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Episode2・魔界の玉座のかたわらに
家族で初めての洞窟探検3
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祈り石があるという鍾乳洞は緑豊かな山の中腹にぽっかり口を開けていました。
鍾乳洞の入口も奥も広い空間が広がっていますが、……ごくりっ、息を飲む。
「すごいっ、これが鍾乳洞なんですね!」
奥を覗けば光を吸い込むような闇一色です。まるで別世界への入口のよう。
鍾乳洞とは、雨水や地下水の浸食によってできた地下洞窟です。気が遠くなるような長い年月をかけて削られた空間は、まさに自然が作り出した芸術作品。今から私たちが入る鍾乳洞は魔界創世期に出来たものらしいです。
でも、そーっと覗いてみる。……どうしましょう、ちょっと怖いです。
奥をちらちら見ていると察したハウストが口端をニッと吊り上げました。
「今ならやめられるぞ?」
「だ、大丈夫です!」
慌てて言い返しました。
大丈夫、怖くありません。崩れたらどうしましょうとか、怪物が出てきたらどうしましょうとか、いろいろ考えてしまいますが今は怖がっている場合ではありません。
「まっくらだ! ブレイラ、はいってもいいか?!」
「ばぶぶー!」
暗闇を前にしてもイスラとゼロスはおおはしゃぎしています。未知の世界への冒険に興奮しているのです。
今にも踏み出しそうなイスラを慌てて制止しました。
「待ってください、灯りを付けますから」
光が届かない地下洞窟。しかも魔力は使えないので視界はランタンの明かりで確保します。
ランタンの灯りをそれぞれ持って、ハウストとイスラが必要物資の入ったリュックを背負い、私はゼロスを自分の体に抱っこ紐で固定しました。
そしてハウストとイスラはそれぞれ剣を装備しました。万が一の事態に備えることは、魔力が使えない鍾乳洞では必要なことなのです。
本来なら侍従や護衛兵も同行してもらうべきなのでしょうが、それはハウストと私が断ったのです。せっかくだから家族四人で行こうということになりました。ハイキングにしては難易度が高いですが、家族四人でハイキング気分です。
「そろそろ行くぞ」
「はい」
気合いを入れて鍾乳洞へ一歩踏み出しました。
中は静寂に包まれて、ひんやりした冷気に満ちています。
私たちはハウストを先頭にして、イスラ、ゼロスを抱っこした私という順で奥へ進みだしました。
時折ハウストとイスラがちらちら振り返る。心配してくれているのです。
「ブレイラ、そこは地下水で滑りやすくなっている。気を付けろ」
「はい。よいしょっ」
ランタンで足元を照らしながら慎重に歩きます。
「初めてなので緊張します。ハウストは鍾乳洞に入ったことがあるんですか?」
「ここの鍾乳洞は初めてだが別の場所のなら何度か入ったことがある。先代に叛逆した時に一時的な潜伏場所にしたり通り抜けたり、いろいろ利用した」
「そうだったんですね。入ったことがある方がいて心強いです」
「過度の緊張も困るが油断するなよ? 危険な場所であることに変わりはないからな」
「……イスラやゼロスは置いてきた方が良かったですか?」
「たぶんイスラよりお前の方が」
「私が、なんですか?」
ニコリと笑って聞き返しました。言いたいことは分かりますが悔しいので全部言わせてあげません。
「いやなんでもない。鍾乳洞はイスラやゼロスにとってまだ危険な場所だが良い機会だと思うことにした。いずれここより危険な場所に立ち入ることもあるだろうからな」
「そうですね……」
少しだけ躊躇いつつも頷きました。
その通りなのです。イスラは勇者でゼロスは冥王、二人はどんな困難にも打ち勝てるように強くなければならないのです。
「ブレイラ、ここになにかいるぞ。ちっさいのだ」
イスラがしゃがんで地面を指さしています。
