勇者と冥王のママは二年後も魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい

お静かに、これは尾行です。6

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「ブレイラ、大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるじゃないですか。私は山育ちですよ?」

 今、私たちは村を出て目的の山を進んでいました。
 緩やかな山道ですが所々に木の根が張っていて、その度にイスラが気遣ってくれるのです。
 その様子が少しハウストに似ているのは気のせいでしょうか。

「ほら、イスラも前を見て歩いてください。気を付けなければ、あなたの方が転んでしまいますよ?」
「……俺は転ばない」

 イスラはムッとして言い返してきました。
 そんなイスラに小さく笑ってしまう。
 眉間に皺を寄せて、ああハウストにやっぱり似ていますね。血は繋がっていないのに不思議です。

「イスラ」

 名を呼ぶとイスラが私を見つめる。
 見つめ合ったままイスラの腕にそっと触れました。

「あなた、焦っていますね」
「…………」
「気にしているんでしょう」
「…………」

 問いかけた私にイスラは黙ったまま答えない。
 もし山に潜んでいるのがイスラが信じて見逃した盗賊なら、イスラはいったい何を思うでしょうか。私の気がかりはこれだけです。イスラが傷ついてしまうんじゃないかと。

「イスラ、焦る気持ちは分かりますが、どうか落ち着いていてください。大丈夫です。あなたは信じたんですよね? それなら今は信じましょう」
「…………でも、もし俺が見逃した奴らだったら」
「まだ決まった訳ではありませんよ。それにね、イスラ」

 そこで言葉を切ってイスラに笑いかけます。
 大きくなりましたね。以前は膝を折って目線を合わせていたのに今では少し目線を下げるだけ。
 あなたはあっという間に大きくなっていく。

「私は、とてもイスラらしいと思ったんです。そんなイスラが大好きですよ」
「ブレイラ……」
「ね?」

 ね? 顔を覗き込むと、イスラが小さく頷きました。
 少し落ち着いた様子に私も安心します。

「さあ行きましょう。盗賊の話しが本当なら早く見つけなければいけません」
「ああ」

 イスラはそう返事をすると山道を歩きだす。
 先ほどより冷静さを取り戻した後ろ姿。
 その姿に私は目を細め、イスラとともに山道を急ぎました。





◆◆◆◆◆◆

「…………あいつは、いったい何をしているんだ」

 ハウストは木陰で木に背を凭せかけ、腕を組んで疲れ切ったため息をついた。
 今、ハウストの視線の先にはゼロスがいる。
 あれから無事に村を出て山に入ったまではいいものの、山道を歩いていたら突然「ありさん!」と声を上げてしゃがんでしまったのだ。
 ゼロスがしゃがんでから十五分ほどが経過している。
 ずっと蟻の行列を観察しているようだ。
 じっとしたまま地面を見つめ、「ありさん、かわいいね~」「ありさん、どこいくの?」「ありさん、おうちどこ?」などと話しかけていた。
 ハウストはそれに付き合っていたが、そろそろ限界が近い。
 ……なんなんだ、あれは。子どもとはこういう生き物なのか。
 これなら政務をしている方がマシだ。ブレイラはゼロスを乳母に預ける事を拒み、側に置いて何かと世話をし、根気強く相手をしているが、それがどれほど偉大なことかと身に沁みて分かった気がした。
 もし今もブレイラがここにいれば、ブレイラはゼロスの隣に寄り添って「可愛いですね」「どこへ行くんでしょうね」とゼロスが満足するまで構っていたことだろう。
 ハウストは無邪気で自由過ぎる子どもの行動に木陰で頭を抱えていたが、ようやくゼロスが立ち上がった。
 やっと山道を歩きだすかと思ったが。

