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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫
五ノ環・魔王と勇者の冒険か、それとも父と子の冒険か。5
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「初めまして、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。六ノ国の王妃にしてアロカサル首長ゴルゴスの姉・アイオナと申します」
「アイオナ様ですね。ゴルゴスに姉がいたとは驚きました。しかも六ノ国の正妃様でしたか」
「アイオナとお呼びください。畏れ多くございます」
アイオナはお辞儀しながら言いましたが、その声色には有無を言わせぬ響きがあります。
こちらの背筋が伸びるような威厳のある女性ですね。
「ブレイラ様には無礼な真似をしてしまい、大変申しわけなく思っています。ブレイラ様に危害を加えるつもりはございませんので、今しばらく私どもに従っていただけないでしょうか」
「私が素直に聞き入れると思いますか?」
私は冷淡さを装って返しました。
今どういう状況なのかまったく分からないのです。きっと何か事情があるのでしょうが、この状況を黙って受け入れられるほどお人好しではありません。
「いったいどういうつもりです? 私はこのアロカサル転移はゴルゴスが引き起こしたのではないかと疑っています」
「お怒りご尤もでございます。しかし私ども砂漠の民にも守るべき役目があります。どうぞご辛抱ください。勇者様の御母上様であるブレイラ様は勇者様にとってかけがえのない大切な御方、勇者の宝は私どもが命に代えてもお守りいたします。必ず」
必ず。強い意志とともにアイオナが言いました。
彼女は私から目を逸らさない。
その態度に疑問がますます深まっていく。この重大な事態を引き起こしたにしては、彼女もゴルゴスも純粋すぎるように見えました。
「疑いを否定しないのですね」
「言い訳するつもりはございません。ブレイラ様のお察しのとおりでございます」
「逃げも隠れもしないと、そういうことですね。では教えてください、この世界はいったいなんです? どうしてアロカサルを転移したのですか?」
厳しい口調で問うと、アイオナが黙りこみました。
何か深い事情があるのですね。でも何も知らないままゴルゴスやアイオナの思い通りになってあげません。私に従えと言うなら、黙ったままでいることは許しません。
「答えなさい。でないと私は従いません」
きっぱりと言い放った私にアイオナが一歩後ずさり、護衛兵たちもざわめく。
実力行使に出ても無駄ということは彼女も分かっているはずです。なぜならアイオナは私の足元の影を警戒している。そこに潜んでいる魔狼の殺気を。
「安心してください、クウヤとエンキには人間を襲わないようにお願いしています。この二頭は私を守る為に側にいてくれているだけです」
「その安心はブレイラ様に害が及ばないうちは、ということでございますね」
「不快な思いをさせて申し訳ありません。ですが、この二頭はハウストが私に預けてくれたもの。この二頭が最優先にするのはハウストの命令です」
「魔狼はブレイラ様を守る為ならば手段を選ばないと」
「そうです」
存在が脅しのようなものだと重々承知しています。
私の背後には魔王ハウストの存在があって、それがいつも私を保護してくれます。
それが嬉しくもありますが、引き換えに誰かと対等な立場になることを困難にする。このことが上手く作用することもありますが、場合によっては不興しか買わないこともあります。
静かに対峙していましたが、しばらくしてアイオナの表情がふっと綻びました。
「それは安心いたしました。何があってもブレイラ様は守られるのですね」
「アイオナ?」
様子の変わったアイオナに目を瞬く。
アイオナは私の足元に跪き、影に潜むクウヤとエンキに恭しく一礼しました。
「クウヤ様、エンキ様、どうかブレイラ様をお守りください。私どもも力を尽くしますが、魔王様の使いである魔狼がいてくださるなら心強く思います」
アイオナはクウヤとエンキにそう語りかけると、また顔をあげて私を見つめました。
そして私への、いいえ、ここにはいない勇者イスラへの忠義を示します。
「私の血族はいにしえの時代に勇者様と契約を交わし、勇者様をお守りすることを役目としてきました。私の先祖は砂漠の民の首長となって勇者の宝を守り、代々受け継いできたのです。それは時代が移り変わっても、勇者様不在の時代が続いても、変わらぬお役目でございます」
「勇者と契約した血族……、そのような方々がいたなんて」
「人間界には私やゴルゴスのように勇者様と契約した血族がいます。なかには時代の流れの中でお役目を忘れた血族も、志半ばで途絶えてしまった血族もいます。でも、それでも人間界の各地には勇者様と契約を交わした者たちがいるのです。その契約者の中には、私たちのように勇者の宝を守ってきた者も」
驚きました。
