勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫

挿話・西の領土の片田舎にて

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「明日、魔王様が近くの街道を通るぞ!」

 その報せが村に届いたのは、学校の休み時間だった。
 西の領土にある西都から離れた片田舎。自慢は緑豊かな大自然と観光地の大瀑布に近いこと。大昔は近くの山で珍しい鉱石がたくさん採れたが、今はほとんど廃鉱になっている。
 そんな小さな村に届いた報せはあっという間に知れ渡り、休み時間におしゃべりしていた少女たちも歓声をあげた。

「魔王様の御姿が拝見できるなんて!」
「ああっ、楽しみだわ! 私、魔王様を見るのは初めてなの!」
「どれくらい近くで拝見できるかしら!」

 魔王ハウストの話題で盛り上がる少女たちはどの娘もうっとりした顔をしている。
 先代魔王が統治した苦難の時代を知る魔族にとって、当代魔王ハウストの治世はようやく手に入れた平穏である。平穏を齎したハウストを多くの魔族が敬愛し、若い魔族の女性はハウストに憧れ、淡い恋心を抱くものも少なくなかった。
 しかしその中で、一人の少女がうっとりする少女たちに口を開く。

「魔王様の他に、婚約者も一緒だそうよ」
「「「「えっ……」」」」

 婚約者。この一言がうっとりしていた少女たちを一瞬で現実に引き戻す。

「……婚約者の方って、たしか人間の……」
「普通の人間の男らしいけど……」
「勇者様の御母上様でもあるとか」

 婚約者は人間。しかも男。
 魔族にとって人間は忌むべきものである。先の時代、人間の酷い裏切りが先代魔王を神へと近づけ、魔界に甚大な被害を及ぼしたのだ。生き残った魔族たちは今もそれを忘れていない。
 いくら魔王が妃にと求めたとはいえ、人間が魔界の王妃になることを素直に喜べる魔族は少なかった。
 そしてここにいる片田舎の少女たちも例外ではない。
 少女たちは複雑な表情で互いの顔を見る。
 魔王の姿は近くで拝見したい。しかし婚約者までわざわざ見に行きたくない。不敬ながら認めたくないという気持ちがどうしても消えてくれない。
 魔王に淡い恋心を抱いたところで届かないのは最初から分かっていた。魔王の妃になるのは魔界の貴族の令嬢で、それは絵本のように届かない物語のはずだった。嫉妬すら忘れてしまうような、華やかで煌びやかな憧れの世界だったのだ。
 それなのに、人間の男が王妃になるのだという。しかも貧民出身の何の力も持たない普通の人間の男。魔王がそんな人間を選ぶなんて夢にも思っていなかった。

「……明日、どうする?」
「…………魔王様の御姿を見たいから行くけど……」
「……うん、私も。魔王様は見たいし」

 少女たちは困惑しながらも言った。
 魔王の姿は見たい。でも婚約者は……、という複雑な気持ち。
 いくら勇者の親とはいえ、魔族の少女たちがそう簡単に認められるはずがなかったのである。



 翌日。
 村の少女たちは魔王一行が通る道の沿道に来ていた。
 すでに沿道には警備の兵士がずらりと整列し、近隣の村や町から多くの見物人が集まっている。皆、一目でいいから魔王の姿を見ようと集まったのだ。
 しかも今日ここを通るのは魔王だけではない、勇者イスラも一緒である。三界の王のうち二人も目にできるなど一生のうちに一度あるかないかの大イベントであった。
 皆の興味は魔王と勇者にそそがれるが、それとは別の意味で興味を待たれる者がいた。そう、魔王の婚約者であるブレイラだ。
 先日、魔界全土に魔王ハウストによる婚約宣言が行なわれ、それはそれは大きな騒ぎになった。
 ブレイラという名の人間の男が魔王と婚約し、いずれ魔界の王妃になるのだという。
 まさに大激震であった。
 魔王ハウストが王妃にと求めるなら仕方ないと認める者もいたが、いやいや魔王様には考え直して頂きたいと頑なに認めたがらない者もいた。
 こうして婚約宣言に魔族達は様々な考えを持っていたが、かといって三界の王である魔王が決めたことに直接否と声を上げることが出来るはずがない。魔族たちはそれぞれ身近な人と魔王の結婚について噂したり、意見を述べ合ったりしていたのだ。
 もちろん村の学校に通う少女たちも例外ではない。

