼロスを見る。
でも何か思いついたように顔を輝かせます。
「ここから少し離れるか?」
「何を言うかと思えば……」
思わず苦笑してしまう。
それは私にとってもとても魅力的なお誘いですが、今はダメですよ。
「せっかく四人でいるんです。ここで、しばらくこのまま」
「……残念だが仕方ない。お前が言うなら」
残念だと言いながらもハウストの顔は穏やかなままです。
嬉しくなってハウストの広い懐に身をゆだねる。
「ハウスト、今日は人間界に連れてきてくれてありがとうございます。こうして一夜を過ごせることも」
「俺も同じ気持ちだと言っただろう」
「ふふふ、嬉しいことです」
小さく笑って、また夜空を見上げます。
夜空を見るのは初めてではないのに、まるで初めて目にしたように美しい。
彼といると何度も初めての気持ちになれるのですから不思議ですね。
私はこの夜空を、今まで目にした夜空とともに、ずっとずっと忘れることはないでしょう。
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