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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫
六ノ環・冥界の息吹き1
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◆◆◆◆◆◆
人間界。
ジェノキスは目の前に積まれた書類にため息をついた。
「……これ、どんだけあるんだよ……」
現在、ジェノキスはランディとともに六ノ国について調べている。
ハウストが危惧していたとおり六ノ国には不審を覚える点が幾つかあった。アロカサル転移の一件もそうだが、それ以上に六ノ国の内部事情である。
内部事情といっても御家騒動などどこの国でもあることだ。珍しくもない。しかしこの国が他と違っていた点は連邦史を紐解くと明らかになった。
六ノ国のアロカサルは、百年ほど前まで独立国だった。しかし六ノ国に統合され、六ノ国の都の一つとなったのだ。
でもそれだけならよくある話である。小国が武力で統合されるのは世の常だ。
しかしアロカサルはただの小国ではなかった。
「勇者と契約した血族か……。人間界にはそんなもんがいたんだな」
アロカサルで代々首長を務めるのは、過去の勇者と契約した血族だった。その末裔が勇者の宝とともにアロカサルを守ってきたという。それはアロカサルの民にとって誇りでもあったことだろう。だが、それは百年前に統合という形によって蹂躙された。
百年前のことなので少しずつ遺恨は薄れているが、それでも悪しく思っている者は存在している。これもまた世の常だ。
統合を進める為だろうか、不満を宥める為だろうか、六ノ国のダビド王にアロカサルのアイオナ姫が嫁ぎ、現在は六ノ国の王妃になっていた。
「人間界ってのは、大変なところだよな」
書類を眺めながらジェノキスは他人事のように呟いた。
精霊界も魔界もそれぞれ一人の王によって統治された世界なので、人間界の国々のように事情が入り乱れることは少ないのだ。
「……勇者と契約か。調べとくか?」
この人間界には、アロカサル以外にも勇者と契約した者の末裔がいるはずだ。
はっきりいって末裔の調査はジェノキスの仕事ではない。興味もない。関係もない。それは勇者がすべきことだ。
しかし。
「うーん、勇者が父上って呼んでくれたら頑張るんだけどな~。できればブレイラの前で」
やりたくない仕事だが、やってもいいと思う理由は一つ。
あの魔王ハウストでさえ勇者の宝について調査を進めていた。
魔族に勇者の宝なんてまったく関係ないというのに、それはもう息子の宿題を手伝う父親のように調査していた。
魔王にあるまじき涙ぐましい努力に笑いたくなるが、自分もその涙ぐましい努力を今まさにしようとしている。しかも魔王より望み薄だというのに。
「ブレイラの欠点は、どう考えても男の趣味の悪さだろ。俺にしとけばいいのに」
ぶつぶつ言いながら部下に調査を命令する。
おそらく魔王も同じことをするだろうが、こういうのは気持ちの問題だ。少しでも好感度は上げておきたい。もしかしたら感激したブレイラが感謝の口付けの一つや二つ……。
「ジェノキス殿、失礼します!」
バタンッ! 扉が勢いよく開いてランディが駆けこんできた。
騒々しい様子に顔を顰める。
「なんだよ、坊っちゃん」
「坊っちゃん?! ジェノキス殿だって大貴族の跡継ぎで、坊っちゃんみたいなものじゃないですか!」
「あんたと一緒にすんな。で? そんなに急いでどうしたんだよ」
「そうでした! 今、異界にいる魔王様から急ぎの伝令が参りました!」
そう言ってランディが鷹を呼びよせる。
それは魔王ハウストが使役する魔鳥の鷹だ。
異界と人間界を行き来するなど規格外である。魔狼といい魔鳥といい、魔王が使役する獣は三界の王の力を授かる特別なものだった。
そして今回、伝令を持って異界から飛び立った鷹は三羽である。
一羽は今ここに。あとの二羽は魔界と精霊界に向かった。
「来い。魔王様がわざわざ寄こしたんだ。何かあるんだろ?」
鷹を呼びよせて軽い口調で聞いた。
しかし、その内容を聞くにつれてみるみる表情が変わっていく。
いつも飄々としたジェノキスの顔が強張っていく様に、ランディは落ち着かなくなる。
「ど、どうかされたんですか? 魔王様はいったいなんて?」
ランディは問うがジェノキスの耳に届いていなかった。
そんな余裕などない。
「神話は神話のままでいればいいってのにっ……」
苦々しげに吐き捨てると、伝令とともに送られてきた魔王の命令に従う。
気に入らないが、事態は誰も知らない水面下で大きく動いていたのだ。それも三界の王すらも気付かないうちに、じわじわと、この人間界で。
そして、なんの意図があるか知らないがブレイラに冥王ゼロスが接触した。ブレイラは『冥界の復活が近い』という予言めいた告示を受けたという。
ジェノキスは自らも立ち上がる。
「精霊界から軍を呼ぶ! 魔界も寄越すはずだ、手筈を整えろ!!」
「えええっ?! 軍を呼ぶって、いきなりどうしてっ」
「説明は後だ! とにかく急げ!!」
ジェノキスは厳しい口調で怒鳴った。
人間界で起こりつつある変異。それがどのように起こされるのか分かっていない。分かっていないが、起こる前に対処しなければならない。
