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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚礼編≫

十五ノ環・環の婚礼1

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 男と出会った翌朝。
 ゼロスと朝食を食べていると、また遠くから爆発音が聞こえてきました。

「またあの音ですね。いったいなんなんでしょうか……」

 窓から外を見る。
 爆発音のする方角から山鳥が飛び立っていきます。

「ゼロス、なにか知っていますか?」
「……わからない。でもだいじょうぶ、おわらせる」

 ゼロスはそう言うとパンに齧り付きました。
 私の作った朝食を美味しそうに食べてくれる姿は今までと同じです。でもどうしてでしょうか、少し切羽詰まったような雰囲気を感じてしまうのです。

「ゼロス、なにかありましたか?」
「なにもない。だいじょうぶ」
「ゼロス……」

 教えてくれないのですね。
 見つめる私に気付かないままゼロスが急いで朝食を食べます。
 そして食べ終えると、椅子からぴょんっと飛び降りました。

「いってくる」
「え、どこに行くんですか?」
「そと。あそんでくる」
「待ってください。昨日のような奇妙な爆発音がしているんです。危ないですよ?」
「だいじょうぶ。あそびたいんだ」

 ゼロスはそう言うと、引き止める言葉も聞かずに外へ飛び出していきました。
 遠くなるゼロスの気配にため息をつく。
 一人で遊ぶなんて、今までした事ないじゃないですか。いつも私にくっついていたのに……。
 ゼロスが何か隠している気がするのは、きっと気の所為ではありませんね。
 こうしてゼロスを見送り、そのまま近くの川がある方へ目を向けました。
 昨日の約束、覚えています。
 名前は思い出せないけれど男と会う約束をしたのです。
 不思議な心地です。昨日を思い出すと胸がぎゅっとして、頬が熱くなるのです。
 突然抱きしめられて口付けられた時は驚きましたが、不快や嫌悪は残っていません。おかしいですよね、初対面だったのに。
 男の名前は、…………。
 口元が歪んでしまう。思い出せない。思い出そうとしても、すっぽりと抜け落ちてしまいます。
 私の中から抜け落ちているもの、もしかしたらあの男のことかもしれませんね。
 でもどうして男だけが抜け落ちてしまうのか分かりません。

「そろそろ行かないと」

 私は手早く身支度を整えると、男と約束をした小川へと急ぎました。




 約束の場所へ行くと、そこにはすでに男がいました。

「こんにちは」
「待っていた。ブレイラ」

 男は私の名前を呼んで、優しい笑顔で迎えてくれる。
 私は名前を呼べないのに何も言わずに許してくれるのです。

「来てくれて嬉しく思う」
「約束しましたから」

 答えると、「ありがとう」と男は嬉しそうな笑顔になりました。
 たったこれだけの事にとても喜んでくれるのですね。
 私も素直に嬉しいと思えます。昨日出会ったばかりなのに、不思議と居心地の良さを感じます。

「今日は少し散歩をしよう」
「この山を知っているんですか?」
「ああ、似た山を知っている。こっちだ」

 男が先を歩きだし、私もその後ろをついていく。
 でも男は振り返って「側へ来い」と私の背中に手を当てて隣へ促してきました。
 背中に優しく当たる男の手の感触を意識してしまいます。
 なんだかくすぐったい気持ちになって、男の手を意識しすぎないように振る舞ってしまう。自分ばかり恥ずかしいではないですか。

「今日はクウヤとエンキはどうしたんです? 調子はどうですか?」
「二頭とも問題ない。昨夜もよく休んでいたから、後数日もすれば元気になるだろう」
「良かった、安心しました。回復が早いですね」
「ああ。元が丈夫だからな」
「ふふふ、とても大きな狼ですよね。初めて見た時は本当に驚いて、食べられてしまうかと思ったんです」
「それは怖い思いをさせてしまったな」
「はい、怖かったですよ。でもすぐに平気になりました。あの二頭、とても可愛くて」

 すぐに懐いてくれた二頭を思い出して顔が綻んでいく。
 ふわふわの毛並みは気持ち良くて、ずっと撫でていたいくらいでした。
 しばらく二人で山の小道を歩きます。
 半分獣道のような小道は根が張りだして凸凹している。
 ふと、目の前に手を差し出されました。
 その行為に目を据わらせる。知ってます、書物で読みました。これは主に女性の為のエスコートというものですよね。

「舐めてますか? 私はここで育ったのに」
「そんなつもりはない。俺がしたいだけだ。大切なお前だからな」
「大切……?」

 驚いて男を凝視しました。
 大切、出会ったばかりだというのに想像もしていなかった言葉です。

「なにか問題でもあるか」
「い、いえ……」

 問題だらけな気もしましたが、何も言えませんでした。
 頬がじわじわと熱くなっていく。男が私を大切だと思っていたなんて。
 相手を間違えているんじゃないでしょうか。やはり男は人違いをしている気がします。

「ほら、ブレイラ」

 促されて躊躇いながらも手を置きました。
 やんわりと握られ、全身に熱がともる。包まれている手が震えてしまいそうです。
 手を握ったまま二人で山の小道を歩きます。
 しばらく歩くと日溜まりの場所に出ました。
 足元には一面の白い花々。小指ほどの花弁が愛らしい小花の群生地です。

「よく咲いていますね。この花は痛み止めの薬草にも使えるんです」

 男の手から離れ、花の前に膝をつきました。
 白い花弁を指先でくすぐるように撫でてあげます。良い薬になってくださいね。

「お前の薬はよく効くからな」
「ご存知でしたか?」
「お前は薬師をしていただろう」
「今も、ですよ」

 薬を売った稼ぎでゼロスと生活しています。
 ゼロスの卵を拾って、ゼロスが誕生して、今までずっと二人で一緒です。
 私は花から男へと視線をあげました。
 見上げた男はとても凛々しくて美しい。こんな素敵な人、一度見たら絶対に忘れません。

「……やっぱり、あなたは人違いをしているのではありませんか?」
「なぜそんな事を言うんだ」
「なぜって……」

 男が少し不機嫌になってしまいました。
 でも分からないのです。昨日出会ったばかりだというのに、あなたは私を大切だと言ってくれる。私はそれを嬉しいと思ってしまう。
 それなのに、私はあなたを忘れてしまうのです。
 あなただけが抜け落ちて、名前すら呼べません。
 私はゆっくり立ち上がり、男と向き合います。
 分からないことばかりなんです。あなたのことも、この世界のことも。
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