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Episode2・魔界の玉座のかたわらに
外遊という名の初めての家族旅行4
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その夜。
白亜の宮殿に幾千の輝きが灯り、広間からは楽団の優雅な演奏が響く。
私はワインレッドのローブ、首元には大粒のサファイアの首飾りを身に着けて夜会に出席していました。
夜会なのでイスラとゼロスは部屋で留守番です。今頃は眠っていることでしょう。できれば私も部屋に残りたかったのが本音ですが、もちろん王妃として許される訳がありません。
ハウストとともに夜会に出席し、各方面の重臣たちから挨拶を受けていました。
引っ切りなしに訪れる挨拶の合間、無意識にため息が漏れました。挨拶はほとんどが婚礼を祝うものですが、それは表面上のこと。皆、ハウストに近づくために必死なのです。
「疲れたか?」
「大丈夫、緊張しているだけです」
「ならいいが、少し夜風にでも当たりに行くか」
「でも、まだ夜会は始まったばかりではないですか。あなたに挨拶したい方も多いでしょう」
「固い事を言うな。俺が外に出たいんだ、付き合ってくれ」
ハウストはそう言うと、私の背に手を添えてバルコニーへと足を向けます。
途中で何人もの魔族がハウストに話しかけたそうにこちらを見ましたが、ハウストは気付かぬ振りをして私を外に連れ出してくれました。
「風が気持ちいいですね」
外に出ると、湖面を走る風が優しく頬を撫でました。
宮殿から放たれる輝きが湖面に反射している。それは夜の湖面に宝石を散りばめたように美しい光景です。
バルコニーから二人で夜の湖を眺めました。
「ほんとうに美しい都ですね。昼間の都も綺麗でしたが夜の都も素敵です。都の街並みの他にも、夜会の催しも一風変わった演出がされていましたね」
広間の夜会をちらりと見てハウストに笑いかけました。
今まで出席した夜会は慣例を重んじた儀式的なもので、出席する高官や貴族たちも一定以上の身分で構成されていました。しかしリュシアンが主催した夜会には、貴族だけでなく無位無官でも名のある方々が多く出席していたのです。儀礼的なのに開放的、不思議な雰囲気の夜会です。
「リュシアンは美意識の高い男だからな。自分が良いと思ったものはなんでも取り入れる」
「そうなのですね。だからでしょうか、今夜の夜会は今まで出席させていただいたものと雰囲気が違います」
「ああ、四大公爵の中では一番革新的な考えた方をする男だ。エンベルトは俗流だと怒っているがな」
「それは想像できてしまいますね」
思わず笑ってしまいました。
エンベルトとリュシアンは真逆の性格なのでしょうね。
「――――何度言ったら分かるんだ。断ると言っているだろう!」
ふと大きな怒鳴り声が聞こえてきました。
声の方を振り向くと、そこには分厚い丸眼鏡が特徴的な壮年の男がいました。
男は神経質そうに目を細め、囲んでいる従者たちにため息をつく。
「君たちもいい加減に諦めたらどうだ」
「そうは言いますが、旦那様はどうしてもドミニク様にお願いしたいと申しておりまして」
どうやら男はドミニクという名のようでした。
いったい何ごとかと見ていると、ハウストが「ドミニクじゃないか」と少し驚いた顔をします。
「ハウスト、あの方とお知り合いでしたか?」
「ああ、今は引退しているが腕のいい金細工師だ。お前にも紹介しよう」
そう言うとハウストは私をドミニクのところへ連れて行ってくれます。
ハウストが近づくとドミニクを囲んでいた従者たちが慌てて最敬礼しました。
「こ、これは魔王様、王妃様!」
「邪魔したか?」
「とんでもございません! 我々はこれで失礼いたします!」
従者たちがそそくさと立ち去っていく。
それを見送ると、やれやれとドミニクはため息をつきます。
「相変わらずのようだな、ドミニク」
「魔王様、お久しぶりでございます。さっきは助かりました」
ドミニクはハウストに深々とお辞儀し、次に私に向き直りました。
「王妃様、初めまして。ドミニクと申します。以前は金細工師をしておりました」
「初めまして、ブレイラと申します」
背筋をピンと伸ばして丁寧にお辞儀しました。
王妃として恥ずかしい姿は見せられません。
「ブレイラ、この男は腕のいい金細工師でな。現役最後の作品もこの世に二つとない物だった」
「もしかして、金の細い鎖と金縁の首飾りですか?」
「それだ。知っていたのか?」
「この前、御披露目の衣装を試着している時に見たんです。とても煌めいた作品で、見入ってしまいましたよ」
「お前が宝飾に目を留めるとは珍しい」
「コレットにも言われました」
苦笑して答えると、ドミニクに向き直りました。
あの素晴らしい作品を作った方にお会いできるなんて光栄なことです。
「とても素晴らしい作品でした。あまり詳しくないので多く語れませんが、作品の煌めきに感動いたしました」
「その辺に転がっている石を掘っただけの作品だというのに、王妃様に喜んでもらえるなんて光栄なことです」
「え……」
その辺に転がっている石?