この子はこれからあらゆる場所へ行き、戦い、多くのことを体験して経験を積み重ねていくのでしょうね。
私もイスラの隣に膝をつき、一緒に小さな虫を見ました。ランタンで照らしたそれは地上では見たことがない形をしています。
「小さいですね。初めて見ました」
「はじめて?」
「はい。きっとここでしか見られない虫なのでしょう。ここにはそういう生き物がたくさんいるんでしょうね」
「あっ、ぬるぬるのもいるぞ!」
「そうですか、ぬるぬ、――――ヒャアアァ!!」
ペタリッ。突然うなじに粘着質な感触。
驚いて引っ繰り返りそうになったところをハウストに背後から支えられます。
「と、とって! とってください! 首の後ろに何かいます! 上から落ちてきたんです!」
「分かったから動くな。これだな」
ハウストが私を押さえながらうなじに落ちてきた虫を取ってくれました。
背筋がゾクゾクするような気持ち悪い感触から解放されてほっと息をつく。
でも、ハウストは落ちてきた虫を見ると「まずいな……」と舌打ちします。
「ブレイラ、こっちだ。イスラも早く来い」
「わっ、なんですか?!」
「急げ、転ぶなよ?」
岩場の陰にくると、ハウストがゼロスを抱いた私とイスラを奥へ押し込み覆い被さりました。
「どうしたんですか?」
「もうすぐ来るぞ。静かに伏せてろ」
「え、来るって」
キイキイキイキイキイキイキイキイ!!
鍾乳洞の奥から甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、バサバサバサバサバサバサバサ!! 凄まじい数の黒い大群が頭上を飛んで外へ向かっていきます。
蝙蝠です。鍾乳洞に生息する何千何万の蝙蝠が私たちの侵入に驚いて飛び立ったのです。
「こんなにっ……。わっ、こっちに来ます!」
「伏せろ。顔をあげるな」
「はいっ。イスラ、私にぎゅっとしてください!」
「わかった! ぎゅ~っ」
イスラが私にぎゅーっと抱きついてきました。
私がゼロスごとイスラを抱きしめて体を丸め、ハウストは私たちに覆い被さって蝙蝠の大群が去るのを待つ。
少ししてようやく蝙蝠が飛び去り、ほっと安堵の息をつきました。
鍾乳洞の入口も奥も広い空間が広がっていますが、……ごくりっ、息を飲む。
「すごいっ、これが鍾乳洞なんですね!」
奥を覗けば光を吸い込むような闇一色です。まるで別世界への入口のよう。
鍾乳洞とは、雨水や地下水の浸食によってできた地下洞窟です。気が遠くなるような長い年月をかけて削られた空間は、まさに自然が作り出した芸術作品。今から私たちが入る鍾乳洞は魔界創世期に出来たものらしいです。
でも、そーっと覗いてみる。……どうしましょう、ちょっと怖いです。
奥をちらちら見ていると察したハウストが口端をニッと吊り上げました。
「今ならやめられるぞ?」
「だ、大丈夫です!」
慌てて言い返しました。
大丈夫、怖くありません。崩れたらどうしましょうとか、怪物が出てきたらどうしましょうとか、いろいろ考えてしまいますが今は怖がっている場合ではありません。
「まっくらだ! ブレイラ、はいってもいいか?!」
「ばぶぶー!」
暗闇を前にしてもイスラとゼロスはおおはしゃぎしています。未知の世界への冒険に興奮しているのです。
今にも踏み出しそうなイスラを慌てて制止しました。
「待ってください、灯りを付けますから」
光が届かない地下洞窟。しかも魔力は使えないので視界はランタンの明かりで確保します。
ランタンの灯りをそれぞれ持って、ハウストとイスラが必要物資の入ったリュックを背負い、私はゼロスを自分の体に抱っこ紐で固定しました。
そしてハウストとイスラはそれぞれ剣を装備しました。万が一の事態に備えることは、魔力が使えない鍾乳洞では必要なことなのです。
本来なら侍従や護衛兵も同行してもらうべきなのでしょうが、それはハウストと私が断ったのです。せっかくだから家族四人で行こうということになりました。ハイキングにしては難易度が高いですが、家族四人でハイキング気分です。
