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勇者と冥王のママは創世を魔王様と

第五章・北離宮の主(あるじ)5

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 祈り石の指輪を捨てられてから三日が経過しました。
 あれから毎朝探しましたが結局見つかることはありません。明日はもう少し場所を変えて探してみましょう。きっとどこかにある筈です。

「ブレイラ様、お召し物の用意ができました」
「ありがとうございます」

 椅子から立ち上がり、侍女に促されて鏡の前に立ちました。
 用意された衣装は今夜の夜会の為のものでした。
 今夜、この城ではハウストが主催する夜会が開かれるのです。
 夜会には魔界中の貴族や高官たちはもちろん、東西南北の都から四大公爵、他に名士や豪商なども出席します。それは盛大な夜会でした。
 私も王妃として夜会に出なければなりません。
 今回の一件について建前上は伏せられていますが、きっと地方の貴族まで知られていることでしょう。

「王妃様、手をこちらに」
「前を失礼します」

 衣装は海の碧を映したようなローブ。複雑な刺繍が織り込まれたそれは上品ながらも煌びやかな夜会で華となるローブです。
 侍女たちが慣れた手つきでローブを着付けてくれる。

「お着替え終わりました」
「ありがとうございます」

 着付けを終えた侍女たちがお辞儀して下がりました。
 今まで見守っていたコレットが笑顔で声を掛けてくれる。

「お似合いですね。とてもお綺麗です」
「ありがとうございます。でも今夜はいつもより華やかな気がしますね」
「夜会ですから、本来ならこれくらい華やかであるべきなんです」
「そうかもしれませんが……」

 普段はなるべく控えめなものを用意してもらっているのでなんだか落ち着きません。
 でも、本来はこういったものが王妃として正解の衣装なのでしょう。

「魔王様の支度も整っていると報告が入りました。参りましょう」
「はい」

 コレットに促されてハウストがいる控室に向かいました。
 控室の扉をノックすると「入れ」と短い返事。
 コレットが扉を開けるとハウストがいました。
 ハウストは側近士官や侍従長とともに今夜の確認をしています。

「お待たせしました」
「ああ」

 声を掛けてもハウストは私を一瞥しただけで、またすぐに政務に戻ります。
 以前ならハウストは政務の手を止め、綺麗だと褒めて指先に口付けてくれました。でも今はそんな素振りもありません。仕方ないことと思っていますが少しだけ寂しさを感じてしまう。
 間もなくして夜会が開かれる時間が近づき、ハウストが立ち上がります。

「行くぞ」
「はい」

 ハウストと私は控室を出ると、広間まで続く長い回廊を歩く。
 私はハウストの三歩後ろを歩きます。
 以前なら隣に並ぶように促されますが、今の彼は私を振り返らないまま前を歩く。
 後ろから彼の背中を見つめ、そのまま視線を下ろして彼の手を見つめる。
 ハウストの指に指輪はありません。
 あれからどれだけ探しても指輪は見つかりませんでした。捨てられた指輪は、もう二度と戻ることはないかもしれません。

「…………」

 胸が締め付けられて、爪を立てた指を握り締める。
 痛みを感じていなければ余計なことを考えてしまいそう。
 私は痛みを感じながら、大丈夫と自分に言い聞かせます。
 私が贈った祈り石の指輪は正式な婚礼の指輪ではない。あれは私の自己満足の為だけの指輪、だから大丈夫。だって正式な指輪は今も私の手の中にある。環の指輪を嵌めている限り、私がハウストの妃なのですから。



 今夜、大広間で開かれた夜会にはたくさんの魔族が出席していました。
 大広間に煌びやかな光が満ちて、楽団が優雅な演奏を奏でています。
 ハウストが夜会の開催を告げると大きな拍手が沸き起こる。大広間を美しく着飾った貴族や令嬢が行き交い、どの魔族も恭しくハウストに挨拶をしていきます。
 でもハウストの側にいる私には最低限の挨拶だけ。なかには露骨に不快感を示す者もいましたが無視されないだけマシというもの。魔王の前なので気遣われているのです。
 私は顔に笑みを張り付けて黙ってハウストの側に控えていました。
 名だたる名士や四大公爵のエンベルト、ランディ、グレゴリウスの挨拶も受けます。事情を知っている筈の方々ですが、特に触れられることはありませんでした。
 挨拶中、私はずっと立っているだけです。
 ハウストも特に私に話しかけてくることはありません。当然ですね、彼がこうなってから会話を交わすのは閨のなかばかりで、こういった公式の場ではあまり話しかけてこないのです。
 おかしなものです。どんな時よりも今が形ばかりの王妃なのだと突きつけられます。

