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第一部 アイドル始動

【第一一話 第二次一人〇〇〇大作戦】

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 あれよあれよと準備は進み、皆んなと別れ、半年振りの家路への電車に乗ったのは、あれから一時間程度しか掛かっていない。

 別れが名残惜しい雰囲気来るかな……と期待していたけど、そんな事は全然無かった。
 皆んな疲れてたし、焼肉でお腹いっぱいだし、一日しかないオフを満喫するためにも今夜帰りたかったようだ。

 凛ちゃんも引っ越しの支度に追われるとの事で、早く帰って準備したいらしい。
 私も私で、早いとこあのアヒルをロッキーに見せたい。
 そのアヒルことジョウジはバッグの中で、ブツブツと文句を言ってるけど、ガン無視している。
 電車内では静かにするのがマナーなんだから当たり前でしょう?

 私の実家は都内から電車で約一時間と、そんなに近くもないけど遠くもない微妙な位置にある。
 行き帰りの電車で、私がシャイニングの伊吹美優だと気付かれないように、髪型も後ろに束ねてるし、伊達眼鏡も掛けているから、ほぼバレないでしょう。
 つってもまだまだ全然有名人じゃないから素顔でもバレない気がするけど。
 売れてきたら私も凛ちゃんみたいに寮に住もうかなぁ。仕事量も多くなるはずだし、一時間も多く時間を取られるのはあまりよろしくない気がする。その時はロッキーも一緒かな。

 実家には今夜帰る事は伝えていない。サプライズで帰ったらどんな顔をするか驚かせてやろうと企んでるのだ。
 半年振りの可愛い子と孫がデビューしたその夜に帰ってくるなんて、絶対に思ってないよね?

 どういう風に驚いてくれるんだろうか……楽しみぃ!

 駅に到着し、家までの距離は徒歩で十四、五分位だ。行く時はお母さんに車で送ってもらったので、自転車は家に置いてある。
 疲れた身体で歩くのは辛かったが、独りじゃない。話し相手が居るのが有り難かった。
 バッグからイヤホンを取り出し、耳に装着する。別に音楽を聴く為ではなくて、アリバイ作りの為だ。
 これで私が喋っても、周囲からは電話してるんだろうと思われるはず。
 もう一つバッグから取り出したのは黄色いアヒルことジョウジである。手の平に乗せて、目を見てから話し始める。

「ねえ、ジョウジ? これからあんたの先輩に会わせてあげるからね」

『何だよぉ。ボクを何処に連れてくかと思ったら、君の家に行くんだね。先輩って誰?』

 果たしてを先輩と呼んでいいのかどうかさえも怪しいけど、モノとしてはジョウシよりも先に生まれているのは確かよね。

「説明が難しいから会ってからにして」

『その先輩とやらに会えば、かおりちゃんと遊べるの?』

「そのかおりちゃんが私には誰だか分からないのよ。ジョウジはいつからあそこに居たの?」

『ん~。二年前辺りかなあ? かおりちゃんに連れてこられたけど、ボクを置いてっちゃったの忘れてるのかなあ?』

 ダメだ。疲れて頭が働かない。後はロッキーに任せよう。

「もうすぐ会えるから、先輩に相談してあげて? 私、疲れちゃって……」

『君もアイドルなんだね? 今日も歌ってきたんだね? 声が枯れてるよ。お疲れ様!』

「ありがとう。え? 今、もって言った?」

『うん。かおりちゃんもアイドルだよ! お風呂でいつもボクを相手に歌ったり、練習してたよ』

 なるほど……それは大きな手掛かりだ。

「さ、もうすぐ家よ。ジョウジの話はまた後でね?」

『えっちょっ!』

 ジョウジにお構い無しにバッグに仕舞って、イヤホンも外す。まだ何か言ってるようだけど、無視だ無視。

 程なくして家が見えてきた。〝和菓子処 伊勢屋〟の看板は消えている。
 そりゃそうだ。夜も九時になろうとしてるんだ。点いてる方がおかしい。
 お店の側面にまわると、住居用の玄関があるので、鍵を開けて中に入り一言。

「ただいまー!」

 内鍵を掛けてしばらく待ったが応答は無し。
 テレビにでも夢中なのかな?
 玄関は一階だけど、住居は二階から上なので、玄関開けたら即階段。階段登った先のドアの向こうがリビングだ。
 明かりが外から見て取れたので、そこに居ると思うんだけど……リビングへ続くドアを開けて一言。

「ただいまあぁ!」

「美優かぁ? おかえり。ちょっと待ってろ? 今編集中なんだ」
「え、お爺さん! 美優ですよ! 本人ですよ!」
「は? え? 美優! 帰ったんか⁉︎」

 何だその偏屈な驚き方は。テーブルに置いたノートパソコンに向かって何に集中してるんだか、この爺様は。

「いや、今『おかえり』って言ってたじゃん! お爺ちゃん、どこまで天然なのよ!」
「そりゃお前、帰るなら帰るって連絡くらい寄越すだろうに! それに、普段と同じトーンで『ただいま』って言うからだろ!」

 何だその言い訳は。って別にいいんだけど……。

「で、何の編集してんの?」
「あ? あぁ、お前の初舞台の動画だよ。お前のとこだけ切り抜いて保存すんだよ」
「あっちゃあ~っ! あんなにアイドル反対してたのに、デビューってなるとこうも変わるかねぇ」

 どんだけ孫が可愛いんだよ……ったく、嬉しい反応してくれるじゃない!

