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Episode2・魔界の玉座のかたわらに
外遊という名の初めての家族旅行8
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「……ハウスト、すみませんでした」
ハウストにそっと凭れかかりました。
甘えるように擦り寄ると、ハウストの腕にやんわりと抱き締められます。
不安になってしまった自分が恥ずかしい。ハウストは私を愛してくれているのに。
「あなたの言う通りです。すみません、ほんとうに。やはり疲れていたのでしょうね、うまく頭が回りませんでした。だめですね」
「疲労の原因を聞いてもいいか?」
「……長旅とだけ」
大規模転移魔法の旅は一瞬でしたが、お願いです、今は誤魔化されてくださいね。
ハウストにじっと見つめられます。
その眼差しは不満そうで、私の誤魔化しに気付いている。
ハウストが口を開く前に私が口を開きました。
「今夜の夜会では、あなたの友人を紹介していただけて嬉しかったです」
「他の連中もまた紹介しよう」
彼が嬉しそうに言いました。
友人とはとても良いものなのですね。思えば私に友人らしい友人はいません。
子どもの頃から生意気な性格をしていたので、嫌われることはあっても親しみを向けられることはほとんどなかったのです。
ハウスト、あなたは多くの善き友人に囲まれて今があるのですね。それも彼が魔界を愛する理由の一つなのでしょう。
「ありがとうございます。南の領地以外にもいるのですか?」
「ああ、政務で知り合った者も多いが、やはり特に気心が知れているのは先代魔王に叛逆した時、共に立ち上がってくれた戦友たちだ。フェリシアもその一人で」
「ハウスト」
ハウストの言葉を遮りました。
とても楽しそうに話しているのに心苦しいです。
でも、彼女の話しはまだ聞きたくありません。愛されていると頭で分かっていても、気持ちが追い付かないのです。
今は先ほどのような無様な思考をしないようにするのが精一杯、情けないけれど余裕がないのです。いつか落ち着いて聞けるようになるまで待っていてください。
「今夜は眠りましょう。疲れてしまいました」
「ブレイラ」
「なんでしょう」
「フェリシアとは何もないぞ」
「はい。分かっていますよ」
微笑とともに答えました。
大丈夫、上手く笑えたはず。だって本当に分かっています。今、彼が愛しているのは私だけです。
「ハウスト、眠りましょう。明日は橋の開通式ですよね」
私はハウストから離れてベッドに入りました。
ゼロスの隣に横になると、気配を感じたゼロスが擦り寄ってきます。
可愛いですね、小さな体を抱っこしてあげました。
ハウストはイスラの隣に横になります。
二人の子どもを挟むようにして私たちは眠ります。
「ブレイラ……」
二人の子ども越しにハウストが何か言いたげに口を開きました。
でも聞こえない振りをして目を閉じました。
ごめんなさい、あなたは何も悪くない。これは私の気持ちの問題です。
でも今夜だけは子どもみたいに拗ねることを許してください。
分かっているのです。どうしても気持ちが騒ぐのは、私が自分に自信がないからなのです。
◆◆◆◆◆◆
――――時間は少し戻る。
ブレイラが冥王ゼロスの夜泣きを理由に夜会から退席した。
その場に残されたのはハウスト、リュシアン、フェリシアである。かつて先代魔王と戦った三人が揃った姿を、広間の夜会出席者たちが瞳を輝かせて見つめている。
誰も三人に話しかけようとする者はいない。英雄たちに近づくのは畏れ多く、ため息を漏らすばかりだ。
「魔王様、王妃様の退席は残念ですがせっかく懐かしい相手に会えたのです。フェリシアとごゆるりとお過ごしください。積もる話もあるでしょう」
リュシアンの提案に聞いていたフェリシアの頬がほのかに染まる。
瞳は喜色の光を帯びて、口元は柔らかく綻ぶ。それは戦場で剣を振るう戦乙女のもう一つの姿。素のままの姿だ。
