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Episode2・魔界の玉座のかたわらに

家族で初めての洞窟探検1

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 翌日。
 朝から南都では盛大な開通式が行なわれ、私はハウストとともに出席しました。もちろんイスラとゼロスも一緒です。
 開通した大橋は南の領土を縦断するほどのもので、これが開通したことによって島が多い領土が一つになったのです。
 盛大な式典には身分の分け隔てなく多くの魔族が集い、心から橋の開通を喜びあいました。
 無事に式典が終わり、皆で迎賓館に戻ります。
 その帰路の馬車に乗り込むも、開通式で目にした巨大な橋にイスラも私も心奪われたままです。本当に見事な橋だったのです。

「素晴らしい橋でしたね。巨大すぎてまるで要塞のように見えました」
「すごかった! あっちからあっちまで、みえなかったんだ!」

 興奮したイスラに思わず笑ってしまう。
 巨大な建造物に心が躍っているよう。そんなイスラの様子をハウストも微笑ましげに見ています。

「この橋の要所に立っている銅像は魔界の著名な美術家たちの作品だ。その中にはドミニクの物もあるぞ」
「そうでしたか。ぜひ見学したいものです」
「ああ、今は観光客が多すぎて無理だが、また落ち着いたら来よう」
「はい」

 大きく頷き、車窓から外の景色を眺めます。
 式典が終わると多くの観光客や見物人が開通したばかりの橋を歩こうと出向いてきます。
 橋の周辺は多くの人々で賑わって、お祭りのような騒ぎになりました。

「凄いですね。皆、この橋の完成を楽しみにしていたのですね」
「ああ、これで南の流通網が便利になる。この領土は更に豊かになるだろう」
「それは良いことです」

 そう言って走る馬車から橋の開通を祝う人々を見ていましたが、ふと、視界にとある店舗が映り込みます。すぐに他の景色と溶け込んで流れていきましたが余韻のように頭に引っかかりました。
 それは貴金属を扱う店だったのです。一瞬でしたが、外からでも店内に並ぶ様々な宝飾品が窺えました。首飾り、耳飾り、腕輪、指輪、どれも光り輝いて見えたのです。
 私はなんとなくハウストの左手を見る。
 本当なら、そこには王妃である私の魔力が形成した環の指輪が嵌められている筈でした。
 しかし私に魔力は無く、指輪を作ることができないのです。歴代王妃は必ず魔王と環の指輪を贈りあったというのに。
 先ほど目にした貴金属店が脳裏に浮かび、違うと首を横に振る。指輪ならなんでも良いわけではありません。

「ブレイラ、どうした?」

 ハウストが心配そうに私を見ていました。
 黙り込んでしまった私を心配してくれたのです。

「いいえ、なにも……」

 何も言えずに首を横に振る。
 でも本当はあなたに指輪を贈りたい。
 この世に二つとない、あなただけの指輪を贈りたいです。
 そうすれば少しは王妃として自信を持つことができるでしょうか。不安な夜にも打ち勝つことができるでしょうか。
 どうしても昨夜の夜会を思い出してしまいます。
 私の知らないハウストを知っているフェリシアや、他にもハウストの興味を引こうとする美しい令嬢たち。
 嫌です。絶対に嫌。私は誰ともハウストを分かち合いたくない。どうしてもハウストの心を奪われたくありません。私だけのものです、絶対に、私だけの。
 私はハウストの左手に手を重ねました。

「ハウスト、お願いがあります」
「お願いか、お前が珍しいな。言ってみろ」
「私をドミニク様の所へ連れて行ってください」
「ドミニクの所へ? いったいどうしたんだ」

 ハウストが意外そうに尋ねてきました。
 当然の反応でしたが答えに詰まる。あなたに指輪を贈りたいとは言えません。
 もし打ち明けたら、きっとハウストは願いを叶えてくれるでしょう。ハウストの持てる力を使って。
 でも、それでは駄目なのです。それではなんの意味もない。
 私は重ねたままのハウストの左手をぎゅっと握りしめました。

「昨夜お話ししていた祈り石について詳しく聞きたくなったのです。世界に二つとない石の話しを」
「ブレイラ……」

 ハウストは驚いたように何かを言いかけましたが、ふっと表情を和らげました。
 そして私の手を握り返してくれる。

「いいだろう、ドミニクの所に行こう」
「いいんですか?!」
「ああ、他に優先する用事もないからな」
「ありがとうございます!」

 嬉しいです。
 ハウストに笑いかけると優しく目を細めて見つめ返してくれる。
 ハウストがさり気なく近づいて来て、私の顔に影を落とす。
 ああ口付けられると思ったその時。

「ブレイラ、いのりいしってなんだ!」

 イスラがひょっこり割り込んで、口付けは流れてしまいました……。




「突然訪ねてきたと思ったら祈り石の話しを聞かせろとは……、話しが分かる王妃様じゃないか!!」

 突然の来訪だというのにドミニクは諸手を挙げて歓迎してくれました。
 ニコニコ満面笑顔で私達を工房へ入れてくれます。

「どうぞ、狭い所ですがゆっくりしていってください」
「これが一流職人の工房なんですね」

 ドミニクは金細工師を引退していますが、家屋を改築した工房には作業途中の加工品や美術品が数多くありました。雑多に並んでいますが一つ一つの価値を考えると眩暈がしそうです。

「すごい! これピカピカだ!」
「あ、イスラ、それに触ってはいけません! 見るだけです!」

 慌ててイスラを止めました。
 棚に飾られていた金細工を掴もうとしていたのです。子どもの無邪気さとはなんて恐ろしい。
 寸前で阻止したのも束の間。

「あーん、あむあむ」
「あああっ、ゼロス、あなた何てことをっ!」

 ゼロスが口をもぐもぐさせています。
 そう、親指サイズ程のサファイアを口に含んでしまったのです。

「ゼロス、ペッ、しなさい。ペッ」
「あうー?」

 もぐもぐしながら首を傾げるゼロス。
 可愛いですが口の中には大粒のサファイア。全身の血の気が引いていく。

「ペッ、です。ペッ」
「あむあむ、うー、……ぺっ」

 ぽろり。ゼロスの口からサファイアが出てきました。
 涎塗れのそれを拾って慌ててハンカチで拭きます。

「ああ、サファイアになんてことを……」

 大粒のサファイアの価値を考えると震えが止まりません。これ謝って済むことではありませんよね。
 お願い事があって来たというのに、これでは叩きだされても文句は言えません。

「ドミニク様、本当に申し訳ありませんでした。なんてお詫びをすればいいか……」
「気にしないでください。たかが石ころが涎塗れになったところで問題ありません。それより飲み込まなくて良かったです」

 ドミニクは怒るどころかゼロスの心配をしてくれました。

「なんて寛大な……。ドミニク様はお優しいのですね」
「……いや、あれは本気で石ころだと思ってるんだろ」

 ハウストはそう言いますが、いいのです、弁償という事態は免れたようなので。
 こうしている間にもドミニクは手早くお茶の用意をしてくれると、さあ本題に入りましょうとばかりに私達を待っています。テーブルの上には古い文献や資料の数々、祈り石について説明したくて仕方ないのでしょう。
 私とハウストもテーブルに着席しました。
 二人の子どもがイタズラしないように、ゼロスは私が膝に抱っこ、イスラは私とハウストの間にちょこんと座ります。
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