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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい
お静かに、これは尾行です。12
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「ゼロス? 一人で水遊びをしてはいけませんと言ってありましたよね? ましてや川に入るなんて、とても危険なことです」
「うぅ、ごめんなさい~」
ゼロスが私の胸元に顔を伏せました。
素直に謝れるのは良いことですが困った子です。
「もう一人で川に入ってはいけませんからね」
「わかった。もうしない」
「良い子です。それで、その後はどうなったんですか?」
質問を投げかけた私にゼロスがパッと顔を上げる。
反省はするけれど、話したいことがたくさんあるのですね。
「ぼくね、およいだの。あにうえみたいに、じょうずにおよげたよ?」
ゼロスは胸を張って教えてくれましたが、それを聞いていたハウストが「……あれは泳いだんじゃない、流されたんだ」とぼそりと呟く。
…………ああ、ハウスト。心中、お察しします……。
「そのあと滝に落ちたんですか?」
「うん。ちちうえとおちた。ひゅ~っ、ざぶんって」
「それは怖い思いをしましたね」
「うん。でも、ちちうえがだっこしてくれたから、だいじょうぶ。ちちうえ、じょうずにおよいでた」
「そうですか。ハウストにおんぶして泳いでもらったんですね」
「うん!」
ゼロスが大きく頷きました。
恐い思いをしながらも楽しかったようです。
でも……。
「……ハウスト、あなた、やつれませんでした?」
「…………そうかもな」
ハウストが疲れ切った顔で言いました。
珍しくぐったりしている様子にハウストの苦労が窺えます。
ご機嫌のゼロスを抱っこしたまま隣のハウストを覗き込む。
「あの、元気だしてください……」
「出せると思うか……?」
ハウストの返事が力無い。
珍しいハウストの姿に焦ってしまう。
「で、でもっ、川から出てきたあなたは素敵でしたよ! 濡れたあなたはかっこよくてずるいですっ。もちろん普段のあなたも素敵ですが!」
そう、ほんとうに素敵でした! 嘘じゃないです、ほんとうです!
彼からポタポタ落ちる雫も、濡れた前髪をかきあげる姿も、思い出すだけで胸が高鳴ってうっとりしてしまう。
そう言った私にハウストがぴくりと反応する。
「……そうか?」
「そうです! 惚れ直してしまいましたよ!」
「……そうか、惚れ直したか」
「はい、何度でも!」
これもほんとうです!
ハウストの表情に明るさが帯びてきて、あともうひと押し!
「あなたは何をしても素敵なのでずるいですね」
「お前の方がよっぽどずるいだろ。今も俺は誤魔化されつつある」
「誤魔化すなんて人聞きが悪いです。毎日恋をしていると言ったじゃないですか」
「ブレイラっ……」
ハウストが嬉しそうに笑う。
良かった。ハウストの機嫌も治ったようです。
気が付けば濡れていた服も乾いている。
「さあ、ハウストとゼロスは服を着てください。いつまでも裸では困ります」
ハウストとゼロスが服を着て、あとは魔界に帰るだけです。
高かった陽射しも傾きだして、きっとあっという間に山は暗くなってしまうでしょう。
でもゼロスが不満そうに見上げてくる。
「……もうかえるの?」
「帰らなければ皆が心配するでしょう?」
「うぅ、もうちょっとだけっ。おねがい、もうちょっと!」
駄々をこねるゼロスに困ってしまう。
でもゼロスの気持ちも分からないものではありませんでした。
こうして家族四人で魔界の城の外に出るのは久しぶりです。
普段ハウストはもちろん私も政務に追われ、イスラは人間界に旅に出ている事も多くなりました。四人でゆっくり過ごす機会はそれほど多くありません。まして今のように四人で、まるで旅行みたいな……。
そう、旅行みたいで私だってできるなら帰りたくないのです。
もう少しだけ四人でゆっくり過ごしたい。
「……ハウスト」
「なんだ」
「ゼロスにも困ったものです。ゼロスは一晩くらい山で過ごしたいと思っているのかもしれません……」
「そこまで言ってないように思うが?」
「私はゼロスの親なので、ゼロスの考えていることはよく分かるのです。あなたも分かるはず……」
ちら、ちら、とハウストを見上げる。
その視線にハウストが「お前……」と顎を引く。
私の本音を察してくれたのです。
ハウストは大きなため息をついて私をじろりと見る。
「お前もまだ帰りたくないんだな」
「わ、私は魔界の王妃なのでワガママはいけないと分かっているのですよ? 立派な王妃とはワガママを言わないものですっ。でもちょっとした息抜きの時間がある方が、政務の精度を高めるのではないかと思っていたりいなかったり……」