「魔王様の婚約者ってどんな方かしら」
「さあ? 私は人間を見るのも初めてなのよね」
「あら、私だってそうよ。人間界なんてほとんど行かないものね」
「必要ないし?」
「あ、ちょっと拗ねてる? 魔王様の婚約者が人間なんて認めたくない派?」

 冗談めかして言った少女に、他の少女たちもどっと笑いだす。
 指摘された少女はムッとしながらも言い返した。

「そ、そんな訳じゃないけど、やっぱり人間なんて魔王様に相応しいと思えないわよ」
「まあね、そうだけど……」

 顔を見合わせる。彼女達のような若い世代も人間に対する不審は拭えない。
 こうしてそわそわしながら魔王一行を待っていると、街道に整列していた警備の兵士たちがざわつきだす。
 魔王の隊列が近づいてきているのだ。
 緊張感と期待で空気が張り詰め、皆がじりじりとその時を待つ。そして。

「み、見えたっ、魔王様だ!」
「魔王様だっ、こっちにおいでになるぞ!」

 誰かが興奮した声を上げると、近づいてくる魔王の隊列に皆がワッと騒ぎだした。
 まだ遠目にしか見えないが、それでも敬愛する魔王を見間違えるはずがない。

「ステキっ。肖像画で見るよりずっとステキよね」
「ああ本物を拝見できるなんて夢みたいっ」

 徐々に近づいてくる魔王ハウストの姿は凛々しく、雄々しさに溢れている。その彫刻のように整った容貌もさることながら、魂を飲み込まれるような圧倒的なカリスマ性が魅力だった。

「あの方が魔王様の御妃様になる方なのね」
「人間らしいわよ。魔王様が魔界にお連れになったとか」
「勇者様の御母上様よ」

 誰かが囁き合っている。
 その囁きに少女たちも魔王の後ろにいる婚約者を目にした。
 その姿にごくりっと息を飲む。そこにいたのは金の陽を纏う麗人だったのだ。

「きれい……」

 思わず一人の少女が漏らした。
 ぽつりと漏れたそれに、頑なだった少女たちも無言のまま頷く。
 言葉が出てこなかった。魔王が求めた人間を静かに見つめる。
 勇者らしき子どもと一緒に乗馬し、緊張しているのか少し硬い表情でいた。
 民衆の視線に圧倒されてしまったのか、婚約者の視線が不安気に伏せられていってしまう。
 でもふと、魔王が婚約者を振り返った。
 二人の目が合う。それは僅かな視線の交差だった。
 しかしそれだけで婚約者は顔を上げ、ぎこちないながらも、ふわり、と微笑を浮かべたのだ。
 長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳を柔らかく細め、馬上から優しい面差しで沿道に集まった民衆を見つめる。
 それは不器用な微笑だった。とてもぎこちなくて、ひと目で緊張していると分かるくらいのそれ。でも琥珀の瞳に宿る光は慈しみに満ちて、月明かりのような優しさを思わせる。
 蜂蜜色の髪が光を弾き、馬が歩くに合わせてさらりと揺れる。それはまるで柔らかな光を運ぶ穏やかな風のよう。
 魔王と婚約者がすぐ側まで近づいてきて、少女たちは慌ててお辞儀する。ゆっくりと目の前を通りすぎ、次に顔を上げると二人の後ろ姿しか見えなくなっていた。
 遠ざかる魔王と婚約者の姿を見つめ続ける。
 言葉は出てこなかった。
 心中は複雑なままで、婚約者に対してどう反応していいか分からない。
 しかし魔王が求めた相手という事実がすんなりと胸の奥に落ちて、じわりと広がる。
 まるで神殿の最奥に眠っていた肖像画を目にした時のような、そんな特別な気持ちになっていた。
 魔王の隊列が見えなくなり、沿道の民衆たちが帰りだす。
 どの人もまるで夢心地のような、そんな不思議な気持ちになって帰路についていた。
 少女たちは顔を見合わせ、言葉も少なく村へ帰る。
 ぽつりぽつりと言葉を交わすも、気持ちがふわふわして落ち着かない。
 少女たちは興奮していたのだ。
 ロマンチックな恋愛物語を読んだ後のようにドキドキと胸が高鳴って、魔王と人間がどんなふうに出会って結ばれたのか思いを馳せる。

「……素敵だったね」
「……うん」

 言葉を交わして、また沈黙。
 ふわふわして、ドキドキして、乙女心を震わせる。
 少女たちは照れ臭そうに笑いあうと、村へと帰ったのだった。




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