元々の美しさも相俟って、それは男の目に魅力的に映るものである。それこそ戦場では見せぬ顔を、この手で暴きたいと思わせるほどの。
ハウストとて男である。それはとても興味のあるものだった。二人きりで懐かしい昔話しをして、そのまま体を重ね、戦乙女が褥で見せる顔を堪能するのも悪くない。フェリシアは魅力的な女で、抱いても悪い気はしない。
だが、それもすべてはブレイラに出会っていなければの話しだ。
「悪いが俺も部屋に戻る。ブレイラだけにゼロスの世話を任せる訳にはいかないからな」
「ま、魔王様が夜泣きの赤ん坊の世話を? 冥王とはいえ、赤ん坊の……」
「俺の第二子だ」
「し、失礼しました」
失言に気付いたリュシアンが慌てて謝罪する。
そんなハウストとリュシアンのやり取りにフェリシアがクスクスと笑いだす。
「戦場で戦う魔王様の御姿しか知らないので、やはり驚いてしまいます」
「なんだフェリシアまで」
そう言ってハウストは目を据わらせるも、笑うフェリシアの姿にふっと表情を和らげる。
そしてハウストはブレイラが立ち去った広間の扉の方を見た。
「まあいい、最初は俺自身も驚いた。しかし、あれを俺の妃にするには必要なことだったからな。それに今では悪い気もしていないんだ」
ハウストの口元が綻ぶ。
思い出すのはイスラに初めて『ちちうえ』と呼ばれた時のことだ。呼ばせたいとは思っていたが、いざ初めて呼ばれると内心ひどく照れ臭かったのを覚えている。
ゼロスもこのまま成長すれば、いずれ呼んでくれる時がくるのだろうか。想像して口元が緩みそうになり、さり気なく手で覆った。
「フェリシア、今夜は久しぶりに会えて嬉しかったぞ。ではな」
ハウストは気を取り直して言うと、なんの未練も残すことなく広間を立ち去ったのだった。
それを見送ったフェリシアは口元に苦い笑みを刻む。
「リュシアン様、どうやら私はフラれたようです」
「いや、フェリシア、君が諦めるのはまだ早いっ。魔王様だって君の事は悪しからず思っているわけだし、いずれ魔王様も君の事を愛する日がくるはずだ」
「お気持ちは嬉しく思いますが、やはり魔王様にとって私は戦友でしかありません。リュシアン様、このドレスを用意して頂きありがとうございました。今夜は魔王様と再会できたこと、このように華やかな夜会に参加できたこと、嬉しく思っています」
フェリシアは身に纏う純白のドレスに目を細める。
これは夜会の招待状が送られてきた時に一緒に届けられたドレスだ。フェリシアは英雄だが普通の農民の娘である。招待状が送られてきてもドレスなどなく、また華やかな場所に興味はなかったので出席を断るつもりだった。しかしハウストに会いたいという気持ちは抑えがたく、リュシアンの強い勧めもあって出席を決めたのだ。
そう、フェリシアはハウストにずっと恋をしている。
初めて出会ったのは先代魔王の脅威のなかで戦火に身を投じた時。南の領地の危機が迫るなか、中央で戦っていたハウストが援軍として訪れたのである。
農民出身のフェリシアはハウストに目を掛けられ、戦場のなかで親しくなっていった。フェリシアは相手の身分を忘れて惹かれていき、気が付けばハウストに恋をしていたのである。
だから、久しぶりに再会して親しげに名を呼ばれた時、甲冑姿ではなくドレス姿を見違えたと褒めてくれた時、泣いてしまいそうなくらい嬉しかった。
でもハウストは再会を喜びながらも、フェリシアの前に王妃を呼び寄せたのだ。
本当に酷い魔王様だと苦笑する。
フェリシアに紹介してくれる為に王妃を呼んだのではなく、王妃にフェリシアを紹介する為に呼んだのだ。
初めて目にした王妃は静謐な夜空に輝く月のように美しい麗人だった。人間の男だと聞いていたが、きっと剣など握ったことはないのだろう。身長は低いわけではないが男にしては細身で、戦場を駆け回るには軟弱だ。
その性質は静。月の淡い光を纏っているかのような麗人は、笑みのなかに微かな憂いを滲ませていた。その儚さは多くの男に守りたいと思わせるものなのかもしれない。きっと、魔王も例外ではなく。
王妃を見つめるハウストの眼差しは、戦場では一度も目にしたことがないものだったのだから。
