勇者と冥王のママは二年後も魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい

お静かに、これは尾行です。11

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「口をゆすいでもいいですか? アルコールの匂いがするんです」

 僅かにお酒の匂いが残っています。お酒を飲んだ後の記憶はありませんが、漂う匂いに強引に飲まされた事を思い出してしまうのです。
 幸いにも盗賊のアジトの近くには川が流れていて、私とイスラはクウヤとエンキを連れて川辺へ行きました。

「落ちるなよ?」
「あなた、ハウストみたいなことを言いますね。私は落ちませんよ」

 イスラの意地悪な言葉に笑って言い返しました。
 いつものイスラが戻ってきたようで良かったです。
 私は川辺に座り、両手で水を掬いました。
 口をゆすぐとお酒の匂いが薄らいですっきりしていきます。
 しばらく口をゆすいでいましたが、ふと上流に黒い影が。
 こちらに流れてくる黒い影になんとなく視線を向けて……。

「えっ、ええええ!?!!」

 驚愕しました。
 だって、だって、流れてきた黒い影はハウストとゼロスだったのです!
 上流からハウストがゼロスを背中にしがみ付かせて泳いできました。

「な、なななんでそんな事になってるんですか?!」
「…………意味が、分からん」

 私とイスラが唖然とするなか、泳いでいたハウストが私を見つけてザバリッと立ち上がる。
 背中にしがみ付いていたゼロスもハッとして顔をあげました。

「う、うええぇぇぇん!! ブレイラ、ブレイラ~!!」

 泣きべそをかいてゼロスがハウストの背中から手を伸ばしてくる。
 ハウストは騒ぐゼロスを背中にしがみ付かせたままザブザブと歩いてきます。
 目の前に立ったハウストを唖然と見上げてしまう。
 泳いでいた二人からはポタポタと雫が落ちて、なにがなんだか分かりません。
 ハウストは濡れた前髪をかきあげるもムスッとした顔をしています。

「……な、なぜそんな事に」
「川を下っていれば辿り着くと思ったんだ」

 ハウストはそう言うと、背中にしがみ付かせているゼロスをずいっと前に突き出しました。

「うわああああん!! ブレイラ~!! ぼく、およいでたらひゅ~っておちて、ざぶ~んてしたの~!!」
「……ますます意味が分かりません」

 そう答えつつも、突き出されたゼロスを受け取ります。
 するとゼロスは私にぎゅ~っと抱きついてきました。

「ああゼロス、泣かないでください。泣いてはいけませんよ」
「あう~っ、ブレイラ~!」

 私の肩に顏を伏せて、えんえん声をあげて泣いている。
 抱っこしたゼロスの背中を撫でながらハウストを見ました。

「いったい何があったんですか。どうしてゼロスはこんなに泣いてるんです?」

 私の質問にハウストは苦々しい顔をする。
 少し返答に困っているようですが、とても疲れ切った顔で話してくれます。

「……滝から落ちたんだ。ゼロスが一人で川遊びをして流されて、そのままな」
「ああ……、なんとなく分かりました」

 なんとなく察しましたよ。
 疲れ切ったハウストの顔からも窺えます。

「その、えっと、……お、お疲れ様でした」
「……ああ、こんなふうに疲れたのは初めてだ」
「お察しします……」

 心の底から同情します。
 とても、とても、とても大変だったことでしょう。
 ハウストとお話していると、『滝』という言葉にゼロスが反応する。

「こ~んな、こ~んなおおきなとこだったの! ひゅ~っておちて、ざぶんって!」

 ゼロスが泣きながら身振り手振りで説明してくれます。
 とても大きな滝だったようで、見上げるような高所から落ちたのですね。

「それは怖かったですね。でも怪我もないようで良かったです」
「ちちうえが、だっこしてくれたから、だいじょうぶ」
「そうでしたか」

 ゼロスをいい子いい子と撫でる。
 どうやら滝から落ちた時はハウストがゼロスを抱っこしていてくれたのでしょう。そこからハウストはずっと背中にしがみ付かせて泳いで下ったのですね。……ほんとうに、ほんとうに大変だったことでしょう。
 苦笑してハウストを見つめます。

「ゼロスをありがとうございます」
「まあな」
「でも滝から落ちて、よく無事でいられましたね」
「当たり前だ、俺を誰だと思っている。ゼロスも冥王だ」
「ふふふ、そうでしたね。ゼロスもよく頑張りました」