勇者は人間の王です。でも豪華な城も広大な国土も持たない無冠の王。必要とされる時代に誕生し、当代の苦難と邪悪を払う存在です。
でも、人間界には過去の勇者と契約を交わした血族がいるのですね。勇者の為に生きる人間が。
「そうでしたか。ゴルゴスもあなたも勇者の為に……」
「はい。私どもは勇者様の為の存在です。勇者様の御母上様であるブレイラ様に、それだけは信じていただきたく思います」
「あなた方のことは分かりました。私に害意がないということも」
「ありがとうございます。ではさっそくではありますが、この都の女や子どもとともに今すぐお逃げください」
「えっ……?」
あまりにも急な用件に目を丸めました。
逃げるとはいったいどういう事なのか……。
「どういうことですか? たしかにここは不気味な世界ですが、あなた方が転移させたんですよね? それなのに都から逃げるとはどういう意味です」
「本来この異界は勇者の宝によって繋がったもので、このような不気味な世界ではありませんでした。しかし勇者の宝が冥界の力に侵されていたのです。……不覚でした、勇者の宝を保護する為にアロカサルをここに転移したというのに、かえって危険に身を投じることになってしまって……。私たちが予想していたよりも冥界の侵攻は進んでいたということです。ブレイラ様、詳しいことは移動中にお話しします。今はとにかく都の民とともにお逃げください。都の守りは限界です」
アイオナはそう言うと私をここから連れ出そうとする。
アイオナからは焦りが見えて、危機が迫っていることが分かります。
「分かりました。案内をお願いします」
「ご理解いただき感謝いたします。後はお任せください」
アイオナが護衛兵に私の警護を命じてくれる。
アロカサルの兵士は砂漠の戦士です。どの男たちも戦闘を生業とする屈強な男でした。
その屈強な男たちを率いる彼女を見ていましたが、ふと気になることがあります。
「今回のアロカサル転移を六ノ国の王は知らなかったようですが、それは大丈夫なのですか? あなたは勇者と契約した血族ではありますが、六ノ国の王妃ですよね」
そう、彼女は契約の血族であるのと同時に六ノ国の王妃です。
王妃なら王の意向を汲むものです。それに王だって自分の妃がこんな事態に巻き込まれていて黙っているとは思えません。
しかしアイオナは静かに首を横に振りました。
「ご心配ありがとうございます。しかし心配には及びません、私は王から暇を出されている身です。おそらく今回の一件を理由に離縁されることでしょう」
「え、暇を? それに離縁って、そんな……。今回のアロカサル転移は勇者の宝を保護する為と言いましたよね? それが理由で離縁なんて納得できませんっ」
だって勇者の宝の為ということはイスラの為ということ。
イスラの為に誰かが悲しい思いをするなんて……。
「いいえ、そうではなく、王は私と離縁したいとお考えなんです」
「王が?」
「はい。王の御心はすでに正妃の私から寵姫へと移っていますから」
アイオナは淡々と告げると、何ごともなかったように「さあ、お早く」と私を部屋から連れ出しました。
離縁を語ったアイオナに動揺した様子はなく、気丈に振る舞っている。
彼女の中ではすでに終わったことなのでしょうか。離縁を受け入れているのでしょうか。よく分かりません。
でも、胸がじくりと痛い。
気丈に振る舞う彼女の姿に痛々しいほどの切なさを覚えてしまったのです。
「ブレイラ様には都の女や子どもとともに裏門から脱出していただきます。必ずお守りしますのでご安心ください」
そう言って案内された広場には女性や子どもたちが集まっていました。
なにかと気遣ってくれる彼女に申し訳なくなる。今は私などに構っている余裕などないはずなのです。
「大丈夫です。このまま行きましょう」
今から私はアロカサルの人々とともに都を脱出します。
冥界の影響が強まり、都が安全な場所でなくなったのです。
「この森、さっきと違っているような気がするんですが……」
気がすると言いながら、都の外の森は明らかに様子を変えていました。
ここにきた時よりもざわめきが大きくなっている。
森の緑が濃くなり、木々が巨大化しているのです。それは都を囲んでいる城壁の上に見えてしまっているほどで、気のせいというにはあまりにも変化が著しい。
城壁の上に見える植物の枝葉が不気味にゆらゆらと揺らめいて、今にも城壁を破壊して襲いかかってきそうでした。
「アイオナ……」
「はい」
アイオナも厳しい面差しになっています。
彼女も気付いている。誰が見ても森に変化があったことは明らかなのです。
アイオナは警戒するように目を据わらせました。
「この異界の森の植物はアロカサルが転移した時から不気味なものでした。でも、この数時間で急激に変化しています」
「変化?」
「はい。斥候から森の植物が短時間で急激に巨大化したと報告が入りました。松明の炎を恐れない個体も確認されており、凶暴化しているとの報告も受けています。急いだ方がいいかもしれません」
アイオナはそう言うと広場に集まった人々を誘導しようとする。
しかし、――――ドォンッ!!!! ガシャーーンッ!!!!
