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【暁後番外編】クロードが弟になって三日目のゼロス
クロードが弟になって三日目のゼロス7 ※時系列・暁本編後
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夜空の月が煌々と輝いて、森の丘の小さな人影を照らしている。
そう、ゼロスだ。
城を飛び出したゼロスは城の裏に広がる森に駆けこんで丘に登った。
ここはゼロスの遊び場で、いつもならとても楽しい気持ちになる場所である。でも今は違う。
「うっ、うぅ、うっ……」
ゼロスは膝を抱えて座り、嗚咽で小さな肩を震わせていた。
眉を八の字にして、肩が下がって、誰がどこから見てもしょんぼりだ。
「ブレイラのばか……、うぅっ」
小さく呟いて、ゼロスの大きな瞳に涙が滲む。
呟いてみたもののブレイラが大好きな気持ちがいっぱいなのだ。
でも、ブレイラはゼロスよりクロードの方が好きなのかもしれない。ゼロスはブレイラが一番大好きだけど、ブレイラは違うのかもしれない。
そう思うとゼロスは悲しくなって、寂しくなって、涙がポロポロ零れる。
ゼロスは知らなかった。
以前から『ゼロスも兄上になるんですよ』と教えられていたが、兄上になるとこんなに辛いなんて知らなかった。こんなに寂しいなんて知らなかった。
ゼロスにとってクロードは突然現れて大切な人を奪っていった嫌な奴だ。たとえ赤ちゃんだろうと許せない。
こうしてゼロスは悲しみと寂しさがいっぱいで、抱えた両膝に顔を埋めてヒクッ、ヒクッ、と嗚咽を漏らしていた。
しばらくして、人影がゼロスに近づいてくる。
草を踏みしめる足音にゼロスはピクリッと反応した。もしかしてと期待が膨らんだが。
「おい、ゼロス」
聞こえてきたのはイスラの声。
その声に、「なんだ、あにうえか……」とあからさまに肩が下がる。兄上は大好きだけど、今は、今は……。
分かりやす過ぎる反応にイスラは苦笑した。失礼な奴だと思うが、その気持ちは分からないでもない。自分だってこういう時はブレイラが迎えに来てほしい。
イスラはゼロスの側まで行くと、その隣に腰を下ろす。
月明かりの下、森の丘で兄弟揃って並んで座った。
ゼロスは膝を抱えたままイスラをちらりと見上げる。
「……あの、あの、ブレイラは……?」
「ブレイラは」
「や、やっぱりいわなくていい!」
ゼロスは焦って遮った。
返事を聞くのが怖くなったのだ。
もし今、ブレイラがクロードを抱っこしてあやしていたらきっと自分は立ち直れない。たくさん泣いてしまう。
ゼロスは両膝に顔を埋めて、悔しそうに声を震わせる。
「あいつ、どうして、ぼくたちのところにきたのっ……?」
「あいつって、……クロードのことか?」
「うん。あいつ、こなくてよかったのに……っ。グスッ」
「…………」
どうしたものかとイスラは夜空を見上げた。
イスラはクロードが自分たちの家族になった理由を知っている。クロードがどこで生まれて、なんの為にハウストとブレイラの子どもになったのかを理解している。クロードが王妃ブレイラの手に委ねられ、次期魔王として育てられる意味も。
しかし、ゼロスはまだ理解できないのだ。しかも幼さゆえにブレイラを独占したい気持ちが強い。
だからゼロスからすればクロードは、突然現れて自分からブレイラを奪っていった存在。弟だと分かっていても邪魔者以外のなにものでもないのだ。
それはイスラにも覚えがある感情だった。
自分の幼い頃を思い出すと、なんともいえない気恥ずかしさがこみ上げる。でもイスラがここに来た理由はそれだ。本当はブレイラがゼロスを追おうとしたが、先に行かせてほしいとイスラが申し出たのだ。
だがこうして来たものの、なんて言葉をかければいいか悩む。ゼロスの気持ちが分かるから、頭ごなしに我慢しろとは言いたくなかった。なにより、イスラ自身も言われたことがない。
そう、イスラは自分がゼロスの『兄上』としての自覚はあるが、かといってそれを押し付けられたことはない。
ゼロスが誕生して弟になった時、ブレイラはイスラに優しく言葉をかけたのだ。
『兄上だからといって、自分のことを後回ししないでください』
それはきっとイスラの勇者としての立場を慮ったものだろう。
