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第一部 アイドル始動
【第三話 私はアイドル(仮)】
しおりを挟む「う、う~んっ。あーよく寝たぁ!」
時計を見ると午前九時を指している。
あれからロッキーも回復に専念するとかで、直ぐに寝に入ってしまったので、それからの進展は特に無かった。
人間と同じく、ロッキーは睡眠は取らないとならないらしく、安全な寝場所を探すのにいつも苦労してたらしい。
てか、プログラムなのに睡眠が必要なの?
『パソコンだってスリープと言う睡眠をする時があるだろう? それにこの肉体は生身なのだ。睡眠はエネルギー回復の最良手段だぞ?』
なんて言って人の枕の横で、ちゃっかり寝てたな。
とか言う私も、自分のユーチューブのチャンネルのコメント返しなどをしてたら眠くなってきてたので、早めに寝たんだけどね。
家族にはまだロッキーの事は言ってない。どう言えばいいのか分からないから、朝になったらロッキーに聞こうと思ってた。
そしてその肝心のロッキーの姿が見えない。
枕元に敷いていたタオル。動物病院から借りたままのやつ、返さないとだね。
その上には居ない。また食料でも漁ってるのかな?
キョロキョロと部屋を見渡し……居た。
昨日買ってそのままの鳥籠の中に居た。何してるんだろう?
「おはようロッキー! そんなとこで何してんの?」
『おはよう美優。人間に飼われている鳥の気持ちとはどういうものなのか実験をしてたのだ』
随分と変わった思考の持ち主で……て、人の事言えないけど。
「あ、そう。で、何か分かった?」
『うむ。閉塞感があり、とても窮屈だ。しかし、外敵から身を守ると言う意味では安心感があるな。外出時には必要かもしれん。それに美優が買ってきてくれた物だ。少しは利用してやらんとだろ?』
「そ、そう。あ、ありがとう」
一応、礼は言ったけど、何だ? この釈然としない気持ちは。
「お腹減ったでしょう? 朝ご飯食べに下に降りるよ?」
『食事か! 待ってました!』
出会ってから初めてのテンションの高さを見た気がする。やはり食い意地張ってるな。
二階のキッチンへ降りて行き、用意されている自分の朝食を温め直す。
『ほおほお。美味そうな朝食だな』
相変わらずの、人の肩の上から上目線での語りかけにも慣れてきた。プログラムだし、神もどきの事が出来るようだし、私も兄弟が出来たみたいで何だか楽しいから良しとしている。
「ウチの定番は毎日これよ? 私もこれじゃないと嫌なのよね」
レンジで温め直してるのは、ご飯、味噌汁、焼き魚だ。お新香もあるが、それは温めない。
『良いの。バランスが取れた朝食は一日の活動を活発にしてくれる効果がある。良い生活習慣だな』
「ありがとう。お婆ちゃん喜ぶよ? いつもお婆ちゃんが朝食用意してくれてるから」
家族は家業の和菓子屋の開店があるので、家族の起床は午前六時とか七時だから、あまり一緒に朝食を取ることがない。
昼食や夕食は私のアルバイトが無ければ一緒に食べるけど、朝食は大体一人の時が多い。
小皿にロッキーの分を取り分けて、二人(?)で朝食タイム。口は悪いけど、こうして誰かと話しながら食べる朝食はやっぱりいいな。
私が早く起きればいいだけなんだけど、やっぱり早く起きれないので、ロッキーの存在は嬉しい。
ありがとね……。
『ん? 何か言ったか? しかしこの魚は美味いな』
「何にも言ってないわよ。え? 何の変哲もない鯵だけど。食べた事ないの?」
『あるかもしれんが、こうして調理されたものは初めて食べるな。美味、美味』
今まで何を食べて一万五千年も生きて来たんだろ……いいや、聞くのが怖い。
朝食も終え、食器も洗い終えて、洗顔や歯磨きなど、朝のセットを終えたら、いよいよだ!
