勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫

五ノ環・魔王と勇者の冒険か、それとも父と子の冒険か。1

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「……こ、ここは、いったい……」

 ごくりっ……、息を飲む。
 何がなんだか分かりませんでした。
 今、目の前には見たこともない不気味な森が広がっているのです。
 砂漠の落とし穴に落ちたと思ったら、ここにいました。
 さっきまで砂漠にいた筈なのに、まるで転移魔法のよう。

「こんな植物は見たことがありませんね……」

 どうやらここは人間界ではないようです。
 鬱蒼とした森に生息する植物は人間界では見たことがない形ばかりでした。
 禍々しい模様が刻まれた茎や蔦。ぱっくりと開いた花からは粘液らしきものが垂れている。毒々しいほどの甘い香りの中に、朽ちた果実のような腐臭も混じっている。
 空を見上げるも頭上は鬱蒼と茂った草木に覆われ、森は薄闇に閉ざされて異様で奇怪な雰囲気に満ちています。

「ハウスト、イスラ、どこですかー!」

 大きな声を出してみても当然返事はありません。
 やはり私だけ人間界から転移してしまったようです。
 でも此処が人間界でないのなら、魔界か精霊界か、いったいどこなのか……。

「ハウスト、イスラ、返事をしてください!」

 心細さと恐怖に、いないと分かっていても名前を呼んでしまう。
 震える足を叱咤して歩きだす。とにかくこの不気味な森の出口を探すことにしました。でも。
 ガサリッ。

「ヒッ!」

 ビクリッ。飛び上がりました。
 不自然に草木が揺れる音。何かの気配を感じさせるそれに硬直してしまう。

「な、なんですっ? 誰かいるんですか?!」

 大きな声をあげて威嚇しました。
 しかし草木は揺れず、辺りはシンッと静まり返る。

「……気の所為だったみたいですね、っうわあああ!!」

 安心したのも束の間、木々からビュッと蔦が伸びて体に巻き付いたのです。
 びっくりして手足を振り回すも、腰に巻き付いた蔦にぎりぎりと締め付けられる。

「っ、痛い……!」

 なんとか逃げだそうともがいていると、ふと茂みの向こうに幾つもの松明の明かりが見えました。

「人間だ! 人間がいるぞ!」
「火を放て!」
「蔦を燃やして救出しろ!」

 男たちは手にしていた松明で蔦を燃やしだしました。
 すると拘束が緩み、蔦がもがき苦しむように踊りだす。そして。

「ギヤャアアアアアアアア!!!!」
「こ、これは木の悲鳴?!」

 そう、森に響いたのは断末魔のような木の悲鳴でした。
 呆然と炎に巻かれた木を凝視していると、男たちが心配そうに駆け寄って来てくれます。

「大丈夫か?」
「どうしてこんな所に人間が」
「あなた達も人間なんですか?」

 そう問い返し、彼らの日に焼けた姿に違和感を覚えます。
 こんな薄暗い森で暮らしている者が、こんなに日焼けした肌をしているとは思えません。考えられることは一つ。

「まさか……、あなた達はアロカサルの?」

 アロカサルの跡地で私は転移しました。ならば、転移先で人間に出会ったならアロカサルの民である可能性が高い。
 それは正解だったようで男たちは驚いたように顔を見合わせました。

「どうしてそれを……」
「どうしても何も、あなた達の都が消えたから探しにきたんじゃないですか」

 そう答えると男たちは困惑しだしてしまいました。
 その様子にムッとしてしまう。せっかく探しに来たのに、この反応はなんですか。もっと喜んだらどうです。
 そんな中、後ろからフードを被った若い男が出てきました

「どうやら六ノ国でなんらかの動きがあったようだ。話を聞かせてもらいたい」
「あなたは?」
「アロカサルの首長ゴルゴスという」
「あなたがゴルゴスでしたか! やはりここにアロカサルがあるのですね!」
「どうやら私をご存知のようですね」
「はい。あなたのことは六ノ国の戦士団団長ヘルメスから話しは伺っています」
「……どういうことです? 失礼ですが、あなたはどの身分の方でしょうか……。高貴な身分の方と思われますが、そんな身分の方がここへ来るとは思えない。でも戦士には見えません」

 ゴルゴスは私を見て不審気に言いました。
 失礼ですと思いつつも当然の反応ですね。私の体も腕も屈強な戦士と比べると情けないほど細身です。手も武器を握るには頼りない。お世辞にも戦いを生業にしているようには見えません。
 そして服装もそうです。今は砂漠の陽射し対策に大判の布を纏っていますが、その下には一流の職人によって織られた瑠璃色のローブを着ている。軽装を選んだつもりですが誰が見ても身分がある者の装いでした。
 こんな場所でこんな姿、不審者以外の何者でもありません。でも私だって突然転移するとは予想もしていなかったんです。

「私はブレイラと申します。六ノ国の王より勇者イスラ宛に書簡が届き、勇者の親として同行してきました」
「勇者の親……、ブレイラ様?」

 ゴルゴスは小さく口にし、はっと表情を変えました。
 そして私の前に慌てて跪く。

「し、失礼しました! あなたが勇者様の御母上様でしたかっ。勇者誕生の旨、我らも伝え聞いております。そして魔界の王とのご婚約もっ」
「信じていただけて良かったです。皆、あなた達のことをとても心配していたのですよ」
「そうでしたか、勇者様は六ノ国へ?」
「はい。イスラもハウストも一緒に来ています。でも私だけ此処に転移してしまって……」
「魔王様まで……」

 そう言ったゴルゴスの表情が一瞬強張った気がしましたが、すぐに武骨ながらも優しい表情を向けてくれます。

「話しは長くなりそうですね、都へ戻りましょう。森が騒いでいます、これ以上の長居は危険ですから」
「え? うわっ、これは不気味すぎです……」

 ゴルゴスの言う通り、森の木々がザワザワと揺れてざわめきだしていました。
 まるで今にも動きだしそうな異様さに背筋が冷たくなります。

「松明の火から決して離れないように。こっちです」
「はいっ」

 ゴルゴスに連れられて森の出口に向かう。
 隣を歩くゴルゴスをちらりと見上げました。こんな不気味な場所にいながら先頭を歩いて男たちを率いる姿は生真面目な武人という感じです。
 彼は私と同じ年齢くらいなのに、他の男たちは当たり前のように従っている。王の信頼が厚いと聞いていた通りの男のようです。
 こうして私たち消えた砂漠の都アロカサルに向かったのでした。




 不気味な森を抜けてもこの世界は薄気味悪い。
 空は紫がかった灰色の雲に覆われて、地上に光が届かない。まるで常夜の世界のようでした。

「ここが砂漠の都アロカサルです。といっても、今は砂漠の都ではなく薄気味悪い森の都ですが」

 そう言ってゴルゴスが連れてきてくれたのはアロカサル。
 森を抜けた先に、異世界から突如出現したと分かる不自然な都がありました。
 都をぐるりと囲む城壁は日干し煉瓦で、建造物も砂漠地帯特有の造りをしています。そのせいで鬱蒼と生い茂る森の中ではひどく浮いて見えました。
 案内されるまま都に入ると人々は非常時ながらも平常の暮らしを営んでいます。擦れ違う人々はゴルゴスを見ると深々とお辞儀する。ゴルゴスはアロカサルの民に慕われているようでした。
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