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第一部 アイドル始動
【第九話 伊吹美優、シャイニング、行っきまあす!】
しおりを挟むあの男、私の元セフレが凛ちゃんの元彼だったなんて最悪すぎる。しかもそれを知るタイミングがもっと最悪すぎる!
よりによってデビュー初日の初のライブでの冒頭でなんて。
そして元セフレは、ニヤニヤして気持ち悪い薄ら笑いを浮かべてこっちを見ている。何を考えてるかは大体想像出来る。
大惨事にはしたくないけど、いずれなるかもしれない。それ程、危険な男だ。
デビュー直後にスキャンダルなんてあってはダメだ。何とかしないと。でもどうすればいいの? 横山さんに相談する? お金で解決出来るかもしれない。ううんダメ! そうやって味を占めてずっと集り続けてくる。そういう奴だ。横山さんには頼れない。
とにかく今はこの場を上手く乗り切る事に専念しよう。
覚悟を決めて、一種の悟りを開いたような感じの今の私なら大丈夫だと思う。
でも問題は凛ちゃんだ。顔から動揺の色が溢れている。楽しく歌えないかもしれない。であるならば、私がコントロールするしかないな。
よし、頑張れ伊吹美優! この程度で躓いてたら、トゥインクルを越えるなんて出来ないぞ!
「はい、じゃあ次は一番向こうのまどか!」
「え、私? 美優ちゃんから順番だから、私は最後かと……」
「私からのサプライズ! さ、どうぞ?」
「もう!」
クスクスと観客席から笑いが起こる。ステージでの司会のやり方なども、この半年で叩き込まれてきた。
その場の空気を損なわないようにしながら、別の目的で真の問題を取り除く。
普通なら次は凛ちゃんの挨拶の順番なんだけど、その前に凛ちゃんの動揺を解消しなきゃと思ったから、急遽まどかに変更させてもらう。
「あー! ごめん、まどか。凛ちゃんの衣装が破けてる! ちょっと裏で直してくるから、自己紹介がてらに尺取っといて! ほら、凛ちゃんこっちこっち!」
凛ちゃんの手を引いて、舞台裏へと誘う。
「え? えぇっ! ちょっと美優ちゃーん! 凛ちゃーん! もう、勝手なんだから」
「あら? いつも勝手なのは、まどかじゃないのかしら? 冷蔵庫の私のプリン、まだ返してもらってないわよ?」
「花梨ちゃん! それ今言う?」
会場からは大きな笑い声が聞こえてくる。普段なら、そんなに笑えるトーク内容じゃないけど、この環境独特の空気が笑わせてくれている。
皆んなもこの半年間で、ステージでの立ち回り方を身につけてきたんだ。詳しくは知らないはずなのに私の意図を汲んで合わせてくれている。
ありがとう。流石はシャイニングよね!
観客席から見えない舞台袖に凛ちゃんを引っ張ってきて、心配して近づくスタッフに来るなと指示を出す。
「ごめんなさい。大丈夫です。凛ちゃんの緊張を取ってあげるための嘘です。ちょっと離れててもらえますか? すみません」
「美優ちゃん……」
「凛ちゃん? 時間が限られてるから手短に聞くよ。元彼が居たのね?」
「え! 何で判ったの⁉︎」
それは私が浮気相手のセフレだから……とは言えないよね。やっぱり。
途中途中で、大きな歓声と拍手が聞こえて来る。メンバーが自己紹介をしているんだろう。
急がないとだ。
「凛ちゃん見てれば直ぐにピンと来たよ」
「そうなんだ。そんなに顔に出てた?」
「出てた。出まくりでした。だから、はっきりさせようと思って」
「何を?」
「凛ちゃんはさ、その人の事まだ好き? 元彼が寄りを戻したいって言ってきたらどうする?」
この部分が最も大事なとこで、この先の凛ちゃん……いや、シャイニングの輝き方に大きな影響を与える。
なので、きっぱりと言ってもらいたいんだ。
「え? ううん、もう何とも思ってないよ。私も美優ちゃんと一緒でね、居場所が欲しかっただけなのかもしれない。元彼が前の私の居場所だった。けれど、今はシャイニングが私の居場所。シャイニングが私の生き甲斐。四年後のその先はまだ分からないけど、美優ちゃんと一緒に探すよ! そう約束したもんね?」
よし! 凛ちゃんの口からその言葉が出たんなら大丈夫だね。
「うん、約束! ならさ、当初の目的通りに、当て付けてやんなよ。浮気した事も、別れた事も、がっつり後悔させてやりなよ! ざまあみろ! ってさ」
「うん! シャイニングで輝く私を見せつけてやるんだから!」
「オッケー。じゃ行こうか」
二人して駆け足でステージに戻って行くと、大きな拍手が出迎えてくれている。
暖かい。この拍手もなんて暖かいのだろう。
「あ! 戻って来た! も~お、遅いよぉお」
「ごめんね、まどか。お詫びに私のプリンも食べた事忘れてあげる。」
「ちょっとお! 美優ちゃんのは食べてませんから!」
「あ、それ私だ。ついでに忘れといて。ありがとう美優ちゃん!」
「はー? 凛ちゃんだったの! 私のプリンんん!」
凛ちゃんも合わせてウインクしてくれている。もう大丈夫ね。ざまあみろ。元セフレめ。
お前の思う通りには行かないんだからね!
