勇者と冥王のママは今日から魔王様と

蛮野晩

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Episode2・魔界の玉座のかたわらに

外遊という名の初めての家族旅行5

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「ああ、なんて美しい輝きっ。魔王様の魔力を具現化した唯一無二の石、これこそが本当に価値ある石というものっ! ああ、掘ってみたいっ。少しでいい、少しでいいんだ、この石を私の技術でっ……」
「おいこらやめろ。なにを掘っても構わんが、この石だけは駄目だ」

 ハウストが私の手をドミニクの前から下げました。
 呆れた様子のハウストを前にしても、ドミニクは酷く残念そうに下げた手を目で追っています。

「本当に残念だ。魔王様に許されるなら、ぜひその指輪を加工したい」
「絶対に許さん。それは俺だけの力でブレイラに贈ったことに意味がある」
「見た目が普通の指輪ではないですか。私の手に掛かればもっとセンスの良い品にできますが?」
「……いい度胸だ」

 ハウストの声が低くなって、「しまった、本音がっ」とドミニクは慌てたように口を塞ぎました。
 しかしそれは墓穴を掘るというもので、私は吹き出しそうになって口を手で覆う。
 でもダメ。我慢できません。可笑しくて肩を震わせてしまいました。
 笑ってはいけないのにクスクス笑ってしまい、ハウストが拍子抜けしたように肩を竦めます。

「……まあいい、さっきの失言は聞かなかったことにしてやろう。せいぜいブレイラに感謝しろ」
「有り難き幸せ。王妃様に心からの感謝を」

 ドミニクが私に向かって深々と一礼します。
 私も返礼のお辞儀をしました。

「ドミニク様の技術力の高さは作品を見れば分かります。素人の私ですら感動したのですから」
「ありがとうございます。王妃様にそう言って頂けて恐悦至極。王妃様の為に腕を揮って見せたいところですが現在掘りたい石はございません」

 ドミニクは冗談めかして言いながらも、ちらりとハウストを見ました。

「……でも、魔王様があの鍾乳洞の術を解いてくだされれば別なんですがね」
「鍾乳洞?」
「はい。この領地の東北にある山岳に古い鍾乳洞があるんです。その奥には、祈り石と呼ばれる特別な石があるとかないとか。一度確かめに行きたいところですが生憎と鍾乳洞には術が掛かっているんですよ」

 その術が厄介で……、ドミニクがハウストをまたちらりと見ました。
 ハウストは気付きながらも興味なさげにそっぽ向きます。

「古い魔王の術だろう。出来ないこともないが面倒だ。古い術を解くのは時間がかかって仕方ない」

 そんな暇はないと言わんばかりのハウストに、ドミニクは分厚い丸眼鏡をきらりと輝かせました。

「なるほど、今は古代のロマンを追うよりも、最重要案件があるというわけですね?」
「ほう、気付いていたか」
「私をただの元金細工師と舐めないでいただきたい。技術を高めるということは、魔族にとって魔力の研磨と同じです。これでも魔力は魔界の魔法部隊にも劣りませんよ」

 ドミニクは恭しい口調で言って、大袈裟な身振りで最敬礼しました。
 なるほど、魔力の高さは只の金細工師ではないのですね。

「しかし私は金細工を生業にする者、世界の異変には興味はありません。古代ロマンを感じる石の方がよっぽど私の心を震わせる」
「祈り石、とやらのことですか?」

 気になって聞いてみると、さすが金細工師です。石について熱く語ってくれます。

「はい、謎多き古代の石です。所有者の祈りを宿す石ともいわれ、誰も目にした者はおりません」
「え、見たことがないのですか?」
「非常に残念ですが伝記に記されているのみ。ですが、祈り石があるといわれる鍾乳洞には古い魔王の術がかかっています。きっと本当に石があるから術が掛けられているのでしょう」
「なるほど、そういう事ですね」

 たしかに説得力がありますね。納得です。
 感心していると、広間の方から侍従長がハウストを呼びに来ました。
 どうやらハウストに謁見を希望している方々が我慢できずに催促してきたようです。
 ハウストは不愉快そうな顔になりましたが申し訳なさそうに私を見ました。

「ブレイラ、一緒にいてやりたいが……」
「大丈夫ですよ。こういった席は初めてではないのですから」
「すまないな。すぐに戻る」

 ハウストはそう言うと、名残り惜しさをみせながらも広間に戻っていきました。
 広間には彼を待ち構えていたと思われる貴族たちがいて、戻った途端にたくさんの人に囲まれてしまいました。

「王妃様もお体を冷やしませんよう、そろそろお戻りください」
「はい」

 侍従長の言葉に頷くと、離れた位置に控えていたコレットが私の側に戻りました。
 ハウストと二人きりの時は声が届かない位置に離れて控えてくれているのです。

「ありがとうございます、コレット。慣れなければならない場所ですが、あなたがいると心強いです」
「いいえ、なんなりと御申しつけください」
「ではドミニク様、私も失礼いたします。とても貴重な話しをありがとうございました」
「こちらこそ王妃様とお会いできて光栄でした。またの機会に」
「はい」