「そんな諦めたようなことを言ってくれるな。君こそ妃に相応しいと多くの魔族が望んでいる」
「多くの魔族が望んだところで、魔王様が望まれなければ意味がありません。私には殿方の好みなど分かりませんが、魔王様は王妃様のような御方を好まれるのでしょう」
きっとハウストはあの王妃のような麗しくも儚い方が好きなのだ、フェリシアはそう思った。
自分とはタイプが違うのだから仕方ない、そう思わなければ血に塗れた戦場の日々が本当に空しいだけのものになってしまう。自分とハウストとの思い出はそこにしかないのだから。
フェリシアは少しのやり切れなさを感じるも、選ぶのはハウストだと自身に言い聞かせた。ハウストがあの王妃を選んだのなら、それが答えだ。
「君はそれでいいのか? 諦めるのはまだ早いだろう」
「剣を持って戦う女は世界に数多くございます。私だけが魔王様の戦友として親しいわけではありません。なにより、あの王妃様は勇者様と冥王様の御母上様でもあると伺っています。特別な王たちが母と呼ぶ相手に、どう立ち向かえと?」
「勇者様や冥王様が母と呼ぼうがなんだろうが、それは名称に過ぎない。君は女性だし、魔王様とともに戦えるだけの強い魔力だってある」
「それがなんだというのです。リュシアン様は何も分かっていませんね。『だからこそ』でございます。魔王様はそれを置いて、それでもブレイラ様を側に置くべく妃にしたのです。それが答えではありませんか」
フェリシアは笑みを湛えてそう言うと、リュシアンに向かって深々とお辞儀する。
「私もそろそろ失礼いたします。今宵はこのような場にお招き頂きありがとうございました」
「フェリシア、すまなかった……」
「何を謝るのです。私に失恋させたことですか?」
「…………」
「……黙り込まないでください。本当に空しくなるではありませんか」
フェリシアは困った顔をしながらも朗らかに笑う。
その姿にリュシアンはますます分からない。この戦乙女こそ選ばれるべきではないのか。
「では、明日は朝から農作業がありますので」
フェリシアは笑みだけを残して広間を立ち去っていく。
リュシアンはそれを見送り、嘆くように広間の高い天井を見上げたのだった。
◆◆◆◆◆◆
ハウストにそっと凭れかかりました。
甘えるように擦り寄ると、ハウストの腕にやんわりと抱き締められます。
不安になってしまった自分が恥ずかしい。ハウストは私を愛してくれているのに。
「あなたの言う通りです。すみません、ほんとうに。やはり疲れていたのでしょうね、うまく頭が回りませんでした。だめですね」
「疲労の原因を聞いてもいいか?」
「……長旅とだけ」
大規模転移魔法の旅は一瞬でしたが、お願いです、今は誤魔化されてくださいね。
ハウストにじっと見つめられます。
その眼差しは不満そうで、私の誤魔化しに気付いている。
ハウストが口を開く前に私が口を開きました。
「今夜の夜会では、あなたの友人を紹介していただけて嬉しかったです」
「他の連中もまた紹介しよう」
彼が嬉しそうに言いました。
友人とはとても良いものなのですね。思えば私に友人らしい友人はいません。
子どもの頃から生意気な性格をしていたので、嫌われることはあっても親しみを向けられることはほとんどなかったのです。
ハウスト、あなたは多くの善き友人に囲まれて今があるのですね。それも彼が魔界を愛する理由の一つなのでしょう。
「ありがとうございます。南の領地以外にもいるのですか?」
「ああ、政務で知り合った者も多いが、やはり特に気心が知れているのは先代魔王に叛逆した時、共に立ち上がってくれた戦友たちだ。フェリシアもその一人で」
「ハウスト」
ハウストの言葉を遮りました。
とても楽しそうに話しているのに心苦しいです。
でも、彼女の話しはまだ聞きたくありません。愛されていると頭で分かっていても、気持ちが追い付かないのです。
今は先ほどのような無様な思考をしないようにするのが精一杯、情けないけれど余裕がないのです。いつか落ち着いて聞けるようになるまで待っていてください。
「今夜は眠りましょう。疲れてしまいました」
「ブレイラ」
「なんでしょう」
