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第二部 ライバル?バトル・アイドル!

【第四二話 そんな気は毛頭無い】

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「ねぇ、アニキさん。アニキさんはストーカーじゃないよね?」

 乗ってきたクラウンに乗り、襲撃された所まで戻ってる道中、助手席から運転中のアニキさんに聞いてみる。
 聞いた後に自分でも無意味な質問だと思った。ストーカーが自ら、自分はストーカーです。なんて言う訳ないよね。

「そうですね。ある意味ではストーカーかもしれませんよ?」

 この人、認めてしまったよ?

「でも安心して下さい。あなたに害は無い。言ってみれば、佐伯探偵事務所や工藤と似たような感じですね。遠くもなく近くもない距離で見守ってる、一人の熱烈なファン。それが私です」

 いや、同類じゃないだろ。向こうは仕事で、アニキさんは自由意思じゃん。

 でもそこで反論はしない。こういう相手には反論せずに泳がせておいた方が、対応がしやすい。これもアイドルとして、色々なファンに触れ合ってきて培った、私の処世術だ。

 私も成長したもんだ、うんうん。

 じゃあ聞くなよ、というツッコミは今自分で入れたから、そこも成長したと自分で自分を慰める。

「はあ、なるほど。でも私の行動を把握してるって言ってたし、盗聴器でも仕掛けてるのかなと思って」

「盗聴器っていうのは、言うほど万能じゃないんです。対象を警戒させるだけなので、私はあまり信用していません。代わりに、この車のドライブレコーダーの記録を部屋のパソコンに転送してたのです」

 あぁ、それで唯ちゃんと彩香ちゃんが兵隊さんを倒す所を観てたから、あの二人の強さを知ってたって訳ね。

「実際には人質は取らないで、あたかもそうであるかのように振る舞い、相手を信じ込ませる。取引を優位に運ぶ初歩的な手段ですよ。しかし、あなたは人を疑う事をしなさ過ぎる。もっと警戒心を持っていただきたい。でないと、この先が心配で仕方ない。私はしてませんが、さっきも着替えを盗撮されてもおかしくない状況なんですよ?」

 え、何で私が怒られてるの?
 でもそうか……盗撮か。全く警戒なんてしてなかった。アイドルなんだし、もっと気をつけないといけないんだよね。でもさ……。

「そんな事言ったって急には……」

 出来ないよ。それにさっきは麗葉さんの事で頭がいっぱいで、そんな事まで頭が回らなかったんだもん。

「まあ、そういう所があなたの魅力でもあるから、難しいですがね。私以外の男に取られなければ、別にいいんです。それまでは私があなたの貞操を守ります」

「あ、あははは……」

 何だよコイツ。私のナイト様でも気取ってるつもりなのかな?
 よくある、守ってもらって私がキュンキュンするのを狙ってるんだろうか?
 確かに女の子はそういう状況で、胸に来るものはある。以前、工藤さんに助けてもらった時は少し来るものが私にもあった。
 守ってくれたナイト様とくっつくお姫様は、物語の世界では王道だもんね。
 かと言って、私はお前とくっつく気は毛頭無いけどね。ハゲだけに……。

「ぷっくくく——」

「どうしたんです? 何を急に笑って?」
「な、何でもない、何でも!」

 自分のシャレのセンスに笑ってしまった。私って天才かもしれない!

 毛頭無い……ハゲだけに。

「あはっ——はは!」

 ダメだぁ。面白すぎる! 笑いが止まんない!

「不思議な人だ、あなたは。何に笑ってるのかも理解出来ないのに、何故か嫌気がささない。それどころか逆に……」

 お前のハゲを弄ってんだよぉ! 当の本人が感嘆すんな! 余計に笑かすんじゃない! それに今、何て言った?

 いや、毛が刺さらない……?

 そもそも、お前には刺さる毛が無いじゃんか! それとも逆に刺さり過ぎて、めり込んでんのか⁉︎

「あはぁ! く、苦し——は、あはは!」

 アニキさんに悪いとは思うけど、自分でも止められなかった。足までバタバタ動かしてしまうほどに爆笑していた。

『美優……動かされると、吐き気が……』

 コートは着替えた洋服が入った紙袋と一緒に膝の上に乗せてたから、フードの中にいるロッキーまで揺らしてしまってたらしい。

 破棄……毛……?

