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第一部 アイドル始動

【第〇話 始まりのモノガタリ】

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 われの名はロッベルナ・ド・ドトスリッキー。
 青い小鳥の姿をしているが、人間よりも遥かに優れた能力を有する人工生命である。
 我を創造した人物との約束を果たすため、今日もこの星を巡って旅をしているのだ。 

『シャレアティス……其方そなたの転生した魂は何処に居るのだ?』

 あの約束の日の事は、どんなに月日が経とうが鮮明に思い出せるぞ……シャレアティス。

 ——あれは現代よりさかのぼる事、約一万五千年前。
 産まれて直ぐに視界に入ったのは、お主だったなシャレアティス。



「どうやら成功したようだな。其方の名は何だ? 申してみよ」

 我は……我はモノか。目に写る、この肩より長い金色の髪の毛を優雅になびかせた小柄で瞳の大きな美しい女性に創造されたのか。

『我の名は、ロッベルナ・ド・ドトスリッキー』

「ふむ。其方の存在意義を申してみよ」

『我の存在意義は女王ことシャレアティス・ド・ハーレー、貴女が死した後に、転生した魂が宿りし肉体を見つけ出し、それを庇護ひごすることである』

 何だ? 我は産まれたばかりではないのか?  何故こうもポンポンと答えられるのだ?

「じょ……女王様! これは一体……産まれたばかりの魂に記憶を持たせられるのですか⁉︎」

 女王ことシャレアティスの所業に驚愕している青年は従者か。まだ王宮に支えて間も無いようだが……。
 そして、我は言葉を発しておらぬ。我の思念をこの者どもが読み取っておるのだ。人間はそうやって言葉にせずともコミュニティを構築している。
 我はそんな事までも理解しているのか……まだ産まれて数分も経過しておらぬというのに。

「この〝神の遺物〟を通せば、わらわの意のままに記憶を持った魂を創造出来る。他の者はそうではないのか?」

 シャレアティスが見上げる先には〝神の遺物〟が鎮座している。
 仰々しく祭壇に祀られているは、人間が十人位は入る大きさのピラミッドをかたどっていて、中身は青白く半透明に透けており、中心部には人間一人位の大きさの、これまた青白く輝く球体が浮かんでいた。

〝神の遺物〟か……。

 これが発見されてからもう二千年は経過する。
 確か、火山の噴火で火口から溶岩と共に流れ出てきたという事である。
 何をどうやっても中には入れないし、どんな衝撃を与えようとも、傷一つ付けられない。
 明らかに人工物と思われるのに、こんな物を作る文明なんぞ有史以前には存在していない。
 なので人はそれを〝神が創りし遺したモノ〟であると言う意味で〝神の遺物〟と呼んでいる。

 不思議な事に、これに触れると人間は草木やモノとまでも、思念を送り合え、人間同様に心で会話が出来る。
 そうしたモノと分かり合える能力者をモノガタリと呼んでいるが、能力自体にも個体差はある。秀でた者は草木や人工物に、新たに魂を与える事が出来ていた。
 しかし、シャレアティスの能力はそのモノガタリの範疇を遥かに凌駕しておるようだがな。

「そんな事が出来る者など、存在しませんよ。女王様が特別すぎます」

「ふむ。そうであったか。まあ、細かいことは気にするでない」

 細かくはないと思うが……。

 しかし、それを態度や思念に表す事は、我自身が否定していた。
 我に記憶を与えたシャレアティスの影響だろうか。シャレアティスが自分の能力の事を深く掘り下げて追求して欲しくないと考えてるのであろう。
 その意思は我も共有しているという事なのだろうな。
 その証拠に我と目が合ったシャレアティスは、コクンと小さく頷き、その瞳は優しい眼差しをしていたからだ。



 あの日、我がシャレアティスの手によって、この世に生を与えられてから約一万五千年余りの月日が流れている。
 通常の生物の肉体では、これ程の長い年月を朽ち果てる事なく生き永らえる事は不可能だが、シャレアティスに与えられた能力によって我は生き永らえている。
 その能力の使い方を認識したのは、シャレアティスが息を引き取るその日だったな。



「ロッベルナよ。妾の肉体は病魔により間もなく朽ちる。時空操作による若返りの力をもってしても、病魔に冒される以前の肉体には戻せなんだ。妾は長く生きすぎたのかもしれんな。だがこの数十日、其方と過ごせた日々は楽しいものであった。礼を言う」