 私は丁寧にお辞儀し、コレットとともに広間へ戻りました。
 広間に戻ると私に気付いた方々がお辞儀してくれます。かといってハウストのように話しかけられるという事はありません。皆のお辞儀は私の王妃としての地位に対して向けられたものです。
 あからさまな嫌悪は向けられませんが、いまだ多くの魔族が人間の私を警戒しているのです。王妃になったとしても、人間である私に個人的に話しかけたいと思わないのでしょう。これもいつもの事で慣れてしまいました。喧嘩を売られないだけマシというもの。
 私は広間の中央から離れた場所にひっそりと佇みました。
 私が一人でいる時に話しかけてこようとする者は少なく、こうして目立たない場所にいれば夜会は何事もなく過ぎていくでしょう。

「ブレイラ様、先ほどは楽しそうでしたね」
「なんです、突然」

 目を瞬いてコレットを見ると、彼女は微笑んで私を見ていました。

「ドミニク様とお話しされる魔王様とブレイラ様はとても楽しそうでした。ブレイラ様もリラックスしていた様子でしたし」
「そうかもしれません」

 先ほどのことを思い出して私の口元が綻んでいく。
 夜会は苦手ですが、さっきはとても楽しい時間を過ごせました。
 畏まらない会話が楽しかったのもありますが、それ以上にハウストを見ていると温かな気持ちになれたのです。

「ハウストは友人と話している時、とても楽しそうな顔をするんです。肩から力が抜けたような、ふっと気が抜けたような。そんな彼を見ることができて嬉しいのですよ」
「きっと魔王様も同じことをお考えですよ」
「ふふ、ありがとうございます」

 コレットの言葉が嬉しいです。
 こうして話していると気持ちが軽くなっていく。

「少し歩きましょうか」

 煌びやかな空間を歩くのはあまり好きではありませんが、いつまでも引っ込んでいるわけにはいきません。このまま過ごせば今夜の夜会は終わるけれど、これから先もずっとこうしている訳にはいきません。ハウストに相応しい王妃とは、そういうものではない筈ですから。

「それは良いですね。お側に控えておりますから」
「はい。よろしくお願いします」

 どうやらコレットにはお見通しのようです。
 いまだ王妃として至らない自分が情けないですがコレットがいてくれて安心して歩けます。
 私は目立たない場所から一歩踏み出しました。
 広間は煌びやかな光と雰囲気に満ちて、優雅な楽団演奏と華やかに着飾った紳士淑女。その間を縫うようにしてゆっくり歩きました。
 誰かと目が合えば、王妃と気付いて深々とお辞儀されます。その一つ一つに内心緊張しながらも表面上は優雅な動作と微笑を作って返礼しました。
 それを繰り返しているうちに雰囲気に慣れて、最初は重かった足取りも軽やかに動き出す。それは講義で訓練した王妃としての威厳と余裕を漂わせる動きです。
 今は意識しなければ作れませんが、いずれは自然な振る舞いで王妃に相応しい動作ができるようになりたいです。

「これは王妃様、ご機嫌麗しく」
「王妃様、お会いできて光栄でございます」
「王妃様、この度はおめでとうございます」

 すれ違う紳士淑女が丁寧にお辞儀し、脇に下がって道を開けてくれます。
 私はゆっくりと進み、王妃として恥じぬ動作で皆に応えました。

「ブレイラ様、だいぶ慣れてきましたね」

 こっそりとコレットが褒めてくれます。
 嬉しいそれに口元が綻ぶ。

「ありがとうございます。あなたのお陰です」
「勿体ない御言葉です。あっ、ブ、ブレイラ様、あちらに参りましょうっ」

 ふと、突然コレットの様子が変わりました。
 コレットは焦った様子で私を方向転換させようとする。
 突然のそれに驚きましたがコレットの視線を追って納得しました。

「ハウスト……」

 少し離れた場所にハウストがいたのです。
 でも一人ではありませんでした。ハウストを囲むようにして複数の令嬢たちの姿があったのです。
 名家や貴族の若い令嬢は美しく着飾り、熱を帯びた瞳でハウストを見つめている。
 その光景に気後れしそうでしたが、大丈夫、ハウストの令嬢たちを見つめる眼差しは社交的なものです。

「ブレイラ様、あの、魔王様は多くの方に慕われておりますが」

 コレットが言葉を選びながら私を宥めようとしてくれています。
 気を使わせてしまっていますね。でも大丈夫です、これくらいは当たり前のこと。むしろ魔王として必要なことではないですか。

「ふふ、何を焦っているのですか」
「ですが」
「私がそんなに嫉妬深い人間に見えますか? 夜会で多くの方とお会いし、お話しするのはハウストにとって必要なことです」

 そう、ハウストは多くの魔族に慕われる魔王なのです。
 多くの者がハウストに近づきたいと思っている。それは彼が優れた統治者である証明のようなもので、その中には恋心を抱いている女性がいてもおかしな事ではないのです。
 そう納得しましたが。

「さすが王妃様、余裕ですね」
「リュシアン様……」

 声を掛けてきたのは南の大公爵リュシアンでした。
 リュシアンは恭しくお辞儀します。
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