勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫

一ノ環・婚礼を控えて6

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「眠っているんじゃないのか?」
「一人でですか? そんな筈は……、あってほしいような、ないような……」

 成長を喜ぶ気持ちと寂しい気持ちがせめぎ合う。複雑な気持ちです。
 でもこのまま立ち去る気持ちにはなりません。眠っているなら寝顔だけでも見ておきたいです。

「私です、ブレイラです。入りますからね」

 そう声をかけると、静かに扉を開けました。
 明かりが消えた薄暗い室内。窓から差し込む月明かりの中、ベッドに子どもサイズの膨らみがあります。
 イスラは一人で眠っているようでした。

「やはり眠っているようだな。一人で眠れるようになったのか」
「そのようですね……」

 無意識に視線が落ちてしまいます。
 ダメですね。喜ばなければならないのに。
 思わず自嘲してしまうと、ハウストが慰めるように肩に手を置いてくれました。

「こうやってイスラは大人になっていくんだ。明日になったら褒めてやろう」
「……そうですね、きっと喜びます」

 私はなんとか笑みを浮かべると、「起こしてしまう前に」とハウストに促されて寝所を出ようとしました、が。

「イスラ?」

 ふと足を止めました。
 そして薄暗い中、ベッドの膨らみを凝視して耳を澄ませる。
 ああ大変です!
 だってベッドの膨らみがぷるぷる震えていて、「うっ、うっ」と微かな嗚咽が聞こえてきたんです。

「イスラ!」

 思わずベッドに駆け寄っていました。
 ベッドの膨らみを揺すると、頭から布団を被っていたイスラが顔を覗かせます。

「ブレイラ、どうして……?」
「どうしてじゃありませんっ。あなたこそどうして泣いているんですか!」

 イスラの大きな瞳が涙で潤んでいます。
 今まで布団の中で蹲り、ぷるぷる震えながら泣いていたのです。たった一人で。

「ブレイラっ……」

 イスラの小さな手が伸ばされる。
 私へ向かって伸びてくるそれを受け止めようとしましたが。

「ダメだっ。ブレイラ、あっちいけ!」
「ええっ?!」

 わけが分かりません。
 こんなに泣いているのに、イスラは私の手を拒否したのです。
 こんなことは初めてで、いったいどうすればいいのか……。

「ど、どうしてそんなこと言うんですかっ。イスラ、一緒に寝ましょう。ね?」

 説得するように言って、小さな体にぽんっと手を置きました。
 すると布団越しにもイスラの体がぷるぷる震えているのが伝わってきて、胸が痛いほど切なくなります。
 しかしイスラは首を縦に振ってくれません。

「だめだ。オレはひとりで、だいじょうぶ」
「大丈夫に見えません。私と一緒に寝てください」
「うっ」

 私のお願いにイスラの体が強張ります。
 迷っているようです。後もうひと押しかと思いましたが。

「だめだっ! オレはれんしゅうする! だから、ブレイラもれんしゅうしろっ!」

 イスラは勢いよくそう言うと、またしても頭から布団を被ってしまいました。
 ますます訳が分かりません。

「待ってくださいイスラっ、練習っていったいなんです?! どういう意味ですか!」

 私は慌てて布団を剥ごうとしましたが、さすが勇者、ぴくりとも動きません。しかも呼びかけても、うんともすんとも反応してくれなくなりました。
 途方に暮れてどうしていいか分からなくなる……。

「ハウスト……」

 困ってしまってハウストを見ると、彼も緩く首を横に振りました。お手上げということです。
 しかもイスラは布団に潜ったまま相変わらずぷるぷる震えています。「うっ、うっ」と嗚咽まで聞こえてきます。いったい泣きながら何を練習するというのか。

「イスラ、どうしてこんなこと……。どうして私と一緒に寝てくれないのですか?」

 このまま部屋に戻れるはずもなく、布団の膨らみに向かってそっと話し掛けます。
 もちろん返事はありません。でも返事が返ってくるのをじっと待つ。こうなったら根気比べです。

「私とお話しするまでここを離れません」

 宣言した私にイスラはぴくりと反応しました。
 それでもじっとしたまま動きません。でも私も動きません。
 寝所は奇妙な緊張感に包まれる。ベッドの丸い膨らみ、それをじっと見つめる私、そんな私とベッドの膨らみを交互に見ているハウスト……。ハウストは少し複雑な顔をしています。ハウストが言いたいことは何となく分からないでもないですが、ごめんなさい、私にも意地というものがあります。ここで親の私が引いてはいけないのです。
 本気で動かない私に、やがて観念したようにイスラが短く言葉を発します。

「……へやにもどれ。ブレイラも、れんしゅうしろ」
「意味が分かりません」
「だめだ。れんしゅうしろ」

 せっかく返事をしてくれても、やっぱり意味が分かりません。
 それならば仕方ないですね。最後の手段です。

「今夜はここで寝ます」

 そう言うと、おもむろに同じベッドに潜り込みました。
 そんな私にイスラが慌てだす。

「ブ、ブレイラ、だめだ。れんしゅうっ……」
「決めたんです。私がどこで寝ても勝手じゃないですか。ハウスト、今夜はここで寝ましょう」

 ハウストまで誘った私にイスラが布団の中で「えぇ……っ」と声を上げます。
 でもそんなの関係ないです。
 イスラを挟んで私とハウストが横になりました。
 こんもり丸く膨らんだ向こうにハウストが見えます。
 ハウストは小さく苦笑して、私とイスラの膨らみを見ていました。

「……ハウスト、付き合わせてしまってすみません」
「こうなることは何となく分かっていた」

 優しい眼差しと声色で言われて、なんだかむずむずした照れ臭さがこみあげます。
 こんな時、この人には敵わないのだと思わせられます。好きになってよかった、と。

「ありがとうございます」
「気にするな。おやすみ、ブレイラ」
「はい、おやすみなさい。ハウスト」

 膨らみ越しに見つめあったまま言葉を交わしました。
 いつもなら真ん中のイスラがぴょこんと顔をだしてスヤスヤ眠っています。
 今夜はそれが見られなくて少しだけ寂しいですが、私とハウストはイスラの膨らみを挟んで眠ったのでした。





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