4 / 47
Episode1・ゼロス誕生
勇者と冥王のママ3
しおりを挟む
「失礼するよ」
フェリクトールは卵から誕生したばかりのゼロスを見ると、「冗談ではなかったのか……」と驚いた顔になる。
でもすぐに表情を改め、ハウストに向かって深々と一礼しました。
「まずは、おめでとうございます」
「第二子誕生だと思ってくれていいぞ?」
「冥王を第二子とは……。まあいい、ひとまず祝いを述べよう」
フェリクトールはそうハウストに祝いの言葉を贈ると、次に私に向き直りました。
「君も、……いや、今は妃か。慣れないものだな」
「今まで通りで構いません」
そう答えましたがフェリクトールは呆れたようなため息をつく。
バカなことをと言わんばかりのそれです。
「そんな訳にはいかないだろう。王妃となったからには君自身にもそれなりの自覚が必要だ。君は魔界の王妃という立場を舐めているのかね。そんなことだから北や南の大公爵にも好き放題言われるんだ」
「そ、そんなつもりはありませんが」
「ならば軽率な発言は控えることだ。君のすべてが見られていると自覚したまえ」
フェリクトールはそう言うと控えさせていた侍従に目配せする。
すると侍従は分厚い書類を読み上げ始めます。
内容は何十人にも及ぶ女性の名前。さっぱり訳が分かりません。
「ま、待ってください。その方々はなんですか?」
「決まっているだろう。乳母の候補達だよ。その赤ん坊を魔王の子として育てるなら必要なことだ」
「乳母……」
書物で読んだことがあります。
高貴な家柄の赤ん坊は誕生してすぐに生母から離されて乳母によって育てられると。
たしかに魔王ハウストの子どもとして育てるなら、家柄はこれ以上ないほど高貴なものです。でも今まで考えてもいませんでした。私、ゼロスが誕生したらイスラの時のように自分の手で育てるつもりだったのです。
「そんなの聞いていませんっ。それにイスラの時は何も言わなかったじゃないですか」
「聞いてない? 当たり前のことをわざわざ話す者などいないよ。だいたいあの時の勇者は魔王の子ではなかっただろう。なにより君が乳母役で教育係みたいなものだった」
当然のような口振りで言われました。
困惑してハウストを見ると、彼も特に反応した様子はありません。
いえハウストだけでなく、コレットも他の女官や侍女たちも当然のような反応です。私だけが困惑しています。そう、私以外の者にとってそれは当たり前の慣例なのです。
でも私は自分の手元からゼロスを離すなんて考えたくありません。
「話しは分かりましたが、どうしても乳母は必要なんですか? イスラの時のようにゼロスも私が育ててはいけないのですか?」
「まったく、何を言うかと思ったら……。あの時と今は違う。何より君の立場が違うだろう。さっきも言ったが、君は自分の立場を自覚しているのかね」
「私の立場……」
「そうだ。君は正式に魔王の妃になった。魔界の王妃として政務に専念しなければならない身だ。ましてや王妃としての知識も経験も足りないのに、子育てをしている余裕はないだろう。それともなにかね、君は王妃としての政務を完璧にこなしながら子育ても出来るというのか」
「それは、……」
言い返せませんでした。
フェリクトールの言葉は正しい。この身分においてそれは当たり前の慣例なのです。
ならば自分でゼロスを育てたいという私の意志こそが異例で、我儘なのでしょう。
「ブレイラ、どうした?」
黙り込んだ私にハウストが心配そうに聞いてきました。
なんでもありません……と首を横に振る。
ハウストにとっても赤ん坊を乳母が育てるということは当たり前で、慣例として身に沁みついていることなのです。
こうして黙った私にフェリクトールは鼻を鳴らして頷きました。
「納得してくれたようだね、良かったよ。君が乳母役を選べないなら相応しい経歴の者をこちらで選んでおこう。明日には紹介できるようにしておく」
「明日? そんなに早くですか?」
「早ければ早い方がいいからね」
