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第三部 狙われた極上の時間

【第四七話 影との初接触】

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 麗葉さんは、よほど楽しいのか、ずっとニコニコと笑顔を浮かべながら歩み寄ってくる。

「美優、この人達は?」

「あ、マスコミの人。取材いいですかって来たから受けてたの」

「ふ~ん……」

 さっきまでの笑顔が嘘みたいに、麗葉さんの表情は固くなっていってる。どうしたんだろう?

「あなた達どこの雑誌の方ですか? ゼノン所属タレントへの、プライベートに関する取材は一切禁止されているのを知ってての行動ですか?」

「え⁉︎ そうなの⁉︎」

「まさか美優……知らなかったの?」

「う、うん……」

 知らなかった。そんな事、全く知らなかった。そうだったんだ。
 確かに思い返してみても、トゥインクルや他の先輩タレントさん達のプライベートの流出は、自身のSNS以外では皆無な気がした。
 ゼノンがタレントのプライベートを守る為にマスコミに圧力かけてたのかな……いや、違う。スキャンダルを未然に防ぐ為の処置な気がする。
 ゼノンは探偵を雇ってタレントを監視するぐらいに、所属タレントを信用していない。
 タレントの商品価値を下げられるような事がないように、あらゆる策を講じている。マスコミに対するタレントのプライベート取材NGも、その処置の一つだろうな。
 そしてそれを禁止する代わりに、マスコミが得をする何かで取引が成立してるんだろう。

 はぁ……大人の世界って大変だなぁ……。

「ほら見なさいよ! 言った通りでしょ! だから私は止めようって言ったじゃない!」

 そんな事を考えて辟易していたら、インタビューを担当してた女性が、もう一人のカメラマン担当の男性に怒鳴っている。
 あまり気にして見ていなかったけど、女性は黒のパンツスーツで、男性は上下ともにラフなデニムでバンダナを頭に巻いていた。
 二人とも同じような髪の毛の長さなのも、この時初めて気付いた。

「仕方ないだろう。上を出しぬくには多少のリスクは覚悟しないと這い上がれん。それに伊吹美優なら鈍感だから大丈夫だと賛成したのは、お前じゃないか」

 ちょいちょいちょい! 誰が鈍感だから大丈夫だって? その通りじゃねえか!

「何ですって! 私のせいだって言うの⁉︎」

「お前のそういう責任転嫁な所が昔から嫌いなんだよ!」

「まぁまぁ、二人とも。取材の画像と音源だけ消去して頂ければ大丈夫ですから」

 二人は取っ組み合いのケンカを始めそうな雰囲気になり、慌てて麗葉さんが止めに入るけど、二人の掴み合いは阻止出来なかった。
 揉み合う二人の間で、男性が肩から下げていたショルダーバッグから荷物がバラバラと落ちて行くが、そんな事はお構いなしにケンカはエスカレートする気配を見せている。

 もう、仕方ないなぁ……すぅーっ……。

「うるさぁーーい!」

 自分の鼓膜が破けるんじゃないかと思う程の大声で怒鳴りつけてやる。
 よくお爺ちゃんとお婆ちゃんもケンカをするので、私がいつもこうやって止めていた。
 ケンカ中の人間は周りの声なんか聞いちゃいないので、思いっきり大声で叫ばないと聞こえないのだ。それに自分たちの喧騒よりも圧倒される音量が聞こえると、動きも止まる。
 案の定、二人の動きは止まって私を見ている。麗葉さんや周囲の人までも止まっちゃってるのは……知らん。

「はい。お終いです。ケンカは帰ってからにして下さい。もう……こんなに散らかして……」

「あ……すみませんでした。見苦しいところをお見せしてしまって」

 地面に落ちた荷物を拾ってあげながら二人を見ると、二人とも申し訳なさそうにしている。
 冷静になったようね。よしよし、やはりケンカはこの方法で止めるのが一番ね。
 しかしまぁ、よくもこれだけ落としたもんだわ。カメラのバッテリーらしきものやボールペン、手帳にノート。現像された写真が何枚かあって、その内の一つに目が止まる。

 何だこれ……。

 拾い上げた一枚の写真には、青白い半透明のピラミッドが写っていて、そのピラミッドの中央に同じく青白い球体が浮かんでいる。
 ロッキーが放つ青白い光にどことなく似ている気がする……。
 でもそれ以上に、私はこれを知っている気がする。もちろんこんなもの見たことも無い。
 でも何故か知っている気がする。何故だろう。

「その写真がどうかしましたか?」

 カメラマンの男性が不思議そうに私の顔を覗き込んで聞いてくる。

「あ、ごめんなさい。いえ、なんか綺麗だなって」

「知人に貰ったんですけど、なんか綺麗なのでお守り代わりに持ってるんです。芸術肌の人間って、変なの作りますよね」

 あぁ。オブジェか何かを作ってる人の作品なのかな?

