勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

文字の大きさ
上 下
3 / 103
勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫

一ノ環・婚礼を控えて3

しおりを挟む
「明日までに頭に入れておくといい。くれぐれも西都では恥をかかないように」
「お気遣いありがとうございます。助かりました」
「他の資料は侍女に渡しておく。それもなるべく早く頭に入れておきなさい」

 フェリクトールがそう言うと、彼の背後に控えていた侍従が私の侍女たちに資料や書籍や地図を渡す。これを使って勉強しろということです。

「大丈夫ですか? 手伝います」
 とても重そうです。あまりに膨大な量に見ていられなくなって侍女の一人に申し出ました。
 しかし侍女が返事をする前にスッと女官・コレットが前に進みでます。

「ブレイラ様、ご心配ありがとうございます。しかしながら宰相様からお預かりした資料を運ぶのは侍女たちの役目でございます。どうぞお気になさらぬよう」
「は、はい……」
「ご理解いただき感謝いたします」

 コレットはキリッとした面差しと口調で言うと、侍女たちにきびきびと指示していく。
 コレットは私の側近女官です。この度、正式にハウストの婚約者になったことで私専属の女官や侍女が与えられたのです。
 その女官や侍女たちも貴族や名家の子女たちばかり。婚約者という立場上、お世話してくれる方々は地位が高い子女たちから選ばれるようになりました。婚礼後はもっと人数が増えるそうです。
 仕方がないとはいえ、この環境に慣れるのは勉強よりも大変かもしれません。
 以前と違って女官と侍女に常に付き従われる生活は、それはそれで疲れるものだとここ数日で分かったのです。慣れるまでもう少しかかってしまうでしょう。
 侍女たちが次から次に運んでいく膨大な資料を見送っていると、横で見ていたハウストが眉間に皺を刻む。

「……いきなり大量すぎだろう。もっと段階は踏めないのか」
「生温いことを言っている場合か。婚礼の儀式までに王妃の名に相応しくなってもらわなければ困る。それはブレイラ自身が一番分かっていることだろう」

 そうだね? とフェリクトールにじろりと見られました。
 もちろん言い返せません。

「はい、ご尤もです……」

 婚礼の儀式の正式な日取りはまだ決まっていませんが、目下のところ婚礼までに私が王妃に相応しくなるということが一番の課題です。
 その話しをするとハウストは「今でも充分相応しいだろう」と慰めてくれます。とても嬉しいですが、それは惚れた欲目というものです。まだまだ王妃として未熟だということは私自身が一番分かっていますから。
 私は受け取った資料をパラパラと捲くって目を通すと、一緒に西都へいくイスラにも声をかけておくことにします。

「イスラ、ちょっといいですか?」
「なに?」

 小石と葉っぱを並べて遊んでいたイスラが振り返りました。
 ちょこんとしゃがんだままじっと見上げてきます。

「明日のことでお話があります。明日からハウストの視察に同行して西都へ行くことになりましたが」
「い、いらない! おはなしいらない! オレ、あっちであそんでくる!」

 突然イスラが大きな声をあげました。
 イスラは泣きだしそうな顔で逃げるように駆けだして行きます。

「待ちなさいイスラ! いったいどうしたんですか?!」

 慌てて引き止めましたがイスラの背中はあっという間に小さくなっていく。
 予想外の反応に訳が分かりません。
 困ってしまってハウストを見ると、彼も首を横に振りました。
 どうしてイスラの様子が変わってしまったのか分かりません。今までこんなことなかったのです。
 イスラはどんな時も私の側にいてくれた大事な子どもです。それなのに、何も分かってあげられないことが辛い。
 私はどうしていいか分からず途方に暮れたのでした……。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...