 そう言ってゼロスの顔を覗き込む。
 ゼロスは大きな瞳を真っ赤にしていましたが、褒めると照れ臭そうにはにかみました。

「あのね、ブレイラ、ちょっとまってて」

 そう言ってゼロスが肩にかけている鞄をごそごそ漁りだす。
 水没した鞄は中も外もくったり濡れていますが、ゼロスはそこから薬草を取り出しました。

「これ、あげる!」
「あ、頼んでいた薬草じゃないですか! ちゃんと見つけてくれたんですね!」
「うん! ぼく、ちゃんとおつかいできたでしょ?」

 ゼロスが誇らしげに言いました。
 その様子に愛しさがこみあげて、ぎゅっと抱きしめて頬を寄せます。

「はい、ちゃんとおつかいできましたね。偉いですよ?」
「ぼく、えらい!」

 エヘヘと笑うゼロスに私も笑みを浮かべましたが。

「でも、どうしてブレイラいるの? ちちうえとあにうえも」
「えっ……」

 この質問に言葉に詰まる。
 まさかゼロスを尾行していたとは言えません。
 でもゼロスは不思議そうに私を見ています。
 ここは何とか誤魔化さなければ。

「そ、それはですねっ、私たちも遊びに来たんですよ!」
「えええ~! ぼくも! ぼくもいっしょ!!」

 ゼロスが瞳を輝かせて騒ぎだしました。
 良かった。どうやら誤魔化されてくれたようです。

「もちろんいいですよ。でもまずは……」

 ハウストとゼロスを見て苦笑してしまう。
 滝から落ちて川を泳いできた二人は全身から水が滴るほど濡れている。

「先に服を乾かしましょう。遊ぶのはそれからですよ」

 私はイスラに頼んで焚火に火を起こしてもらいました。
 こういう時、やっぱり火炎魔法って便利ですよね。




 パチパチと焚火の火が燃える。
 焚火の周りにハウストとゼロスの服を干して、二人は裸のまま焚火を囲っています。
 ゼロスはともかくハウストの裸体は困るので腰に私のヴェールを巻いてもらいました。目のやり場に困るのですよ。

「寒くありませんか?」

 私も焚火を囲みながらハウストとゼロスを見る。
 この辺りは温暖な気候なので裸でも大丈夫でしょうが、ずっと泳いでいた二人が体を冷やしているんじゃないかと心配です。

「大丈夫だ。心配するな」
「ぼくもだいじょうぶ!」

 ハウストに続いてゼロスが元気に答えました。
 それどころかゼロスはとても楽しそうにすら見える。いつもと違った状況が楽しくて仕方ないのでしょう。きっと青空の下で裸になっていることも。
 私たちは家族四人で焚火を囲みます。

「ねえ、ブレイラ。きいてきいて」
「なんですか?」

 くいくいっと袖を引かれて振り返る。
 隣にちょこんと座っているゼロスが瞳をキラキラ輝かせて見上げていました。

「あのね、ぼく、ひとりであるいたよ? しらないひとばっかだったけど、がんばったの」
「そうでしたか、えらかったですね。寂しくなかったですか?」
「えっとね、うんと、…………ちょっとさびしかった。ブレイラ、だっこ」
「いいですよ。どうぞ」

 ゼロスの小さな体を抱っこして膝に乗せてあげます。
 膝に向かい合うように座って、ゼロスはぎゅっと抱き着いてきました。
 話しているうちに思い出して少し寂しくなったのかもしれません。ゼロスの大きな瞳は甘えたいと訴えるものです。
 懐のゼロスを覗き込むと嬉しそうに笑ってくれました。

「それでね、ありさんみたの。ありさん、おさんぽしてた」
「ゼロスもお散歩大好きですよね。他にも何か見つけましたか?」
「ちょうちょさんもいたよ。おいかけっこした!」
「それは楽しそうですね」

 そう答えながらも、内心はハウストへの同情を深めました。
 たぶん、おそらく、この辺りからですね。雲行きが怪しくなったのは。

「でもね、ちょうちょさんいなくなって、まいごになったの」
「それは大変です。大丈夫でしたか?」
「うん! やくそう、みつけたよ? かわにカエルさんもいた!」
「そうですか、そこで薬草を見つけたんですね。でもゼロス、一人で川に入ったんですか?」
「あっ!」

 ゼロスが慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
 うっかり漏らした川遊び。もう分かっていた事なのに、しまった! とゼロスの顔にありありと描いてあります。
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