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Episode2・魔界の玉座のかたわらに
外遊という名の初めての家族旅行7
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「びええぇぇぇぇん!!」
「ゼロス、泣かないでください。ここにいるじゃないですか」
部屋に戻るとゼロスの大きな泣き声に出迎えられました。
マアヤにあやされていたゼロスを受け取り、緩く揺らしながら抱いてあげます。
「うえええんっ! うぅっ、うっ……」
するとゼロスは私に気付いたのか、うっ、うっ、と嗚咽を漏らしながらも泣き止んでくれます。
小さな手で私の頬にぺたぺた触れてくる。
その手に頬を寄せるとゼロスは目を細めて喜び、ちゅちゅちゅちゅ、安心したように指を吸い始めました。
「ちゅちゅちゅちゅ、……ちゅ、ちゅ……。すー、すー」
「いい子ですね、おやすみなさい」
眠ったゼロスの額に、よく眠れるようにと願いをこめて唇を寄せました。
ゼロスを起こさないように静かにベッドに運び、イスラの隣へ寝かせてあげます。
「ブレイラ様、夜会の最中でしたのにお声がけして申し訳ありませんでした」
「いいえ、気にしないでください」
「後は見守りますので、ブレイラ様は夜会にお戻りに」
「戻りません」
遮って答えました。
戻りたくないのです。
「ブレイラ様……?」
「あとは私が見ます。今夜は私もここで休むので、コレットとマアヤも部屋に戻って休んでください」
「しかし」
「必要なご挨拶は終わらせているので大丈夫ですよ。ですから、今夜はもう休みますね」
そう言って衝立の奥で着替え始めた私にコレットとマアヤが顔を見合わせて困惑してしまう。
着替えのお手伝いの申し出もありましたが断ったので、ますます困惑させてしまいました。ごめんなさい。でも今はあまり誰とも顔を合わせたくないのです。
「……分かりました。ではごゆっくりお休みください」
「御用がありましたらお呼びください。お休みなさいませ」
マアヤとコレットは深々とお辞儀して部屋を出て行きました。
ようやく一人になって脱力したように体から力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになりましたが、耐えて、黙々と寝衣のローブに着替えました。
イスラとゼロスが眠っているベッドに腰を下ろす。
今頃ハウストはどうしているでしょうか。フェリシアとかつて共に戦った日々のことを語らっているのでしょうか。私の知らない過去の話しを。
「ハウスト……」
視線が無意識に落ちていく。
ハウストにとって一番の苦難の時代は先代魔王の時代でしょう。先代魔王に叛逆し、魔界の命運を賭けて戦った日々。その時、ハウストの隣にはフェリシアがいたのですね。
フェリシアがハウストを支え、共に戦っていたのですね。
唇を強く噛みしめる。
その時、私は何をしていたでしょうか。
人間界の片隅で独り、ただ薬を作っていただけです。ハウストとの再会を夢見て卵に語り掛けていただけの日々です。
……自分が酷く空っぽの人間のような気がしてきました。
泣きたくなるほどの空虚。
「…………イスラ、ゼロス」
二人のあどけない寝顔をじっと見つめます。
不思議ですね。二人を見ていると張り詰めていた気持ちが少しだけ綻ぶ。
イスラとゼロスの頬を優しくひと撫でしました。
あなた達はいつも私を救ってくれる。
私もこのまま一緒に横になろうとしましたが、ふと部屋にノックの音がしました。
「ブレイラ、俺だ。入るぞ」
「え、ハウスト? ちょっと待って」
思わず制止しましたが、先にハウストが扉を開けてしまう。
部屋に入ってきたハウストは私の姿に目を瞬く。
夜会の衣装から着替えてしまっていることに驚いたようです。
「どうした。夜会には戻らないのか?」
「……は、はい。ここを離れると、ゼロスがまた夜泣きしそうなので」
もちろん嘘です。
でもハウストに本当の気持ちを知られたくありませんでした。だって、あまりにも情けない。
「ハウストこそ、どうしました? まだ夜会から抜けるには早い時間です」
