勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

文字の大きさ
上 下
56 / 103
勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚礼編≫

八ノ環・勇者は私の腕のなか4

しおりを挟む
 転移魔法陣がハウストの魔力で発動し、私たちは人間界のモルカナ国へ。
 モルカナの地に姿を現わすと、アベルやエルマリスをはじめとしたモルカナの重臣や衛兵たちが待ち構えていました。先に送られていた使者によって私たちのことが知らされていたのです。
 整列する重臣たちを従え、アベルとエルマリスが前に進み出てきました。

「ブレイラ、久しぶりだな。ようこそモルカナへ」
「ブレイラ様、お久しぶりです。こうしてまた再会できましたことを光栄に思います。って、アベル様、ブレイラ様は魔王様の正式な婚約者になられたんですから、もっと気を使ってくださいっ」
「そんなこと言ってもブレイラはブレイラだろ。魔界の王妃になったとしてもブレイラだ」

 アベルは当然のようにそう言うと、「元気そうだな」とひらりと手をあげて挨拶してきました。

「お久しぶりですね、あなたも元気そうで何よりです」
「まあな」

 口端を吊り上げてニヤリと笑うアベル。相変わらず生意気そうな笑い方ですね。
 背後に気難しそうな重臣や物々しい衛兵を従えているというのに、気安く挨拶してくる姿は以前のままです。王になってもまるで海賊のような雰囲気で、変わらない彼に嬉しくなります。
 でも、そんなアベルの後ろでエルマリスが真っ青な顔で慌てだす。

「も、申し訳ありません。アベル様には後できつく言い聞かせますのでっ」
「ああ? てめぇ、誰が主人か分かってんのか」
「アベル様ですっ。アベル様だからこうしてるんじゃないですか!」

 言い返したエルマリスにアベルが煩そうに顔を顰めました。
 相変わらずな二人のやり取りに笑みが零れてしまいます。
 おかしなものですね。アベルの態度は生真面目なエルマリスには許し難いようですが、モルカナの御家騒動に巻き込まれた時はエルマリスの方が私に殴り掛かってきたこともあったというのに。

「ふふふ、構いませんよ。あなた達は変わりませんね」
「お、お恥ずかしい姿を見せました」
「気にしないでください。もっと見ていたいくらいです」

 覚えのある二人のやり取りに懐かしさがこみあげました。
 たった数ヶ月前のことを懐かしく思うのは、きっと急激に世界が変化したからでしょう。
 そう、世界はあまりにも急激に変わってしまったのです。

「ゆっくり再会を喜びたいところですが、残念ながら今日は遊びに来たわけではないんです」
「ああ、そうだろうな。俺たちの王は……、今はただのガキみたいだな」

 アベルが私に抱っこされているイスラを見て鼻で笑いました。
 小馬鹿にしたような態度にムッとしてしまいます。
 アベルに悪気はないのでしょうが、イスラは子どもなのでガキでいいのです。

「イスラは見てのとおり普通の子どもです。なにか問題でも?」
「冥界の怪物クラーケンの腹に風穴開ける普通のガキがどこにいるんだよ」
「頑張れば普通の子どもだって出来るようになるんじゃないですか?」
「んなわけねぇだろ……」

 アベルが呆れた顔で空を仰ぎます。
 ワガママだと思われているのは分かっています。でも譲ってはあげません。

「そんな都合のいい話しが通ると思ってんのか」
「イスラが子どもであることは事実でしょう」
「そうだけど、」

 アベルが言い返そうとして、でも困ったように私をちらりと見る。そしてこれ見よがしにため息を一つ。
 仕方ねぇなといわんばかりの顔ですね。

「……まあいい、分かったよ。あんたと揉めるのは面倒くせぇ。でも俺以外の人間の王どもがどう反応するかは知らねぇぞ?」
「心配してくれてるんですか?」
「あんたには一応感謝してるからな。だが、今の人間界は天地が引っくり返ったような混乱に陥ってる国もある。そんな国の王にとって勇者の存在はまさに暗雲に差した一条の光だ」
「……勝手なものですね」

 嫌味たっぷりに言い返したかったのに、言葉は尻すぼみになってしまいました。
 でもイスラを抱っこする手に力を籠める。
 抗いを見せた私にイスラもぎゅっと抱き付いてきて、そんな私たち二人にアベルは苦笑しました。

「とりあえずこんな所で立ち話もなんだから、さっさと城にこいよ。あんたらの人間界での面倒はモルカナが見る。あの魔王様直々の頼まれごとを断るのは勿体ねぇからな」
「……貸しにするのですか?」
「いいや、これで貸し借り無しだ」

 そう言ってニヤリと笑ったアベルに目を瞬く。
 それは私たちが以前モルカナの御家騒動に巻き込まれた時のことを指しているのでしょう。
 元海賊という異色の経歴からは考えられない義理堅い男です。でも、だからこそハウストは使者をここに送ってくれたのですね。
 ハウストのアベルに対する印象は良いとはいえませんが、それでも王として信用しているということです。

「そう言っていだけると私も遠慮なく甘えられます。ではイスラ共々よろしくお願いします」

 深々と頭を下げると、抱っこしているイスラも真似てちょこんと頭を下げます。
 そんな私たちに「その絶妙に図々しいとこは変わんねぇな」とアベルが肩を竦めて笑いました。




しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

処理中です...