「フェリシアとは何もないぞ」
「はい。分かっていますよ」
微笑とともに答えました。
大丈夫、上手く笑えたはず。だって本当に分かっています。今、彼が愛しているのは私だけです。
「ハウスト、眠りましょう。明日は橋の開通式ですよね」
私はハウストから離れてベッドに入りました。
ゼロスの隣に横になると、気配を感じたゼロスが擦り寄ってきます。
可愛いですね、小さな体を抱っこしてあげました。
ハウストはイスラの隣に横になります。
二人の子どもを挟むようにして私たちは眠ります。
「ブレイラ……」
二人の子ども越しにハウストが何か言いたげに口を開きました。
でも聞こえない振りをして目を閉じました。
ごめんなさい、あなたは何も悪くない。これは私の気持ちの問題です。
でも今夜だけは子どもみたいに拗ねることを許してください。
分かっているのです。どうしても気持ちが騒ぐのは、私が自分に自信がないからなのです。
◆◆◆◆◆◆
――――時間は少し戻る。
ブレイラが冥王ゼロスの夜泣きを理由に夜会から退席した。
その場に残されたのはハウスト、リュシアン、フェリシアである。かつて先代魔王と戦った三人が揃った姿を、広間の夜会出席者たちが瞳を輝かせて見つめている。
誰も三人に話しかけようとする者はいない。英雄たちに近づくのは畏れ多く、ため息を漏らすばかりだ。
「魔王様、王妃様の退席は残念ですがせっかく懐かしい相手に会えたのです。フェリシアとごゆるりとお過ごしください。積もる話もあるでしょう」
リュシアンの提案に聞いていたフェリシアの頬がほのかに染まる。
瞳は喜色の光を帯びて、口元は柔らかく綻ぶ。それは戦場で剣を振るう戦乙女のもう一つの姿。素のままの姿だ。
元々の美しさも相俟って、それは男の目に魅力的に映るものである。それこそ戦場では見せぬ顔を、この手で暴きたいと思わせるほどの。
ハウストとて男である。それはとても興味のあるものだった。二人きりで懐かしい昔話しをして、そのまま体を重ね、戦乙女が褥で見せる顔を堪能するのも悪くない。フェリシアは魅力的な女で、抱いても悪い気はしない。
だが、それもすべてはブレイラに出会っていなければの話しだ。
「悪いが俺も部屋に戻る。ブレイラだけにゼロスの世話を任せる訳にはいかないからな」
「ま、魔王様が夜泣きの赤ん坊の世話を? 冥王とはいえ、赤ん坊の……」
「俺の第二子だ」
「し、失礼しました」
失言に気付いたリュシアンが慌てて謝罪する。
そんなハウストとリュシアンのやり取りにフェリシアがクスクスと笑いだす。
「戦場で戦う魔王様の御姿しか知らないので、やはり驚いてしまいます」
「なんだフェリシアまで」
そう言ってハウストは目を据わらせるも、笑うフェリシアの姿にふっと表情を和らげる。
そしてハウストはブレイラが立ち去った広間の扉の方を見た。
「まあいい、最初は俺自身も驚いた。しかし、あれを俺の妃にするには必要なことだったからな。それに今では悪い気もしていないんだ」
ハウストの口元が綻ぶ。
思い出すのはイスラに初めて『ちちうえ』と呼ばれた時のことだ。呼ばせたいとは思っていたが、いざ初めて呼ばれると内心ひどく照れ臭かったのを覚えている。
ゼロスもこのまま成長すれば、いずれ呼んでくれる時がくるのだろうか。想像して口元が緩みそうになり、さり気なく手で覆った。
「フェリシア、今夜は久しぶりに会えて嬉しかったぞ。ではな」
ハウストは気を取り直して言うと、なんの未練も残すことなく広間を立ち去ったのだった。
それを見送ったフェリシアは口元に苦い笑みを刻む。
「リュシアン様、どうやら私はフラれたようです」
「いや、フェリシア、君が諦めるのはまだ早いっ。魔王様だって君の事は悪しからず思っているわけだし、いずれ魔王様も君の事を愛する日がくるはずだ」
「お気持ちは嬉しく思いますが、やはり魔王様にとって私は戦友でしかありません。リュシアン様、このドレスを用意して頂きありがとうございました。今夜は魔王様と再会できたこと、このように華やかな夜会に参加できたこと、嬉しく思っています」
フェリシアは身に纏う純白のドレスに目を細める。
