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勇者と冥王のママは創世を魔王様と

第六章・不動の星を追って1

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◆◆◆◆◆◆

「ブレイラ、どこだ?」
「あぶぶ?」

 イスラが首を傾げると、背中にへばりついているゼロスもきょとんと首を傾げる。
 目の前には賑やかな市場の光景が広がり、たくさんの人間が行き交っていた。
 冥界から人間界に転移してから、イスラはゼロスとともに山と谷を越え、川を泳ぎ、崖を登り、野を駆け抜けた。どこへ向かえばいいのか分からなかったのでとりあえずまっすぐ突き進んだ。
 お腹が空いたら動物を狩ったり魚を釣って空腹を凌いだ。眠くなったらどこでも二人でごろんと寝転んだ。嵐の時は洞窟や木陰で身を寄せ合った。雨風を凌げる場所がなかった時は、仕方ないので我慢した。寒かったけれど、大丈夫。ブレイラに会えるなら平気だった。
 でもそんなイスラが唯一困った時がある。それはゼロスが「あぶー、ぶー」とまるでブレイラを求めるように泣く時だ。ちゅちゅちゅ、指を吸ってもすぐに泣きだして、なかなか眠らなかった夜。甘えたくて、寂しくて、抱っこしてほしくて、会いたくて、ゼロスはずっと泣いていた。イスラも泣きたくなって一緒に泣いてしまった時もある。
 どんな事も我慢できたが、この時が一番困った時だった。
 眠れない夜はゼロスとブレイラのお話しをした。お話しといってもゼロスは「ばぶばぶ」しかしゃべれないので一方的に話しかけた。でもブレイラの名前を口にするたびに「あぶっ、あぶっ」と反応するから面白かった。
 それでも眠れない夜は砕けた祈り石が入った麻袋を一晩中握りしめていた。握りしめて、夜空の真ん中にある動かない星をじっと見つめ続けたのだ。
 そんな日々を超えて、イスラとゼロスは人間界のとある街に行き着いたのである。それがこの街だ。
 ここがどこか街の名前すら分からないけれど、もしかしたらブレイラがいるかもしれない。
 イスラはゼロスとともに街の市場に入った。
 きょろきょろと周囲を見回しながら歩く。露店を物色しているのではない、ブレイラを探しながら歩いているのだ。
 時々ゼロスが「あー! あー!」と露店を指さすけれど我慢させた。イスラだって露店に並ぶお菓子が気になるが、欲しくてもお金を持っていないのだから仕方ない。
 だが。

「……なんだ?」

 すれ違う人々がイスラとゼロスをじろじろ見ている。
 可哀そうに……と同情の顔をする者もいれば、露骨に顔を顰める者もいた。
 イスラは訳が分からずに歩いていたが、

「わッ!」

 蹴躓いた。危うく転びそうになって踏ん張る。
 突然の衝撃に背中にへばりついていたゼロスがスポーン! と飛んでいきそうになったが、「ばぶっ!」と頑張って踏ん張っていた。
 しかし。

「あっ! くつがこわれてる!」

 蹴躓いた理由を見つけたイスラが、今度は突然背中を曲げて足元を見た。
 今度は頭から転げ落ちそうになってゼロスは赤ん坊らしからぬ真剣さでへばりつく。
 活発なイスラは動きが大きく激しいのだ。ここしばらくの旅路でゼロスも慣れてきていたが、もっと優しく抱っこやおんぶをされたい。赤ん坊の本音だ。

「あうう~……」

 だが、まだ物言えぬゼロスは唸るしかない。
 そんなゼロスの本音など気付かず、イスラは壊れたブーツを脱いだ。
 イスラが履いているのは戦士用の頑強な作りのブーツだ。しかも魔界の城で用意されたものなので、一足で一般民衆が三カ月は暮らせるような値段の一品である。
 しかし急斜面の崖をよじ登った時に引っ掛けたので、その時に壊れたのかもしれない。他にも川を歩いた時や、険しい山も登った。とにかく食事と眠る時以外はずっと歩いていたので、ぼろぼろになって壊れてしまったのだ。
 いや、靴だけではない。シャツやズボンも泥と汗で薄汚れ、所々破れてしまっている。イスラとゼロスはまるでぼろを着ているような姿になっていた。

「しかたない。はだしであるく」

 イスラは壊れたブーツを持って裸足で歩くことにした。
 すると周囲の人々は眉を顰めて何ごとかを囁き合う。イスラはとても不快な視線だと思ったが、そんな事はどうでもいい。とにかく今は歩くのだ。
 それに今までずっと歩いていたので、もはや足の裏に痛みを感じていない。だから平気なのだ。
 イスラは背中にゼロスをへばりつかせたまま歩く。
 こうしてしばらく市場を歩いていた時だった。

「坊やたち。子どもだけでどうしたんだい?」

 見知らぬ男に声をかけられた。
 男は優しげな表情と声色を作っているが猫なで声が馴れ馴れしい。
 イスラは立ち止まって男を見る。
 男はイスラたちに親しげに近づいてくるが、やはり知らない男だ。

