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【暁後番外編】クロードが弟になって三日目のゼロス

クロードが弟になって三日目のゼロス1 ※時系列・暁本編後

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ゼロスは激怒した。
必ず、かの邪悪の新入り(※1)を除かねばならぬと決意した。
ゼロスには赤ん坊の可愛さなど分からぬ。
ゼロスは、冥王だが三歳である。甘えたりワガママしたり、自由に城の裏山で小枝を振り回して遊んできた。
けれども新入りに定位置(※2)を奪われることに対しては、人一番に敏感であった。


【走れゼロス……じゃなくて、走れメロス】より

※1・ゼロス視点のクロード
※2・ブレイラの抱っこ



 そう、クロードがゼロスの弟になって三日目、ゼロスは全身が震えるほど激怒していた。
 ゼロスは気付いてしまったのだ。
 気付きたくなかったけれど、気付いてしまった。赤ちゃんが来るという意味を。弟ができるという意味を。
 以前から赤ちゃんが来るのは分かっていたのだ。城に赤ちゃん用の部屋が設えられ、ゼロスもおもちゃ選びや絵本選びを手伝っていたから。
 ブレイラもゼロスに教えてくれた。

『もうすぐクロードが来ますよ』
『ゼロスももうすぐ兄上になるんですよ』

 それを聞くたびにゼロスの小さな胸は高鳴った。
 だって、その話しをする時のブレイラはとても嬉しそうな顔をしていたから。
 だから赤ちゃんが来るということは、兄上になるということは、きっととても嬉しい事なのだと思った。それなのに、それなのにっ……!



◆クロードが来て一日目◆

 その日は式典の日でゼロスも準備で朝から忙しかった。おしゃれさんなので衣装のリボンも自分で選んだ。一日中バタバタと忙しなかったが、対面したクロードは小さくてふにゃふにゃな赤ちゃんだった。
 ブレイラはクロードを抱っこして、優しく話しかけたり笑いかけたり、とても嬉しそうだった。
 すぐ側にいたゼロスにも『見てください、クロードですよ』『可愛いですね』と話しかけてくれたけれど、……いつもより少なかった。いつももっとたくさん話しかけて構ってくれるのに、ブレイラはクロードばかり抱っこして構っていたのだ。
 でもその日は式典の日でクロードも来たばかり。少し寂しかったけれど、一日目はあっという間に過ぎていった。
 ゼロスの胸の奥がモヤモヤしたけれど、深く考える間もなかった。



◆クロードが来て二日目◆

 朝、起床した時もモヤモヤは残っていた。でも大丈夫、モヤモヤは風が吹けば飛んでしまいそうなほど小さくて、きっとすぐに消えてしまうと思った。
 ブレイラが『おはようございます』と笑いかけてくれれば、いつもの朝が始まってモヤモヤなんて消えてしまうにきまっている。
 だからゼロスは自分の部屋を飛び出して、本殿の寝所に向かった。
 そこにはハウストとブレイラがいて、扉をノックすれば二人が迎えてくれるはず。

「ブレイラ、おはよー! ぼくだよ~、あけて~!」

 ドンドンドン!!
 いつものように扉をノックした。
 早く気付いてほしくて、早く扉を開けてほしくて、早く会いたくて「おーい、おーい」とノックしたのだ。
 いつもならブレイラが『おはようございます。ゼロスは朝から元気ですね』と中へ入れてくれるのだ。その時のブレイラは騒がしいゼロスに困った顔をしながらも、困ってなくて、優しくて、『どうぞ』と嬉しそうなのだ。
 少しして扉が開かれる。でも。

「ゼロス、騒がしいぞ」

 出てきたのは父上だった。
 思っていたのとちがう。

「ブレイラは? ブレイラどこ?!」
「おはよう」
「ブレイラはどこなの?!」

 そう言いながらゼロスは寝所の中を覗き込もうとする。
 だがハウストは阻止して「おはよう」と続けた。挨拶が先だ。

「うぅっ、……おはよう!」

 ゼロスは大きな声で挨拶をすると、ハウストの長い足の間から寝所を覗き込んだ。
 窓辺に立つブレイラの後ろ姿。大きな窓から明るい朝陽が差して光のヴェールを纏ったよう。
 見つけた。やっぱりブレイラは寝所にいたのだ。
 ゼロスは嬉しくなって声を上げる。

「いた! ブレイラ、おはよう!」
「ゼロス、朝から元気ですね。おはようございます」

 ブレイラがゆっくり振り返った。
 でも、その両腕にはクロードが抱っこされていて、

「っ……」

 駆けだそうとしたゼロスの足が止まった。
 すぐに駆け寄りたかったのに、なぜか胸のモヤモヤがぶわりっと広がったのだ。
 びっくりして立ち止まったゼロスにブレイラが不思議そうに首を傾げる。