イスラとゼロスとクロードは兄弟であり、それぞれの世界の王。その世界に暮らす全ての民の保護者である。
こうしてイスラは悩んでいたが、少しして先にゼロスが口を開く。
「グスッ。……あにうえ、……どうして、あいつ、ぼくたちのとこにきたの? うぅっ」
声は嗚咽で震えていた。
ゼロスはどうしてもクロードを認めたくないようだ。
イスラはちらりと横を見た。ゼロスは両膝に顔を埋めたままグスグス泣いている。
そんな幼い子どもの姿に同情を覚えるが、イスラは誤魔化さない。
「必要だったからだ。クロードはハウストとブレイラの子で、俺とお前の弟だ。そうならなければいけなかった」
「っ、わかんないっ……! いらないっ、クロードはいらない!」
ゼロスが顔を上げて声を荒げた。
ちっとも優しくないイスラをキッと睨み、勢いのまま言葉をぶつける。
「ぼくは、よにんがいいの! ちちうえとブレイラとあにうえとぼく! それでいいの! それがたのしいの!!」
ゼロスが興奮したように言って、「ちちうえと~、ブレイラと~、あにうえと~、ぼく!」と小さな指を四本立てた。
「それなのに、あいつがきて、ブレイラはあいつばっかりっ。あにうえは、くやしくないの?!」
今にも掴みかからんばかりの勢いでゼロスが言った。
怒りと嫉妬と寂しさが渦巻いて、ゼロスは泣きながら怒っている。ひどく荒れた状態だ。
そんなゼロスの姿にイスラは目を眇めた。かつての自分もひどく荒れたのだろうと頭の片隅で思った。
「そうか、四人か……。俺は二人がいいと思ってた。俺とブレイラの二人だ」
「あにうえ……?」
いきなりのイスラの言葉にゼロスが目を丸める。
ゼロスにとって二人は少なすぎるのだ。
しかしイスラは淡々と続ける。
「ハウストとブレイラが結婚した時はハウストが邪魔だった。ゼロスが生まれた時はゼロスが邪魔で仕方なかった。俺はブレイラと二人が良かったんだ」
「ひ、ひどいっ……」
ゼロスだってブレイラが大好きで独占したいと思っているが、二人だけなのは……ちょっと寂しい。それなのにイスラはブレイラと二人だけでいいと言う。
「どうして、そんないじわるいうの? ぼくも、いっしょがいい! ちちうえと、ブレイラと、あにうえと、ぼくがいいの!」
「最初、俺とブレイラは二人だったんだ。ブレイラがハウストと結婚して三人になった。ハウストが俺からブレイラを奪ったんだ」
「そ、そうなんだ……」
ゼロスはそう答えながらも、さり気なく顔を逸らせる。だって、だって次は……。
「ハウストの次はお前だ、ゼロス」
「ぼく……」
ゼロスは青褪めた。
だってイスラにギロリと睨まれたから。
イスラはゼロスを見据えたまま言葉を続ける。
「冥王の卵が割れてゼロスが生まれた。そしたらブレイラはゼロスに掛かりっきりになって俺だけを構ってくれる時間が減った。しかもお前はワガママで甘えたがりだったから、何かあるとすぐに泣いてブレイラを呼ぶんだ。お陰でブレイラに絵本を読む約束をすっぽかされたこともある」
「ぼくが、そんなこと……」
「したぞ。俺だけのブレイラだったのに、お前が奪ったんだ」
イスラはきっぱりと言い放った。
これが真実だとばかりに突き付けた。
ゼロスは唇を噛みしめて、大きな瞳にじわりと涙を滲ませる。
「うぅっ、……あにうえ、ぼくのこと、すきじゃないの? きらいだったの?」
「ああ、邪魔だったからな。でも」
イスラはそこで言葉を止めると、ぽんっとゼロスの頭に手を置いた。
ゼロスより大きくて、ハウストにはまだ少し足りない。でも力強い手。
「今は大事な弟だと思ってる。ハウストのことも父上だと思ってる。昔はブレイラと二人が楽しいと思ってたけど、今はハウストとゼロスもいた方が楽しいと思ってる。だから俺は、そこにクロードが加わったらもっと楽しくなると思ってるんだ」
「もっと……?」
「ああ、二人より四人が楽しくなったんだ。それなら五人になったら、きっともっと楽しいはずだ」
「よにんより、ごにん……」
ゼロスは呟いて黙り込んだ。
納得できるような、できないような……。
うーん、うーん、悩みだしたゼロス。イスラは苦笑する。
「今は思えなくても、クロードと一緒に過ごす時間が長くなればきっとそう思える」
イスラはそう言うと、背後を振り返った。
それにつられてゼロスも背後を振り返る。