「さあ、ロッキー! 私をアイドルにしてくんろ!」
『何だそれは……』
部屋に戻って直ぐにロッキーに詰め寄る。
当たり前だ! こちとら昨日からこの事で頭が一杯なんだ。
「えぇえっ! 昨日言ってたじゃーん! 過去を書き換えるって!」
『その事か。我が美優をアイドルに仕立てるのかと思ったぞ』
「出来るならどうぞ? てか、アイドルとか人間社会の事知ってるのね」
『当然だ。この国は初めてだから、この国独自の風習やらは知らんが、伊達に長生きしてない』
ふむふむ。外国帰りの帰国子女ってやつかな? 少し、ふんぞり返ってるのが、小憎たらしくもあり、可愛くもある。
「なるほどぉ。私ね、アイドルになりたかったの。それがね?」
『待った。長くなりそうなので話さなくていい。美優はイメージして我に思念を送れば良い。後は我がやる』
「あ、そっか。昨日そう言ってたよね?」
『大事なのは二点のみだ。書き換えたいタイミングがいつだったか。曖昧ではなく、何年何月何日の何時何分何秒まで正確にイメージを固定しろ』
大事な事なので、しっかりと聞いておかなくてはならない。
「うん。分かった!」
『もう一点は、書き換えた結果、どうなっているかを正確にイメージだ。簡単だろう?』
イメージ……リアルな妄想なら私にお任せ!
「うん。それも分かった! 任せて!」
『最後に注意点として、これだけは了承してくれ。いいか? 必ずしも今の現状と変わらない環境になってるとは言えない。過去を書き換える訳だから、それに影響されて他の所が変わってる可能性もある。例えば知人は死んでいたとか、あるいは恋人が違う人になってるとかだ。我も万能ではない。誤差は生じる。それでもいいか?』
「全然オッケー。誤差でしょう? 平気よ!」
『宜しい。では始めよう。我はこれからプログラムを起動させる。我に変化があれば、美優は我に向かって言霊を発せ。良いな?』
「あいあいさー!」
『では、参る……』
ロッキーは目を閉じて微動だにしなくなった。と思ったら、薄っすらと青白い光に包まれて行く。
完全にロッキーを覆い隠したその光は、段々と強く光り出してきた。
これが変化か。
「私はあの日、きちんと三次選考に行ってアイドルになります! 私はあの日三次選考に行ってアイドルになります!」
その言葉を繰り返しずっと言い続けていた。
日時まで詳しくと言っていたので、頭の中で三次選考を蹴った前日の夜を思い浮かべていた。
次にトゥインクルの衣装を着て笑顔でステージに立っている自分を必死に思い浮かべる。
不意にロッキーを包んでいた光が強く輝き、辺りは真っ白な世界へと変わる。
目を閉じても、開いても真っ白で何も識別出来ない。今自分が目を開けてるのかどうかさえも識別出来ない程の真っ白さだ。
時間にしてほんの何秒かの出来事だと思うけど、数分はその状態なんでは? と思う程に長く感じた。
『美優、目を開けていいぞ』
そう言われ、自分が目を閉じていた事に初めて気付く。パッと目を開けると、視界はまだボヤけてたが、光る前と同じロッキーがそこにいた。
「あれ? 終わったの?」
『ああ、終わった。書き換えは成功した』
「特に何も変わってないように思えるけど……」
自分の体にも洋服にも、部屋の雰囲気も何も変わった所は見られない。
『変化してると言っても小さな変化なのだろう。その内に分かる。身の回りの物とか確認してみたらよかろう?』
身の回りの変化……カレンダーだ!
最終選考日は?
赤字で〝最終選考日〟と書かれた二日前のメモは――その字の周りをハートで囲っている。
どういう意味だ?
ハートだから最終選考に行ってるって事よね。トゥインクルになれたの?
落ちたの?
ロッキーは書き換えに成功したと言ってたから……どうなの?
「これじゃ分かんねー! どうなってんのよ!」
『落ち着け、美優。他に今までの過去を振り返れるものは無いのか?』
えっ。手帳や日記の類は持ってないし。残るはスマホで……。
「あ! スマホのカレンダーに何かあったら書いてたっけ!」
最終選考日の日付から何も記されてない。受かってたら、たぶん〝受かった!〟と記してるはず。
私ならそうする。無いという事は、そういう事なんだろう。
ロッキーを睨む目に力が入る。
「こっの、インチキ鳥! どこがアイドルになれっ――」
そこまで言って続きを言おうとしてる時にスマホの着信音が鳴る。
〝ゼノン(株)横山さん〟
液晶にそう表示されているけど……誰?
全く知らない人だ。ゼノンて会社すら知らない。でも登録されてるのだから知ってるって事よね?
ロッキーを見ると、顔を動かして、出る様に合図してくる。仕方ないので出るしかない。
「はい、もしもし。伊吹です」
(もしもし。私はゼノンの横山と申します。伊吹美優さんで宜しいでしょうか? 今お電話大丈夫ですか?)
電話口の向こうから聞こえてくる声も、全く聞き覚えのない声だ。
「はい、伊吹美優です。はい、大丈夫です」
(先日は最終選考お疲れ様でした。私の事は覚えてらっしゃいますか?)
「え? ええと、最終選考で……」
知らん。知る訳ない。伊吹美優は最終選考に行ってるかもしれないけど、私は行ってないのだ。
(そうです。最終選考で声を掛けさせて頂いた者です。まずは先日のトゥインクルの追加メンバーオーディションの最終選考、お疲れ様でした。残念ながらトゥインクルにはなれませんでしたね?)
そうだったのか。やっぱり私はトゥインクルの三次選考に行き、それも通過して最終選考に行ってたのか。そして落選してたと。
「いえ。ありがとうございました。私の実力不足ですので」
(伊吹さんの魅力はトゥインクルではなく、別の新しく結成するグループで発揮してもらおうと思ってるんです。そのメンバーの一人を伊吹さんにお願いしたいんです。どうかこの話、お受けしてもらえませんか?)
な、何ですとぉ!
「は、はい! 是非やりたいです!」
(おおっ。ありがとうございます。うちと契約書を交わすんですが、伊吹さんは未成年ですから、保護者の同意書も必要です。ご自宅に郵送しますから、ご記入して、同封してある契約書と共にうちに指定の日時にお越しください。その他の詳しい事はガイダンスを同封しますので、そちらをご覧ください)
「はい。はい! 分かりました!」
(ではまた、その時にお会いしましょう。楽しみにしておりますね。失礼します)
「はい! ありがとうございました! 失礼します」
電話を切って、しばらくは放心していた。
思考が……思考が出来ない。
私が……私が……。
「アイドルデビュー! キターっ! ありがとうロッキー! ありがとう!」
『先程はインチキ呼ばわりしていた者が、こうも手の平返しするとはな。て、おい! 苦し……おい止めろ!』
抱きしめてキッスの嵐をロッキーに見舞う。
「あ~ん、神様ぁ! ロッキー様ぁ! んチュぅ!」
『分かった! 分かったから離せ!』
離せと言っても、嫌がらないんだから本当は嬉しいんでしょう? まったくもぉ。
「凄いね! 本当にアイドルになるんだ私!」
『だから書き換えは成功したと言ったろう』
威張って見せるその態度も愛おしく見えます、ロッキー様ぁ!
「うん! ありがとう。本当に凄いね。でも一体どんなカラクリなの? これ使いこなしたら全部が全部、自分の思い通りじゃない」
『うむ。〝神の遺物〟には二種類の力があってだな。一つは、この世の変異する事象の選択肢は無限に存在する。〝神の遺物〟はその選択肢全てを見てるし把握している。その起こり得る事象の一つ一つを思念者の任意通りに書き換える事が出来る力だ。そしてもう一つは、時間軸を超える力だ。ある対象のみを過去や未来に進める事が出来る。我の若返りの方法も、この力を使っている。この二種類の力を掛け合わせた運用をしたのだ』
え、ちょっと待って。ええと……その……あの……いぶつは、おぶつじゃなくって、その……。
「……………はい?」
『〝神の遺物〟へのアクセスと、その運用には人間の処理能力を超えた演算が必要で、特別なセンスが無いと普通の人間には不可能だった。そこで、我が開発された。アクセスとその演算処理は我に任せ、人間は事象の選択の書き換えだけをイメージする。これで簡単に自分の願いを叶えたりしていたのだ。だが、度重なる〝神の遺物〟の乱用で、次元への負荷が肥大し制御出来なくなり、暴走した〝神の遺物〟の力でアトランティスは大陸ごと高次元との狭間に飲まれてしまった』
「そ……そう……」
ダメだ。何を言ってるのか全く理解出来ない。何がどうだって?
「ロッキー。ちんぷんかんぷん」
『ふん。そんな顔をしている。要するに道を歩いていて、右か左か別れ道があるとしよう。美優は右を進んだが、左を選んだ時の結果は消えずに残ったまま。本当は戻る事は出来ないが〝神の遺物〟の力を使えば戻って左に進む事が出来る訳だ。もっと分かり易く言うと、あみだくじを好きなゴールから戻ってスタートを選ぶ事が出来る』
なんて反則的にチートな裏技なんだよ!
ていうか、最初から難しい単語を並べなくたって、そう言えよ!
「何それ! まさに神じゃん!」
『その通り。我と同種で、我以上の性能のプログラムも数多く作られたが、大陸ごと消え失せてしまったな』
「天罰が下ったのよ。悪用しすぎたんじゃないの?」
『かもしれんな。我の性能だと書き換え可能な範囲は百日以内が限度だったので、美優の願いがその範囲で良かった』
「そう言う事は先に言いなさいよ! 百日以前の内容だったらどうするのよ!」
『その範囲内の内容なのは前後の会話の流れとカレンダーの日付けのメモを見れば判別可能だ。改めて聞くまでもない』
「ほぇー。頭良いのね、ロッキー」
『持ち主の役に立つのがモノの役目だからな。それに、これから美優には――』
「美優ぅ! お昼の買い物に誘おうと思ったんだけど、行くー?」
ロッキーの思念を遮って、そう言いながらドアを開けて部屋の入り口に立ってこちらを見ている女性が一人。
その顔は間違いなく母の顔だ。しかし、体が大きい。顔も体も私の知ってる母の三倍はあろうかという巨体になっている。
え……お母さん……だよね?
ちょっおい! いきなり変化が現れたよ。綺麗で自慢のお母さんが太った!
って待てよ? ただ太ってるだけなら痩せれば問題無い。うんうん。取り返しがつかない変化じゃないなら大丈夫よ。
平静よ? 美優、平静でいるの。
「お母さん! 私アイドルデビューします!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、正にこの事を言うのだと改めて思った。
私を見る母の目は、本当に目が点になって虚空を見ている。
「ふぇ? デビュー? あんた最終選考に落ちたって言ってたじゃん」
「トゥインクルは落ちたよ。でも新しいグループ作るんだって。そのメンバーに選ばれたの!」
「え! あんたが? 物好きな人は居るのねえ?」
これが母親かよ。喜んではくれないのかよ。
「でね? 契約書やら保護者の同意書が郵送されてくるから、持ってく日に同行して」
「えー。いつなの? それ」
我が子が芸能人になるのに、特に驚きもなく、いつもの会話通りに言葉を発する母。
これが母なのだ。中身は過去の書き換えの影響は無く、変わってなさそうだ。
「分かんない。郵送がいつ来るかだし、その中にいつ来いって書いてあるって」
「ふーん。まぁいいか。ほら、買い物行くよぉ」
「は~い……」
先に階段を降りてく巨大な後ろ姿にため息が出る。あれが母親か。
記憶の彼方のスリムで綺麗な母よ……バイバイ。
「ごめんね、ロッキー。出掛けるからさ。話はまた後でね?」
『構わん。お土産にはチーズが良いな』
「あんた絶対にモノじゃないわ」
その夜はロッキーを家族に紹介する所から始まった。普通なら叱られるような事態なのだが、内の家族はやはりどこか変な所がある。
動物病院からの流れを説明したのもあってか、あっさりと認められてしまった。
そんな事情云々よりも、どうやらロッキーに一目惚れしたらしい。
確かに羽根はキラキラと青く綺麗だし、専用の餌はいらないし、手間が一切かからないと来れば、あっさりと受け入れられて当然だ。
とはロッキーの後日談だった。
それでも、一応は飼い主だった人が見つかるまでは、という条件が付いている。
とめあれ、家に置いていいと許可が出たので良しとしよう。
因みに母は二ヶ月前からぐんぐんと体重が増えたらしい。二ヶ月前と言えば、私がトゥインクルの三次選考を受ける辺りなので、本当にそこから歴史が変わってるという事だ。
ロッキーはと言えば、家族一同に介した夕飯の席で、お土産に買ってきた、裂けるチーズを美味しそうに食べている。
ようこそ伊吹家へ。誰が何と言おうと今日からあなたは家族の一員よ。これからも宜しくね!
『スイスで食べたチーズも美味かったが、ジャパンのチーズも中々だな、美優!』
私に出来の悪い弟が出来た、記念すべき日でした。
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