「気に入ったなら、差し上げますよ。今日のお詫びとして。必要なら、僕はまた知人に貰えますから」

 私が写真を離さずに手に持ったまま、じっと眺めてるので気を利かせてくれたようだ。優しく微笑んでもくれている。

「あ、ありがとうございます。じゃあ貰っちゃいますね」

 普段イベントなどでも、ファンからの差し入れやプレゼントは拒否せずに、なるべく貰うようにしている。
 くれるって言うんだから有り難く貰った方が、お互い気持ち良くなれるもんね。ファンへの私からのお返しは、パフォーマンスを通して返してるつもりです。

「いえいえ。では今日の取材の件は表に出さないので、伊吹さんも、よしなに宜しくお願いします」

 これは取引か。写真あげるから、お互い内密にしろって事ね。いいでしょう。

「大丈夫ですよ。もうケンカしちゃダメですからね?」

「すみませんでした。では失礼します」

 二人はさっさと行ってしまう。やけにあっさりと引き下がっていったけど、本当にゼノンとの裏取引って凄い効果なんだなぁ。

「まったく……マスコミもちゃんと部下に教育を徹底してほしいわね。それと美優! あなたもよ。ちゃんとゼノンの方針ぐらい頭に入れてなきゃダメじゃない!」

 麗葉さんは、二人の背中を見送ってたと思いきや、私に振り返ってお説教です。
 いつの間にか着ていたコートの下はドレス姿の麗葉さんにお説教されるなんて……なんだかゾクゾクします!
 だってそうでしょう! え? 私だけ?

「はい。すみませんでした。以後気をつけます」

 内心は少し興奮してるけど、そんな事は表に出さず、反省しているように小さくなる。

 あぁ……私ってイケナイ子。

「何を興奮してるのよ。でも、分かれば宜しい。で? サプライズって何⁉︎」

 何で興奮してるのバレてんだ⁉︎

 真面目な表情から一点、ワクワクドキドキした輝きを放つ麗葉さん。まるで幼い少女のように、その瞳はキラキラしているじゃないか。

 私も私もアレだけど、麗葉さんも麗葉さんでアレだな。てか、私の興奮はスルーですかそうですか。

 それに、お説教タイムは数秒で終わりかい。そこまでコンパクトにしなくてもいいとは思うけど、時間が惜しい今の私には助かるからいいや。

「えへへぇ。直ぐに分かるよ!」

 いくら麗葉さんでも、そう簡単にバラす訳にはいかない。バッグに写真を仕舞って、スマホを取り出して電話をかける。

「あ、もしもし伊吹美優です。はい……はい……数分で……分かりました。こっちも大丈夫です。では宜しくお願いします」

 電話を切って、麗葉さんの手を取り、早足で駆け出す。振袖って走れないのが難点よね。

「さ、麗葉さん。大広間まで急ぐよ!」

「ちょっと美優! 何なん——」

「いいからいいから!」

 やるよ伊吹美優! 去年の猫耳メイドの新曲は、トゥインクルの犬耳巫女さんの新曲にやられちゃったから、ここで何としてもシャイニングとしてインパクトを残さないと!




 男がふいに振り返ると、振袖姿の伊吹美優が、コートを着ている木田麗葉の手を取り、急いで何処かへ行こうとしている時だった。

「ねえ。成果は得られたかしら?」

 横に居る女は怪訝な表情で男に問い掛ける。

「入手したのは、伊吹美優の指紋と声紋。それに髪の毛が一本だ」

「髪の毛……いつの間に?」

「気付かれてはいないだろう。研究部への土産が出来たな。伊吹美優のDNAが手に入ったと喜んでくれるさ」

 男は自慢気に話しているが、女はまだいぶかし気にしていた。

「それだけのためにあんな茶番を演じる貴方じゃないでしょう?〝ブルー・ピラミッド〟を見た彼女の反応が知りたかったんでしょう?」

「よく分かってるじゃないか。あの反応は〝ブルー・ピラミッド〟を知っているのは確かだ。しかし彼女は、何故俺があの写真を持っているのか……俺が〝ブルー・ピラミッド〟を知っているのか……そういった疑いは抱いていない」

「そりゃあ秘密なんですもの。隠してるんじゃないの?」

「いや。あのタイプの人間は、内情が必ず表情筋を伝って表に現れる。彼女は特に典型的に分かりやすい。あれの正体を本当に知らないと断言出来る。今後のシナリオを少し書き換えないとならんな」

「貴方が言うなら、そうなんでしょうね」

「ともあれ、初手としては上出来の成果だ。次の準備にかかるぞ」

「はいはい。忙しいわね」

 男と女は、その後は無言のまま駐車場に停めていたベンツに乗り込み、走り去っていく。
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