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Episode2・魔界の玉座のかたわらに
家族で初めての洞窟探検6
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「すごいっ。この鍾乳洞にこんな場所があったなんて!」
「ブレイラ、はやくいくぞ!」
興奮したイスラが私の手を引いて月光の空間に走りだします。
近づいてみると、そこは鍾乳洞の天井がぽっかりと空いた場所でした。
そう、地上から見れば、私たちがいる場所は山に突如として現れた巨大な穴の底ということ。
でも穴の底にいる私たちから見れば、閉鎖された地下空間に突如現れた空。
「今夜は満月だったんですね」
地下空間からぽっかり空いた夜空を見上げました。
丸く切り取られた夜空に大きな満月が浮いています。鍾乳洞に入った時はまだ陽が出ていましたが、すでに夜の帳は降りていたようです。
「今夜はここで休もう。この明るさなら視界も確保できる」
ハウストはそう言うと荷物を降ろして野営の準備を始めます。
イスラもそれを手伝い、私は持ってきていた保存食材で夕食の支度です。夕食といっても簡単な物しか用意できないのが残念ですが仕方ありません。
「イスラ、手伝ってくれてありがとうございます。今からゼロスのミルクを作るので、出来上がるまでゼロスと遊んでてあげてください」
「わかった。ゼロス、こっちだぞ」
「あーあー!」
イスラとゼロスが月明かりの下で転がるようにして一緒に遊んでいます。
イスラがゼロスをたかいたかいしたり、ハイハイでどこかへ行ってしまいそうになるゼロスを慌てて引き止めたり、とても仲良しですね。
二人の様子を横目で見ながら手早く支度を終わらせていきました。
「できましたよー。こっちに来てください」
皆を焚火の周りに呼びました。
そこに並べたのは、保存用のパン、燻製肉、スープです。いつもの食事量に比べると少ないですが、イスラがゼロスを抱っこして嬉しそうに駆け寄ってきました。
「おなかすいた!」
「あぶ!」
「お待たせしました。ああ、ゼロスはミルクですよ? このパンはゼロスが食べるにはちょっと硬いんです」
「ぶーっ」
「ぶー、ではありません」
私は苦笑してゼロスを抱きとりました。
四人で焚火を囲み、さっそく夕食の時間です。
「いただきます!」
「召し上がれ」
イスラがさっそくとばかりにパンを頬張りました。
燻製肉ももぐもぐ食べて、いつもより勢いよく食事が進んでいきます。
鍾乳洞に入ってからずっと歩き続け、途中には危険な場所も崖登りもあったのです。とてもお腹が空いていたのでしょう。
「イスラ、スープはお替りもありますからね」
「おかわり!」
「はい、どうぞ。ハウスト、あなたもどうぞ」
「ありがとう」
ハウストも受け取ったスープを美味しそうに飲んでくれます。
私も自分の食事を進めながら、抱っこしているゼロスに目を丸めました。見ればゼロスのミルクが空になっているのです。
「もう飲んでしまいましたか。とてもお腹が空いていたんですね」
「あーうー」
「もう終わりです。ミルクはありませんよ?」
「ぶーっ」
「怒ってもないものはないのです」
「ぶーっ」
「……仕方ないですね。あなたが食べられそうなものは。……あ、これなら丁度いいかもしれません」
私は自分の皿から燻製肉を取りました。
もちろんゼロスの小さな歯では噛み切って食べることはできませんが、燻製肉ならしゃぶったり吸ったりするには丁度いいはずです。
「これ吸ってみます?」
「あぶ!」
ゼロスは燻製肉を小さな手で握ると、初めてのそれを珍しそうに見ます。
そして小さな口であむあむしました。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅう、ちゅう」
「どうですか、おいしいですか?」
「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ」
燻製肉をちゅーちゅーしゃぶっています。
難しい顔をしてしゃぶっているので味はよく分かっていないようですが、とりあえず食欲は満たせそうで良かったです。
「ブレイラ、これを食べろ」
ハウストが自分の燻製肉を半分千切ってくれました。
でも私は首を横に振る。
「それはハウストの分です」
「お前はゼロスにあげただろう」