 そうか、髪の毛は破棄しちゃったのね。だから無いのね! ロッキーまで上手い事言ってんじゃねーよ!

「ダメ——もぅダメ。お腹いたいぃ!」

 アニキさんは私が笑ってる理由を良く分かってないはずなのに、笑い転げる私を暖かく見守ってくれていた。
 神様! 後で猛反省するから、今だけは許してくださいませ!

 それともやはり髪様かみさまに許しを請うのが正しいのか⁉︎

「無理ぃ——もう無理! 息が出来な——!」

 膝の上で、うっぷうっぷと、気持ち悪そうにしているロッキーの醜態も笑いのツボに重なってしまっていて、収拾がつかない。

 いかん。このままでは笑い死ぬ。お願いだから、誰か私を止めてくれぇえ!



 その後、なんとか笑いが止まって落ち着いた頃には、元の場所に戻ってきていて、車は停車する。

 長い戦いだった。笑わないように努力しても、私を笑わせる〝思い出し〟は強大で、討ち勝った時には、体力を消耗し切っていた。

 車が何台か増えていて、縛られている兵隊さんやブロンド美女を、男の人が数人がかりで、そこにあったトラックの荷台へと乗せている。

 唯ちゃんや彩香ちゃんも無事でいて、誰かと話をしていた。
 見覚えのある人だな……あ、佐伯探偵事務所の所長さんじゃないか。

「美優ちゃん! 無事に帰ってきたんだね? でも何でメイド服着てるの? それに猫耳……」

 近づく私に、唯ちゃんと彩香ちゃんは抱きついて喜んでくれる。二人もあれから何も無いようで良かった。
 外はまだ寒いから車を降りてコートは着たけど、前は閉めてないからメイド服は見えている。
 私も聞きたいわ。何で私はメイド服を着てるんだよ。

「ごめんね。心配かけさせちゃったね。まあ、ちょっと色々あってね。メイド服着てるけど、何も無いから安心して。ただ着てるだけだから」

「そ、そうなんだ。で、麗葉さんは?」

「分からない。それをあの女の人から聞き出そうと思って戻ってきたの」

 ブロンド美女の一人は、トラックの荷台に運ばれてるのか姿が見えないけど、気絶してない方の一人はまだアスファルトに横たわっていた。

「ほお。興味深い話ですね。麗葉さんとは木田麗葉の事ですかな?」

 佐伯所長は優しい口調で聞いてくる。目は笑ってないけど……。

「あ、はい。麗葉さんの携帯はここにあるんですけど、あの人達に誘拐されたみたいで……」

 麗葉さんの携帯を手に持ってフリフリしているアニキさんを指差しながら、佐伯所長に事の顛末を話して聞かせる。
 もうこうなったら全部話した方がいい。私じゃ何も出来ない。探偵さんが探した方が早く救出出来るはず。

「なるほど。そういう事だったんですね。以前、伊吹さんには危険な目に遭わないようにします、と宣言しておいての、この体たらく……情けないですね。うちの事務所は」

 深いため息と共に申し訳なさそうに謝る所長は、見た目以上に落ち込んでるようで、こっちが申し訳ない気持ちになる。

「いえいえ。全部このアニキさんが悪いんですよ」

「聞き捨てなりませんね。仮にも私は今回の事は、あなたの味方のつもりですよ?」

「どこがよ。敵じゃないとしても、完全には味方って訳じゃない気がするんだけど。私にメイド服を着させるためだけに手の込んだ事しといて……」

「美優ちゃん、こんな危ない奴、信用しない方がいいよ。いい? 美優ちゃんに何かしたら、私がぶちのめしてやるからね!」

 唯ちゃんは私を背中に隠して、アニキさんに恫喝してくれている。これこそ、ナイト様に守られてるお姫様だよ。
 唯ちゃんにならキュンキュンしちゃいます。しちゃってます!

「安心して下さい、お嬢さん。確かに私は彼女を愛していますが、無理矢理にどうこうするつもりは毛頭無い」

「ぶふぅっ!」

 お前、私の心が読めるのか⁉︎
 今、お前の口から毛頭無いって言うな!
 せっかく落ち着いてたのに、また思い出してしまうじゃないか!

