勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚礼編≫

十五ノ環・環の婚礼8

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「美しいばかりでなく、なんとお優しいことか。しかも体の具合までいいのだから恐れ入る」
「黙りなさい!」

 カッとして怒鳴りつけると、ヘルメスはまた高笑う。
 そして一人の女性を引きずり出し、目の前にゴミのように投げ捨てました。

「この女も良かったが、やはりブレイラ様に最後までお相手してほしかった。実に惜しいことをしたものだ」
「その女性は、ラマダっ……!」

 そう、ヘルメスが投げ捨てたのはラマダ。
 ラマダは全身に傷を負い、意識を朦朧とさせたまま視線を彷徨わせています。
 彼女は冥王ゼロスに仕え、私に冥王の側に寄り添ってほしいと乞うてきた女性です。
 ラマダはゼロスを視界に収めると、「ゼロスさま……、ごぶじで……」と微かに顔を綻ばせました。
 こんな事態になっても尚、ラマダはゼロスを優先するのです。

「あなた、ラマダにいったい何をしたんです!」
「何をしたとは人聞きの悪い。大怪我をして転がっていたところを拾ってやったのですよ。もちろん御礼はたっぷりと頂きましたが」
「なんて酷いことをっ」
「ブレイラ様で出来なかったことを替わりにしてもらっただけです。やはり女の体はいいものだ。是非ブレイラ様と比べてみたい」
「なんておぞましい……っ」

 ヘルメスの存在に恐怖と屈辱が甦る
 震えそうになる指先を握りしめました。
 あの凌辱を思い出すと、膝から崩れ落ちていくような絶望感に目の前が真っ暗になるのです。

「ブレイラ、下がっていろ」
「ハウスト」

 ハウストがヘルメスの視線から遮るようにして私の前に立ってくれました。
 でも彼の大きな背中に安心するのに、顔が見えなくて胸がぎゅっと苦しくなる。

「あの、ハウスト、わたし……」
「話しは後だ。今は何も言うな」
「でも」
「言うな。お前の言った天災とやらを起こしてしまいそうだ」

 私を見ないままハウストは言いました。
 足元から揺らめく闘気と憤怒。近寄りがたいそれに、私も今は不安を隠して口を閉ざします。

「はい……」
「…………そんな声を出すな。なにがあってもお前は俺の妃で、愛している相手だ」
「ハウストっ……」

 おそるおそる手を伸ばし、ハウストの大きな背中に触れます。
 彼の体温でじわりと手の平が温かくなって、私の胸の苦しみも和らいでいく。

「ありがとうございます」

 そっと背中に寄り添って、背中に触れるだけの口付けを一つ。どうしてもしたくなったのです。

「そこにいろ」
「はい」

 頷いて一歩離れると、彼がヘルメスへと歩いていく。
 近づく魔王にヘルメスがニタリと歪んだ笑みを刻む。
 それは恐怖か、愉悦か、絶望か、期待か。

「魔王様が相手をしてくださるとは、戦士として身に余る光栄」

 ヘルメスが大剣を抜きました。
 そして凄まじい勢いでハウストに切り掛かります。
 しかしハウストは大剣すら出現させることはありませんでした。

「貴様に戦士としての死は過ぎたものだ。朽ち果てろ」

 ハウストがそう言うと、ヘルメスの手足が枯れ木のように朽ち始めました。
 魔王に剣すら抜いてもらえず、急激に痩せ細っていく自分の手足にヘルメスがワナワナと震えだす。

「な、なんだこれはっ。こんな、こんな情けない死に方を、するのかっ! 俺は王殺しの男だぞ!!」

 戦士の矜持を砕かれて喚きだしました。
 戦士としての肉体と剣技がヘルメスの矜持。今まで王を殺すことで満たしてきたのでしょう。

「こんな死に方は嫌だっ! 王として俺と戦え!! 王を殺させろおおおお!!!!」

 ヘルメスは発狂したように叫ぶと痩せた手で大剣を握る。そして渾身の力で振り投げました。
 大剣の切っ先が凄まじい勢いでゼロスに向かっていく。
 ゼロスは反応するも、ハウストやイスラとの戦闘で深い傷を負っています。

「ゼロスさま!!」

 その光景は、ひどくゆっくりしたものに見えました。
 ゼロスの危機に、意識朦朧だったはずのラマダが誰よりも早く動いたのです。
 ラマダがゼロスの前に両手を広げて飛び出す。大剣がラマダを貫いたのと、ヘルメスが朽ち果てて絶命したのは同時でした。

「ラマダ……?」

 ゼロスが愕然とした面持ちで目の前のラマダを見つめます。
 そんなゼロスにラマダが優しく笑いかけました。

「ゼロスさま、ごぶじで、なにより……です……っ」
「ラマダ、おまえ……」

 崩れ落ちるラマダをゼロスが抱きとめました。
 ゼロスの腕の中で、ラマダは嬉しそうに目を細めます。

「……いち万ねん……前より、ずっと前の……、創世のころより、……ずっと、この世界を、みていました……。ゼロスさま、わたしは、あなたほど……かなしい王を、しりません……。あなたを、とざされた世界から、……かいほうして、さしあげた……かった……」

 ラマダはゼロスにそれだけを言うと、次に三界の王を見る。
 幻想界を封じ、冥界に至らしめた王たち。

「……三界の王どもよっ。……これは、ゼロスさまを、守るためっ。そして、お前たちに復讐するためっ……!!」

 地を這うような声でした。
 復讐に塗れた言葉、それは冥界の慟哭。
 そしてラマダは絶命とともに叫ぶ。

「――――道連れだ!!!!」

 呪いの言葉とともにラマダの体が土に還っていきます。
 ゼロスの手中に僅かな砂塵だけを残し、風に吹かれてサラサラと大地に散っていきました。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 ふと、地底から地響きがしました。
 それは大地を震わせ、冥界全土に広がっていく。

「じ、地震ですか……?」

 立っているのがやっとのほどの地震です。
 ハウストとイスラがすぐに駆け寄ってきてくれました。

「ブレイラ、こっちだ!」
「はいっ」

 イスラと手を繋いでハウストの側へ。
 ハウストは厳しい面差しで周囲を見回します。

「ハウスト、いったい何が起きるんですか? さっきラマダが道連れだと言っていましたが、その意味って……」
「ああ、そのままの意味だ。ラマダは冥界の大地の化身。ラマダの死は冥界が消滅するということだ」
「彼女が大地の化身、だからあの時……。……でも、どうしてそれが道連れなんですか? それに元々ハウスト達も冥界を消滅させようとしていたではないですか」
「ラマダが最悪な方法で消滅したからだ。ラマダはある意味冥王より厄介な存在。消滅させる時も先に封じてからでなくてはならない。でないと」

 ハウストはそこで言葉を切ってイスラを見ました。
 見上げるイスラの頭に手を置くと、真剣な顔で言葉を続けます。

「人間界に冥界が墜落する。冥界の大地が人間界全土に降り注ぐんだ」
「それじゃあっ……」
「人間界は滅亡する。それだけじゃない、精霊界も魔界も影響を受けて半壊は免れないだろう」

 深刻さに愕然としました。
 告げられた事実はあまりにも突然で、非現実的で、途方もない災厄だったのです。
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