「大丈夫、私はあまりお腹が空いてないんです。でもあなたは私をおぶって崖を登ったり、重たい荷物を運んだりしてくれているのですから、しっかり食べてください」
「そんなのは関係ない。お前も食べろ」
「しかし……」
「強情だな。ブレイラ」
「なんで、――――むぐっ」
口を開いた瞬間を狙って燻製肉の欠片が突っ込まれました。
こうされたらさすがに食べない訳にはいきません。
あなた……、と恨めし気に睨みながらもぐもぐしますが、ハウストは面白そうに笑っています。
「うまかったか?」
「……まったく、あなたという人は。……でも、美味しかったですよ、ありがとうございます」
呆れながらも礼を言うとハウストは満足げに目を細めました。
こうして食事を進め、スープの鍋は空っぽになりました。
「ごちそうさまでした!」
「イスラ、お腹いっぱいになりましたか?」
「うん!」
大きく頷きましたが、ぐ~っ、イスラのお腹の音です。
イスラははっとしてお腹を押さえ、焦ったように首を横に振りました。
「ち、ちがうんだ! もうほしくない! しずかにしなきゃだめだぞ?」
お腹にまで話しかけて誤魔化すイスラに苦笑しました。
心配をかけまいとする気持ちだけで充分です。
「持ってきた食材だけでは足りなかったようですね。今日はたくさん体力を使いましたから」
よく考えれば当然です。
イスラは育ち盛りの子どもで、鍾乳洞では神経も体力も使うのです。普段よりお腹が空くのは当然のことでした。
「すみません。もっと持ってこれば良かったです……」
少しでも荷物を軽量化しようと必要最低限の物しか持ってきませんでした。もしもの時は脱出できるという油断もあったのです。これは私の落ち度です。
「だいじょうぶ。もうほしくない」
「ありがとうございます。ここを出たらたくさん食べましょうね」
いい子いい子と頭を撫でるとイスラが照れ臭そうに抱きついてきました。
両腕でそれぞれイスラとゼロスを抱っこしていると、イスラが大きな欠伸をします。ゼロスもむにゃむにゃと目を擦りだす。二人とも眠くなったのですね。
「明日も早いですから、そろそろ寝ましょう。こっちですよ」
ハウストが作ってくれた天幕でイスラとゼロスを先に寝かせます。
「おやすみなさい」二人の額にそっと口付けると、間もなくしてすやすやと眠っていきました。とても疲れていたのでしょうね。
天幕を出ると、焚火の前にいたハウストの隣に腰を下ろしました。
ハウストはドミニクから受け取った鍾乳洞の地図を広げています。
「ブレイラ、はやくいくぞ!」
興奮したイスラが私の手を引いて月光の空間に走りだします。
近づいてみると、そこは鍾乳洞の天井がぽっかりと空いた場所でした。
そう、地上から見れば、私たちがいる場所は山に突如として現れた巨大な穴の底ということ。
でも穴の底にいる私たちから見れば、閉鎖された地下空間に突如現れた空。
「今夜は満月だったんですね」
地下空間からぽっかり空いた夜空を見上げました。
丸く切り取られた夜空に大きな満月が浮いています。鍾乳洞に入った時はまだ陽が出ていましたが、すでに夜の帳は降りていたようです。
「今夜はここで休もう。この明るさなら視界も確保できる」
ハウストはそう言うと荷物を降ろして野営の準備を始めます。
イスラもそれを手伝い、私は持ってきていた保存食材で夕食の支度です。夕食といっても簡単な物しか用意できないのが残念ですが仕方ありません。
「イスラ、手伝ってくれてありがとうございます。今からゼロスのミルクを作るので、出来上がるまでゼロスと遊んでてあげてください」
「わかった。ゼロス、こっちだぞ」
「あーあー!」
イスラとゼロスが月明かりの下で転がるようにして一緒に遊んでいます。
イスラがゼロスをたかいたかいしたり、ハイハイでどこかへ行ってしまいそうになるゼロスを慌てて引き止めたり、とても仲良しですね。
二人の様子を横目で見ながら手早く支度を終わらせていきました。
「できましたよー。こっちに来てください」
皆を焚火の周りに呼びました。
そこに並べたのは、保存用のパン、燻製肉、スープです。いつもの食事量に比べると少ないですが、イスラがゼロスを抱っこして嬉しそうに駆け寄ってきました。
「おなかすいた!」
「あぶ!」
「お待たせしました。ああ、ゼロスはミルクですよ? このパンはゼロスが食べるにはちょっと硬いんです」
「ぶーっ」
「ぶー、ではありません」
私は苦笑してゼロスを抱きとりました。
四人で焚火を囲み、さっそく夕食の時間です。
「いただきます!」
「召し上がれ」
イスラがさっそくとばかりにパンを頬張りました。
