モノガタリはアイドルにお任せ!

美山幻夢

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第三部 狙われた極上の時間

【第四八話 下から見上げるべし】

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 麗葉さんの手を取り、会場の正面入口前に大きく広がっているスペースへと小走りで急ぐ。

 大体こういう会場は駐車場から建物までの間に、無駄に広いスペースがひらけている場合が多い……と思う。
 消防法だか、景観法だか、見栄の為なのだか、予算の都合か私にはよく分からない理由があるんだろうけど、利用者にとっては歩く距離が増えて大変なのよね。

 でも今日は、その無駄な広さを利用出来るので、私としては助かっている。
 こういう突発的なイベントに対応させるように予め設計されてるんだとしたら、天才だよ。

 広間に着くと、作業着に〝はっぴ〟を重ねた男性が十人、せかせかと動き回っていた。
 三角コーンとロープで直径三十メートル位の円形に立入禁止区域を作って、その中心付近では膝の高さ位の円筒形の物体が並べられている。

「何? あの人たち。美優が呼んだの?」

「そうだよ。もう大体は何をやるか想像つくでしょ?」

「まさかのまさか——」

「ちょっとここに居て?」

 麗葉さんの返答には応えずに、手を離して私もさっさと準備に入る為にロープをくぐって中に入る。
 新成人の皆んなは、まだ記念撮影や雑談に興じているけど、早くしないと帰ってしまう人が出てきてしまう。

 私はこの場に居る全員に見てほしいんだ!

「お疲れ様です! 頭領、私のメガホンどこですか?」

 円筒形の物体に向かって、忙しく作業している一人に声を掛ける。

「来たか美優ちゃん。そこの箱に入ってるよ。脚立きゃたつもあるから、その上で使うといい」

 角刈り頭でガッチリした体格に強面こわもての頭領は、ニヤリと悪戯っぽく白い歯を見せて少し離れた場所にあるダンボール箱を指差している。

 いかにも祭り好きなオジサンという言葉が似合う頭領のその仕草は、まるでゴリラが嬉しそうにバナナの入った箱を指差していると想像してくれ。

 でもそんな頭領は見た目と違い、凄く優しい人なんだ。私が持ち掛けたこの計画も、細部まで親身になって段取ってくれたしね。
 頭領が居てくれたから、私のこのサプライズ計画も実現出来たと言っても過言じゃない。

「ありがとう! あとどのくらいで準備完了します?」

「五、六分あれば終わるよ」

「分かりました」

 ダンボール箱には少し大きめの拡声器が入っていた。よく選挙の人とかが街頭演説などで使ってる、あの味気ないやつだ。
 ただ一つ違う点があって、その拡声器には大きめの黄色いリボンが着けてある。
 これは頭領が着けようと言って着けてくれたリボンだ。あんな風貌でリボン着けようだなんて、人は見掛けによらないよね本当。

 拡声器は大きいし重そうと思いきや、意外に軽かった。片手で持ち上げ、スイッチを入れて「あ、あ……」とテスト。

 よし、大丈夫だ。では参る!

 脚立は安全を考慮して、膝の高さ程度の物を用意してくれている。
 これなら振袖姿でも乗り降りが簡単ね。その脚立の上に立ち、拡声器を顔の前にあてて第一声。

「はぁい! みんな、ちゅうもぉく! ちゅうもぉぉぉっく!」

 頭領たちが準備入りし、ロープを貼ってる段階で、何が起きるのか興味を持った新成人たちは既に何グループか居た。その子らには、他に散ってる子らを呼び寄せてもらう役目をしてもらう。
 そして少し遠い位置にいる子らは、この拡声器で私の声が届くはず。

 第一声で殆どの子がこっちを見てはいるが、まだこちらに近づくまではいっていない。第二声行きますか。

「私、シャイニングの伊吹美優が! これから皆んなにサプライズプレゼントを贈ります!」

 少しずつ人が集まりだし、ざわざわしだす。

「あと五分くらいしたら始めるから、皆んなをここに集めてほしいの! 急いでぇえ!」

「何だよ伊吹! 何をする気なんだ⁉︎」

 居るよね、こういうやつ。黙って期待に胸を膨らませてろっての。

「ここで言ったらサプライズにならないでしょう? あと五分で何かが分かるから、皆んなで一大イベントの目撃者になろうよ!」

 そこで黙ってしまう同級生。これを返せないなら、当たり前じゃんって事を言わせないでほしいわ。まったく……。

「さぁさ! 早く来ないと終わっちゃうよぉん!」

 その間にも、続々と人が集まってくる。でもロープの中に入ってくるような輩は居なかった。これが日本人の良いところよね。

 ふと麗葉さんが気になった。この人だかりの中に、芸能人である麗葉さんを一人きりにしておくのは危ないよね、やっぱり。

「麗葉さん! 麗葉さんは私と一緒に居てくれる?」

 麗葉さんに向かって、おいでおいでをすると、ロープをくぐって小走りに私に駆け寄ってくる姿が子犬みたいで可愛かった。

 萌え萌えキュンですな——。

「良かったぁ。美優と一緒で。ギャラリーに紛れるには衣装がこれだとねぇ……」

 そう。麗葉さんはコートを羽織ってるとはいえ、ドレス姿なんだ。護衛が居ないのにギャラリーとの距離を詰めるのはまずい。

「じゃあ、私は美優の引き立て役に徹するから、後は頑張ってね」

 脚立の傍でウインクして、下から私を見上げる麗葉さんが可愛いったら——!