フェリクトールはそう言うと、「君も一日も早く立場に恥じない王妃になることだ」と広間を出て行きました。
無意識に視線が落ちていく。
するとゼロスと目が合いました。
ちゅちゅちゅちゅちゅ、親指を吸いながらじっと見つめてくるゼロス。
気持ちを切り替えようと笑いかけようとしましたが、うまく出来ませんでした……。
その日の夜。
寝所でゼロスを抱っこで寝かしつけていました。
ベッドではイスラが先に眠っています。ハウストは政務で呼び出されてしまいました。
ハウストは先に眠っていろと言ってくれましたが、そんな気持ちにはなれません。
「ゼロス……」
腕の中で眠るゼロスを見つめる。
今は閉じているけれど、澄んだ蒼い瞳が綺麗な赤ん坊。大きくなった姿を思い描くと、かつての冥王の面影が浮かびます。
目鼻立ちが整った綺麗な顔立ちの王様でしたから、きっとこのゼロスもそんなふうに育つのではないでしょうか。
その成長を側で見られるものだと、ずっと思っていました。
大人になって私の元から旅立つまで、ずっと側にいるのだと。
でも、明日からこうして寝かしつけることも出来なくなるのでしょうか。
「あなた、可愛いですね」
眠っているゼロスに話しかけました。
まだ小さな手、小さな足、小さな体、まだ小さいけれど整った目鼻立ちです。頬の輪郭をなぞって、鼻筋を辿ります。
この幼い面差しと温もりを、目に、指に、焼き付けるようにゼロスの顔をなぞりました。
でも堪らなくなって、眠るゼロスをぎゅっと抱き締める。
「ゼロスっ……」
離したくないです。
私が側でゼロスを育てたいです。
でもこれは私の我儘で、魔王の子どもとして育てるならゼロスは乳母に託さなければならない。
気持ちが重くなっていく。
仕方ないことなのに、どうしても悲しくなるのです。
「ブレイラ、まだ起きていたのか」
カチャリ。ふと扉が開いて声がかけられました。
政務からハウストが戻ってきたのです。
私はゼロスを抱いたままハウストを出迎えました。
フェリクトールは卵から誕生したばかりのゼロスを見ると、「冗談ではなかったのか……」と驚いた顔になる。
でもすぐに表情を改め、ハウストに向かって深々と一礼しました。
「まずは、おめでとうございます」
「第二子誕生だと思ってくれていいぞ?」
「冥王を第二子とは……。まあいい、ひとまず祝いを述べよう」
フェリクトールはそうハウストに祝いの言葉を贈ると、次に私に向き直りました。
「君も、……いや、今は妃か。慣れないものだな」
「今まで通りで構いません」
そう答えましたがフェリクトールは呆れたようなため息をつく。
バカなことをと言わんばかりのそれです。
「そんな訳にはいかないだろう。王妃となったからには君自身にもそれなりの自覚が必要だ。君は魔界の王妃という立場を舐めているのかね。そんなことだから北や南の大公爵にも好き放題言われるんだ」
「そ、そんなつもりはありませんが」
「ならば軽率な発言は控えることだ。君のすべてが見られていると自覚したまえ」
フェリクトールはそう言うと控えさせていた侍従に目配せする。
すると侍従は分厚い書類を読み上げ始めます。
内容は何十人にも及ぶ女性の名前。さっぱり訳が分かりません。
「ま、待ってください。その方々はなんですか?」
「決まっているだろう。乳母の候補達だよ。その赤ん坊を魔王の子として育てるなら必要なことだ」
「乳母……」
書物で読んだことがあります。
高貴な家柄の赤ん坊は誕生してすぐに生母から離されて乳母によって育てられると。
たしかに魔王ハウストの子どもとして育てるなら、家柄はこれ以上ないほど高貴なものです。でも今まで考えてもいませんでした。私、ゼロスが誕生したらイスラの時のように自分の手で育てるつもりだったのです。
「そんなの聞いていませんっ。それにイスラの時は何も言わなかったじゃないですか」
「聞いてない? 当たり前のことをわざわざ話す者などいないよ。だいたいあの時の勇者は魔王の子ではなかっただろう。なにより君が乳母役で教育係みたいなものだった」