あの首飾りの石は控えめなサイズでしたが、巧みな研磨と加工によって石自体が煌めいているような作品でした。金細工師の技術力の高さと良質な原石によって齎される作品だったはず。それはもう値段が付けられないほどの。
それなのに、謙遜にしては辛辣な……。
「え、えっと、石が輝いているように見えて……」
「勿体ない御言葉です。加工してキラキラしているだけの石です。光るだけならガラスだって光ります」
「そ、そうですか」
どうやら謙遜ではなく本音のようです。
どうしましょう。予想した反応と違って会話が続けられません。
なんとかしてください御友人なんですよね? ハウストをちらりと見上げました。
目が合ったハウストが苦笑します。
「ブレイラが困っている。もう少し手柔らかに評価できないのか、自分の作品だろう」
「自分の作品だからこそ、自分が正当に評価できなければ職人とはいえませんよ。心からの本音です。金細工師を引退したのも、自分の磨き上げた技術が結局ただの石を加工することにしか使えないのが馬鹿馬鹿しくなったからです」
「なるほど、宝石に価値はないと」
「はい。どんな価値ある宝石も、突き詰めればただの石です」
ドミニクは頑固そうな口調でハウストに言うと、「王妃様もあまり惑わされませんように」と忠告までしてくれました。
どうしましょう。言いたいことは分からないではないですが極論過ぎて付いていけません。世間で宝石に価値が見出される限り、それはやはり特別な石なのです。
しかしドミニクにとって自分の価値観こそが絶対なのでしょう、熱い語りは続いてしまう。
「私が彫りたい石は、この世に二つとない石です。たとえば王妃様の指に嵌められた、その指輪」
「え、私の?」
思わず右手で左手を握りしめました。
元々宝飾を身に着けるのは苦手なので、環の指輪を頂いてから指を飾るのはこれだけです。
「王妃様!」
「は、はいっ」
改めて呼ばれてびくりっと肩が跳ねてしまいます。
でもドミニクの勢いは止まりません。
「無礼は承知です! 見せて頂いても宜しいでしょうか!」
「これを、ですか?」
「はい、これこそが世界に二つとない石! 価値ある石とはこの事を言うのです! どうか、少しだけ!!」
困りました。
この指輪はハウストが私に贈ってくれた特別な指輪で、見せびらかしたい物ではないのです。これは宝飾として身に着けているというより御守りとして身に着けているという感覚ですから。
「ハウスト、いいですか?」
「いいぞ」
ハウストが私の左手を取り、そのままドミニクの前に差し出します。
ドミニクは決して私の手や指輪に触れることはしませんでしたが、感激に瞳を潤ませて酔いしれだしました。
白亜の宮殿に幾千の輝きが灯り、広間からは楽団の優雅な演奏が響く。
私はワインレッドのローブ、首元には大粒のサファイアの首飾りを身に着けて夜会に出席していました。
夜会なのでイスラとゼロスは部屋で留守番です。今頃は眠っていることでしょう。できれば私も部屋に残りたかったのが本音ですが、もちろん王妃として許される訳がありません。
ハウストとともに夜会に出席し、各方面の重臣たちから挨拶を受けていました。
引っ切りなしに訪れる挨拶の合間、無意識にため息が漏れました。挨拶はほとんどが婚礼を祝うものですが、それは表面上のこと。皆、ハウストに近づくために必死なのです。
「疲れたか?」
「大丈夫、緊張しているだけです」
「ならいいが、少し夜風にでも当たりに行くか」
「でも、まだ夜会は始まったばかりではないですか。あなたに挨拶したい方も多いでしょう」
「固い事を言うな。俺が外に出たいんだ、付き合ってくれ」
ハウストはそう言うと、私の背に手を添えてバルコニーへと足を向けます。
途中で何人もの魔族がハウストに話しかけたそうにこちらを見ましたが、ハウストは気付かぬ振りをして私を外に連れ出してくれました。
「風が気持ちいいですね」
外に出ると、湖面を走る風が優しく頬を撫でました。
宮殿から放たれる輝きが湖面に反射している。それは夜の湖面に宝石を散りばめたように美しい光景です。
バルコニーから二人で夜の湖を眺めました。
「ほんとうに美しい都ですね。昼間の都も綺麗でしたが夜の都も素敵です。都の街並みの他にも、夜会の催しも一風変わった演出がされていましたね」
広間の夜会をちらりと見てハウストに笑いかけました。
今まで出席した夜会は慣例を重んじた儀式的なもので、出席する高官や貴族たちも一定以上の身分で構成されていました。しかしリュシアンが主催した夜会には、貴族だけでなく無位無官でも名のある方々が多く出席していたのです。儀礼的なのに開放的、不思議な雰囲気の夜会です。
「リュシアンは美意識の高い男だからな。自分が良いと思ったものはなんでも取り入れる」
「そうなのですね。だからでしょうか、今夜の夜会は今まで出席させていただいたものと雰囲気が違います」
「ああ、四大公爵の中では一番革新的な考えた方をする男だ。エンベルトは俗流だと怒っているがな」
「それは想像できてしまいますね」
思わず笑ってしまいました。