これは夜会の招待状が送られてきた時に一緒に届けられたドレスだ。フェリシアは英雄だが普通の農民の娘である。招待状が送られてきてもドレスなどなく、また華やかな場所に興味はなかったので出席を断るつもりだった。しかしハウストに会いたいという気持ちは抑えがたく、リュシアンの強い勧めもあって出席を決めたのだ。
そう、フェリシアはハウストにずっと恋をしている。
初めて出会ったのは先代魔王の脅威のなかで戦火に身を投じた時。南の領地の危機が迫るなか、中央で戦っていたハウストが援軍として訪れたのである。
農民出身のフェリシアはハウストに目を掛けられ、戦場のなかで親しくなっていった。フェリシアは相手の身分を忘れて惹かれていき、気が付けばハウストに恋をしていたのである。
だから、久しぶりに再会して親しげに名を呼ばれた時、甲冑姿ではなくドレス姿を見違えたと褒めてくれた時、泣いてしまいそうなくらい嬉しかった。
でもハウストは再会を喜びながらも、フェリシアの前に王妃を呼び寄せたのだ。
本当に酷い魔王様だと苦笑する。
フェリシアに紹介してくれる為に王妃を呼んだのではなく、王妃にフェリシアを紹介する為に呼んだのだ。
初めて目にした王妃は静謐な夜空に輝く月のように美しい麗人だった。人間の男だと聞いていたが、きっと剣など握ったことはないのだろう。身長は低いわけではないが男にしては細身で、戦場を駆け回るには軟弱だ。
その性質は静。月の淡い光を纏っているかのような麗人は、笑みのなかに微かな憂いを滲ませていた。その儚さは多くの男に守りたいと思わせるものなのかもしれない。きっと、魔王も例外ではなく。
王妃を見つめるハウストの眼差しは、戦場では一度も目にしたことがないものだったのだから。
「そんな諦めたようなことを言ってくれるな。君こそ妃に相応しいと多くの魔族が望んでいる」
「多くの魔族が望んだところで、魔王様が望まれなければ意味がありません。私には殿方の好みなど分かりませんが、魔王様は王妃様のような御方を好まれるのでしょう」
きっとハウストはあの王妃のような麗しくも儚い方が好きなのだ、フェリシアはそう思った。
自分とはタイプが違うのだから仕方ない、そう思わなければ血に塗れた戦場の日々が本当に空しいだけのものになってしまう。自分とハウストとの思い出はそこにしかないのだから。
フェリシアは少しのやり切れなさを感じるも、選ぶのはハウストだと自身に言い聞かせた。ハウストがあの王妃を選んだのなら、それが答えだ。
「君はそれでいいのか? 諦めるのはまだ早いだろう」
「剣を持って戦う女は世界に数多くございます。私だけが魔王様の戦友として親しいわけではありません。なにより、あの王妃様は勇者様と冥王様の御母上様でもあると伺っています。特別な王たちが母と呼ぶ相手に、どう立ち向かえと?」
「勇者様や冥王様が母と呼ぼうがなんだろうが、それは名称に過ぎない。君は女性だし、魔王様とともに戦えるだけの強い魔力だってある」
「それがなんだというのです。リュシアン様は何も分かっていませんね。『だからこそ』でございます。魔王様はそれを置いて、それでもブレイラ様を側に置くべく妃にしたのです。それが答えではありませんか」
フェリシアは笑みを湛えてそう言うと、リュシアンに向かって深々とお辞儀する。
「私もそろそろ失礼いたします。今宵はこのような場にお招き頂きありがとうございました」
「フェリシア、すまなかった……」
「何を謝るのです。私に失恋させたことですか?」
「…………」
「……黙り込まないでください。本当に空しくなるではありませんか」
フェリシアは困った顔をしながらも朗らかに笑う。
その姿にリュシアンはますます分からない。この戦乙女こそ選ばれるべきではないのか。
「では、明日は朝から農作業がありますので」
フェリシアは笑みだけを残して広間を立ち去っていく。
リュシアンはそれを見送り、嘆くように広間の高い天井を見上げたのだった。
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