勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫

二ノ環・西の大公爵3

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 翌朝。
 朝食を終えるとハウストは会議の予定が入っています。
 休む間もない彼をイスラとともに見送り、私は視察へ行く支度をしなければなりません。
 用意されたローブは首元が詰襟になっているもので、気品と知性の漂うものでした。濃紺色の落ち着いた色合いは視察に出掛けるのに丁度良いです。
 婚約者の立場なので正式な王妃外交ではありませんが、遊びに行くわけではありませんからね。散策とはいえ政務です。

「お支度整いました。こちらをご確認ください」

 着替えを手伝ってくれていた侍女たちが引き、コレットが今日の予定の確認をしてくれる。
 今回の視察旅行に側近女官コレットと侍女たちが同行してくれているのです。

「本日のご予定はランドルフ様の奥方ジョアンヌ夫人の案内にて西都の視察をしていただきます。西都に建造された巨大城壁の大橋を見学された後は、王立士官学校にて生徒たちとのセレモニーが予定されています。他にも市場を回りますので宜しくお願いします」
「分かりました、ありがとうございます」

 説明を聞いた私は側で絵本を読んでいたイスラを振り返りました。
 今日の政務はイスラも一緒なのです。

「イスラ、よく聞いてください。今日のお出掛けはお仕事です。よく言うことを聞いて、お利口にしててくださいね。騒ぐのは無しですよ?」
「だいじょうぶだ。オレはいいこだ」
「はい、一緒に頑張りましょうね」
「がんばる!」

 いい子いい子と頭を撫でると、「まかせろ」とイスラが張り切ってくれます。
 頼もしさに頷き、私は初めての王妃外交に出発するのでした。



 ランドルフの奥方であるジョアンヌ夫人は、まるで絵本から飛びだしてきたお姫様のような方でした。
 二十五歳の息子がいるとは思えないほど小柄で童顔な夫人は、美しい金髪を巻き髪にしてリボンを飾り、フリルとレースがたっぷりのドレスをお人形のように完璧に着こなしています。雰囲気もとてもふわふわしていて、夫人として紹介されなければ大公爵家のご令嬢だと思ってしまったことでしょう。

「ブレイラ様、こっちです。こっちの展望台からの眺めが最高に素晴らしいの!」
「は、はいっ」
「こっち! こっちよ、ブレイラ様!」

 ジョアンヌが私の手を取り、ウフフッ、ウフフフフッ、と巨大な城壁の上を踊るような足取りで駆けまわります。
 お陰で私も小走りでくるくる駆け回るはめになり、私と手を繋いでいるイスラはキャッキャとはしゃいでいる。それを遠巻きにコレットや侍女、護衛兵たちが見守っています。
 天然です。これ完璧に天然というものです。
 まるでお花畑をくるくる踊っている愛らしい少女……。実際は四十路の御夫人ですが。
 ジョアンヌに連れられて私は城壁の展望台へやってきました。
 そこから一望できる景色に感嘆します。

「これは見事な眺めです! それにこの城壁も堅固でありながら造形が美しくて迫力がありますね!」
「ブレイラ様に褒めていただけて光栄ですわ! ウフフッ、設計士さんも、土木工事に従事された方々も、この都に住んでいる方々も、みんな喜びます!!」
「そ、それはどうも……」

 どうしましょう。疲れます。
 童顔で愛らしいジョアンヌは年齢よりも少女チックというだけで、とても良い方のようです。ただちょっと天然で疲れます……。
 でも案内された城壁はとても素晴らしいものでした。展望台からは西都を囲む山脈が一望できます。雲より標高の高い場所は雪化粧されていて、まるで絵画のような光景が広がっているのです。
 イスラを抱っこして美しい山脈を見せてあげます。

「イスラ、見えますか?」
「うん! おっきい! きれい~、あのしろいの、ゆき?」
「そうですよ。山の上は寒いのです。あの高さだと雪は溶けないのでしょうね」

 イスラは瞳をキラキラ輝かせて見学していましたが、次は城壁の下を見て「あっ!」と指差しました。

「おふね、いっぱい!」

 城壁の下は運河になっていました。
 山脈から湧き出る地下水が大河となり、その大河のお陰で西の領土は豊かな自然に恵まれているのです。西都には巨大な運河が建造され、たくさんの船が行き交っていました。