 ベッドに横になり、衰弱しても尚、美しいシャレアティス女王だが、枕元に居る我に話しかける口調は穏やかだ。

『礼を言うのは我の方だ』

「妾の魂は〝神の遺物〟に還り、新たな生命として生まれ変わる。ロッベルナよ。生まれ変わった妾を宜しく頼むぞ」

『心得た。我に任せておけ』

 あらゆる生物の魂は〝神の遺物〟から生まれ〝神の遺物〟に還る。そしてまた新たな魂として現世に放たれる。我に与えられた記憶では、そう認識している。

「ロッベルナ。妾の能力は全て其方に受け継がれておるはずだ。時間軸の操作は記憶にあるな?」

『大丈夫だ。認識している』

 また、時間軸も操作出来るようで、シャレアティスは五年に一度、肉体の時間を巻き戻して二百年近くも生き永らえている。

「身の危険を感じたら〝神の遺物〟と化して身を守れ。ただし、妾のように病魔に冒されるな。分かったな?」

『心得ておる』

〝神の遺物〟にアクセスして繋がると、一時的に肉体が〝神の遺物〟と同質化する特徴があり、肉体があらゆる外傷を受け付けなくなるが、病魔までは取り除いてくれないらしい。
 獣などに狙われた時などは、それで対処出来ようが、ウイルスなどの病気は早目に若返りを行い予防するしかないだろうな。

「ロッベルナ、その名は妾の最も大切な人だった者の名じゃ。その名に恥じぬよう、輪廻した妾の魂を頼む……」

『心得た、シャレアティス。だがしかし、一つだけ確認したい事がある』

「何だ?」

『転生した後の其方をどうやって判別すれば良いのだ? 其方に記憶は無いのであろう?』

「…………あっ」

 シャレアティスは目が点になり、硬直したかと思えば、焦った態度を取り出す。

 まさかとは思うが、まさかな……。

「そ、それはロッベルナ。お主が自分の能力で見つけ出せば、良かろう!」

『我にそのような能力があるのか?』

「し、知らん。そ、それに妾の直感は、絶対にお主は妾の魂と巡り合うと告げておる! 妾は、妾の直感を最も信頼しておる! 大丈夫、大丈夫じゃ!」

 自身満々に愛想笑いを浮かべ、大丈夫と連呼する女王とは裏腹に、ただただ不安な表情をするしかなかった。



 それからは、その日のうちに死去されたシャレアティス女王を追悼する日々であったな。
 死の間際でも美しい姿なのは、女王だからこそか……それともシャレアティス自身の成せる事なのか。
 結局、転生した後のシャレアティスの見つけ方は分からずじまいであったが、その後の研究によって〝神の遺物〟の暴走を招き、王国そのものが無くなってしまったのは、決して我のせいではない。
 欲深き人間のせいなのだ。

『日の本の国、日本か。やって来たのは初めてだな』

 想いにふけるのを止め、眼下の景色に意識を移す。
 上空から眺める景色は大陸の国々と大して変わりは無い。とりあえず首都となる東京という街に行ってみるか。
 山は越えたので、もうひとっ飛びだろう。

『む! 何だこの匂いは? この空腹に激しく訴え掛ける、なんともかぐわしく、優しい匂いだ』

 高度を落として匂いの元を辿る。

『麺屋? 何を作っておるのだろう?』

 大陸の方の麺屋は、こんなにもかぐわしい匂いはしてなかった。こんなにも美味そうな匂いをさせる食べ物があったとは……。
 もっと早くにこの国に来ておれば良かった。何故に我は、何千年も、この国を避けてきたのだろうか? 理解に苦しむ。

 自問自答しても答えは出ず、嗅覚から脳と腹を刺激する匂いにフラフラしていたからだろうか。
 背後の猫の気配に気付かずに不覚を取ったのは、一万五千年もの中で初めての出来事だった。

「ぶにゃああっ!」

 猫の急襲に感づいた時にはもう既に捕らえられた後だった。精一杯の抵抗で、辛うじて悪魔の牙から逃れられたが、最初の爪の一撃は鳥の体へ致命的に深い傷を負わされていた。

〝神の遺物〟にアクセスして、同質化による防御も間に合わない程に油断していた。
 これも今までで初めての出来事だ。

 何とか空へ逃げて、フラフラしながらでも追って来れない場所まで逃げるも、体力は続くことなく地面に落下してしまう。
 もはや動けず、飛び立てる事も叶わず、道に転がるしかなく、女王との約束も果たせぬままに一万五千年の生涯を終えるのだと悟るしかなかった。

『シャレアティス女王。其方の魂とは、とうとう会えぬままのようだ。許せ……』

 薄れる意識の視界の中で、自転車から降りて我を抱えるシャレアティス女王の幻を見ていた。

『我を迎えに……? 死の間際に会えた……良かった……』

 だが、女王と意思を通わす事なく、意識は遠のいていた。
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