地面を揺るがす轟音。
都の人々に衝撃が走りました。咄嗟に振り返って見たものは、植物が城壁を破壊しようとする光景。巨大な木枝が鞭のように撓り、城壁を叩き壊し始めたのです。それは誰もが怖れていた事態でした。
「き、きたぞ! とうとう城壁を壊し始めた!!」
「キャアアアアアア!!」
「うわあああ! 逃げろー!!」
広場は騒然となり、女性や子どもの悲鳴に男たちの怒号が混じる。
混乱する人々から秩序と冷静さが失われていく。
でもその時。
「静まれっ! ばらばらになってはならない! 我ら砂漠の戦士の名にかけて必ず皆を守る!!」
ゴルゴスの鋭くも力強い声が響き渡りました。
混乱していた人々もゴルゴスの声にはっとしたように我に返る。ゴルゴスが、砂漠の戦士がいるなら大丈夫だとでもいうように。
「ゴルゴス様だわ! そうよ、私たちにはゴルゴス様がいらっしゃる!!」
「ゴルゴス様は勇者様と契約してるのよっ。きっと勇者様の御加護があるわ!」
先導するゴルゴスに人々は安堵し、もう大丈夫なのだと希望を抱く。
ゴルゴス率いる勇猛果敢な砂漠の戦士たちが城壁に向かって馬を走らせました。
戦いに赴く戦士たちの姿に人々から歓声があがる。
しかし、繰り広げられる戦いの光景に違和感を覚えました。
戦士は巨木を焼き尽くさんと剣と松明を手にして戦っていますが、巨木は枝を振り回して反撃するのみで、都の広場へ、いいえ、私へとじわじわ近づいてきているように見えるのです。
気のせいだと思いたい。でも、私の影に潜んでいるクウヤとエンキが低く呻っている。
「アイオナ様ですね。ゴルゴスに姉がいたとは驚きました。しかも六ノ国の正妃様でしたか」
「アイオナとお呼びください。畏れ多くございます」
アイオナはお辞儀しながら言いましたが、その声色には有無を言わせぬ響きがあります。
こちらの背筋が伸びるような威厳のある女性ですね。
「ブレイラ様には無礼な真似をしてしまい、大変申しわけなく思っています。ブレイラ様に危害を加えるつもりはございませんので、今しばらく私どもに従っていただけないでしょうか」
「私が素直に聞き入れると思いますか?」
私は冷淡さを装って返しました。
今どういう状況なのかまったく分からないのです。きっと何か事情があるのでしょうが、この状況を黙って受け入れられるほどお人好しではありません。
「いったいどういうつもりです? 私はこのアロカサル転移はゴルゴスが引き起こしたのではないかと疑っています」
「お怒りご尤もでございます。しかし私ども砂漠の民にも守るべき役目があります。どうぞご辛抱ください。勇者様の御母上様であるブレイラ様は勇者様にとってかけがえのない大切な御方、勇者の宝は私どもが命に代えてもお守りいたします。必ず」
必ず。強い意志とともにアイオナが言いました。
彼女は私から目を逸らさない。
その態度に疑問がますます深まっていく。この重大な事態を引き起こしたにしては、彼女もゴルゴスも純粋すぎるように見えました。
「疑いを否定しないのですね」
「言い訳するつもりはございません。ブレイラ様のお察しのとおりでございます」
「逃げも隠れもしないと、そういうことですね。では教えてください、この世界はいったいなんです? どうしてアロカサルを転移したのですか?」
厳しい口調で問うと、アイオナが黙りこみました。
何か深い事情があるのですね。でも何も知らないままゴルゴスやアイオナの思い通りになってあげません。私に従えと言うなら、黙ったままでいることは許しません。
「答えなさい。でないと私は従いません」
きっぱりと言い放った私にアイオナが一歩後ずさり、護衛兵たちもざわめく。
実力行使に出ても無駄ということは彼女も分かっているはずです。なぜならアイオナは私の足元の影を警戒している。そこに潜んでいる魔狼の殺気を。
「安心してください、クウヤとエンキには人間を襲わないようにお願いしています。この二頭は私を守る為に側にいてくれているだけです」
「その安心はブレイラ様に害が及ばないうちは、ということでございますね」
「不快な思いをさせて申し訳ありません。ですが、この二頭はハウストが私に預けてくれたもの。この二頭が最優先にするのはハウストの命令です」
「魔狼はブレイラ様を守る為ならば手段を選ばないと」
「そうです」