「ブレイラ様、明日は大瀑布を見学されるとか」
「はい、ハウストと約束していたので楽しみにしているんです。ご子息のランディ様が案内してくれるので助かります」
「この運河を流れる大河の水は大瀑布と繋がっています。この大河の上流にある大瀑布は、それはもう見事なものですよ。きっとブレイラ様もご満足いただけます。ランディにとっておきの場所を案内するように伝えておきますね」
「それは有りがたいです! よろしくお願いします!」

 現地の方しか知らないような穴場を教えてくれるのでしょうか。今から楽しみです。
 こうして城壁の視察を終えた私たちは、次に王立士官学校へと向かいました。


 王立士官学校。
 王立士官学校は各領土にそれぞれ建立され、十二歳から二十歳までの少年少女が寄宿舎で共同生活をしながら学んでいます。
 この広大な敷地面積の学舎には、貴族の子息はもちろん、各地から優秀な子どもたちが集められ、未来の士官や高官になるよう教育されていました。いわゆるエリート養成学校ですね。
 ここに入学できる生徒は難関とされる入学試験を突破した子どもたちだけで、身分で分け隔てられることはないそうです。
 ここを卒業すれば将来を約束されたのも同然で、現在魔界の中枢にいる者たちのほとんどが王立士官学校を卒業しているそうです。ここを卒業することは、軍部のエリートと称される王直属精鋭部隊、魔法部隊、特殊部隊、の三部隊への入隊条件でもありました。

「どの子からも品格を感じますね、なんだか凄いです……」

 貴族の子どもたちだけに限定された学校ではないのですが、学舎を行き交う子どもたちのキリッとした面差し。とても賢そうです。
 セレモニーで触れあった子どもたちは礼儀正しく、どの子も「ご婚約おめでとうございます」とお祝いしてくれました。……誰が見てもどう考えても事前に教師に仕込まれたものですよね、まあいいですけど。なんだか気を使わせて申し訳ないです。
 こうして王立士官学校への視察を終えて次は市場へ向かう事になりました。
 しかしその途中、ふと人間界の教会に似た建物を見つけました。敷地内ではイスラくらいの幼い子どもたちが楽しそうに遊んでいます。

「あの建物はなんですか? 幼稚舎のようなものでしょうか」
「いえ、あそこは孤児院です」
「孤児院……」

 孤児院。私の足が止まりました。
 そこにいる子どもたちがどういう子どもたちか、私はよく知っています。私も孤児院で育ちました。
 私は自分の両親がどういった人間か知りません。赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられていましたから。別に捨てられたことを恨んだことはありません。私が生まれた人間界の国は貧富の差が激しく、貧しい家の子どもは売られることも珍しくありませんでした。孤児などどこにでもいたのです。そのせいか自分で自分を可哀想だと思ったことはありません。あまりにも当たり前の環境すぎたので。
 私が孤独は悲しいことだと知ったのは、ハウストとイスラに出会ってからでした。
 しかし西都は豊かな都です。美しい自然の富に囲まれ、ここに住む多くの魔族は明るい笑顔を浮かべて暮らしています。この西都では孤児の存在は当たり前ではないでしょう。
 どちらの世界の子どもの方が可哀想だとか不幸だとか比べる気はありませんが、等しく救いがあることを望みます。

「……あの、すみません。予定にない場所だというのは分かっていますが、少しだけ孤児院に寄ってもいいでしょうか」

 申し訳ないと思いつつもそう言うと、ジョアンヌは驚いたように目を丸める。

「まあっ、ブレイラ様が孤児院に?」
「はい。少し懐かしく思いまして……。私が孤児院で育ったのはご存知ですよね」

 魔王と婚約したのです。私の素性などとっくに調査されている筈でした。
 案の定すんなりと受け入れられます。

「畏まりました。でも少々お待ちください。急な来訪をしては先方を驚かせてしまいますから」

 ジョアンヌはそう言うと、すぐに女官を孤児院へ向かわせてくれました。
 警備面から考えても急な予定変更は多大な迷惑をかけてしまいます。それでも嫌な顔一つせずに了承してくれたジョアンヌには感謝しかありません。
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