「ひぃ、ひぃ……ん、うん。ふうっ、ふぅ」

「美優ちゃん大丈夫? どうしたの?」

 見ろ! 彩香ちゃんにまで心配かけさせちゃったじゃないか! もう私を笑わせるんじゃねぇ!

「だ、大丈夫、大丈夫。な、何でもないから」

 落ち着け。大丈夫だ伊吹美優。落ち着けぇ。

「小柳さん、怪しい薬とか飲ませてないですよね?」

 ちょっと、所長さんよ。それじゃ私がラリってるみたいじゃんか。

「そんな事しないですよ。これが伊吹美優です。私が愛する、そのまんまの魅力的な姿ですよ」

 お前も私を変わった人種みたいに言うな。いや、変わってるとは思うけど……。

「美優ちゃんを変に言うのは止めてください。ちょっと変わってる所あるけど、私達の大切なリーダーなんですから」

 彩香ちゃん、それフォローになってないよ。

「私の事はもういいでしょ? それよりも今は麗葉さんだよ」

 これ以上、私の話題を続けてると、ツッコミが追いつかなくなる。
 一旦、深呼吸しながら姿勢を正し、笑いを鎮める。

 落ち着けぇ……落ち着けぇ。

 それから「よし!」と自分に一喝してからブロンド美女に詰め寄る。

「さあ、麗葉さんはどこ?」
「そんな女は知らないねぇ」

「女だなんて言ってないのに、何で女って分かるの? 知ってると白状したも同然ね」

「ふん。この国に居るんだから、その名前くらいは誰だって知ってるわよ。その女が居る場所なんて知らないと言ったのよ、プリティー・ミユ。ユーアンダースタン?」

 むっきーぃ! カッチーンときた!
 自虐的に自分で言うなら平気だけど、他人から馬鹿にされるのが何よりもしゃくに触る。

「あまり私を怒らせない方がいいよ?」
「残念だけど、プリティー・ミユに何が出来るの?」

 言ったな? 私を怒らせたら、どれだけ怖いか今すぐ見せつけてやる。

『お、おい美優! 何をする!』

 コートのフードに居るロッキーを掴んで、さしずめ銃を構えてるように両手でブロンド美女の顔に近づける。

「素直に吐いた方が身のためだよ。でないと逆に吐かれちゃうからね? 私の意思一つで、あなたの顔に嘔吐物が降りかかるんだよ?」

 ロッキーのお腹には食べすぎたエネルギーが溢れている。私が指で圧迫してやれば、どうなるか……。

「おお。これはまた斬新な尋問の仕方ですね。本当に伊吹さんは面白い方だなぁ」
「でしょう? 私が愛する人は稀代のアイドルなんですよ、佐伯所長」

「いいよー! やっちゃえ美優ちゃん」
「ロッキーさんも我慢して下さいね。美優ちゃんのためです」

『そんな訳ないであろう! 止め——吐く、うぶっ』

 ぐにぐにと、軽く指を波打ったように動かす。ほれほれ、早く吐いてしまいなさい?

「さあ、麗葉さんはどこ?」
「し、知らないって言ってるでしょ!」

 少し焦ってるようだけど、まだ私が本気じゃないとでも思ってるのかな。もしそうなら、とんだ見込み違いね。私はド本気である。

 シャイニングを——伊吹美優を舐めんなよ!

「カウントダウン……3……2……」
「ノー! アイドンノー!」

「1……ロッキー砲、発射!」

 発射のかけ声と同時にロッキーの腹を強く絞る。くらいやがれ!

『おぶぼぇえ——』

「ンノォオオオオオッ」

 ロッキーの口から大量に噴き出された、液体とも固体とも呼べない悪臭を放つ物質は、ブロンド美女の目、鼻、口と、満遍なく綺麗に降りかかっていく。

『ごふっ、ごふっ……わ、われが食した焼肉がぁ……』

「ンノォ……ァアア……ンノォ……」

 ブロンド美女は半ベソ状態で体をピクピクと震わせている。汚れもそうだけど、臭いがキツそう。

「ふんだ。ざまあみやがれってんだだーん!」

 色々と溜まったストレスの捌け口にしてやったぜ。吐き物だけに……。
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