「バカタレ! 反対してたんはデビュー出来るかどうか分からんもんに時間をかける愚かさに反対してたんじゃ! デビューするとなれば、可愛い孫が更に可愛いくなるだろ」
「だろ? って当の可愛い孫に言われても……ねぇ?」

「お父さん! ポスター全サイズ予約完了だよ!」

 階段へ通じるリビングの反対側のドアはトイレだ。お母さんはスマホでポスターの予約注文をしながら用を足してたのだろうか。

「お母さん、ただいま!」
「おかえり。ほら、お父さん! 明後日には届くってさ。着払いにしてるから、宜しくね?」

 この親にしてこの子ありか……その、子である私も将来こうなるんだろうか。

「お母さん! ただいまぁ!」

 一際大きな声で言ってみる。あー喉が痛い。

「美優! いつ帰ってきたの⁉︎ ってか連絡しなさいよ~!」
「今帰ってきたから、ただいまって言ってるんでしょうが。それに今日は喉使い過ぎたから、あまり大声出させないでよ」
「ごめんね~! 初舞台見に行けなかったぁ!」

 そう言いながらギュッと抱きしめられる。その溢れんばかりの巨体のパワーに潰されるかと思ったよ。

「え? 抽選受けたの?」
「そう! 私達三人とも落ちちゃったのよ!」

 三人ともって事は、お婆ちゃんもか! 家族総出かよ。そこまで行くと、嬉しいを通り越して呆れるわ。

「ねえ、ポスターってまさかお店に?」
「決まってるだろお? ワシの店に貼るんでい!」
「何で江戸っ子なんだよ。ってか、恥ずかしいよ!」
「バカタレ! 一人でも多くファンを増やすんだろ? 爺ちゃんが手伝ってやってるんだろうが!」

 えらく興奮してるお爺さまは、パソコンから視線を外す事なく捲し立てている。いや、熱心すぎやしないか?

「そうだい。次いでにお店も儲かる。良い事尽くしじゃないか。美優も全国様に顔と名前を売るんだろ? ご近所に今更かい?」
「お婆ちゃん……分かったよ。好きにして? それよりお風呂沸いてる? 疲れたから入りたい」

「あぁ。追い焚きすれば直ぐに入れるよ。ママが入ってから時間経ってるけど」

 いや、最後の者はお湯抜けよ。まぁ今日はそのうっかりのお陰でお風呂に直ぐに入れるから助かったけどさ。

 それより……奴が居ないぞ?

「お母さん、ロッキーは?」
「え? そこに居るじゃない」

 母が指差した方向を見ると、ロッキーはお爺ちゃんと一緒に、パソコンの動画編集画面を見ていた。
 うわぁ……ごく自然にそこに居るから、気づかなかったわ。完全に伊吹家に馴染んでるわね。

「ただいま、ロッキー」

『うむ。おかえり美優。なかなかのパフォーマンスじゃないか』

「ありがとう。私の留守中、大丈夫だった?」

『このわれの溶け込んでる姿を見て、大丈夫じゃなかったと言えるか? 愚問だ』

「あっそう……」

 私の留守中にロッキーは更に高飛車な態度になってしまっていた。
 家族はロッキーと会話出来ないから、甘やかしてたんじゃないのか?

「先にお風呂入ってくるから、ロッキーは私が上がったら私の部屋に来てね」

『心得た。むっ! 御祖父上殿ごそふうえどの、そこでは無い。こっちをこうして……』

 パソコンの画面の編集中の動画の細部の切抜きの場所をクチバシで指示するロッキー。
 そしてそれを理解してマウスを操作するお爺ちゃん。

 え、何これ?

「お爺ちゃん、ロッキーの言う事が聞き取れるの?」
「美優、おめぇバカか? 鳥の言う事なんか解る奴居るんか? だけんど、コイツのジェスチャーは何となく解るんな。この鳥は頭良いぞ。のお?」

『当然だ、御祖父上殿ごそふうえどの。我をもっと褒め称えよ』

「ほら。コイツも、うんと言っておるがな!」

 すげー! 言葉が理解出来なくても意思疎通している。

 しかし待てよ。これは部屋で独りになれるチャンス到来ではないのか?
 お風呂の追い焚きをしている間に……。

「私、明日休みなの。話しとかは明日にしていい? 疲れてるからお風呂入ったら直ぐ寝ちゃうかもしれないからね?」
「うん。ゆっくり暖まってきなね? あ、お爺ちゃん! 全体の引きからアップの方が映えるって!」

 母よ……伊吹美優本人よりも動画が大事ですか。まぁ良い。それよりも今はアレの方が私には大事なのでね。

 お風呂の追い焚きボタンを押して、バッグからジョウジを出してお湯(まだ水)に浮かべる。

「後で一緒に入るから、先に入ってて?」

『いいよ! 入ろ入ろ!』

 これで良し。これで私の邪魔をする者は居ない。後は部屋に行って、速攻で——!

 半年振りの我が右手よ。私は帰って来た。
 その大いなる恵みを私めに、お与え下さい。

 ……あっ……んんっ!

 こうして、半年に及ぶ長かった私の禁欲生活は幕を下ろしたのであった……。
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