当然のような口振りで言われました。
困惑してハウストを見ると、彼も特に反応した様子はありません。
いえハウストだけでなく、コレットも他の女官や侍女たちも当然のような反応です。私だけが困惑しています。そう、私以外の者にとってそれは当たり前の慣例なのです。
でも私は自分の手元からゼロスを離すなんて考えたくありません。
「話しは分かりましたが、どうしても乳母は必要なんですか? イスラの時のようにゼロスも私が育ててはいけないのですか?」
「まったく、何を言うかと思ったら……。あの時と今は違う。何より君の立場が違うだろう。さっきも言ったが、君は自分の立場を自覚しているのかね」
「私の立場……」
「そうだ。君は正式に魔王の妃になった。魔界の王妃として政務に専念しなければならない身だ。ましてや王妃としての知識も経験も足りないのに、子育てをしている余裕はないだろう。それともなにかね、君は王妃としての政務を完璧にこなしながら子育ても出来るというのか」
「それは、……」
言い返せませんでした。
フェリクトールの言葉は正しい。この身分においてそれは当たり前の慣例なのです。
ならば自分でゼロスを育てたいという私の意志こそが異例で、我儘なのでしょう。
「ブレイラ、どうした?」
黙り込んだ私にハウストが心配そうに聞いてきました。
なんでもありません……と首を横に振る。
ハウストにとっても赤ん坊を乳母が育てるということは当たり前で、慣例として身に沁みついていることなのです。
こうして黙った私にフェリクトールは鼻を鳴らして頷きました。
「納得してくれたようだね、良かったよ。君が乳母役を選べないなら相応しい経歴の者をこちらで選んでおこう。明日には紹介できるようにしておく」
「明日? そんなに早くですか?」
「早ければ早い方がいいからね」
フェリクトールはそう言うと、「君も一日も早く立場に恥じない王妃になることだ」と広間を出て行きました。
無意識に視線が落ちていく。
するとゼロスと目が合いました。
ちゅちゅちゅちゅちゅ、親指を吸いながらじっと見つめてくるゼロス。
気持ちを切り替えようと笑いかけようとしましたが、うまく出来ませんでした……。
その日の夜。
寝所でゼロスを抱っこで寝かしつけていました。
ベッドではイスラが先に眠っています。ハウストは政務で呼び出されてしまいました。
ハウストは先に眠っていろと言ってくれましたが、そんな気持ちにはなれません。
「ゼロス……」
腕の中で眠るゼロスを見つめる。
今は閉じているけれど、澄んだ蒼い瞳が綺麗な赤ん坊。大きくなった姿を思い描くと、かつての冥王の面影が浮かびます。
目鼻立ちが整った綺麗な顔立ちの王様でしたから、きっとこのゼロスもそんなふうに育つのではないでしょうか。
その成長を側で見られるものだと、ずっと思っていました。
大人になって私の元から旅立つまで、ずっと側にいるのだと。
でも、明日からこうして寝かしつけることも出来なくなるのでしょうか。
「あなた、可愛いですね」
眠っているゼロスに話しかけました。
まだ小さな手、小さな足、小さな体、まだ小さいけれど整った目鼻立ちです。頬の輪郭をなぞって、鼻筋を辿ります。
この幼い面差しと温もりを、目に、指に、焼き付けるようにゼロスの顔をなぞりました。
でも堪らなくなって、眠るゼロスをぎゅっと抱き締める。
「ゼロスっ……」
離したくないです。
私が側でゼロスを育てたいです。
でもこれは私の我儘で、魔王の子どもとして育てるならゼロスは乳母に託さなければならない。
気持ちが重くなっていく。
仕方ないことなのに、どうしても悲しくなるのです。
「ブレイラ、まだ起きていたのか」
カチャリ。ふと扉が開いて声がかけられました。
政務からハウストが戻ってきたのです。
私はゼロスを抱いたままハウストを出迎えました。
32
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる