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勇者のママは海で魔王様と
Ⅰ・初めての海と会談と2
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「海から吹く風って陸の風とは少し違う感じがします」
「ああ、潮風といって海の潮気を含んでいるからな」
「それじゃあ、この風が運んでくる香りは海の香りなんですね」
全身に潮風を感じながら広い海を見渡します。
遥か水平線に大きな船が見えました。どこに向かって船を進ませているのか想像すると楽しくなります。私は人間界で暮らしていた時、家がある山か薬を売りに行く街しか行ったことがないので。
「立派な船ですね。あ、旗を掲げてますよ、いったいどこの、――――!?!!」
ワクワクしていた気持ちが潮のようにサァッと引いていきました。
どこの大型商船か客船かとワクワクしていたのに、見えたのはおどろおどろしい髑髏。そう、海賊旗だったのです。
「ハ、ハウスト、あれ海賊船です! なんで海賊船が?!」
海賊船なんて初めて見ましたが、あれって山でいう山賊みたいなものですよね。危険な無法者達だということは海初心者の私でも分かります。
こちらに来てしまうんじゃないかとハラハラしていると、「大丈夫だ」とハウストが教えてくれる。
「この島には第三国の拠点地として幾つか城がある。島の城を攻めることは三界すべてに戦争を仕掛けるのと同じ意味だ。いくら海賊でもそんな無謀なことはしないだろう」
「ということは、この島にいるかぎり大丈夫なんですね」
「ああ、島に近づいてくることはない」
「良かったです」
ほっと安堵した私にハウストは優しく目を細めました。
一人で騒いでしまって恥ずかしいです。誤魔化したくてヴェールを深く被り直すと、額に口付けられました。お見通しだったようです。
「行こう。入り江はもうすぐだ」
「はい」
大きく頷き、イスラと手を繋いでハウストについていく。
せっかくハウストやイスラと海へ来たんですから、今は海賊のことなんて忘れて思いきり楽しむことにしました。
夕食は海が一望できる広間でいただきます。
広間の壁際に給仕係りの召使いたちが控えているのは魔界の城と同じ光景ですが、テーブルには海の幸がふんだんに使われた料理が並んでいました。
今まで見たことがない料理に圧倒されます。
もちろん魚料理は食べたことがありますが、今テーブルに並んでいる料理の食材は書物でしか見たことがないような珍しい魚類や甲殻類や貝類で、それが驚くような調理法で料理されているのです。
こんなに海鮮尽くしの食卓は初めてで驚いてしまいました。
「す、すごいですねっ。こんなの見たことがありません!」
「せっかく海に来たからな、ここでしか食べられないものもたくさんある。さあ食べよう」
「はい」
食事が始まり、私は目新しい料理に興味を引かれつつも、わざと避けて食べたことがある料理から先に手を伸ばします。
ハウストと一緒に過ごすようになってから、初めてのことがたくさん増えました。小さな頃から本を読むのが好きだったので知識には元々自信がありましたが、それでも追いつかないことがたくさんあります。
今もその一つ。
ハウストが食べる姿をちらちらとさり気なく見て、彼の真似をして食べ方の作法を覚えていく。
甲殻類や貝類はナイフやフォークはもちろん、手を使って食べることを知り、内心驚きながらも慎重に実践します。
でもこれがなかなか難しいです。力加減を間違えるとお皿の上で崩れてしまうし、ナイフを入れる箇所を間違えると上手く切れずにぼろぼろになってしまう。
知識だけでなく手先の器用さにも自信があったのですが、見たこともない形のカニやエビを食べる時は一瞬も気が抜けません。
だって絶対失敗したくないです。
食べ方のマナーも知らないなんて思われたくありません。
ハウストがそんなことで私に幻滅するとは思っていませんが、それでも彼に相応しくありたいのです。
「ブレイラ、これを食べてみろ。これは魔界の海域では捕れない魚で、なかなか貴重なものだ」
料理を切り分けた皿を進められ、ほっと安堵します。
元は食べ難そうな料理でしたがハウストは切り分けてくれていました。
「ありがとうございます。おいしいっ、こんなの初めてです!」
一口食べて、舌の上でとろけるような美味しさに感激します。
今まで緊張していたので、初めて今夜の食事を心から美味しいと思えた気がします。
顔を綻ばせた私にハウストも嬉しそうに目を細めています。
イスラにも勧めようと隣を見てギョッとしました。
「イ、イスラっ、あなた何してるんです!」
慌ててイスラの手からカニを取り上げました。
甲羅と奮闘していたようですが、力加減を間違えて潰してしまっているのです。
「つぶれたんだ」
「潰れたじゃなくて潰したんでしょう。まったく、こんなにしたら食べられないじゃないですか」
幼いとはいえ勇者なのでイスラは普通の子どもより握力が強いです。
見ればイスラの前は甲羅やエビの殻が散乱し、上手く食べられなかった料理がテーブルにぽとぽと落ちている。手や口の周りもソースがべっとりついていました。
いくら子どもでもこれは恥ずかしすぎます。
「ああこんなに汚してっ。すみません、布巾を貸してください」
召使いの女性に布巾を用意してもらい、イスラの身の周りを綺麗にしていく。
ひと通り整えると、今度は付きっきりで食事をすることにします。
召使いの女性がイスラの面倒を見ると申し出てくれましたが丁寧に断りました。親として私がちゃんと躾なければなりません。親になると決めた時からイスラに対して責任を持つと決めています。
「ブレイラ、それではお前が落ち着いて食事が出来ないだろう。任せればいい」
「いえ、イスラにはちゃんと教えていかないと。あっ、イスラ、そんなことしちゃダメですっ。この海老の殻はこうやって剥くんですよ」
「こう?」
「そう、上手にできましたね」
褒めるとイスラは嬉しそうに海老を食べ、「おいしい」と喜びます。
その様子に私も嬉しくなりましたが、次にイスラが貝を食べようとして慌てました。
「ああイスラっ、それはそうじゃありません。ここをこうして、こうすると食べやすくなりますから」
覚えたばかりの作法を総動員してイスラに教えていきます。
自分の食事も忘れてイスラに付きっきりになっていると、見兼ねた召使いが申し訳なさそうに声を掛けてきました。
「……すみません、ブレイラ様。やはり私どもがイスラ様のお世話をいたしますから」
「ちゃんと教えますから大丈夫ですっ」
「いえそうではなく、せっかくのディナーですから、ブレイラ様もお楽しみいただきたく思います」
そう言った召使いはとても困った顔をしていました。
瞬間、私は羞恥と情けなさで顔が熱くなる。
召使いが困っている理由に気付いたのです。気が付けば、食事中なのに一番騒がしいのは私でした。こんなのマナーどころの話ではありません。
「ご、ごめんなさいっ」
私は慌てて自分の場所に戻りました。
恥ずかしい。イスラにマナーを教えていたはずが、自分がマナーを一番守れていなかったんですから。食事中の談笑は歓迎されますが、それ以外はマナー違反のただの騒音です。
正面に座っているハウストに申し訳ない気持ちになる。
「ハウスト、騒がしくしてすみませんでした……」
「気にしていない。お前に手取り足取り教えてもらえるイスラが羨ましいくらいだ」
「なに言ってるんですか、そんな冗談いりません。……でも、ありがとうございます」
呆れながらも感謝しました。
ハウストは「結構本気だぞ?」と言ってくれますが、彼が失敗した私を慰めてくれたのは分かっています。
ハウストの優しさに安心して、癒されて、私はますます彼が愛おしくなる。でもだからこそ甘えていてはいけないのです。
「次からは気を付けますね」
そう言ってなんとか笑みをつくり、私は食事を再開しました。
今度は失敗しないように慎重に進めます。
まだ食べていない目新しい料理もありますが、食べ方の作法が分からない料理は不安で手が出ません。
どんな味がしてどれだけ美味しいのか気になりますが今は我慢です。だってもう失敗はできません。
隣を見ればイスラが召使いに丁寧に切り分けてもらって食事をしていました。初めて食べる魚介類に大満足しているようです。
美味しそうに食べている姿に私の口元も綻びますが、慌てて引き締める。
気を緩めている場合ではありません。
楽しい食事を装いながら、さり気なくハウストや召使いの作法を見て覚えます。
せっかく初めて食べる料理ばかりだったのに、味はよく分かりませんでした。
でも彼に相応しい自分でいる為に必要なことです。