「わあっ、ちょうちょだ~! ちょうちょ、ちょうちょ!」

 ゼロスの目の前を蝶がひらひらと飛んで興味が移っただけだった。
 ……ゼロス、お前という奴はっ……!
 ハウストは苦悩し、その場に膝を屈しそうになった。
 だがその時、ふと離れた場所で人の気配を感じる。二人の人間の気配だ。
 ハウストはゼロスを気にしつつも何気なく気配がする方へ足を向けた。
 木陰に身を潜めて気配を確認する。
 人間の男が二人。
 男たちは辺りを警戒しながらも会話する。

「いよいよ今夜だな」
「ああ、前回失敗した分を今回で取り戻すぞ」
「あの村にある金は根こそぎ奪ってやるぜ」
「へへへ、リベンジだ。他の連中も前回邪魔が入ったせいで鬱憤溜まってるんだ。やる気が漲るぜ」

 耳に入って来た会話にハウストは目を据わらせる。

「そういう事か」

 どうやら男達が山に潜んでいる盗賊のようだ。
 しかも、イスラが討伐しながらも情に絆されて見逃した連中だった。

「…………さて、どうしたものか」

 ハウストは思案する。
 今回の盗賊はイスラが見逃した盗賊。そのことを知ればイスラは傷ついて怒り、その傷付いたイスラにブレイラは胸を痛めるだろう。
 いっそすべてを自分が片付けてしまおうか。イスラやブレイラが知る前に全滅させてしまえば何事もなく収まるだろう。
 だが。
 …………やめておこう。
 それは無しだと思い直す。
 これはイスラの問題。イスラ自身が解決すべきだ。人間の王たる勇者が、この程度でいちいち心を荒れさせては困る。
 ハウストはこのまま関わらずにゼロスの尾行を続行することにしたが、その前に。

「えっ?! うわっ!」
「てめぇっ、ぐはっ!」

 ハウストは一瞬で男達の背後に回り込み、一人の男の顔面を鷲掴みして口を塞ぎ、もう一人の男を蹴り上げて昏倒させた。
 顔面を鷲掴んだ男に背後から問う。

「お前たちのアジトはどこだ」
「ッ、誰が、グアッ……!」

 ぎりぎりと握力を強めて男の顔面を歪ませる。

「俺に二度も同じ質問をさせる気か?」
「……お、丘のちかくの、川の、ほとりっ……」

 男は声を震わせながら答えた。
 答えを聞ければ充分だ。
 ハウストは背後から男の首に手刀を打つ。
 崩れ落ちた男は呻いたが、その顔面に足を置いて黙らせた。

「騒ぐなよ。ゼロスが俺の尾行に気付くだろ」

 ハウストは二人の男が完全に気絶したのを見届ける。
 関わるつもりはないが目の前の盗賊の仲間を始末するくらいはいいだろう。
 そしてブレイラの身の安全を確保しておくのも忘れない。

「クウヤ、エンキ」

 ハウストが名を呼ぶと、二頭の魔狼がハウストの影から姿を見せる。
 魔狼はハウストの周囲をぐるりと駆けると平伏するように身を伏せた。

「ブレイラの護衛を頼む」

 そう命じると、承知したとばかりに魔狼はハウストの影に姿を消した。
 こうしてクウヤとエンキをブレイラの元に向かわせる。
 本当は自分がブレイラを守りたいが、ゼロスの尾行も放棄することはできない。
 ハウストはゼロスの尾行に戻ったが。

「ゼロス?!」

 ゼロスは元の場所にいなかった。
 周囲を探し、すぐにふらふら歩いている姿を見つける。

「まって~。ちょうちょさ~ん、まって~」

 ふらふら、うろうろ。
 ゼロスは満面笑顔で蝶を追いかけていた。

「おいこらゼロスっ、どこへ行く! お前が待て!」

 ハウストは慌てて後を追う。
 魔族の王たる魔王が、冥王とはいえ子どもに振り回されるなどあってはならない。あってはっ、あってはならないがっ。

「お前はいったい何なんだッ」

 ハウストは苦悩しながらも追いかけたのだった……。

◆◆◆◆◆◆




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