ふと夜風が吹いて、森の木々がザワザワと揺れた。月明かりが木陰に立っていた人を照らしだす。ブレイラだ。
ブレイラは丘に座っているイスラとゼロスを見ると、安心したような顔になった。
そう、ゼロスだ。
城を飛び出したゼロスは城の裏に広がる森に駆けこんで丘に登った。
ここはゼロスの遊び場で、いつもならとても楽しい気持ちになる場所である。でも今は違う。
「うっ、うぅ、うっ……」
ゼロスは膝を抱えて座り、嗚咽で小さな肩を震わせていた。
眉を八の字にして、肩が下がって、誰がどこから見てもしょんぼりだ。
「ブレイラのばか……、うぅっ」
小さく呟いて、ゼロスの大きな瞳に涙が滲む。
呟いてみたもののブレイラが大好きな気持ちがいっぱいなのだ。
でも、ブレイラはゼロスよりクロードの方が好きなのかもしれない。ゼロスはブレイラが一番大好きだけど、ブレイラは違うのかもしれない。
そう思うとゼロスは悲しくなって、寂しくなって、涙がポロポロ零れる。
ゼロスは知らなかった。
以前から『ゼロスも兄上になるんですよ』と教えられていたが、兄上になるとこんなに辛いなんて知らなかった。こんなに寂しいなんて知らなかった。
ゼロスにとってクロードは突然現れて大切な人を奪っていった嫌な奴だ。たとえ赤ちゃんだろうと許せない。
こうしてゼロスは悲しみと寂しさがいっぱいで、抱えた両膝に顔を埋めてヒクッ、ヒクッ、と嗚咽を漏らしていた。
しばらくして、人影がゼロスに近づいてくる。
草を踏みしめる足音にゼロスはピクリッと反応した。もしかしてと期待が膨らんだが。
「おい、ゼロス」
聞こえてきたのはイスラの声。
その声に、「なんだ、あにうえか……」とあからさまに肩が下がる。兄上は大好きだけど、今は、今は……。
分かりやす過ぎる反応にイスラは苦笑した。失礼な奴だと思うが、その気持ちは分からないでもない。自分だってこういう時はブレイラが迎えに来てほしい。
イスラはゼロスの側まで行くと、その隣に腰を下ろす。
月明かりの下、森の丘で兄弟揃って並んで座った。
ゼロスは膝を抱えたままイスラをちらりと見上げる。
「……あの、あの、ブレイラは……?」
「ブレイラは」
「や、やっぱりいわなくていい!」
ゼロスは焦って遮った。
返事を聞くのが怖くなったのだ。
もし今、ブレイラがクロードを抱っこしてあやしていたらきっと自分は立ち直れない。たくさん泣いてしまう。
ゼロスは両膝に顔を埋めて、悔しそうに声を震わせる。
「あいつ、どうして、ぼくたちのところにきたのっ……?」
「あいつって、……クロードのことか?」
「うん。あいつ、こなくてよかったのに……っ。グスッ」
「…………」
どうしたものかとイスラは夜空を見上げた。
イスラはクロードが自分たちの家族になった理由を知っている。クロードがどこで生まれて、なんの為にハウストとブレイラの子どもになったのかを理解している。クロードが王妃ブレイラの手に委ねられ、次期魔王として育てられる意味も。
しかし、ゼロスはまだ理解できないのだ。しかも幼さゆえにブレイラを独占したい気持ちが強い。
だからゼロスからすればクロードは、突然現れて自分からブレイラを奪っていった存在。弟だと分かっていても邪魔者以外のなにものでもないのだ。
それはイスラにも覚えがある感情だった。
自分の幼い頃を思い出すと、なんともいえない気恥ずかしさがこみ上げる。でもイスラがここに来た理由はそれだ。本当はブレイラがゼロスを追おうとしたが、先に行かせてほしいとイスラが申し出たのだ。
だがこうして来たものの、なんて言葉をかければいいか悩む。ゼロスの気持ちが分かるから、頭ごなしに我慢しろとは言いたくなかった。なにより、イスラ自身も言われたことがない。
そう、イスラは自分がゼロスの『兄上』としての自覚はあるが、かといってそれを押し付けられたことはない。
ゼロスが誕生して弟になった時、ブレイラはイスラに優しく言葉をかけたのだ。
『兄上だからといって、自分のことを後回ししないでください』
それはきっとイスラの勇者としての立場を慮ったものだろう。
イスラとゼロスとクロードは兄弟であり、それぞれの世界の王。その世界に暮らす全ての民の保護者である。
こうしてイスラは悩んでいたが、少しして先にゼロスが口を開く。
「グスッ。……あにうえ、……どうして、あいつ、ぼくたちのとこにきたの? うぅっ」
声は嗚咽で震えていた。