「ブレイラ様、少しお休みになりますか?」
「……コレット、すみません。でも大丈夫ですよ」

 どうやらあまり良くない顔をしていたようです。
 いけませんね、心配をかけてしまいました。
 私は顔をあげて王妃として取り繕う。
 こうして静かに夜会を過ごしていましたが、南の大公爵リュシアンが挨拶に来ました。

「魔王様、今宵は御招きいただき恐悦至極でございます」
「リュシアンか、よく来たな」

 迎えたハウストにリュシアンは恭しく一礼する。
 そして次は私にも。

「これはこれは王妃様、ご機嫌麗しく」
「あなたもお元気そうで何よりです」
「はい。最近、長く悩んでいた事案から解放されつつありまして気分もすこぶる良い日が続いています」
「それは良いことです」

 笑みを浮かべて答えながらも、リュシアンの嫌味に目が据わっていく。
 リュシアンがいつになく上機嫌に見えるのは気のせいではありません。ハウストの記憶が先代魔王時代に戻り、私が遠ざけられていることを喜んでいるのです。

「魔王様、今宵の夜会にフェリシアも出席しております。お会いしてはどうでしょうか」
「フェリシアが来ているのか?」
「フェリシア様が……」

 フェリシア。その名前に全身が強張る。
 でもハウストは嬉しそうな、懐かしそうな顔になっている。
 ……だめ。フェリシアは、だめです。フェリシアだけは。だって彼女は私が欲しいものすべてを持っている。
「ハ、ハウスト……」彼の気を引くように名を呼ぶも、ハウストは広間を見回してフェリシアを探しだす。

「フェリシアはどこだ」
「こちらでございます。フェリシアも魔王様にお会いできるのを楽しみにしていました」

 リュシアンはそう言うと、優雅にお辞儀して手を差し向けます。
 すると広間にいた貴族たちは道を作るように左右に分かれました。そして、そこにいたのはフェリシア。先代魔王時代にハウストと苦楽を共にした戦友であり、美しき亜麻色の髪の戦乙女。
 フェリシアは嬉しそうな微笑を浮かべ、ハウストに恭しくお辞儀します。

「お久しぶりでございます。魔王様」
「フェリシア、久しぶりだな!」

 広間の貴族達がざわめく中、ハウストとフェリシアが歩み寄る。
 先代魔王に叛逆して魔界を救った当代魔王と戦乙女。二人の再会を、広間中の魔族たちが興奮と喜びをもって見守っています。

「戦場で戦う姿も良かったが、今の姿も格別に美しいな」
「ご冗談を」
「本当のことだ」

 そう言ってハウストがフェリシアの手を取り、指先に口付けました。
 親しみの挨拶にフェリシアの頬が恥じらいに染まる。
 戦乙女と名を馳せた彼女だからこそ、この恥じらいの仕種に多くの男が引かれるのかもしれません。ハウストですら。

「っ、フェリシア様、お久しぶりです!」

 強引に二人の間に割り込みました。
 フェリシアは私に対しても穏やかな笑顔を浮かべ、恭しくお辞儀してくれる。

「お久しぶりです、王妃様。ご機嫌麗しく」
「あなたも」

 返事をする声が震えそうになる。
 目の前のフェリシアからはなんの悪意も感じない。それどころか腫れもの扱いされている私にすら優しい顔を向けてくれる。それが余計に私を不安にさせました。彼女は美しいのです、心も、顔も、生き方も、すべてが。
 この広間にはたくさんの美しい女性が集まっているのに、その中で彼女は一際輝く大輪の花。
 フェリシアの衣装は上品ながらも清楚なもので、控えめなのに輝くような印象がある。
 私、馬鹿みたいですね。今の私、広間の女性たちに見劣らぬようにいつもより少し頑張ったんです。でも今、華美な衣装が自分を王妃だと無理やり主張しているみたいで、なんだか滑稽です。
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