存在が脅しのようなものだと重々承知しています。
私の背後には魔王ハウストの存在があって、それがいつも私を保護してくれます。
それが嬉しくもありますが、引き換えに誰かと対等な立場になることを困難にする。このことが上手く作用することもありますが、場合によっては不興しか買わないこともあります。
静かに対峙していましたが、しばらくしてアイオナの表情がふっと綻びました。
「それは安心いたしました。何があってもブレイラ様は守られるのですね」
「アイオナ?」
様子の変わったアイオナに目を瞬く。
アイオナは私の足元に跪き、影に潜むクウヤとエンキに恭しく一礼しました。
「クウヤ様、エンキ様、どうかブレイラ様をお守りください。私どもも力を尽くしますが、魔王様の使いである魔狼がいてくださるなら心強く思います」
アイオナはクウヤとエンキにそう語りかけると、また顔をあげて私を見つめました。
そして私への、いいえ、ここにはいない勇者イスラへの忠義を示します。
「私の血族はいにしえの時代に勇者様と契約を交わし、勇者様をお守りすることを役目としてきました。私の先祖は砂漠の民の首長となって勇者の宝を守り、代々受け継いできたのです。それは時代が移り変わっても、勇者様不在の時代が続いても、変わらぬお役目でございます」
「勇者と契約した血族……、そのような方々がいたなんて」
「人間界には私やゴルゴスのように勇者様と契約した血族がいます。なかには時代の流れの中でお役目を忘れた血族も、志半ばで途絶えてしまった血族もいます。でも、それでも人間界の各地には勇者様と契約を交わした者たちがいるのです。その契約者の中には、私たちのように勇者の宝を守ってきた者も」
驚きました。
勇者は人間の王です。でも豪華な城も広大な国土も持たない無冠の王。必要とされる時代に誕生し、当代の苦難と邪悪を払う存在です。
でも、人間界には過去の勇者と契約を交わした血族がいるのですね。勇者の為に生きる人間が。
「そうでしたか。ゴルゴスもあなたも勇者の為に……」
「はい。私どもは勇者様の為の存在です。勇者様の御母上様であるブレイラ様に、それだけは信じていただきたく思います」
「あなた方のことは分かりました。私に害意がないということも」
「ありがとうございます。ではさっそくではありますが、この都の女や子どもとともに今すぐお逃げください」
「えっ……?」
あまりにも急な用件に目を丸めました。
逃げるとはいったいどういう事なのか……。
「どういうことですか? たしかにここは不気味な世界ですが、あなた方が転移させたんですよね? それなのに都から逃げるとはどういう意味です」
「本来この異界は勇者の宝によって繋がったもので、このような不気味な世界ではありませんでした。しかし勇者の宝が冥界の力に侵されていたのです。……不覚でした、勇者の宝を保護する為にアロカサルをここに転移したというのに、かえって危険に身を投じることになってしまって……。私たちが予想していたよりも冥界の侵攻は進んでいたということです。ブレイラ様、詳しいことは移動中にお話しします。今はとにかく都の民とともにお逃げください。都の守りは限界です」
アイオナはそう言うと私をここから連れ出そうとする。
アイオナからは焦りが見えて、危機が迫っていることが分かります。
「分かりました。案内をお願いします」
「ご理解いただき感謝いたします。後はお任せください」
アイオナが護衛兵に私の警護を命じてくれる。
アロカサルの兵士は砂漠の戦士です。どの男たちも戦闘を生業とする屈強な男でした。
その屈強な男たちを率いる彼女を見ていましたが、ふと気になることがあります。
「今回のアロカサル転移を六ノ国の王は知らなかったようですが、それは大丈夫なのですか? あなたは勇者と契約した血族ではありますが、六ノ国の王妃ですよね」
そう、彼女は契約の血族であるのと同時に六ノ国の王妃です。
王妃なら王の意向を汲むものです。それに王だって自分の妃がこんな事態に巻き込まれていて黙っているとは思えません。
しかしアイオナは静かに首を横に振りました。
「ご心配ありがとうございます。しかし心配には及びません、私は王から暇を出されている身です。おそらく今回の一件を理由に離縁されることでしょう」