「そろそろ行くぞ」
「はい」
気合いを入れて鍾乳洞へ一歩踏み出しました。
中は静寂に包まれて、ひんやりした冷気に満ちています。
私たちはハウストを先頭にして、イスラ、ゼロスを抱っこした私という順で奥へ進みだしました。
時折ハウストとイスラがちらちら振り返る。心配してくれているのです。
「ブレイラ、そこは地下水で滑りやすくなっている。気を付けろ」
「はい。よいしょっ」
ランタンで足元を照らしながら慎重に歩きます。
「初めてなので緊張します。ハウストは鍾乳洞に入ったことがあるんですか?」
「ここの鍾乳洞は初めてだが別の場所のなら何度か入ったことがある。先代に叛逆した時に一時的な潜伏場所にしたり通り抜けたり、いろいろ利用した」
「そうだったんですね。入ったことがある方がいて心強いです」
「過度の緊張も困るが油断するなよ? 危険な場所であることに変わりはないからな」
「……イスラやゼロスは置いてきた方が良かったですか?」
「たぶんイスラよりお前の方が」
「私が、なんですか?」
ニコリと笑って聞き返しました。言いたいことは分かりますが悔しいので全部言わせてあげません。
「いやなんでもない。鍾乳洞はイスラやゼロスにとってまだ危険な場所だが良い機会だと思うことにした。いずれここより危険な場所に立ち入ることもあるだろうからな」
「そうですね……」
少しだけ躊躇いつつも頷きました。
その通りなのです。イスラは勇者でゼロスは冥王、二人はどんな困難にも打ち勝てるように強くなければならないのです。
「ブレイラ、ここになにかいるぞ。ちっさいのだ」
イスラがしゃがんで地面を指さしています。
この子はこれからあらゆる場所へ行き、戦い、多くのことを体験して経験を積み重ねていくのでしょうね。
私もイスラの隣に膝をつき、一緒に小さな虫を見ました。ランタンで照らしたそれは地上では見たことがない形をしています。
「小さいですね。初めて見ました」
「はじめて?」
「はい。きっとここでしか見られない虫なのでしょう。ここにはそういう生き物がたくさんいるんでしょうね」
「あっ、ぬるぬるのもいるぞ!」
「そうですか、ぬるぬ、――――ヒャアアァ!!」
ペタリッ。突然うなじに粘着質な感触。
驚いて引っ繰り返りそうになったところをハウストに背後から支えられます。
「と、とって! とってください! 首の後ろに何かいます! 上から落ちてきたんです!」
「分かったから動くな。これだな」
ハウストが私を押さえながらうなじに落ちてきた虫を取ってくれました。
背筋がゾクゾクするような気持ち悪い感触から解放されてほっと息をつく。
でも、ハウストは落ちてきた虫を見ると「まずいな……」と舌打ちします。
「ブレイラ、こっちだ。イスラも早く来い」
「わっ、なんですか?!」
「急げ、転ぶなよ?」
岩場の陰にくると、ハウストがゼロスを抱いた私とイスラを奥へ押し込み覆い被さりました。
「どうしたんですか?」
「もうすぐ来るぞ。静かに伏せてろ」
「え、来るって」
キイキイキイキイキイキイキイキイ!!
鍾乳洞の奥から甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、バサバサバサバサバサバサバサ!! 凄まじい数の黒い大群が頭上を飛んで外へ向かっていきます。
蝙蝠です。鍾乳洞に生息する何千何万の蝙蝠が私たちの侵入に驚いて飛び立ったのです。
「こんなにっ……。わっ、こっちに来ます!」
「伏せろ。顔をあげるな」
「はいっ。イスラ、私にぎゅっとしてください!」
「わかった! ぎゅ~っ」
イスラが私にぎゅーっと抱きついてきました。
私がゼロスごとイスラを抱きしめて体を丸め、ハウストは私たちに覆い被さって蝙蝠の大群が去るのを待つ。
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