何も知らない無作法者だと思われるのも、それで彼を困らせてしまうことになるのも嫌でした。
「ああ、潮風といって海の潮気を含んでいるからな」
「それじゃあ、この風が運んでくる香りは海の香りなんですね」
全身に潮風を感じながら広い海を見渡します。
遥か水平線に大きな船が見えました。どこに向かって船を進ませているのか想像すると楽しくなります。私は人間界で暮らしていた時、家がある山か薬を売りに行く街しか行ったことがないので。
「立派な船ですね。あ、旗を掲げてますよ、いったいどこの、――――!?!!」
ワクワクしていた気持ちが潮のようにサァッと引いていきました。
どこの大型商船か客船かとワクワクしていたのに、見えたのはおどろおどろしい髑髏。そう、海賊旗だったのです。
「ハ、ハウスト、あれ海賊船です! なんで海賊船が?!」
海賊船なんて初めて見ましたが、あれって山でいう山賊みたいなものですよね。危険な無法者達だということは海初心者の私でも分かります。
こちらに来てしまうんじゃないかとハラハラしていると、「大丈夫だ」とハウストが教えてくれる。
「この島には第三国の拠点地として幾つか城がある。島の城を攻めることは三界すべてに戦争を仕掛けるのと同じ意味だ。いくら海賊でもそんな無謀なことはしないだろう」
「ということは、この島にいるかぎり大丈夫なんですね」
「ああ、島に近づいてくることはない」
「良かったです」
ほっと安堵した私にハウストは優しく目を細めました。
一人で騒いでしまって恥ずかしいです。誤魔化したくてヴェールを深く被り直すと、額に口付けられました。お見通しだったようです。
「行こう。入り江はもうすぐだ」
「はい」
大きく頷き、イスラと手を繋いでハウストについていく。
せっかくハウストやイスラと海へ来たんですから、今は海賊のことなんて忘れて思いきり楽しむことにしました。
夕食は海が一望できる広間でいただきます。
広間の壁際に給仕係りの召使いたちが控えているのは魔界の城と同じ光景ですが、テーブルには海の幸がふんだんに使われた料理が並んでいました。
今まで見たことがない料理に圧倒されます。
もちろん魚料理は食べたことがありますが、今テーブルに並んでいる料理の食材は書物でしか見たことがないような珍しい魚類や甲殻類や貝類で、それが驚くような調理法で料理されているのです。
こんなに海鮮尽くしの食卓は初めてで驚いてしまいました。
「す、すごいですねっ。こんなの見たことがありません!」
「せっかく海に来たからな、ここでしか食べられないものもたくさんある。さあ食べよう」
「はい」
食事が始まり、私は目新しい料理に興味を引かれつつも、わざと避けて食べたことがある料理から先に手を伸ばします。
ハウストと一緒に過ごすようになってから、初めてのことがたくさん増えました。小さな頃から本を読むのが好きだったので知識には元々自信がありましたが、それでも追いつかないことがたくさんあります。
今もその一つ。
ハウストが食べる姿をちらちらとさり気なく見て、彼の真似をして食べ方の作法を覚えていく。
甲殻類や貝類はナイフやフォークはもちろん、手を使って食べることを知り、内心驚きながらも慎重に実践します。
でもこれがなかなか難しいです。力加減を間違えるとお皿の上で崩れてしまうし、ナイフを入れる箇所を間違えると上手く切れずにぼろぼろになってしまう。
知識だけでなく手先の器用さにも自信があったのですが、見たこともない形のカニやエビを食べる時は一瞬も気が抜けません。
だって絶対失敗したくないです。
食べ方のマナーも知らないなんて思われたくありません。
ハウストがそんなことで私に幻滅するとは思っていませんが、それでも彼に相応しくありたいのです。
「ブレイラ、これを食べてみろ。これは魔界の海域では捕れない魚で、なかなか貴重なものだ」
料理を切り分けた皿を進められ、ほっと安堵します。
元は食べ難そうな料理でしたがハウストは切り分けてくれていました。
「ありがとうございます。おいしいっ、こんなの初めてです!」
一口食べて、舌の上でとろけるような美味しさに感激します。
今まで緊張していたので、初めて今夜の食事を心から美味しいと思えた気がします。
顔を綻ばせた私にハウストも嬉しそうに目を細めています。