もう私も凛ちゃんも、お前と目を合わせるどころか、気にもしてやらないよ。本気の空気扱いしてやるからね!
「ほらほら、喧嘩してないで。凛ちゃんだけよ? 自己紹介まだなの」
「あ。そうなんだ、ありがとう。ごほん——皆さん、初めまして! シャイニングのしっかり者担当の香山凛、十九歳です! まさかのお尻が破けてるなんて思ってもみなかったです。これじゃあ、うっかり者担当に落とされるとこでした! リーダーに感謝ですね? 今日はありがとうございます! 最後まで楽しんで行って下さいねー!」
盛大な拍手と歓声が沸き起こっている。うん、何も問題無いね。いつもの凛ちゃんだ。
「以上、私達六人でシャイニングです! 皆さん! 宜しくお願いしまあす!」
最初に私が挨拶して全員でお辞儀。次に自己紹介を経て、最後にリーダーの私が締めて全員でお辞儀。
この流れは確定していて、何度も練習して来た。
登場前の舞台袖の待機時にて、鈴木さんからは、今日はデビュー曲の一曲のみを一回だけ歌うと聞いていた。
この公園の舞台を貸し切るのにも制限があるらしくて、そうそう長い時間は確保出来ないって言っていたので、急がなければならない。
私のフリで曲が始まるらしいので、今は私のフリ待ちの状態が続いている。
早く歌いたい気持ちもあるけど、今のこの状態をもっと味わっていたい気持ちも、大きく私の中で膨らんでいた。
ずっとステージに立っていたい。歌い終わると、ステージを降りなければならない。それが辛いんだ。
贅沢な話よね。つい今日、シャイニングが生き甲斐になったばかりなのにね。
「それでは、私達のデビュー曲……唯ちゃん、いつ発売だっけ?」
「美優ちゃん! 明日だよ! 本当に忘れてたの?」
「あぁ、ごめん……つい、うっかり」
いや、本当に忘れてたのよ。メンバーからも、スタッフからも、ましてや観客席のお客さんまでも、呆れてる表情を向けられてるように思えた。
「うっかり担当はリーダーでしたね。ここに居る皆さん方がそう証言してくれますよ?」
「彩香ちゃーん! イジメないでよぉ」
また大きな笑い声が辺りを包んでゆく。楽しい。楽しくて仕方ない。これがアイドルか!
「さ、ポジションに着きましょ?」
花梨さんの一言で皆んなが各自のポジションに着き、歌い出しのポーズを取る。
関係者以外の人に初めて披露するんだ。ドキドキしてきた。
「それでは聴いて下さい。明日発売の私達のデビューシングル。〝シンギング・スマイル〟です」
シャイニングのイメージカラーは白と黄色で、その色を基調として衣装が作られている。
今日着てるのはワンピースタイプの衣装で、今まで用意されて着てきた衣装と同じく、大きな特徴がある。
それは、どれも左右は非対称になっているのだ。
最初は予算が無くて、つぎはぎで繋ぎ合わせて作ってたんだと思う程に左右非対称になっている。
(シャイニングのテーマである、輝く笑顔は、受け取り方は人それぞれです。その違う輝きが集まってシャイニングを形成します。そんなシャイニングを象徴するような意味合いの衣装です)
なんて横山さんは言っていたな。
その時はただ漠然とした理解しかしてなかったけど、今なら解る。
色んな人の想いの詰まった笑顔を私達が受け止めて、歌に乗せてまた色んな人に届けて行く。
衣装もそれに合わせて、色んな大きさの布を集めて一つの衣装にして見せる事で、その想いを具現化しているんだ。
素敵な辻褄合わせだけど、これも戦略よね。いいじゃない! 素敵な戦略じゃない!
曲のイントロが流れ出したので、思考を止めた。今は歌に集中しなきゃ。シャイニングは今、これから動き出す。
私も……今日ここから生まれ変わる!
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