勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫

三ノ環・崖っぷちの父子5

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「鉱石ですか? いろんな種類がありますね」

 露店には鮮やかな鉱石が並んでいました。
 蒼、碧、黄色、赤、白、ピンク、中には七色の虹のように輝いている鉱石もあります。
 私は紫色の小さな鉱石を手にしました。アメジストの原石でしょうか、イスラの色です。

「綺麗ですね」
「この辺りは大昔、鉱山だったんです」
「来る前に勉強しました。今でも珍しい石がたくさん採れるとか」

 露店には鉱石を使った工芸品がたくさん置かれていました。
 特に目を引いたのは華やかな装飾の雑貨です。鉱石に縁取られた手鏡はとても綺麗です。

「女性の方にお土産に贈ると喜ばれるかもしれませんね」

 そう言いながらも思い浮かんだ女性は……メルディナ。
 私にお土産を贈るような知人や友人の女性はいませんが、あえて挙げるならメルディナでしょうか。でも進んであげたい相手ではないです。しかし彼女はハウストの妹。できれば婚礼までに少しでも仲良くしておきたいのも本音です……。
 このお土産を彼女のお土産に購入しようとしましたが、ふと手が止まる。
 購入しようとして気付いたのです。このお土産を購入する資金について。
 魔界に着の身着のまま来た私には個人的な手持ち金がないのです。
 現在、必要なものはすべてハウストに用意していただいています。でも、こうした個人的なものまでハウストに頼るというのは、なんだか気が引ける。
 それに今回はメルディナですが、次はハウストへなにか贈りたいと思うかもしれない。その時、ハウストに買ってもらい、ハウストに贈るなんて、そんなの違和感が……。
 将来的には夫婦になりますが、今ではないのです。
 私はそっと手鏡を元の場所に戻しました。

「購入しないんですか?」
「メルディナに贈ろうかと思ったんですが、今はやめておきます」
「メルちゃんですか?!」

 メルディナという名前にランディがパッと反応しました。しかも。

「……メル……ちゃん?」

 まさかと思いながらも聞き慣れない呼び名を訝しむ。
 でもランディは照れ臭そうに続けます。

「すみません、メルディナ様のことです。ずっとメルちゃんと呼んでいたので」
「幼馴染でしたっけ? メルディナが子どもの頃はよく一緒に遊んだそうですね」
「はい。小さな頃からメルちゃ、じゃなかった、メルディナ様は愛らしい姫でした」

 ランディは心なしかうっとりしています。
 あの小生意気な彼女のどこが愛らしいのかまったく理解できませんが、容姿だけは人形のようだと思わないではありません。

「そうなんですね……」
「はい。メルディナ様はお元気ですか?」
「とても元気ですよ。とても」

 ここに来る前も喧嘩してきたばかりだとは言えませんが、元気なのは間違いないです。

「そうですか。また子どもの時みたいに会いたいな」
「会えばいいではないですか」
「……はい、まあ、そうなんですけどね……。あ、そうだ! 大瀑布の隠れた穴場があるんです! 案内します!」

 ランディは誤魔化すように言って、話しを切り替えてしまいました。
 それに首を傾げつつも元の広場へと戻ります。
 ハウスト達の方を見ると、珍しいことにハウストが膝をついてイスラと何か話していました。とても真剣な顔をしているように見えるのは気のせいでしょうか。
 少ししてハウストが私に気付いてくれます。