「と、頭領! あ、あとどのくらい?」

「べっぴんさんにドギマギするなんて、美優ちゃんはオッサンか? ひひひっ。待ってな。もうちょいだ」

「オッサンちゃうわ! 麗葉さんに至近距離からウインクされてドギマギせん奴なんて、この世にいませんから!」

 何でドギマギしてるってバレてんのよ! 私ってそんなに表情に出るのかな……。
 麗葉さんも麗葉さんで、笑ってないでフォローしてよぉ!

 ま、まあいいや。とりあえず、あともうちょいか。ギャラリーも、ほぼ集まってきてるようだし、拡声器を構え直して、予定通りに事前演説に移行するとしよう。

「えー。集まってもらって、ありがとう。実は、私からのお祝いで、自分含めて皆んなに年の数だけ、二十発の花火をプレゼントします!」

 ギャラリーから一斉に驚嘆の声が上がる。そうよそうよ。サプライズなんだから、こうでなくっちゃね!

「こんな近距離で花火が見れるんだから、皆んなスマホ出して! 撮影だ、撮影だぁ!」

 ゼノン所属芸能人への、プライベートでの撮影は厳禁なんだけど、花火を撮るんだから問題無いでしょ。たぶん。
 そこに私がちょこっと写ってても、花火のついでに写っただけと釈明出来る……はず。
 それでもまだ何か言われてとがめられるようなら、友達が友達を写してるだけだと言い張る。完璧な理論武装……だよね?

 そして何よりも、私が花火をサプライズした事をSNSで拡散させる事が目的なのだ。私が写ってないと意味が無い。
 
 二十発の花火も、全部打ち上げ終わるのに三十秒ぐらいしか掛からない。カウントダウンを入れても一分以内で全て収まる動画になるだろうから、編集無しでも、様々な投稿サイトに対応出来るとの事だ。

 そこまで細かく戦略を練って段取ってくれたのは頭領で、私はただ打ち上げ花火をするしか思いついていないんだよ。

 頭領達が着ている〝はっぴ〟も社名が書いてあるので、写る事で良い広告宣伝になるんだって言ってたし、皆んなが皆んなハッピーになれる素晴らしい計画ですよ!

 凄いよねぇ。こんなカッコいいゴリラに出会えた奇跡に感謝しなきゃね!
 ゴリラを紹介してくれたお爺ちゃんにも,感謝だね。

 皆んながスマホを構えて私に向けてる内に、頭領含む十人の〝はっぴ〟を着た精鋭が、それぞれの配置に着いていく。

 ロープの内側中央は、円形に二十本の発射筒が並べられており、一、二秒間隔で順番に打ち上げるらしい。
 一人が二本の発射筒を担当するようで、その円の外側を〝はっぴ〟が、ぐるりと囲んでいる。

「美優ちゃん、いつでもオーケーだ」

 頭領からの親指を立てたグッドサインに、同じくグッドサインで返して、拡声器を構える。

「さあ、皆んな! 用意はいい⁉︎」

 ギャラリーの皆んなもグッドサインで応えてくれる。いいねぇ。

「皆んなの新成人を祝って——シャイニング伊吹美優からの贈り物だぁ! いくよ! 発射五秒前。四、三、二、一……皆んなにさちあれぇ!」

 拳を高く天に突き上げる。これが発射の合図になっていて、その合図で二十発の花火は次々に発射音を立てて打ち上がる。

 高速で空気を切り裂く音の後に、上空で花火は炸裂し、赤、黄、紫、オレンジ、緑と様々な色を混ぜた花を咲かせていく。

「幸あれぇ! 幸あれぇ!」

 上空で花が咲き乱れるのに合わせて、事前に言おうと決めていた台詞を連呼する。
 最も有名なところで「たまやー」とかあるけど、それにも色をつけたかったから、変わった言い方が良かった。
 祝福の花火だから「おめでとう」でもいいんだけど、自分にも放つ言葉にするんだからと、考えた末にこれになった。

「「幸あれぇ! 幸あれぇ!」」

 ギャラリーの皆んなも、私に合わせて言ってくれている。これは嬉しい予想外でした。

 花火は大小無く、二十発全て同じ大きさに統一してある。予算の都合もあるけど、差別なく同じ人間。同じく生きてるんだよっていう意味も込められてます。
 皆んなは一般人。私は芸能人。でも同じく新成人。職業や環境は違うけど、楽しく悔いの無い人生をこれから送ろうよ。
 そういう私の想いが、この花火には込められています。

 新成人、おめでとう。これからも、お互いに頑張ろうね。

 私はこれからもアイドルとして、最高のパフォーマンスを皆んなに届ける事を約束します。この花火はその私の誓いの証でもあります。

 二十発目の花火が上空で咲き終わり、辺りに静寂が包まれる中、真上を見上げながら自分に言い聞かせていた。
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