「どうしました?」
「な、なんでもない」

 ゼロスは慌てて首を横に振るとブレイラの側に駆け寄った。
 するとブレイラはゼロスに目線を合わせるように膝をついて、抱っこしているクロードを見せる。

「クロードも今起きたところなんですよ。ご挨拶してあげてください」
「え……、う、うん。おはよ……」

 ゼロスは小さく挨拶した。
 もちろんクロードが分かっているはずがなく、「うー」と低音でうなるだけだ。
 でもブレイラは微笑んでクロードに「良い朝ですね」と話しかけていた。
 それはいつものブレイラの微笑で、ゼロスの大好きなもの。
 ゼロスはそれにほっと安堵したけれど、広がったモヤモヤは小さくなってくれなかった。
 モヤモヤは晴れないけれど、クロードがいるということ以外は以前と同じ日常が始まる。
 父上とブレイラと兄上と一緒に朝食を食べた。楽しいおしゃべりをしながらの朝食はいつもどおり楽しかった。
 ただいつもと違うのはクロードがいるということだけ。ブレイラがたくさんクロードに構ってミルクを飲ませていた。いつもはゼロスが口にジャムをつけていると『ゼロス、ジャムがついていますよ』と拭いてくれるのに、ブレイラの両手はクロードの抱っこで塞がって……拭いてくれなかった。見かねた父上が拭こうとしてくれたので自分で拭いた。
 こうして朝から昼になって、庭園で兄上と手合わせをした。
 庭園の東屋でブレイラがニコニコしながら見学している。ハウストやフェリクトールの姿もあって何やら話しをしていた。皆がいてくれて嬉しかったけれど、ブレイラがクロードをずっと抱っこしていたことに引っ掛かった。
 でも体を動かしていると胸のモヤモヤも少しだけ晴れて楽しい気持ちになれたから良かった。
 しかし夜になってゼロスが眠りにつく時間。
 この時間はいつもブレイラが添い寝してくれる。
 ゼロスは眠たくなるまでブレイラとおしゃべりしたり、絵本を読んでもらったり。一日のうちでブレイラを一番独占できる時間なのでゼロスの大好きな時間だった。
 今夜もゼロスはブレイラとおしゃべりをし、温もりに包まれて幸せな気持ちでうとうとしだした、が。
 コンコンコン。女官が扉をノックした。
 その音にブレイラが起き上がって、申し訳なさそうにゼロスを見る。

「ゼロス、ごめんなさい。クロードのミルクの時間です」
「えっ、ブレイラ、いっちゃうの?!」

 ゼロスは一瞬で目が覚めた。
 今までとても幸せな気持ちだったのに一瞬にして消えてしまった。

「ハウストにクロードをお願いしていたんですが、急な政務が入ったそうです」
「そ、それじゃあ、ほかのひとは?! ほかのひとがクロードのミルクすれば?!」
「そうですね。でもクロードはこのお城に来たばかりですから、なるべく私かハウストがお世話をしてあげたいんです」
「うぅっ……」

 ゼロスは唇を噛みしめた。
 そんなゼロスにブレイラは困りながらも宥めようとする。

「マアヤを呼びましょうか?」
「っ、いらない! ひとりでねる!!」

 ゼロスは勢いのまま返すと、ガバリッ、頭から布団を被った。
 意地だった。
 だってブレイラがいいのだ。マアヤも好きだけどブレイラじゃないとダメなのだ。
 拗ねてしまったゼロスをブレイラが宥める。

「ゼロス、お顔を見せてくれませんか?」

 ブレイラの優しい声にゼロスは布団の中でピクリッと反応した。
 だってブレイラが構ってくれている。このまま隠れていればブレイラはずっと側にいてくれるかもしれない。
 しかしそんなゼロスの期待は脆くも崩れていく。女官がブレイラを呼ぶのだ。
 ブレイラは「分かりました。すぐに行きます」と女官に返事をし、布団の中のゼロスに話しかける。

「ゼロス、また来ますね」

 ブレイラはそれだけを言うと顔を見せないゼロスを気にしつつも部屋を出て行く。
 パタンッ。扉が閉じて、ブレイラが出て行った。
 そう、…………出て行った。

「うぅ、うわあああんっ、ブレイラいっちゃった~!!」

 ガバリッ!
 ゼロスは被っていた布団を蹴飛ばしてベッドで大の字になった。
 大きな瞳をじわじわ潤ませながらも、天蓋ベッドの天井を睨みつける。

「う~っ、クロードぉぉおおお~~っ」

 震える呻り声。
 ゼロスは小さな体をぷるぷる震わせた。
 胸にあったモヤモヤがムカムカに変化していく。
 今すぐ部屋を飛び出してブレイラの後を追いかけたい。
 ブレイラを通せんぼしてクロードのところに行けないようにしてしまいたい。
 ゼロスは衝動に駆られたが。

「っ、うぅ~~っ……」

 今はグッと我慢した。
 だって、ブレイラは『また来ますね』と言ってくれた。クロードの用事をあっという間に終わらせて、すぐにゼロスのところに来てくれるはずだ。
 だから大丈夫。大丈夫……。ムカムカを無理やり鎮めた。
 こうしてゼロスはベッドで悶々と過ごす。ブレイラが来るまで「ぜったいねない!」と気合いを入れて待っていたが、…………睡魔に負けてスヤスヤ眠ってしまったのだった。
 ゼロスが眠ってからしばらくして部屋の扉が開く。ブレイラが戻ってきたのだ。
 ブレイラはゼロスのあどけない寝顔に小さく笑むと、よく眠れますようにと額に口付ける。そしてゼロスの隣にカエルのぬいぐるみを置いた。最後まで添い寝できなかったお詫びである。
 カエルと眠るゼロスにブレイラは目を細めると、静かに部屋を出たのだった。




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