エンベルトとリュシアンは真逆の性格なのでしょうね。
「――――何度言ったら分かるんだ。断ると言っているだろう!」
ふと大きな怒鳴り声が聞こえてきました。
声の方を振り向くと、そこには分厚い丸眼鏡が特徴的な壮年の男がいました。
男は神経質そうに目を細め、囲んでいる従者たちにため息をつく。
「君たちもいい加減に諦めたらどうだ」
「そうは言いますが、旦那様はどうしてもドミニク様にお願いしたいと申しておりまして」
どうやら男はドミニクという名のようでした。
いったい何ごとかと見ていると、ハウストが「ドミニクじゃないか」と少し驚いた顔をします。
「ハウスト、あの方とお知り合いでしたか?」
「ああ、今は引退しているが腕のいい金細工師だ。お前にも紹介しよう」
そう言うとハウストは私をドミニクのところへ連れて行ってくれます。
ハウストが近づくとドミニクを囲んでいた従者たちが慌てて最敬礼しました。
「こ、これは魔王様、王妃様!」
「邪魔したか?」
「とんでもございません! 我々はこれで失礼いたします!」
従者たちがそそくさと立ち去っていく。
それを見送ると、やれやれとドミニクはため息をつきます。
「相変わらずのようだな、ドミニク」
「魔王様、お久しぶりでございます。さっきは助かりました」
ドミニクはハウストに深々とお辞儀し、次に私に向き直りました。
「王妃様、初めまして。ドミニクと申します。以前は金細工師をしておりました」
「初めまして、ブレイラと申します」
背筋をピンと伸ばして丁寧にお辞儀しました。
王妃として恥ずかしい姿は見せられません。
「ブレイラ、この男は腕のいい金細工師でな。現役最後の作品もこの世に二つとない物だった」
「もしかして、金の細い鎖と金縁の首飾りですか?」
「それだ。知っていたのか?」
「この前、御披露目の衣装を試着している時に見たんです。とても煌めいた作品で、見入ってしまいましたよ」
「お前が宝飾に目を留めるとは珍しい」
「コレットにも言われました」
苦笑して答えると、ドミニクに向き直りました。
あの素晴らしい作品を作った方にお会いできるなんて光栄なことです。
「とても素晴らしい作品でした。あまり詳しくないので多く語れませんが、作品の煌めきに感動いたしました」
「その辺に転がっている石を掘っただけの作品だというのに、王妃様に喜んでもらえるなんて光栄なことです」
「え……」
その辺に転がっている石?
あの首飾りの石は控えめなサイズでしたが、巧みな研磨と加工によって石自体が煌めいているような作品でした。金細工師の技術力の高さと良質な原石によって齎される作品だったはず。それはもう値段が付けられないほどの。
それなのに、謙遜にしては辛辣な……。
「え、えっと、石が輝いているように見えて……」
「勿体ない御言葉です。加工してキラキラしているだけの石です。光るだけならガラスだって光ります」
「そ、そうですか」
どうやら謙遜ではなく本音のようです。
どうしましょう。予想した反応と違って会話が続けられません。
なんとかしてください御友人なんですよね? ハウストをちらりと見上げました。
目が合ったハウストが苦笑します。
「ブレイラが困っている。もう少し手柔らかに評価できないのか、自分の作品だろう」
「自分の作品だからこそ、自分が正当に評価できなければ職人とはいえませんよ。心からの本音です。金細工師を引退したのも、自分の磨き上げた技術が結局ただの石を加工することにしか使えないのが馬鹿馬鹿しくなったからです」
「なるほど、宝石に価値はないと」
「はい。どんな価値ある宝石も、突き詰めればただの石です」
ドミニクは頑固そうな口調でハウストに言うと、「王妃様もあまり惑わされませんように」と忠告までしてくれました。
どうしましょう。言いたいことは分からないではないですが極論過ぎて付いていけません。世間で宝石に価値が見出される限り、それはやはり特別な石なのです。
しかしドミニクにとって自分の価値観こそが絶対なのでしょう、熱い語りは続いてしまう。
「私が彫りたい石は、この世に二つとない石です。たとえば王妃様の指に嵌められた、その指輪」
「え、私の?」
思わず右手で左手を握りしめました。
元々宝飾を身に着けるのは苦手なので、環の指輪を頂いてから指を飾るのはこれだけです。
「王妃様!」
「は、はいっ」
改めて呼ばれてびくりっと肩が跳ねてしまいます。
でもドミニクの勢いは止まりません。
「無礼は承知です! 見せて頂いても宜しいでしょうか!」
「これを、ですか?」
「はい、これこそが世界に二つとない石! 価値ある石とはこの事を言うのです! どうか、少しだけ!!」
困りました。
この指輪はハウストが私に贈ってくれた特別な指輪で、見せびらかしたい物ではないのです。これは宝飾として身に着けているというより御守りとして身に着けているという感覚ですから。
「ハウスト、いいですか?」
「いいぞ」
ハウストが私の左手を取り、そのままドミニクの前に差し出します。
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