燻製肉ももぐもぐ食べて、いつもより勢いよく食事が進んでいきます。
鍾乳洞に入ってからずっと歩き続け、途中には危険な場所も崖登りもあったのです。とてもお腹が空いていたのでしょう。
「イスラ、スープはお替りもありますからね」
「おかわり!」
「はい、どうぞ。ハウスト、あなたもどうぞ」
「ありがとう」
ハウストも受け取ったスープを美味しそうに飲んでくれます。
私も自分の食事を進めながら、抱っこしているゼロスに目を丸めました。見ればゼロスのミルクが空になっているのです。
「もう飲んでしまいましたか。とてもお腹が空いていたんですね」
「あーうー」
「もう終わりです。ミルクはありませんよ?」
「ぶーっ」
「怒ってもないものはないのです」
「ぶーっ」
「……仕方ないですね。あなたが食べられそうなものは。……あ、これなら丁度いいかもしれません」
私は自分の皿から燻製肉を取りました。
もちろんゼロスの小さな歯では噛み切って食べることはできませんが、燻製肉ならしゃぶったり吸ったりするには丁度いいはずです。
「これ吸ってみます?」
「あぶ!」
ゼロスは燻製肉を小さな手で握ると、初めてのそれを珍しそうに見ます。
そして小さな口であむあむしました。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅう、ちゅう」
「どうですか、おいしいですか?」
「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ」
燻製肉をちゅーちゅーしゃぶっています。
難しい顔をしてしゃぶっているので味はよく分かっていないようですが、とりあえず食欲は満たせそうで良かったです。
「ブレイラ、これを食べろ」
ハウストが自分の燻製肉を半分千切ってくれました。
でも私は首を横に振る。
「それはハウストの分です」
「お前はゼロスにあげただろう」
「大丈夫、私はあまりお腹が空いてないんです。でもあなたは私をおぶって崖を登ったり、重たい荷物を運んだりしてくれているのですから、しっかり食べてください」
「そんなのは関係ない。お前も食べろ」
「しかし……」
「強情だな。ブレイラ」
「なんで、――――むぐっ」
口を開いた瞬間を狙って燻製肉の欠片が突っ込まれました。
こうされたらさすがに食べない訳にはいきません。
あなた……、と恨めし気に睨みながらもぐもぐしますが、ハウストは面白そうに笑っています。
「うまかったか?」
「……まったく、あなたという人は。……でも、美味しかったですよ、ありがとうございます」
呆れながらも礼を言うとハウストは満足げに目を細めました。
こうして食事を進め、スープの鍋は空っぽになりました。
「ごちそうさまでした!」
「イスラ、お腹いっぱいになりましたか?」
「うん!」
大きく頷きましたが、ぐ~っ、イスラのお腹の音です。
イスラははっとしてお腹を押さえ、焦ったように首を横に振りました。
「ち、ちがうんだ! もうほしくない! しずかにしなきゃだめだぞ?」
お腹にまで話しかけて誤魔化すイスラに苦笑しました。
心配をかけまいとする気持ちだけで充分です。
「持ってきた食材だけでは足りなかったようですね。今日はたくさん体力を使いましたから」
よく考えれば当然です。
イスラは育ち盛りの子どもで、鍾乳洞では神経も体力も使うのです。普段よりお腹が空くのは当然のことでした。
「すみません。もっと持ってこれば良かったです……」
少しでも荷物を軽量化しようと必要最低限の物しか持ってきませんでした。もしもの時は脱出できるという油断もあったのです。これは私の落ち度です。
「だいじょうぶ。もうほしくない」
「ありがとうございます。ここを出たらたくさん食べましょうね」
いい子いい子と頭を撫でるとイスラが照れ臭そうに抱きついてきました。
両腕でそれぞれイスラとゼロスを抱っこしていると、イスラが大きな欠伸をします。ゼロスもむにゃむにゃと目を擦りだす。二人とも眠くなったのですね。
「明日も早いですから、そろそろ寝ましょう。こっちですよ」
ハウストが作ってくれた天幕でイスラとゼロスを先に寝かせます。
「おやすみなさい」二人の額にそっと口付けると、間もなくしてすやすやと眠っていきました。とても疲れていたのでしょうね。
天幕を出ると、焚火の前にいたハウストの隣に腰を下ろしました。
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