勇者のママは今日も魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは今日も魔王様と

第二章・たとえあなたが魔王でも、 勇者をあなたの望む子どもに育てましょう。2

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 夜。
 山小屋にランプの明かりが灯る。
 食卓のテーブルには二人分の薄いじゃが芋スープと硬いパン。パンの味付けに森の果実を磨り潰した添え物を用意しました。
 イスラが寝ているうちに私とハウストは先に食事をしてしまうことにしたのです。
 しかし食事といっても恥ずかしくなるくらい質素で粗末なものしか用意できません。

「す、すみません……。こんな物しか用意できなくて……」

 あまりにも恥ずかしくてハウストの顔を見れません。
 でも、これは私にとって普段の食事です。
 薬を作って売るだけの薬師の収入では、一人で生きていくだけで精一杯でした。
 一人で暮らしている時は粗末な食事でも平気でしたが、ハウストとの食事でこんな物しか用意できないことが恥ずかしい。
 思えば、これから一緒に暮らす山小屋も大人二人が生活するには狭すぎるし、魔王の彼からすればここは廃屋同然に見えているでしょう。
 たった一間しかない小さな土間付きの生活空間には必要最低限のものしかありません。一人で暮らしていた時は雨風が凌げる屋根と壁さえあればいいと思っていました。それは富を諦めていた訳ではなく、本当にそういったものに興味がなかったんです。一人なので誰の目も気にしませんでした。
 でも、ハウストと暮らすことになって、こんな廃屋同然の場所に住まわせてしまって嫌われるんじゃないかと不安になってしまう。

「……お口に合わなければ気にせず残してください。明日はもう少しちゃんとした物を用意しますから」
「これで充分だ、気にしないでくれ」
「でも……」
「ここには俺とイスラが押しかけたようなものだ。それに」

 ハウストはそこで言葉を切ると、薄いスープを一口飲んで優しく目を細める。

「とても美味しいスープだ。ブレイラは料理が得意なんだな」
「……う、うそです。だって香辛料とか使ってないので、ほとんど味なんかしないはずです」

 香辛料は贅沢品で私のような貧困層には手の届かないものです。
 せめてもの思いで味付けには薬草を代用していますが、それでも香辛料の美味しさには遠く及びません。

「そんなことはない。香辛料はなくても、薬師のお前が使えば薬草も十分な働きをするものだ」
「ハウスト、あなたはとても優しいんですね……。ありがとうございます」

 くすぐったい気持ちがこみあげました。
 ぴちゃぴちゃの薄いスープが美味しいわけないのに、それでも私の小さな工夫に気付いてくれる。
 気恥ずかしさにハウストの顔が見れなくて俯いてしまいましたが、今夜の食事は今まで食べた中で一番美味しいと思いました。
 いつもと変わらない薄い味付けなのに、おかしなものですね。ハウストがいるというだけで料理の味も変わってしまう。単純な自分がなんだかおかしいです。
 二人で他愛ない話をしながら硬いパンを食べ、薄いスープを飲む。
 質素な食事はあっという間に終わってしまいました。

「薬草を煎じたものですが、お茶を淹れましょうか?」
「ああ、頼む」

 食後のお茶を用意していると、ベッドで眠っていたイスラが目を覚ます。
 ぱちりと目覚めたイスラは私を見つめると手足をばたつかせて何かをアピールする。

「あー、あー」
「お腹が空いたんですね、ちょっと待っててください」

 手早くハウストのお茶を用意しながらイスラの為にミルクを温めます。
 温めたミルクを小さな器に移し、ベッドで待っていたイスラを抱きあげました。

「お待たせしました。これならあなたにも飲めると思います」

 一般の赤ん坊が飲む母乳は用意できないので、代用に動物のミルクです。
 小さな口に器の淵をあてて傾けると、こくこくと美味しそうに飲み始めました。

「あなたはミルクを飲むのが上手ですね。手がかからなくて助かります」
「ちゅちゅっ」
「ゆっくり飲みなさい」

 話しかける私に、イスラもミルクを飲みながら嬉しそうに目を細める。
 そんな私たちをハウストが興味深げに見ていました。

「手馴れているな。赤ん坊を育てたことがあるのか?」
「いいえ、初めてですよ。暇潰しに育児書を読んだことがあるだけです」

 趣味が読書で良かったと改めて思います。
 子どもの時はとにかく本を読むのが好きで、どんな分野も好奇心のままに読んでいました。その中にあった育児書の知識が今になって役立っています。

「そうか、ならば俺にもやり方を教えてほしい。お前を頼ってしまっているが、負担ばかりかけるつもりはない」
「いいんですか?」
「もちろんだ。手伝わせてくれ」
「ありがとうございます。では、このミルクを飲ませてやってください。私は食事の片付けをしますので」
「分かった」

 ハウストにイスラとミルクを手渡します。
 少し心配でしたが、ハウストは丁寧な動作でイスラにミルクを飲ませ始めました。

「あなたこそ上手じゃないですか」
「お前の真似をしているだけだ。また教えてくれ」
「ふふ、もちろんです」

 私は笑みを浮かべて頷くと、土間で食事の片付けを始めます。
 後ろから「ゴクゴクゴク」と勢いよくミルクを飲む音がする。イスラは順調にミルクを飲んでくれているようです。

「ゴクゴクゴクゴッ……! ゴボゴボゴボ…………」

 え、ゴボゴボ? なんの音かと振り返ってギョッとする。

「ハ、ハウスト! イスラが溺れています!」

 慌ててイスラを抱き取りました。

「ゴホゴホッ、うぅ、う、びええええええええん!!」
「な、泣かないでくださいっ。ほら、もう苦しくないですよ? もう大丈夫ですから」

 あやしながら背中をぽんぽん叩く。
 ミルクまみれの顔を拭いてイスラを危機から救うと、ハウストをキッと睨む。

「ミルクを一気飲みさせるなんてどういうつもりですか! 溺れてたじゃないですか!」
「す、すまない。勢いよく飲んでいたからもっと飲みたいんだと」
「まだ赤ちゃんなんですから無理に決まってるじゃないですか!」
「そうだな、すまなかった……」

 ハウストが消沈して肩を落とす。
 私は呆れてため息をついてしまいましたが、彼のこんな姿を見るのは初めてで、少しだけ可笑しくなりました。
 だって、私が知っているハウストはいつも悠然としていて、大人びて優しいけれどとてもミステリアスです。でもこうして彼について新しい発見ができて嬉しい。

「もういいですよ、もう怒ってません。今度から気を付けてくださいね」
「ああ、今度はちゃんとする」
「はい、お願いします」

 そう言って私が笑いかけると、彼も嬉しそうな笑顔になりました。


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