イスラにも勧めようと隣を見てギョッとしました。
「イ、イスラっ、あなた何してるんです!」
慌ててイスラの手からカニを取り上げました。
甲羅と奮闘していたようですが、力加減を間違えて潰してしまっているのです。
「つぶれたんだ」
「潰れたじゃなくて潰したんでしょう。まったく、こんなにしたら食べられないじゃないですか」
幼いとはいえ勇者なのでイスラは普通の子どもより握力が強いです。
見ればイスラの前は甲羅やエビの殻が散乱し、上手く食べられなかった料理がテーブルにぽとぽと落ちている。手や口の周りもソースがべっとりついていました。
いくら子どもでもこれは恥ずかしすぎます。
「ああこんなに汚してっ。すみません、布巾を貸してください」
召使いの女性に布巾を用意してもらい、イスラの身の周りを綺麗にしていく。
ひと通り整えると、今度は付きっきりで食事をすることにします。
召使いの女性がイスラの面倒を見ると申し出てくれましたが丁寧に断りました。親として私がちゃんと躾なければなりません。親になると決めた時からイスラに対して責任を持つと決めています。
「ブレイラ、それではお前が落ち着いて食事が出来ないだろう。任せればいい」
「いえ、イスラにはちゃんと教えていかないと。あっ、イスラ、そんなことしちゃダメですっ。この海老の殻はこうやって剥くんですよ」
「こう?」
「そう、上手にできましたね」
褒めるとイスラは嬉しそうに海老を食べ、「おいしい」と喜びます。
その様子に私も嬉しくなりましたが、次にイスラが貝を食べようとして慌てました。
「ああイスラっ、それはそうじゃありません。ここをこうして、こうすると食べやすくなりますから」
覚えたばかりの作法を総動員してイスラに教えていきます。
自分の食事も忘れてイスラに付きっきりになっていると、見兼ねた召使いが申し訳なさそうに声を掛けてきました。
「……すみません、ブレイラ様。やはり私どもがイスラ様のお世話をいたしますから」
「ちゃんと教えますから大丈夫ですっ」
「いえそうではなく、せっかくのディナーですから、ブレイラ様もお楽しみいただきたく思います」
そう言った召使いはとても困った顔をしていました。
瞬間、私は羞恥と情けなさで顔が熱くなる。
召使いが困っている理由に気付いたのです。気が付けば、食事中なのに一番騒がしいのは私でした。こんなのマナーどころの話ではありません。
「ご、ごめんなさいっ」
私は慌てて自分の場所に戻りました。
恥ずかしい。イスラにマナーを教えていたはずが、自分がマナーを一番守れていなかったんですから。食事中の談笑は歓迎されますが、それ以外はマナー違反のただの騒音です。
正面に座っているハウストに申し訳ない気持ちになる。
「ハウスト、騒がしくしてすみませんでした……」
「気にしていない。お前に手取り足取り教えてもらえるイスラが羨ましいくらいだ」
「なに言ってるんですか、そんな冗談いりません。……でも、ありがとうございます」
呆れながらも感謝しました。
ハウストは「結構本気だぞ?」と言ってくれますが、彼が失敗した私を慰めてくれたのは分かっています。
ハウストの優しさに安心して、癒されて、私はますます彼が愛おしくなる。でもだからこそ甘えていてはいけないのです。
「次からは気を付けますね」
そう言ってなんとか笑みをつくり、私は食事を再開しました。
今度は失敗しないように慎重に進めます。
まだ食べていない目新しい料理もありますが、食べ方の作法が分からない料理は不安で手が出ません。
どんな味がしてどれだけ美味しいのか気になりますが今は我慢です。だってもう失敗はできません。
隣を見ればイスラが召使いに丁寧に切り分けてもらって食事をしていました。初めて食べる魚介類に大満足しているようです。
美味しそうに食べている姿に私の口元も綻びますが、慌てて引き締める。
気を緩めている場合ではありません。
楽しい食事を装いながら、さり気なくハウストや召使いの作法を見て覚えます。
せっかく初めて食べる料理ばかりだったのに、味はよく分かりませんでした。
でも彼に相応しい自分でいる為に必要なことです。
何も知らない無作法者だと思われるのも、それで彼を困らせてしまうことになるのも嫌でした。
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