勇者のママは今日も魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは今日も魔王様と

第三章・あなたが教えてくれました。 私の目に映る世界は色鮮やかで美しいと。4

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「どうしてここが……。ここはハウストの結界内で、私たちは見えてないはずじゃ」
「そう。ずっと探してるのに見えなくて苦労したよ。でも、さっき勇者が魔力を使ってくれただろ? お蔭で見つけることができた」
「そんなっ」

 愕然としました。
 ハウストが最も警戒していたことを私は自分で引き寄せてしまったのです。

「ブレイラ、あいつをしっているのか?」

 背後のイスラが心配そうに見上げてきます。
 大丈夫だと安心させてやりたいのに、緊張で表情が強張ってしまう。

「あ、あの男は精霊族です。あなたは出てきてはいけませんっ」
「あれが、せいれいぞく」

 イスラの顔が険しくなる。
 ハウストから精霊族に狙われていることを聞いているのです。

「そんなに警戒しないでくれると嬉しいんだけど。俺はあんたも勇者もどうこうするつもりはないんだ、勇者を保護しに来ただけだって」

 悪びれないジェノキスに私は目を据わらせました。

「なにが保護ですか、誘拐だったじゃないですか!」
「うーん、そう言われると厳しいけど……。でも、魔王だってやってることは勇者の保護だろ。違う?」
「違います! 私はハウストから卵を受け取ったんです。だからあなたとハウストは違います!」

 きっぱり言った私にジェノキスは「相変わらず気が強い……」と苦笑する。

「でもさ、同じ保護なら俺たちに任せてくれた方が絶対良いって。俺たち精霊族は、勇者だけじゃなくてあんたの保護も約束するから」
「意味が分かりません」
「魔王ハウストは勇者の保護はしても、あんたの保護までするとは限らない」
「そ、そんなことはっ」
「ほんとに言い切れる?」

 否定する前に遮られました。
 ジェノキスは真剣な顔で私を見据えます。

「魔王の人間嫌いは魔界や精霊界じゃ有名な話だ。知らないのは人間だけだぜ」
「そ、そんなの信じられません!」

 ハウストが人間嫌い……?
 そんなの初めて聞きました。
 でも例えそうだったとしても私には関係ありません。だって、ハウストはとても優しくしてくれるんです。私を信頼してくれています。

「信じられなくてもそうなんだって。子育てもいいけど、あんたはもっと自分のことを考えた方がいい。勇者を育てるってことがどういう意味か本当に分かってるのか?」

 まるで説得するような口振りです。
 この言葉は二度目。一度目の時と変わらぬ真剣さでジェノキスは言葉を続ける。

「勇者が誕生したことが人間の王達に知られたら面倒なことになる。魔王はそれを分かってるから、勇者が子どものうちは人間からも隠してるんだろ。もし人間に知られたら、あんただって巻き込まれて無事でいられないかもしれない。魔族や精霊族からすれば勇者の親なんてどうでもいいけど、私利私欲に塗れた人間はあんたに利用価値を見出すだろうからな」
「っ……」

 人間として言い返せないのが悔しい。
 人間だからその言葉が真実に近いものであると知っています。
 魔界は魔王が、精霊界は精霊王が、そして人間界だけが複数の諸国に分かれていて王侯貴族が統治しています。
 人間の王は勇者とされていますが、勇者とは国を持たない王です。それは国の垣根を超えた唯一の存在で、【人間の御旗】とか【人間のシンボル】とかいう例えの方が近いかもしれません。そうなったのも、勇者は全ての時代で存在するわけではなく伝説に近い存在だからです。
 だからこそ狡猾な権力者によって政治的に利用される恐れがあるのです。

「魔王があんたのことをどこまで考えてるのか知らないけど、俺たち精霊族は勇者のおまけのあんたもちゃんと保護するぜ。だから俺と来い」

 ジェノキスは悪気なくそう言うと手を差し伸べてきました。
 その手にスッと目を細める。

 パンッ!

 差し伸べられた手を払い落としました。

「好き放題言ってくれるじゃないですか。そんなことを言われて私が従うと思うのですか? 馬鹿にしないでください」

 好き放題言っておいて、来るのがさも当然とばかり。気に入りません。
 私のこともハウストのことも言いたい放題じゃないですか。

「……やっぱそうか。あんたならそう言うと思ってたぜ」
「分かっていただいて良かったです。それなら分かりますよね? さっさと帰ってください」

 素っ気ない口調で言って、「イスラ、行きましょう」とイスラの手を引いて足早に歩く。

「おい待てってっ、よく考えろ!」
「待ちません!」
「ああほんとに生意気っていうか、気が強いっていうかっ」

 立ち去ろうとする私たちをジェノキスが追ってくる。そして私の腕を掴もうとしましたが。

 バチッ!

「っ、いてえぇ!」

 掴まれる寸前、ジェノキスの手が感電で弾かれました。

「ブレイラにさわるな」

 私に手を引かれていたイスラがじっとジェノキスを睨みあげている。

「……これはこれは勇者様。逆鱗に触れたっぽい?」
「ブレイラにさわるな」

 イスラはもう一度言うと、私を庇うように前へ。
 その行動にジェノキスは面白そうな笑みを浮かべました。

「なるほど、さすが勇者様だ。人間で唯一俺たち精霊族や魔族と渡りあえることはあるぜ。まだ赤ん坊のくせに度胸が据わってる」

 ジェノキスは感心しながらもそこには隙がありません。それどころか勇者の反発に好戦的な笑みを浮かべている。

「あんまり無茶な真似はしたくないんだけど、この場合は仕方ないよな。不可抗力だ」
「そうだ、しかたない」

 イスラも身構えましたが、私の焦りが大きくなっていく。
 ジェノキスはハウストでさえ一目置く相手です。いくら勇者とはいえ今のイスラが勝てるとは思えません。

「駄目ですっ。戦ってはいけません!」

 慌ててイスラを制止しようとしましたが間に合わない。
 イスラの手中に光が集まり、光弾となって放たれました。

「っと、危なあ~。まだ生まれたばっかなのにこれかよ」

 寸前で避けたジェノキスは先制攻撃に驚きながらもニヤリと笑う。
 そんな余裕の様子がイスラをムキにさせてしまう。

「つぎはあてる」

 淡々としながらもイスラの光弾の威力が増していく。
 一つ一つが急所を正確に狙っていて、ジェノキスが乾いた笑みを浮かべました。

「ほんとセンスの塊だな。その年でこれなら将来かなり有望だぜ?」
「ゆうしゃをなめるな」

 イスラはさらに力を高めて光弾を放とうとしましたが、その瞬間。

「でも、そろそろ子どもはお昼寝の時間だよな?」

 ジェノキスが一瞬で距離をつめて光弾を手の平で受け止める。

「お、おまえっ」
「悪いな。もっと遊んでやりたいんだけど、早くしないと魔王が気付いて引き返してくる。さすがに魔王とは戦いたくないんでな」

 そう言うと、ジェノキスは受けとめたイスラの力を逆流させました。

「ぅっ、うわああああ!」
「イスラ!!」

 咄嗟に飛びだしてイスラの小さな体を抱き締めました。

「イスラっ、イスラ、しっかりしてください! イスラ……!」

 気を失ったイスラの痛々しい姿に唇を噛む。
 可哀想に、まだ小さいのに全身傷だらけになってしまっています。
 ぐったりするイスラを抱き締め、ジェノキスを睨みつけました。
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