「お前が戻ってこないから様子を見に来たんだ」
「でしたら、もうお戻りください。私は大丈夫ですので」
今は一緒にいたくありません。
気を抜くと何を口走ってしまうか、どんな情けない顔を見せてしまうか、……怖いのです。きっとそれはハウストを困らせるでしょう。
だから今は一人にしてほしい。
しかし突如、ハウストは夜会の正装を脱ぎ始めました。
手早く脱いで軽装になったハウストに目を丸めます。
「ハウスト、何をしてるんですっ」
「俺も休むことにした。リュシアンには上手く言っておく」
「待ってくださいっ。魔王のあなたが途中で退席してはいけません!」
「ならば王妃のお前も俺の隣にいるべきだ」
「っ、…………そうでした。自分勝手な真似をしました。申し訳ありません」
バカな真似をしました。
王妃であることを忘れた愚かな行為でした。どんな時も魔界の王妃として振る舞わなければならなかったのです。
俯き、でもすぐに顔を上げました。
強張る顔に無理やり笑みを貼り付けます。
「すぐに着替えます」
私は立ち上がり、急いで支度することにします。
ただでさえ長く途中退席しているのにこれ以上の失態は許されません。
でも立ち上がった私の腕をハウストが掴みました。
「そんな顔でどこへ行くつもりだ」
「どこって、夜会に」
「俺はもう戻らないと言ったはずだぞ」
ハウストがため息をつきました。
自分勝手な私に呆れてしまったでしょうか。
でも、私の頬をハウストの指が撫でてくれます。
「お前の物憂げな顔はそそるんだ。今夜はここを出るな」
「馬鹿なことを」
「本気だぞ?」
「ハウスト……」
困惑に視線をそらす。
迷いながら、でもおずおずと彼を見つめました。
「……怒っていないのですか?」
「何か怒られるようなことをしたのか?」
「本当なら今もハウストと夜会にいるべきなのに、私は……」
「悪かった、厳しい言い方をしたな。だが誤解するな、それが全てに当て嵌まる訳じゃない。お前だって分かっているだろう」
ゆっくりと言い聞かせるように言われました。
その言葉がじわじわと頭に入ってきて、少しずつ冷静になっていく。
ああ私は……、細く長い息を吐きました。
なんの心構えもなく現われたフェリシアという女性にひどく動揺して、今まで当たり前の事すら考えが及ばなくなっていたのです。
「ゼロス、泣かないでください。ここにいるじゃないですか」
部屋に戻るとゼロスの大きな泣き声に出迎えられました。
マアヤにあやされていたゼロスを受け取り、緩く揺らしながら抱いてあげます。
「うえええんっ! うぅっ、うっ……」
するとゼロスは私に気付いたのか、うっ、うっ、と嗚咽を漏らしながらも泣き止んでくれます。
小さな手で私の頬にぺたぺた触れてくる。
その手に頬を寄せるとゼロスは目を細めて喜び、ちゅちゅちゅちゅ、安心したように指を吸い始めました。
「ちゅちゅちゅちゅ、……ちゅ、ちゅ……。すー、すー」
「いい子ですね、おやすみなさい」
眠ったゼロスの額に、よく眠れるようにと願いをこめて唇を寄せました。
ゼロスを起こさないように静かにベッドに運び、イスラの隣へ寝かせてあげます。
「ブレイラ様、夜会の最中でしたのにお声がけして申し訳ありませんでした」
「いいえ、気にしないでください」
「後は見守りますので、ブレイラ様は夜会にお戻りに」
「戻りません」
遮って答えました。
戻りたくないのです。
「ブレイラ様……?」
「あとは私が見ます。今夜は私もここで休むので、コレットとマアヤも部屋に戻って休んでください」
「しかし」
「必要なご挨拶は終わらせているので大丈夫ですよ。ですから、今夜はもう休みますね」
そう言って衝立の奥で着替え始めた私にコレットとマアヤが顔を見合わせて困惑してしまう。
着替えのお手伝いの申し出もありましたが断ったので、ますます困惑させてしまいました。ごめんなさい。でも今はあまり誰とも顔を合わせたくないのです。
「……分かりました。ではごゆっくりお休みください」
「御用がありましたらお呼びください。お休みなさいませ」
マアヤとコレットは深々とお辞儀して部屋を出て行きました。
ようやく一人になって脱力したように体から力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになりましたが、耐えて、黙々と寝衣のローブに着替えました。
イスラとゼロスが眠っているベッドに腰を下ろす。
今頃ハウストはどうしているでしょうか。フェリシアとかつて共に戦った日々のことを語らっているのでしょうか。私の知らない過去の話しを。
「ハウスト……」
視線が無意識に落ちていく。
ハウストにとって一番の苦難の時代は先代魔王の時代でしょう。先代魔王に叛逆し、魔界の命運を賭けて戦った日々。その時、ハウストの隣にはフェリシアがいたのですね。
フェリシアがハウストを支え、共に戦っていたのですね。
唇を強く噛みしめる。
その時、私は何をしていたでしょうか。
人間界の片隅で独り、ただ薬を作っていただけです。ハウストとの再会を夢見て卵に語り掛けていただけの日々です。
……自分が酷く空っぽの人間のような気がしてきました。
泣きたくなるほどの空虚。
「…………イスラ、ゼロス」
二人のあどけない寝顔をじっと見つめます。
不思議ですね。二人を見ていると張り詰めていた気持ちが少しだけ綻ぶ。
イスラとゼロスの頬を優しくひと撫でしました。
あなた達はいつも私を救ってくれる。
私もこのまま一緒に横になろうとしましたが、ふと部屋にノックの音がしました。
「ブレイラ、俺だ。入るぞ」
「え、ハウスト? ちょっと待って」
思わず制止しましたが、先にハウストが扉を開けてしまう。
部屋に入ってきたハウストは私の姿に目を瞬く。
夜会の衣装から着替えてしまっていることに驚いたようです。
「どうした。夜会には戻らないのか?」
「……は、はい。ここを離れると、ゼロスがまた夜泣きしそうなので」
もちろん嘘です。
でもハウストに本当の気持ちを知られたくありませんでした。だって、あまりにも情けない。
「ハウストこそ、どうしました? まだ夜会から抜けるには早い時間です」
「お前が戻ってこないから様子を見に来たんだ」
「でしたら、もうお戻りください。私は大丈夫ですので」
今は一緒にいたくありません。
気を抜くと何を口走ってしまうか、どんな情けない顔を見せてしまうか、……怖いのです。きっとそれはハウストを困らせるでしょう。
だから今は一人にしてほしい。
しかし突如、ハウストは夜会の正装を脱ぎ始めました。
手早く脱いで軽装になったハウストに目を丸めます。
「ハウスト、何をしてるんですっ」
「俺も休むことにした。リュシアンには上手く言っておく」
「待ってくださいっ。魔王のあなたが途中で退席してはいけません!」
「ならば王妃のお前も俺の隣にいるべきだ」
「っ、…………そうでした。自分勝手な真似をしました。申し訳ありません」
バカな真似をしました。
王妃であることを忘れた愚かな行為でした。どんな時も魔界の王妃として振る舞わなければならなかったのです。
俯き、でもすぐに顔を上げました。
強張る顔に無理やり笑みを貼り付けます。
「すぐに着替えます」
私は立ち上がり、急いで支度することにします。
ただでさえ長く途中退席しているのにこれ以上の失態は許されません。
でも立ち上がった私の腕をハウストが掴みました。
「そんな顔でどこへ行くつもりだ」
「どこって、夜会に」
「俺はもう戻らないと言ったはずだぞ」
ハウストがため息をつきました。
自分勝手な私に呆れてしまったでしょうか。
でも、私の頬をハウストの指が撫でてくれます。
「お前の物憂げな顔はそそるんだ。今夜はここを出るな」
「馬鹿なことを」
「本気だぞ?」
「ハウスト……」
困惑に視線をそらす。
迷いながら、でもおずおずと彼を見つめました。
「……怒っていないのですか?」
「何か怒られるようなことをしたのか?」
「本当なら今もハウストと夜会にいるべきなのに、私は……」
「悪かった、厳しい言い方をしたな。だが誤解するな、それが全てに当て嵌まる訳じゃない。お前だって分かっているだろう」
ゆっくりと言い聞かせるように言われました。
その言葉がじわじわと頭に入ってきて、少しずつ冷静になっていく。
ああ私は……、細く長い息を吐きました。
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