「ようするに帰りたくないんだな。よく分かった」
「…………そうとも言えますね」
ハウストの呆れたような視線からそっと目を逸らす。
そんな私にハウストは苦笑するも、仕方ないなと肩を竦めます。
「いいだろう、フェリクトールの説教は免れないだろうが今夜は久しぶりの野営だな」
「い、いいんですか?!」
「もう少しここにいたいんだろう。俺もそういう気持ちがない訳ではないからな」
「ありがとうございます! イスラ、ゼロス、聞きましたか?! 今夜はここでゆっくり過ごせるそうです!!」
そう言ってイスラとゼロスを振り返る。
ゼロスは満面の笑顔を浮かべて「やった~!」とぴょんぴょん跳ねまわってはしゃぎだす。
イスラはあまり表情を変えないまま頷きましたが纏う雰囲気が浮上しましたね。私には分かりますよ。
こうして今夜は山で過ごせることになりました。
そうと決まれば野営の準備をしなければいけません。
一夜なので草枕で雑魚寝をするのは当然としても食事は用意しなければ。
「では山に食材を採りに行きましょう。ここは実りの豊かな山ですから、きっと美味しい木の実が育っているはずですよ」
「ブレイラ、この山にはイノシシもウサギもいるぞ」
「では、お肉も食べられるのですね」
イスラが食材候補を付け足してくれました。
一夜の野営ですが、食事にも困らなさそうで良かったです。
私たちは山に入り、さっそく食材探しを始めました。
思った通り豊かな山にはたくさんの木の実が実っています。
「この木になっている果実はとても甘くて美味しいんですよ?」
そう言って手の届く枝から果実を採る。
果実を見たイスラが懐かしそうに目を細めます。
「知ってる。ブレイラが住んでた山にもあった」
「ふふふ、覚えてくれてたんですね」
「ああ、よくブレイラが採ってきてくれたから。美味しかった」
イスラも手を伸ばして果実を採りました。
それを見ていたゼロスが瞳を輝かせます。
「あにうえ、ぼくにもみせて!」
「ほら」
イスラが膝をついて果実を見せると、ゼロスはそっと触ってみたり鼻をくんくんさせたり興味深々です。
「食べてみるか?」
「うん!」
イスラが短剣で果実の皮を剥き、種の部分を丁寧に取り除く。
赤く熟した果肉の甘い匂いが食欲をそそります。
「これでいいぞ」
「わああ~! あにうえ、ありがとう!」
ゼロスは果実を受け取り、さっそくとばかりに齧り付く。
初めて食べた甘い果実にゼロスの瞳は更に輝いて、もぐもぐと夢中で食べだしました。
「あまい~! あにうえ、おいしい!」
「良かったな」
嬉しそうなゼロスにイスラの口元が綻ぶ。
あっという間に食べてしまって、ゼロスの口の周りは果汁でべとべとです。
「うぅ、ごめんなさい~」
ゼロスが私の胸元に顔を伏せました。
素直に謝れるのは良いことですが困った子です。
「もう一人で川に入ってはいけませんからね」
「わかった。もうしない」
「良い子です。それで、その後はどうなったんですか?」
質問を投げかけた私にゼロスがパッと顔を上げる。
反省はするけれど、話したいことがたくさんあるのですね。
「ぼくね、およいだの。あにうえみたいに、じょうずにおよげたよ?」
ゼロスは胸を張って教えてくれましたが、それを聞いていたハウストが「……あれは泳いだんじゃない、流されたんだ」とぼそりと呟く。
…………ああ、ハウスト。心中、お察しします……。
「そのあと滝に落ちたんですか?」
「うん。ちちうえとおちた。ひゅ~っ、ざぶんって」
「それは怖い思いをしましたね」
「うん。でも、ちちうえがだっこしてくれたから、だいじょうぶ。ちちうえ、じょうずにおよいでた」
「そうですか。ハウストにおんぶして泳いでもらったんですね」
「うん!」
ゼロスが大きく頷きました。
恐い思いをしながらも楽しかったようです。
でも……。
「……ハウスト、あなた、やつれませんでした?」
「…………そうかもな」
ハウストが疲れ切った顔で言いました。
珍しくぐったりしている様子にハウストの苦労が窺えます。
ご機嫌のゼロスを抱っこしたまま隣のハウストを覗き込む。
「あの、元気だしてください……」
「出せると思うか……?」
ハウストの返事が力無い。
珍しいハウストの姿に焦ってしまう。
「で、でもっ、川から出てきたあなたは素敵でしたよ! 濡れたあなたはかっこよくてずるいですっ。もちろん普段のあなたも素敵ですが!」
そう、ほんとうに素敵でした! 嘘じゃないです、ほんとうです!
彼からポタポタ落ちる雫も、濡れた前髪をかきあげる姿も、思い出すだけで胸が高鳴ってうっとりしてしまう。
そう言った私にハウストがぴくりと反応する。
「……そうか?」
「そうです! 惚れ直してしまいましたよ!」
「……そうか、惚れ直したか」
「はい、何度でも!」
これもほんとうです!
ハウストの表情に明るさが帯びてきて、あともうひと押し!
「あなたは何をしても素敵なのでずるいですね」
「お前の方がよっぽどずるいだろ。今も俺は誤魔化されつつある」
「誤魔化すなんて人聞きが悪いです。毎日恋をしていると言ったじゃないですか」
「ブレイラっ……」
ハウストが嬉しそうに笑う。
良かった。ハウストの機嫌も治ったようです。
気が付けば濡れていた服も乾いている。
「さあ、ハウストとゼロスは服を着てください。いつまでも裸では困ります」
ハウストとゼロスが服を着て、あとは魔界に帰るだけです。
高かった陽射しも傾きだして、きっとあっという間に山は暗くなってしまうでしょう。
でもゼロスが不満そうに見上げてくる。
「……もうかえるの?」
「帰らなければ皆が心配するでしょう?」
「うぅ、もうちょっとだけっ。おねがい、もうちょっと!」
駄々をこねるゼロスに困ってしまう。
でもゼロスの気持ちも分からないものではありませんでした。
こうして家族四人で魔界の城の外に出るのは久しぶりです。
普段ハウストはもちろん私も政務に追われ、イスラは人間界に旅に出ている事も多くなりました。四人でゆっくり過ごす機会はそれほど多くありません。まして今のように四人で、まるで旅行みたいな……。
そう、旅行みたいで私だってできるなら帰りたくないのです。
もう少しだけ四人でゆっくり過ごしたい。
「……ハウスト」
「なんだ」
「ゼロスにも困ったものです。ゼロスは一晩くらい山で過ごしたいと思っているのかもしれません……」
「そこまで言ってないように思うが?」
「私はゼロスの親なので、ゼロスの考えていることはよく分かるのです。あなたも分かるはず……」
ちら、ちら、とハウストを見上げる。
その視線にハウストが「お前……」と顎を引く。
私の本音を察してくれたのです。
ハウストは大きなため息をついて私をじろりと見る。
「お前もまだ帰りたくないんだな」
「わ、私は魔界の王妃なのでワガママはいけないと分かっているのですよ? 立派な王妃とはワガママを言わないものですっ。でもちょっとした息抜きの時間がある方が、政務の精度を高めるのではないかと思っていたりいなかったり……」
「ようするに帰りたくないんだな。よく分かった」
「…………そうとも言えますね」
ハウストの呆れたような視線からそっと目を逸らす。
そんな私にハウストは苦笑するも、仕方ないなと肩を竦めます。
「いいだろう、フェリクトールの説教は免れないだろうが今夜は久しぶりの野営だな」
「い、いいんですか?!」
「もう少しここにいたいんだろう。俺もそういう気持ちがない訳ではないからな」
「ありがとうございます! イスラ、ゼロス、聞きましたか?! 今夜はここでゆっくり過ごせるそうです!!」
そう言ってイスラとゼロスを振り返る。
ゼロスは満面の笑顔を浮かべて「やった~!」とぴょんぴょん跳ねまわってはしゃぎだす。
イスラはあまり表情を変えないまま頷きましたが纏う雰囲気が浮上しましたね。私には分かりますよ。
こうして今夜は山で過ごせることになりました。
そうと決まれば野営の準備をしなければいけません。
一夜なので草枕で雑魚寝をするのは当然としても食事は用意しなければ。
「では山に食材を採りに行きましょう。ここは実りの豊かな山ですから、きっと美味しい木の実が育っているはずですよ」
「ブレイラ、この山にはイノシシもウサギもいるぞ」
「では、お肉も食べられるのですね」
イスラが食材候補を付け足してくれました。
一夜の野営ですが、食事にも困らなさそうで良かったです。
私たちは山に入り、さっそく食材探しを始めました。
思った通り豊かな山にはたくさんの木の実が実っています。
「この木になっている果実はとても甘くて美味しいんですよ?」
そう言って手の届く枝から果実を採る。
果実を見たイスラが懐かしそうに目を細めます。
「知ってる。ブレイラが住んでた山にもあった」
「ふふふ、覚えてくれてたんですね」
「ああ、よくブレイラが採ってきてくれたから。美味しかった」
イスラも手を伸ばして果実を採りました。
それを見ていたゼロスが瞳を輝かせます。
「あにうえ、ぼくにもみせて!」
「ほら」
イスラが膝をついて果実を見せると、ゼロスはそっと触ってみたり鼻をくんくんさせたり興味深々です。
「食べてみるか?」
「うん!」
イスラが短剣で果実の皮を剥き、種の部分を丁寧に取り除く。
赤く熟した果肉の甘い匂いが食欲をそそります。
「これでいいぞ」
「わああ~! あにうえ、ありがとう!」
ゼロスは果実を受け取り、さっそくとばかりに齧り付く。
初めて食べた甘い果実にゼロスの瞳は更に輝いて、もぐもぐと夢中で食べだしました。
「あまい~! あにうえ、おいしい!」
「良かったな」
嬉しそうなゼロスにイスラの口元が綻ぶ。
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