「え、暇を? それに離縁って、そんな……。今回のアロカサル転移は勇者の宝を保護する為と言いましたよね? それが理由で離縁なんて納得できませんっ」
だって勇者の宝の為ということはイスラの為ということ。
イスラの為に誰かが悲しい思いをするなんて……。
「いいえ、そうではなく、王は私と離縁したいとお考えなんです」
「王が?」
「はい。王の御心はすでに正妃の私から寵姫へと移っていますから」
アイオナは淡々と告げると、何ごともなかったように「さあ、お早く」と私を部屋から連れ出しました。
離縁を語ったアイオナに動揺した様子はなく、気丈に振る舞っている。
彼女の中ではすでに終わったことなのでしょうか。離縁を受け入れているのでしょうか。よく分かりません。
でも、胸がじくりと痛い。
気丈に振る舞う彼女の姿に痛々しいほどの切なさを覚えてしまったのです。
「ブレイラ様には都の女や子どもとともに裏門から脱出していただきます。必ずお守りしますのでご安心ください」
そう言って案内された広場には女性や子どもたちが集まっていました。
なにかと気遣ってくれる彼女に申し訳なくなる。今は私などに構っている余裕などないはずなのです。
「大丈夫です。このまま行きましょう」
今から私はアロカサルの人々とともに都を脱出します。
冥界の影響が強まり、都が安全な場所でなくなったのです。
「この森、さっきと違っているような気がするんですが……」
気がすると言いながら、都の外の森は明らかに様子を変えていました。
ここにきた時よりもざわめきが大きくなっている。
森の緑が濃くなり、木々が巨大化しているのです。それは都を囲んでいる城壁の上に見えてしまっているほどで、気のせいというにはあまりにも変化が著しい。
城壁の上に見える植物の枝葉が不気味にゆらゆらと揺らめいて、今にも城壁を破壊して襲いかかってきそうでした。
「アイオナ……」
「はい」
アイオナも厳しい面差しになっています。
彼女も気付いている。誰が見ても森に変化があったことは明らかなのです。
アイオナは警戒するように目を据わらせました。
「この異界の森の植物はアロカサルが転移した時から不気味なものでした。でも、この数時間で急激に変化しています」
「変化?」
「はい。斥候から森の植物が短時間で急激に巨大化したと報告が入りました。松明の炎を恐れない個体も確認されており、凶暴化しているとの報告も受けています。急いだ方がいいかもしれません」
アイオナはそう言うと広場に集まった人々を誘導しようとする。
しかし、――――ドォンッ!!!! ガシャーーンッ!!!!
地面を揺るがす轟音。
都の人々に衝撃が走りました。咄嗟に振り返って見たものは、植物が城壁を破壊しようとする光景。巨大な木枝が鞭のように撓り、城壁を叩き壊し始めたのです。それは誰もが怖れていた事態でした。
「き、きたぞ! とうとう城壁を壊し始めた!!」
「キャアアアアアア!!」
「うわあああ! 逃げろー!!」
広場は騒然となり、女性や子どもの悲鳴に男たちの怒号が混じる。
混乱する人々から秩序と冷静さが失われていく。
でもその時。
「静まれっ! ばらばらになってはならない! 我ら砂漠の戦士の名にかけて必ず皆を守る!!」
ゴルゴスの鋭くも力強い声が響き渡りました。
混乱していた人々もゴルゴスの声にはっとしたように我に返る。ゴルゴスが、砂漠の戦士がいるなら大丈夫だとでもいうように。
「ゴルゴス様だわ! そうよ、私たちにはゴルゴス様がいらっしゃる!!」
「ゴルゴス様は勇者様と契約してるのよっ。きっと勇者様の御加護があるわ!」
先導するゴルゴスに人々は安堵し、もう大丈夫なのだと希望を抱く。
ゴルゴス率いる勇猛果敢な砂漠の戦士たちが城壁に向かって馬を走らせました。
戦いに赴く戦士たちの姿に人々から歓声があがる。
しかし、繰り広げられる戦いの光景に違和感を覚えました。
戦士は巨木を焼き尽くさんと剣と松明を手にして戦っていますが、巨木は枝を振り回して反撃するのみで、都の広場へ、いいえ、私へとじわじわ近づいてきているように見えるのです。
気のせいだと思いたい。でも、私の影に潜んでいるクウヤとエンキが低く呻っている。
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