ゼロスはどうしてもクロードを認めたくないようだ。
イスラはちらりと横を見た。ゼロスは両膝に顔を埋めたままグスグス泣いている。
そんな幼い子どもの姿に同情を覚えるが、イスラは誤魔化さない。
「必要だったからだ。クロードはハウストとブレイラの子で、俺とお前の弟だ。そうならなければいけなかった」
「っ、わかんないっ……! いらないっ、クロードはいらない!」
ゼロスが顔を上げて声を荒げた。
ちっとも優しくないイスラをキッと睨み、勢いのまま言葉をぶつける。
「ぼくは、よにんがいいの! ちちうえとブレイラとあにうえとぼく! それでいいの! それがたのしいの!!」
ゼロスが興奮したように言って、「ちちうえと~、ブレイラと~、あにうえと~、ぼく!」と小さな指を四本立てた。
「それなのに、あいつがきて、ブレイラはあいつばっかりっ。あにうえは、くやしくないの?!」
今にも掴みかからんばかりの勢いでゼロスが言った。
怒りと嫉妬と寂しさが渦巻いて、ゼロスは泣きながら怒っている。ひどく荒れた状態だ。
そんなゼロスの姿にイスラは目を眇めた。かつての自分もひどく荒れたのだろうと頭の片隅で思った。
「そうか、四人か……。俺は二人がいいと思ってた。俺とブレイラの二人だ」
「あにうえ……?」
いきなりのイスラの言葉にゼロスが目を丸める。
ゼロスにとって二人は少なすぎるのだ。
しかしイスラは淡々と続ける。
「ハウストとブレイラが結婚した時はハウストが邪魔だった。ゼロスが生まれた時はゼロスが邪魔で仕方なかった。俺はブレイラと二人が良かったんだ」
「ひ、ひどいっ……」
ゼロスだってブレイラが大好きで独占したいと思っているが、二人だけなのは……ちょっと寂しい。それなのにイスラはブレイラと二人だけでいいと言う。
「どうして、そんないじわるいうの? ぼくも、いっしょがいい! ちちうえと、ブレイラと、あにうえと、ぼくがいいの!」
「最初、俺とブレイラは二人だったんだ。ブレイラがハウストと結婚して三人になった。ハウストが俺からブレイラを奪ったんだ」
「そ、そうなんだ……」
ゼロスはそう答えながらも、さり気なく顔を逸らせる。だって、だって次は……。
「ハウストの次はお前だ、ゼロス」
「ぼく……」
ゼロスは青褪めた。
だってイスラにギロリと睨まれたから。
イスラはゼロスを見据えたまま言葉を続ける。
「冥王の卵が割れてゼロスが生まれた。そしたらブレイラはゼロスに掛かりっきりになって俺だけを構ってくれる時間が減った。しかもお前はワガママで甘えたがりだったから、何かあるとすぐに泣いてブレイラを呼ぶんだ。お陰でブレイラに絵本を読む約束をすっぽかされたこともある」
「ぼくが、そんなこと……」
「したぞ。俺だけのブレイラだったのに、お前が奪ったんだ」
イスラはきっぱりと言い放った。
これが真実だとばかりに突き付けた。
ゼロスは唇を噛みしめて、大きな瞳にじわりと涙を滲ませる。
「うぅっ、……あにうえ、ぼくのこと、すきじゃないの? きらいだったの?」
「ああ、邪魔だったからな。でも」
イスラはそこで言葉を止めると、ぽんっとゼロスの頭に手を置いた。
ゼロスより大きくて、ハウストにはまだ少し足りない。でも力強い手。
「今は大事な弟だと思ってる。ハウストのことも父上だと思ってる。昔はブレイラと二人が楽しいと思ってたけど、今はハウストとゼロスもいた方が楽しいと思ってる。だから俺は、そこにクロードが加わったらもっと楽しくなると思ってるんだ」
「もっと……?」
「ああ、二人より四人が楽しくなったんだ。それなら五人になったら、きっともっと楽しいはずだ」
「よにんより、ごにん……」
ゼロスは呟いて黙り込んだ。
納得できるような、できないような……。
うーん、うーん、悩みだしたゼロス。イスラは苦笑する。
「今は思えなくても、クロードと一緒に過ごす時間が長くなればきっとそう思える」
イスラはそう言うと、背後を振り返った。
それにつられてゼロスも背後を振り返る。
ふと夜風が吹いて、森の木々がザワザワと揺れた。月明かりが木陰に立っていた人を照らしだす。ブレイラだ。
ブレイラは丘に座っているイスラとゼロスを見ると、安心したような顔になった。
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