なぜなら起こった時はすべてが手遅れだからだ。
そう、存在してはならない冥界が三界に甦るからである。
◆◆◆◆◆◆
人間界。
ジェノキスは目の前に積まれた書類にため息をついた。
「……これ、どんだけあるんだよ……」
現在、ジェノキスはランディとともに六ノ国について調べている。
ハウストが危惧していたとおり六ノ国には不審を覚える点が幾つかあった。アロカサル転移の一件もそうだが、それ以上に六ノ国の内部事情である。
内部事情といっても御家騒動などどこの国でもあることだ。珍しくもない。しかしこの国が他と違っていた点は連邦史を紐解くと明らかになった。
六ノ国のアロカサルは、百年ほど前まで独立国だった。しかし六ノ国に統合され、六ノ国の都の一つとなったのだ。
でもそれだけならよくある話である。小国が武力で統合されるのは世の常だ。
しかしアロカサルはただの小国ではなかった。
「勇者と契約した血族か……。人間界にはそんなもんがいたんだな」
アロカサルで代々首長を務めるのは、過去の勇者と契約した血族だった。その末裔が勇者の宝とともにアロカサルを守ってきたという。それはアロカサルの民にとって誇りでもあったことだろう。だが、それは百年前に統合という形によって蹂躙された。
百年前のことなので少しずつ遺恨は薄れているが、それでも悪しく思っている者は存在している。これもまた世の常だ。
統合を進める為だろうか、不満を宥める為だろうか、六ノ国のダビド王にアロカサルのアイオナ姫が嫁ぎ、現在は六ノ国の王妃になっていた。
「人間界ってのは、大変なところだよな」
書類を眺めながらジェノキスは他人事のように呟いた。
精霊界も魔界もそれぞれ一人の王によって統治された世界なので、人間界の国々のように事情が入り乱れることは少ないのだ。
「……勇者と契約か。調べとくか?」
この人間界には、アロカサル以外にも勇者と契約した者の末裔がいるはずだ。
はっきりいって末裔の調査はジェノキスの仕事ではない。興味もない。関係もない。それは勇者がすべきことだ。
しかし。
「うーん、勇者が父上って呼んでくれたら頑張るんだけどな~。できればブレイラの前で」
やりたくない仕事だが、やってもいいと思う理由は一つ。
あの魔王ハウストでさえ勇者の宝について調査を進めていた。
魔族に勇者の宝なんてまったく関係ないというのに、それはもう息子の宿題を手伝う父親のように調査していた。
魔王にあるまじき涙ぐましい努力に笑いたくなるが、自分もその涙ぐましい努力を今まさにしようとしている。しかも魔王より望み薄だというのに。
「ブレイラの欠点は、どう考えても男の趣味の悪さだろ。俺にしとけばいいのに」
ぶつぶつ言いながら部下に調査を命令する。
おそらく魔王も同じことをするだろうが、こういうのは気持ちの問題だ。少しでも好感度は上げておきたい。もしかしたら感激したブレイラが感謝の口付けの一つや二つ……。
「ジェノキス殿、失礼します!」
バタンッ! 扉が勢いよく開いてランディが駆けこんできた。
騒々しい様子に顔を顰める。
「なんだよ、坊っちゃん」
「坊っちゃん?! ジェノキス殿だって大貴族の跡継ぎで、坊っちゃんみたいなものじゃないですか!」
「あんたと一緒にすんな。で? そんなに急いでどうしたんだよ」
「そうでした! 今、異界にいる魔王様から急ぎの伝令が参りました!」
そう言ってランディが鷹を呼びよせる。
それは魔王ハウストが使役する魔鳥の鷹だ。
異界と人間界を行き来するなど規格外である。魔狼といい魔鳥といい、魔王が使役する獣は三界の王の力を授かる特別なものだった。
そして今回、伝令を持って異界から飛び立った鷹は三羽である。
一羽は今ここに。あとの二羽は魔界と精霊界に向かった。
「来い。魔王様がわざわざ寄こしたんだ。何かあるんだろ?」
鷹を呼びよせて軽い口調で聞いた。
しかし、その内容を聞くにつれてみるみる表情が変わっていく。
いつも飄々としたジェノキスの顔が強張っていく様に、ランディは落ち着かなくなる。
「ど、どうかされたんですか? 魔王様はいったいなんて?」
ランディは問うがジェノキスの耳に届いていなかった。
そんな余裕などない。
「神話は神話のままでいればいいってのにっ……」
苦々しげに吐き捨てると、伝令とともに送られてきた魔王の命令に従う。
気に入らないが、事態は誰も知らない水面下で大きく動いていたのだ。それも三界の王すらも気付かないうちに、じわじわと、この人間界で。
そして、なんの意図があるか知らないがブレイラに冥王ゼロスが接触した。ブレイラは『冥界の復活が近い』という予言めいた告示を受けたという。
ジェノキスは自らも立ち上がる。
「精霊界から軍を呼ぶ! 魔界も寄越すはずだ、手筈を整えろ!!」
「えええっ?! 軍を呼ぶって、いきなりどうしてっ」
「説明は後だ! とにかく急げ!!」
ジェノキスは厳しい口調で怒鳴った。
人間界で起こりつつある変異。それがどのように起こされるのか分かっていない。分かっていないが、起こる前に対処しなければならない。
なぜなら起こった時はすべてが手遅れだからだ。
そう、存在してはならない冥界が三界に甦るからである。
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