「ハウスト! イスラ! 崖っぷちはそんなに楽しいですかー?!」

 早く戻ってきてほしくて大きな声で二人を呼ぶと、ハウストが苦笑してイスラとともに戻ってきてくれました。

「待たせたな」
「いいえ、それよりランディ様が良い場所を案内してくださるそうです」
「そうか、お前は大丈夫なのか?」

 そう言ってハウストがニヤリと笑います。
 どうやら身替わりにしたことは気付かれていたようです。

「……いじわるですよ?」
「それはすまなかった。では行こう。ランディ、案内してくれ」
「はい」

 ハウストとランディが先に歩きだし、私とイスラはその後に続きます。
 私は手を繋いだイスラに笑いかけました。

「さっきは随分長くハウストと崖にいましたね」
「えっ」

 イスラが驚いた顔で見返してきます。
 ドキリッとしたそれは、指摘されたくない時の顔ですね。

「なにかお話ししていたんですか?」
「えっと、えっとっ……、な、なんでもない」
「ほんとうに?」
「ほんと……」

 明らかに嘘だと分かります。
 気にならないと言えば嘘になります。
 ハウストとは共有して、私だけ知らないというのは寂しいです。でもいいでしょう。ハウストと共有しているなら、という安心もある。
 以前のモルカナの時のようにイスラ一人で抱える秘密は心配ですが、ハウストが知っているようなのできっと大丈夫ですね。

「分かりました。イスラがそう言うなら」
「うん……」
「ランディ様が次に案内してくれるのは隠れた穴場だそうですよ? 楽しみですね」
「うん!」

 話題を変えた私にイスラが安心したように頷きました。
 私たちはしばらく山道を歩き、古い鉱山へ差しかかりました。そこには閉鎖された坑道の穴が幾つかあります。
 この坑道の奥で鉱石が採掘されていたのですね。先ほどの工芸品を思い出しながら見ていましたが。

「……ん? あれは、人ではありませんか?」

 少し離れた場所にある閉鎖された暗い坑道。その奥に小さな人影らしきものが見えるのです。
 突然そう言った私に、ランディがギョッとしたように飛び上がる。

「き、ききき、気の所為ですっ、気の所為ですよブレイラ様! あそこは閉鎖された坑道です! 人なんている筈ないじゃないですか!」
「いえ、私は山育ちなので視力には自信があるんです。ハウスト、ほら、あそこの坑道の奥です。あ、坑道から外に出てくるようですよ」

 実況したとおり坑道から子どもらしき小さな影が出てきました。
 遠目にも幼いと分かる子どもが坑道から出てきておどおど彷徨っている。
 それを見ていると、ランディが不自然なほどの笑顔で私たちを急かしだす。

「こ、ここ子どものイタズラですね! この辺に住む子どもの遊び場になっていたようですっ! 早くっ、早く行きましょう! 今は西の名物大瀑布です! 子どもは都にもたくさんいますよ!」

 ランディが慌てた様子で私たちの視界から子どもを隠そうとします。
 しかし、その子どもを遠目に見ながらハウストも訝しみだしました。

「……あれは、魔族ではないな」
「え、魔族じゃないんですか?」
「ああ、人間だ」

 ハウストが深刻な顔で言いました。
 そんなハウストにランディが真っ青になる。そして。

「に、にに逃げて! サーシャちゃん、今すぐ逃げてーーーー!!!!」

 突如、ランディが子どもに向かって大声で叫んだのです。
 サーシャ。あの子どもの名前でしょう。明らかに不審すぎるそれをハウストが見過ごすはずありません。

「あの子どもを保護しろ」

 ハウストが命じると、近隣を警護していた護衛兵士たちがいっせいに動きだします。
 子どもが保護されるのはあっという間でした。

「ああ、サーシャちゃん……。ごめんね……」

 子どもが捕まり、ランディが青褪めて呆然とする。
 明らかにサーシャを知っていたランディの態度。分かりやすすぎます。

「ランディ」
「は、はいっ!」

 ハウストに声を掛けられ、ランディの背筋がピンッと伸びました。
 青褪めたランディをハウストが不審たっぷりに見据えると、ランディは泣きそうな顔で表情を引き攣らせます。
 そんなランディにもハウストは容赦ない。

「ランディ、あのサーシャという子ども、人間だな?」
「うっ。…………はい、申し訳、ありません……」

 ランディはがくりっと項垂れ、観念したように認めました。
 人間の子ども。どうして人間の、ましてや子どもが魔界に。
 訳の分からない事態にハウストを見ると、彼も奇妙な事態に表情を顰めている。
 ですが、間違いなくランディは何かを知っています。

「ランディ、どうして人間の子どもがここにいるか話しを聞かせてもらおう」
「…………分かりました」

 ランディはまたも観念したように頷きました。
 こうして思わぬ事態に私たちは観光を途中で切り上げ、保護した子どもを迎えて西都に戻ったのでした。




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