「なんだ、おまえは」
「おじさんは、君たちみたいな子どもの味方だよ」
「オレたちの?」
「そう、困っている子どもの味方だ。お父さんとお母さんはどうしたんだい?」

 この質問にイスラとゼロスは顔を見合わせる。
 お父さんとお母さん。それは父上と母上のこと。
 イスラとゼロスにとって、父上とは魔王ハウスト、母上とはブレイラ。ブレイラは母として扱われると怒るけれど、それでも母上のような存在だ。絵本で見たから間違いない。

「いまさがしてるんだ」
「探してるってことは、いないのかい?」
「うん」
「それは大変だ! こんな幼い子どもを捨てるなんて!」
「ムッ、すてたんじゃない! いなくなったんだ!」
「ああ、それはすまなかったっ。おじさんが悪かったよ~」

 怒ったイスラに男は慌てて謝った。
 そして改めて男はイスラに聞きだす。

「で、お父さんとお母さんは見つかりそうかい?」
「……まだみつからないんだ。でもブレイラもオレとゼロスをさがしてる。だからオレもさがすんだ」
「そうか、大変だね。そうだ! よかったら、おじさんも手伝ってあげようか?」
「ほんとか?!」

 男の申し出にイスラの顔がパッと輝く。
 今までどれだけ探しても見つからなかったのだ。誰かが手伝ってくれるのはとても助かる。

「もちろん本当だ。おじさんは困っている子どもの味方だよ。他にも君みたいに親を探している子ども達がいてね。おじさんはそういう子ども達を保護して、一緒にお父さんやお母さんを探してるんだ」
「へー、そうなのか」
「あぶー」

 イスラが感心する。
 変な男だと思っていたが、どうやらいい人なのかもしれない。

「さあ、こっちだよ。他の子ども達と一緒に馬車に乗せてあげよう。お父さんとお母さんを一緒に探そうじゃないか」
「うん、さがすぞ! ゼロス、こいつがいっしょにさがしてくれるって」
「あぶぶー!」

 背中のゼロスもはしゃいだ声をあげる。よく分かっていないが、イスラが嬉しそうなのでゼロスも嬉しくなったのだ。
 こうして二人は男に馬車まで案内された。
 変な馬車だった。
 動物を運搬する馬車のように荷台に鉄格子があったのだ。
 まるで檻のような馬車にイスラは驚く。しかも荷台には何人かの子どもが乗っていて、どの子どもも暗い顔で蹲っていた。なかにはしくしく泣いている子どももいてイスラは首を傾げる。

「おい、なんでないているんだ」
「ああ、その子も君みたいに迷子でね。親に会いたいからだよ。でもおじさんが一緒に探してあげてるから大丈夫。君たちも大丈夫だよ。だからさあ、早く乗りなさい」
「そうか、わかった」

 イスラは頷くと男に促されるまま馬車の荷台に乗る。
 荷台の端に腰を下ろして背中からゼロスを下ろした。

「ゼロス、もうすぐブレイラにあえるぞ。よかったな」
「ばぶぶ~っ」

 ゼロスが嬉しそうにはしゃぐ。
 よく分かっていないがブレイラという名前に反応しているのだ。
 こうしてイスラとゼロスを乗せた馬車が動きだす。
 馬車は市場を抜けて街を出た。街道をまっすぐまっすぐ進んでいく。馬車がどこに向かっているのか分からない。
 分からないけれど、きっとこの先にブレイラがいる筈だ。イスラはそう信じている。



 馬車が去った後、男とイスラ達のやり取りを見ていた人々はなんとも複雑そうな、不憫そうな顔をしていた。

「可哀想に、あんな小さな子どもも売られるのか」
「仕方ないさ、あんなきたねぇガキがここにいても治安が悪くなるだけだろ。必要悪ってやつさ」

 人々は馬車が去った方を見てひそひそと囁き合う。
 馬車はここより大きな都へ向かったのだ。攫った子どもを売る為に。
 あの男は子どもを狙った奴隷商人だった。浮浪児や攫った子ども、親に売られた子どもなどを売買しているのである。

「それにしても、ひどい恰好だったな」
「なんであんなガキが市場をうろうろしてるんだ。貧民街に行けよ」
「そんなこと言ったら可哀想よ。きっと親に捨てられたんだわ」
「最近、天候が悪くて作物が全滅した村もあるそうよ。きっとその所為ね」
「どうりで浮浪児を多く見かけるわけだ。この前、街道沿いにもふらふらしてる子どもがいたぞ」

 心無い言葉を囁き合う。
 なかには同情する声もあるが、かといって誰も助ける者はいない。
 ここしばらく地震や天候不順が続き、この街にもその影響が出始めていた。いや、この街だけではない。人間界の貧しい村や街に広がりつつあったのだ。

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